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第65話 記憶ノード編07 おっさん、また呼べる鍵だけ持っていく

 記憶を奪わせることは止めた。

でも、もう失ったものは戻らない。

それでも朝はつながった。それだけで今日は十分だと、言えるくらいにはなった話。

 ノード回収の翌朝、宿の受付が、マスターの名前を覚えていた。


「おはようございます、マスターさん」


 当たり前の一言だった。

 当たり前のことが、当たり前に言えている。

 ただそれだけのことが、この都市ではずっとできなかった。


 マスターは一瞬だけ止まって、「……ああ」と短く返した。


「なんか、頭がすっきりして」

 受付の女が()れ臭そうに笑う。「昨日と今日がつながってる気がします。変な感じで」


「悪くないだろ、それ」


 ナツが「やりましたっすね!」と飛びつく前に、マスターが先に言った。


()()じゃない」


 ナツが「……っすね」と少し静かになる。

 それだけで十分だった。


―――   ―――


 都市の広場(ひろば)を歩くと、昨日と変わらない風景がある。


 依頼書を見て首を(かし)げたまま立ち尽くしている冒険者。

 さっき払ったはずの宿代を覚えていない老商人。

 子供の名前だけは呼べるのに、顔がぼんやりしているままの母親。


 全部は戻っていない。

 奪われ続けることは止めた。でも、既に失ったものは()()()()


 ステラが(うつむ)きながら言った。


「なんで、もどらないの」


 マスターはしゃがんで目線を合わせる。


「預けた先が遠すぎた。取りに行ける分だけ返してもらった」


「……ぜんぶじゃない」


「ぜんぶじゃない。でも、これ以上勝手に取られることはない」


 ステラが黙った。

 ルースが低く言う。


「……なくなったぶん、ちゃんと記録する。ログ、閉じない」


「ああ、頼む」


 泣かなかった。泣かせなかった。

 でも重さはそのまま、ここに置いていく。


―――   ―――


 出発前、ルースがルステラ・キャリアの横で小さな端末(たんまつ)を操作していた。


 橙金(とうきん)の光が短く、返ってくる。


『トウカ、まだいる』


 ステラが(うれ)しそうに言う。


『……います。ここにいます』


 たどたどしい声。でも「トウカ」のまま、確かにそこにいる。


挿絵(By みてみん)


「頼んだぞ、トウカ」


 マスターが短く言うと、光が一度だけ揺れて、静かになった。

 接続(せつぞく)は続いている。

 都市から離れるほど同期(どうき)は細くなる。それでも(かぎ)は持っている。繋ぎ直せる。


―――   ―――


 カケルがルステラ・キャリアの下に潜ったまま、しばらく出てこなかった。


「……なんかこいつ、変わった」


「気のせいでゴザル?」とタニシが返す。


「気のせいじゃない。走行ログが溜まってる。前は通過したら消えてたのに、ちゃんと残ってる」


 ルースが補足する。


「Node01と、まだつながってる。遠くなるほど弱くなるけど……記録が、ちゃんと残るようになった。たぶん」


 カケルが這い出てきて、手の油を()きながら言う。


「燃費、ちょっとマシになった。悪路(あくろ)の食いつきも前よりいい」


「おっ」とナツが前のめりになる。


「まだ馬車並みだけどな」


「……まだ馬車並みか」とマスターが脱力(だつりょく)する。


「うるさい。馬車と一緒にするな。()()は記録できねぇだろ」


 そう言いながら、カケルは(あき)らかに(うれ)しそうに工具を片付けていた。

 今日は二人でいい酒が飲めそうだ――。


―――   ―――


 都市の外縁(がいえん)を抜けたところで、ミコが空を見上げた。


 後ろを振り返らない。

 ただ青い空の、どこか(とお)い一点を見ている。


「……まだ、みてる」


 マスターが低く確かめるように言う。「()()()()()か」


「...誰?――やな光。でも、とおい」


 ()()、遠い。


 その(ふく)みを誰も崩さないまま、ルステラ・キャリア号が走り出した。

次のノードを目指して。


続く


―――   ―――


      *   *   *



《NODE-01:同期鍵(どうきかぎ) 確保済》

保持機構(ほじきこう):外殻維持 継続》

《管理主体:〈トウカ〉 稼働中》


……


深層残滓(しんそうざんし) 微検知(けんち)

《信号強度:0.3%》


《モニタリング 継続》

観測(かんそく)対象〈NO NAME〉:移動中》

《次接触(せっしょく)予測:未算出(さんしゅつ)

 記憶ノード編の後始末回です。全部は戻らなかった、でも奪われ続けることは止めた——そういう「途中の勝利」を静かに確認する話にしました。

トウカとの別れは「接続を保ったまま離れる」形。

ルステラ・キャリアのアップグレードはカケルの口から自然に語らせました。「馬車は記録しない」が今話のカケル名言枠です。

章末のZ.E.U.S観測ログは読者だけへのご褒美。0.3%——まだここから、長い旅が続きます。


【登場キャラクター】

◆マスター……おっさん主人公。全部は救えない現実を、静かに飲み込む係。

◆ステラ……「なんでもどらないの」と聞ける子。それだけでもう十分えらい。

◆ルース……損失ログを閉じない。記録することが、彼女の弔い方。

◆カケル……整備担当。ルステラ・キャリアの変化に「気持ち悪い」と言いながら、明らかに嬉しそう。

◆ミコ……「まだ見てる」。遠くて、でも消えていない視線。

◆タニシ……場を和らげる係として今回も安定稼働中。


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