第57話 おっさん、旅立ちなのに見送りが全員どこかに行く件 ――乗れない人間と、別の道へ行く人間の、それぞれの朝――
ルステラの分散ノードを回収する旅が、今日から始まる。
カケルが車両の名前と仕様と地図を一気に説明した。
ムーニャンとコハクは喧嘩しながら別の道へ、シンは何も言わずどこかへ消えた。
夜明け前の《るすと》は、いつもより静かだった。
普段なら誰かが飲んでいる時間だ。
誰かが笑っている時間だ。
それがなかった。
かわりに工房から、金属を叩く音だけが響いていた。
――― ――― ―――
カケルが工房の扉を開けて、外に顔を出した。
「全員、集まれ。今から車両の説明すっぞー」
ぶっきらぼうな声だった。
でも、朝から酒を飲んでない。
それだけで、今日が本当の出発だとわかった。
――― ――― ―――
工房の前に一行が並んだ。
マスター。ナツ。ノエル。シズク。
そして、ルースとステラ。
「拙者も!」
「あたしも聞くネ」
コハクとムーニャンも来ていた。
どうせついてくる。
少し離れたところで、タニシが背伸びして聞こうとしている。
誰も止めない。
止める意味もない。
カケルが車体をこぶしで叩いた。
ゴン、と鈍い音がした。
「まず速度だ。現状、馬車と同じくらいだと思っとけ」
ナツが即座に言う。
「え、遅くないっすか」
「うるさい。走るだけで御の字だ」
カケルが続ける。
「燃料と食料は、今のところ長期航行は不可能だ。
こまめに《るすと》に戻れ。補給を切らしたら、こいつぁ、ただの鉄の棺桶だ」
「どのくらいのペースで戻る必要がある」
マスターが聞く。
「道次第だ。俺が都度判断する」
「……お前、来るのか」
カケルが当然のような顔をした。
「部品が足りない。走りながら集める。文句あるか」
「カケルさんも同行なんすね」
ノエルが言う。
「心強いですね!」
タニシが言う。
カケルがタニシを完全に無視した。
タニシが「あれっ」と言う。
――― ――― ―――
カケルが車体の中心部を指した。
そこだけかすかに光っている。
琥珀色の、弱い光。
「今、この車両にできることは基本的に一個だ」
カケルが言葉を選ぶように間を置いた。
「神権AIの観測を、切る」
静かな言葉だった。
「観測遮断《ステルス》機能。こいつが動いている間、お前らの座標はログに残らない。
神権AI側からすれば、いないも同然になる」
「それは、かなり重要じゃないか」
「重要だ。だが条件がある」
カケルがルースとステラに視線を向けた。
「こいつに組み込まれているのは、ルステラの欠片だ。
その欠片が遮断核になっている。
双子が乗っている間だけ、安定する。
双子がいなければ、ただの馬車以下だ」
ルースが静かに確認する。
「……わたしたちが、いないとだめ?」
「そういうことだ」
ステラがむむ、と眉を寄せた。
「わたしたち、だいじ?」
「大事だ」
「ふふん!」
ルースが「……調子に乗らない」とステラの頬をつついた。
――― ――― ―――
「ノードを一個回収するたびに、この車両も育つ。
機能が増える。性能が上がる。
逆に言えば、今は何もない。過信するな」
ステラが手を上げた。
「ぜんぶとったら、はやくなる?」
カケルが少し間を置いた。
「速くなるどころじゃねえぞ」
「え?」
「……海にわたり、海底も潜れるかもしれん。空も飛べるかもな。地下にも行けるかもしれん」
しんと静まり返った。
ステラが半目になった。
「……うそ!」
「かもしれん、と言った」
「カケルおじさん、うそばっかり!」
ルースが冷静に追加する。
「……『かもしれん』さぎ」
カケルが微妙な顔をした。
「……夢がねえな、お前ら子供のくせに」
「お前が蒔いた種だろ」
マスターが横で言う。
「うるさい」
ナツがこらえきれずに笑う。
「でも……空、飛べたらいいっすよね」
カケルが、一瞬だけ真剣な顔になった。
「……まあ。目標くらいは、でかくてもいいだろ」
誰も笑わなかった。
ステラがもう一度、車体を見上げた。
今度は少しだけ、目が輝いていた。
――― ――― ―――
カケルが話を切り替えた。
「そうだ。こいつの名前を決めてない」
全員が顔を上げる。
「俺が付けるのは柄じゃない。誰か決めろ」
シンが「…………」と黙っている。
ナツが「うーん」と頭をかいている。
ノエルが「難しいっすね」と言っている。
タニシが「僕が!」と手を上げた瞬間、全員が無視した。
その時。
ステラが、まっすぐ車両を見上げて言った。
「ルステラ・キャリア」
誰も口を開かなかった。
ステラが続ける。
「ママの名前。ママを、はこぶくるま。だから、ルステラ・キャリア」
ルースが静かに頷いた。
「……それがいい」
マスターが車体を見た。
琥珀色の光が、かすかに揺れた気がした。
カケルが短く言った。
「……決まりだな」
そうして。
この車両の名前は、《ルステラ・キャリア》になった。
――― ――― ―――
カケルが工房に戻り、二つのものを持ってきた。
一つは、羊皮紙の地図。
何も書かれていない。
《るすと》の位置を示す印が、ぽつんと一つあるだけだ。
あとは、白。
広大な、白。
「これから埋めていく地図だ。今は何もわからん」
マスターがそれを受け取った。
手触りに、何か引っかかった。
……この感触。
どこかで、触ったことがある。
記憶の端を、何かが掠めた。
レイが、地図を渡してくれたことがある。
いつの話だ。
この周回ではない。
――前の、消えてしまった周回の記憶。
ルステラが残したわずかな記憶残滓が、そう教えていた。
マスターが呟く。
「……レイも、くれたな。地図」
「何か言ったか」
カケルが聞く。
「……いや。なんでもない」
地図を、丁寧に折りたたんだ。
今度は、自分で埋める。
世界を歩きながら、一つずつ。
――― ――― ―――
「もう一個ある」
カケルが持ってきたのは、小型の機械装置だった。
《ルステラ・キャリア》の操縦席の前方、計器板に嵌め込まれている。
「NODE探知器だ。分散したルステラの欠片に反応する。
こいつも神権観測遮断機能つきだ。外からは見えない」
「それ、すごくないっすか」
ナツが言う。
「すごくない。反応するだけだ。場所は大雑把にしかわからん」
「それでも十分っすよ!」
「うるさい」
カケルが計器板を指でなぞった。
「今現在、一番強く反応している方角がある」
全員が計器板を覗き込んだ。
針が、北西方向を指していた。
「NODE01。ルステラの記憶核だ。
位置は荒野の先、廃墟都市の方角と一致する」
マスターが地図を広げた。
何も書かれていない白地図に、カケルが鉛筆で小さく矢印を入れた。
「旅商人のキャラバンが、そっちの方向に定期的に動いてる。
ルートに乗れれば、情報も補給も取れる。
まず、そこを目指せ」
マスターが頷いた。
「わかった。行くぞ」
――― ――― ―――
ドクタージン老がシズクの横に来て、小声で言った。
「マスターのSAN値は目を離すな。
あの男は自分が削れていることに気づかん」
シズクが眼鏡を押さえて答えた。
「……わかりました」
マスターにはほぼ聞こえていた。
聞こえていないふりをした。
――― ――― ―――
ムーニャンが荷物一つで、別の方向に立っていた。
「あたし、行くネ」
「...修行に出るのか」
「それだけじゃないアル。――今は言えないけど」
少し間があった。
「……強くなって戻るアル。それだけは確かヨロシ」
「わかった。待ってる」
「待たなくていいネ。追いついてみせるアル」
ムーニャンが歩き出した。
その後ろに。
大荷物を担いだコハクが、ついていった。
ムーニャンが振り返った。
「なんでついてくるアル」
「拙者、ムーニャン殿の修行に同行するでござる」
「いらないネ」
「構わないでござる。泥船に乗った――」
最後まで言わせずに、ムーニャンがコハクを蹴った。
正確に、痛いところ。
「邪魔アル!」
「ぐあっ!」
コハクが吹っ飛んだ。
即座に立ち上がった。
「では行くでござる!」
ムーニャンが舌打ちした。
「……うるさいネ」
それでも追い払うのを諦めたのか、ただ歩き続けた。
コハクがついていく。
大荷物が揺れる。
ナツが小さく笑った。
「……なんか、いいっすね、あのペア」
マスターが頷いた。
「戻ってきたら、強くなってそうだな」
二人の背中が遠ざかる。
喧嘩しながら、同じ方向へ。
――― ――― ―――
シンが、最後まで何も言わずにマスターの横に立っていた。
出発の直前。
一言だけ言った。
「俺が見ているのは、この世界線だけじゃない」
「……どういう意味だ」
「行ってくる。それだけだ」
シンが目を細めた。
「お前の選択が、分岐を作る。俺はその先を確認しに行く」
それ以上の説明はなかった。
シンが、静かに歩き出した。
マスターが呟く。
「……あいつは、何を知ってる」
誰も答えなかった。
――― ――― ―――
全員が《ルステラ・キャリア》に乗り始めた。
その瞬間。
「僕も行きます!」
タニシが飛び込んできた。
「だめ!」
ステラが即座に言う。
「……エッチ」
ルースが冷たく言う。
「何もしてないのに!!」
しかし荷台にしがみついて離れない。
「行きます! 荷物持ちでもやります! 存在を許してください!!」
マスターが振り返った。
長い沈黙。
「……はあ」
「いいんすか、マスター!?」
ナツが聞く。
「荷物が増えただけだ」
「やだ!!」
ステラが叫ぶ。
「……しかたない」
ルースがあっさり言う。
「ルース!?」
ステラが裏切られた顔をする。
タニシが涙目になった。
「ルースちゃん……!」
「エッチは変わらない」
「やっぱり!!」
カケルが無言でタニシを荷台の隅に押しやった。
「ありがとうございます!」
カケルが無視した。
――― ――― ―――
出発前。
《るすと》の面々が外に出てきていた。
ガロが酒場の入り口に寄りかかっていた。
「行くのか」
「ああ」
ガロが少し笑った。
「帰ってきたら、一杯おごれ」
「お前が出す側だろ」
「俺は常連だ」
フー子が軒先で水煙草の煙を、ゆっくりと吐いた。
「戻っておいで」
「ああ」
「……ルステラの声が聞こえたら、ちゃんと答えてやるんじゃよ」
煙が流れた。
それだけだった。
ギルマスが腕を組んで立っていた。
「帰ってこい」
「そんだけか」
「それ以外に何がいる」
イツキが受付スマイルのまま言った。
「いってらっしゃいませ――おっさん!」
ミツキが続ける。
「ログ異常は拾っておきます」
「またね!」
ステラが叫ぶ。
「……帰ってくるね」
ルースが小さく言う。
双子受付の二人が、少しだけ表情を崩した。
一瞬だけ。
それだけだった。
――― ――― ―――
エンジンが唸った。
ゴォォォォォ……
力強い音。
ステラが窓から身を乗り出して叫んだ。
「いってきます!!」
ルースが前を向いて、静かに言った。
「……ママ、待ってて」
マスターが前を見たまま、頭の中のノイズに耳を澄ませた。
何も聞こえない。
でも確かに、そこにある。
0.03%の、欠片。
膝の上の地図が、白いままで揺れていた。
これから、埋まっていく。
《るすと》が、遠ざかっていく。
長い旅が、今度こそ、始まった。
つづく
■ゲーマーおっさん解説!
拠点もののRPGって、そこから世界へ出る瞬間がたまらないんですよね。『ルナ』や『グランディア』みたいに、最初は狭い範囲で回っていた世界が、急に外へ開くと一気に冒険感が増す。しかも帰る場所がちゃんとあると、旅がただの放浪じゃなくなるんです。
店、仲間、セーブポイントみたいな拠点があるからこそ、外の危険が効いてくる。拠点RPGから世界探索RPGに変わるあの瞬間、毎回ワクワクします。
◆登場キャラクター
・マスター:《ルステラ・キャリア》の前に立ち、白地図を受け取った。記憶の残滓の中に、レイから地図をもらった周回の記憶が揺れた。
・ルース:「それがいい」と命名に頷く。「……帰ってきて」と双子受付に言った。
・ステラ:「ルステラ・キャリア」と名付けた。うそばっかり、かもしれん詐欺、いってきます、全部本話の担当。
・カケル:同行決定。NODE探知器と白地図を渡す。車両スペックを淡々と説明しながら「目標くらいはでかくてもいい」と一言だけ本音を見せた。
・ナツ:笑いと突っ込みのバランス担当。「空、飛べたらいいっすね」は素直だった。
・ノエル:後衛・双子世話係として安定同行。
・シズク:ドクタージン老からSAN値管理を引き継いだ眼鏡枠。マスターには聞こえていた。
・タニシ:荷台確保成功。エッチ認定は解除されていない。存在は許された。合掌。
・ムーニャン:「強くなって戻るアル」「今は言えないネ」不穏な一言を残して出発。コハクを蹴った。
・コハク:蹴られながらもついていく。喧嘩ペア旅立ち。
・シン:「お前の選択が分岐を作る。俺はその先を確認しに行く」。何を知っているのか、誰も知らない。
・フー子:「ルステラの声が聞こえたら、ちゃんと答えてやれ」。多くを語らず、でも深い。
・ギルマス:「帰ってこい」。それだけ。
・ガロ:「帰ってきたら一杯おごれ」。常連の矜持。
・イツキ&ミツキ:受付スマイルで見送った。最後だけ少し崩れた。
・ドクタージン老:「あの男は自分が削れていることに気づかん」。シズクへの引き継ぎ完了。
◆今回の解説
第58話、正式旅立ちです。
カケルによる《ルステラ・キャリア》の仕様説明から始まり、命名、白地図の受け渡し、NODE探知器の説明まで、旅に必要な情報が一気に整理されました。
白地図はこれから埋まっていきます。記憶の残滓が「レイからもらった地図」を引き出した場面は、1ループ目の面影を静かに残す伏線です。
ムーニャンとコハクは喧嘩ペアで別行動。シンは不穏な言葉を残して単独行動。誰もが何かを抱えたまま、それぞれの方向へ歩き始めました。
タニシは荷台にいます。次回から荷台コメンタリーが始まる予定です。
次回、NODE01「記憶」のある廃墟都市へ向けて、移動が始まります。
旅の覚書
【同行組】 マスター・ルース・ステラ・カケル・ナツ・ノエル・シズク・タニシ
【別行動組】 ムーニャン・コハク・シン
【留守番組】 フー子・ギルマス・ガロ・イツキミツキ・ドクタージン老 (レイ)(カナエ・タマモ)
「少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!」




