第5.5話 キャラバン到着、そしてタニシでござる ――銀等級の男は、すでに胃を痛めていた――
キャラバンと共に現れたのは、銀等級の男。
そして、マスターのTシャツに異常反応する妙な同郷。
救助成功の余韻は、うるさい雑用係の登場で一瞬にして吹き飛びます。
初めて誰かを救って、ようやくこの酒場に戻る意味を少しだけ掴んだ日。
その終わりに。
今度は、どうしようもなくうるさい同郷が、キャラバンと一緒に流れ着いてきた。
「同郷……同郷でござるよ、アニキ……!」
「誰がアニキだ」
床に座り込んだまま、俺はその丸い男を見上げていた。
低身長。
小太り。
猫背。
分厚い眼鏡。
そして、妙に媚びた笑み。
どう見ても強そうではない。
むしろ、戦場に出したら真っ先に物陰へ逃げそうなタイプだ。
なのに、そいつは俺の胸元を見て、涙ぐんでいた。
俺が着ているのは、色あせた黒地のTシャツ。
ドット調のコントローラーと、【AKIBA GAME PARADISE】の文字が入った、秋葉原の中古ゲームショップの閉店記念品だ。
正直、異世界で一番バレたくない種類の身元証明だった。
「そ、それ……! その首元のヨレ具合……! 閉店セール最終日の限定色でござるな!?」
「黙れ詳しすぎる」
「しかもLサイズ! 洗うと三回目くらいでプリントが少し割れるやつ!」
「やめろ。服の寿命を言い当てるな」
酒場の空気が、救助成功の余韻から、一気に妙な方向へ傾いた。
ノエルはぽかんとしている。
ミツキは困ったように笑い、イツキは完全に面白がっている顔だ。
「……うわぁ。気持ち悪い一致」
ミーナが、心底どうでもよさそうに言った。
「失敬な! これは魂の共鳴でござる!」
「服で共鳴する魂、安くない?」
「中古ゲームショップの閉店セールには、人生が詰まっているでござる!」
「詰めるな、そんなところに」
その横で、灰色の外套をまとった男が、静かに咳払いをした。
胸元には、鈍く光る銀色のプレート。
銀等級。
男は、疲れたように片目を細め、それでも背筋だけは崩さなかった。
「私はレイ。銀等級、巡回キャラバン調査隊の先導役を務めている」
低く、落ち着いた声だった。
その一言だけで、酒場の空気が少し締まる。
白磁、黒曜、鋼鉄、青玉、翠玉、紅玉、銅。
そのさらに上にある、銀。
今の俺からすれば、もはや別世界の住人だ。
その男が一歩前に出るだけで、酒場の空気が少し締まった。
レイが、改めて何かを説明しようと口を開いた。
「今回のキャラバンは、補給と調査記録の整理、それから――」
「ちなみに拙者、戦闘力は白磁未満でござる!」
「タニシ、黙れ」
銀等級の男の声が、完全にキレていた。
その温度差で、酒場が一瞬にして笑いに包まれる。
「す、すまない。彼は……その……」
「お荷物でござる!」
「自分で言うな!」
男は額を押さえた。
強そうなのに、すでに胃が痛そうだった。
「拙者、タニシ! 元・秋葉通い、現・雑用係! 戦えない! 走れない! でも謝る速度だけは一級品でござる!」
「最低の自己紹介だな」
「ありがとうございますアニキ!」
「褒めてない」
ガロが腹を抱えて笑い、ムーニャンが梁の上で親指を立てた。
「無念、こういうの好きアル!」
「お前は面白ければ何でもいいのか」
「だいたいそうネ」
ムーニャンは尻尾を揺らしながら、タニシをじっと見下ろしていた。
笑っているようで、目だけは少し細い。
「でも、ああいうの、たまに面倒アル」
「分かるのか?」
「猫は高いところから全部見るネ」
そう言って、ムーニャンはまた魚の串をかじった。
真面目なのか不真面目なのか、いまだに分からない。
イツキはにやにやしながら、端末を軽く叩いた。
「うわー、ログ取るまでもなく地雷」
「お姉ちゃん、それ悪口……」
ミツキが小声で止めるが、タニシはまったく気にしていなかった。
「いえいえ! 拙者、踏まれてナンボでござる!」
……こいつ、折れないな。
「そういえば拙者、キャラバンの道中で見たでござるよ」
「何をだ?」
「半分埋まった青い看板でござる。“安――”まで読めたでござる」
「……安?」
「その下に、白い矢印と、見覚えのある道路番号っぽいものがありましてな」
「やめろ。異世界で道路標識の話をするな」
その時、視界の端に小さなログが走った。
《簡易観測中》
《戦闘脅威:低》
《倫理評価:低》
なんだ、この雑な評価。
だが、すぐに別のノイズが重なった。
《音声接続:不安定》
ルステラの声が、耳の奥に落ちる。
「キャラバン到着、カクニン。対象名、タニシ」
「ルステラ?」
「戦闘危険度、低。行動危険度、ヒョウジ不能」
「それどういう意味だ?」
「ヨクワカリマセン」
「分からないのに出すなよ」
「分カラナイコトを、表示シテイマス」
それは少し怖い言い方だった。
タニシは、今も満面の笑みで俺のTシャツを見ている。
害がなさそうで、うるさくて、戦力にもならなそうで。
なのに、ルステラは“表示不能”と言った。
考えるには、今日の俺は疲れすぎていた。
「世話になる」
銀等級の男が、深く頭を下げた。
「しばらく、この酒場を拠点にしたい。キャラバンの補給と、調査記録の整理が必要だ」
「うちは酒場だぞ」
俺が言うと、イツキが肩をすくめた。
「酒場で、ギルドで、避難所で、たまに変なやつの終着点」
「最後のだけ嫌だな」
「もう手遅れじゃない?」
言い返せなかった。
タニシが、胸を張って言う。
「ご安心を! 拙者、何も出来ないでござるから!」
場内が、再び爆笑した。
「何も出来ないのを安心材料にするな」
「戦えない者には戦えない者なりの生存戦略があるでござる!」
「それはちょっと正しいのが腹立つ」
タニシは、ギルドについたのがよほど嬉しいのか、キャラバンの荷車の横を行ったり来たりしていた。
「へへっ、今日も箱がいっぱいでござるな! これは大儲けの予感でござる〜!」
笑い声と同時に、荷車の車輪が軋む。
並んでいるのは、布に包まれた箱。
棺ほど大きく、けれど形は少し違う。
どれも留め金で厳重に封じられ、側面には古いタグがいくつも貼られていた。
さっきまで笑っていたガロが、急に黙った。
ミーナも、目を細める。
銀等級の男が、足を止めずに言った。
「……今日は“休眠”が多いな」
「休眠?」
俺が聞き返すと、キャラバンの男が留め金を確かめながら、感情のない声で答えた。
「運が良けりゃ、そのまま戻る。悪けりゃ……まあ、戻らん」
タニシは首を傾げた。
「休眠? でござる? それってつまり――」
誰も、答えなかった。
その沈黙だけで、さっきまでの笑いがすっと引いていく。
《検証中》
耳元で、ルステラの声が落ちた。
《ソノ箱ハ、遺体デハアリマセン》
一拍置いて、淡々と続く。
《同時ニ、生存者ト断定スルコトモデキマセン》
タニシが「え?」と声を上げる前に、ルステラの気配は消えた。
キャラバンはギルドに荷下ろしを続けている。
けれど、箱は開かれない。
説明も、されない。
ただ、そこにある。
死体袋ではない。
担架でもない。
けれど、生きて帰ってきたとも言い切れない何か。
俺は、さっき救助してきた若い冒険者のことを思い出した。
担架で奥へ運ばれていった、あの生存者の顔を。
帰ってこられる者がいる。
帰ってきても、目を覚ませない者がいる。
そしてたぶん、この世界には、どちらにも分類できない者がいる。
タニシだけが、少し遅れて笑顔を引っ込めた。
「……アニキ」
「まだアニキじゃない」
「では、暫定アニキ」
「悪化してるぞ」
「この世界、思ったより……笑ってごまかせないでござるな」
珍しく、まともなことを言った。
俺は返事に少し迷ってから、カウンターの方を見た。
「……とりあえず、飲むか」
「賛成でござる!」
タニシは即答した。
立ち直りが早すぎる。
銀等級の男が、また深くため息をつく。
「本当にすまない」
「大丈夫だ。たぶん、ここの常連はこういうのに慣れてる」
「慣れていいのか、それは」
「俺もそう思う」
グラスの音が戻ってくる。
酒場のざわめきが戻ってくる。
キャラバンの荷下ろしの音だけが、その下で重く響いていた。
こうして。
俺の静かなノルマ生活に、どうしようもない同郷が、ひとり増えた。
そして同時に。
この世界の“帰還”という言葉が、俺の中で少しだけ重くなった。
――――――
# 第5.5話 後書き
■ 今回のお話について
第5.5話は、新第5話で救助に成功した直後の“接続回”です。
前半はタニシ登場コメディ。
後半はキャラバンが運んできた“休眠箱”による不穏の提示。
笑える登場人物を出しつつ、
「この世界では、帰還できたとしても終わりではない」
という部分を少しだけ見せる回になっています。
■ 新登場キャラクター解説
● タニシ(田螺)
同じ現代日本出身らしき男。
低身長・小太り・眼鏡。
オタク構文と媚びムーブ全開の雑用係。
マスターの秋葉系ゲームショップTシャツから同郷だと判定するという、非常に残念な初登場を果たしました。
この時点では、本人いわく「何も出来ないお荷物」。
ただし、ルステラのログでは行動危険度が“表示不能”と出ています。
● レイ
銀等級の冒険者。
巡回キャラバン調査隊の先導役。
冷静・有能・常識人。
タニシのせいで、登場時点からすでに胃を痛めています。
強さと常識を兼ね備えた人物ですが、この酒場ではだいたい苦労人ポジションです。
■ 休眠箱について
キャラバンが運んできた、棺のような密閉箱。
中身は遺体ではない。
しかし、生存者とも断定できない。
この世界における“帰還失敗”の一形態として、今後の不穏な伏線になります。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:白磁未満
レベル:2
基本ステータス
力:低
守り:低
速さ:低
賢さ:やや高
運:不安定
危険度:低
観測度:やや高
スキル
《ノルマ処理》
《ログ違和感への鈍い反応》
※本人はスキルと認識していない
加護
不明(本人未認識)
デバフ
《L.L.R.制約(低位成長代表者)》
※解除不可
■ 所持アイテム・装備
秋葉系中古ゲームショップのロゴTシャツ
冒険者用タグ(通信機能つき)
最低限の生活装備一式
予備の短剣
ギルド酒場のカウンター鍵(管理用)
次回は、銀等級の男とタニシが《るすと》に滞在することで、酒場の日常が少しだけ騒がしくなります。
それでは、また酒場で。
■ 今回のお話について
第5.5話は、新第5話で救助に成功した直後の“接続回”です。
前半はタニシ登場コメディ。
後半はキャラバンが運んできた“休眠箱”による不穏の提示。
笑える登場人物を出しつつ、
「この世界では、帰還できたとしても終わりではない」
という部分を少しだけ見せる回になっています。
■ 新登場キャラクター解説
● タニシ(田螺)
同じ現代日本出身らしき男。
低身長・小太り・眼鏡。
オタク構文と媚びムーブ全開の雑用係。
マスターの秋葉系ゲームショップTシャツから同郷だと判定するという、非常に残念な初登場を果たしました。
この時点では、本人いわく「何も出来ないお荷物」。
ただし、ルステラのログでは行動危険度が“表示不能”と出ています。
● レイ
銀等級の冒険者。
巡回キャラバン調査隊の先導役。
冷静・有能・常識人。
タニシのせいで、登場時点からすでに胃を痛めています。
強さと常識を兼ね備えた人物ですが、この酒場ではだいたい苦労人ポジションです。
■ 休眠箱について
キャラバンが運んできた、棺のような密閉箱。
中身は遺体ではない。
しかし、生存者とも断定できない。
この世界における“帰還失敗”の一形態として、今後の不穏な伏線になります。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME(通称:マスター)
等級:白磁未満
レベル:2
基本ステータス
力:低
守り:低
速さ:低
賢さ:やや高
運:不安定
危険度:低
観測度:やや高
スキル
《ノルマ処理》
《ログ違和感への鈍い反応》
※本人はスキルと認識していない
加護
不明(本人未認識)
デバフ
《L.L.R.制約(低位成長代表者)》
※解除不可
■ 所持アイテム・装備
秋葉系中古ゲームショップのロゴTシャツ
冒険者用タグ(通信機能つき)
最低限の生活装備一式
予備の短剣
ギルド酒場のカウンター鍵(管理用)
次回は、銀等級の男とタニシが《るすと》に滞在することで、酒場の日常が少しだけ騒がしくなります。
それでは、また酒場で。




