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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章 異世界ギルド酒場”るすと”へようこそ!

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幕間 観測ログ:監視でも回収でもないもの ――名前のない違和感と、開かない箱――

第5.5話のあと。

キャラバンが運んできた“休眠箱”を前に、受付裏の帳簿が静かに更新されます。

これは、監視でも救済でもない、ただ数字にされていく者たちの記録です。

 受付の裏は、表より静かだ。


 酒場の笑い声も、ジョッキの音も、遠隔操作キャラたちの電子音も、ここまでは少しだけ遠い。

 代わりに聞こえるのは、帳簿をめくる音と、古い札が触れ合う乾いた音だけだった。


 ギルド酒場るすとの奥。

 受付裏の壁には、金属の札が何本も吊るされている。


 戻ってきた者の札。

 戻らなかった者の札。

 そして、戻ったのか戻らなかったのか、まだ判定できない者の札。


挿絵(By みてみん)


 イツキはカウンター裏の椅子に腰を下ろし、半透明のログを片目で追っていた。


「……今日、多いね」


 隣に立つミツキが、小さく言った。


「そうでもないよ」


 イツキは軽い声で返す。


「昨日よりは少ない」


 その言い方に、意味があることを、ミツキは知っている。


 イツキの指が、一行で止まった。


()()():三》

()()()()


 その下に、さらに二つの行。


()()()()()()

()()()()()()()()()()()


 ミツキは、息を飲んだ。


「……二つ、あるんですね」


「あるよ」


 イツキは肩をすくめる。


「前から」


「回収、って……」


 ミツキが言葉を探していると、背後から別の声が割り込んだ。


()()とは、使えるという意味じゃ」


 フー子だった。


 小さな体に、黒いローブ。

 長い銀髪を肩に流し、大きめの三角帽子を少し斜めにかぶっている。


 見た目だけなら、子供にしか見えない。

 だが、その目だけが違う。


 眠そうで、退屈そうで、全部を見飽きたような目。


 フー子はシーシャのホースを片手に、甘い煙をゆっくり吐き出した。


挿絵(By みてみん)


「使える?」


「便利、という意味ではないぞ」


 フー子は、煙の輪を指先で崩す。


「まだ材料になる。まだ演算に使える。まだ命令に従わせられる。そういう意味じゃ」


 ミツキの顔が、少しだけ青くなる。


「じゃあ、使えない場合は……?」


「処理。あるいは、残す」


「残す?」


「拾う価値も、戻す価値もないと判断されたものは、その場に残される。帳簿に一行だけ残ってな」


 イツキが、軽い口調で続けた。


「まあ、簡単に言えば」


 彼女はネイルの先で、帳簿の端を叩く。


「身体ごと持っていかれるか」

「身体ごと、置いていかれるか」


 軽すぎる言い方だった。


 けれど、その軽さがなければ、この場所では仕事にならない。


「……どちらが」


 ミツキの声は小さかった。


「どちらが、いいんですか?」


 一瞬だけ、帳簿をめくる音が止まる。


 イツキは、ほんの一拍考えてから答えた。


「どっちも、()()じゃ()()()


 フー子が、また煙を吐いた。


「回収されりゃ、もう人ではない」

「残されりゃ、誰にも拾われん」


 ミツキは黙った。


 その沈黙の向こう、表の酒場から笑い声が聞こえた。

 タニシの甲高い声だ。

 どうやら、またマスターを「アニキ」と呼んで怒られているらしい。


 イツキは、ふっと笑った。


「表は平和だねー」


「……平和でしょうか」


「笑えてるうちは平和」


 そう言って、イツキは別のログを呼び出した。


 そこには、今日のマスターの記録が残っている。


《迷子冒険者タグの回収:達成》

《追加評価:生存者救助》

《個人ノルマ:達成》

《観測対象:NO NAME》

《通称:マスター》


 イツキの目が、少しだけ細くなった。


「この人、やっぱ変」


「マスターさんですか?」


「うん」


 イツキは、指先でログをなぞる。


「初回クエストの時から、そうだった」


 半透明の画面が切り替わる。


《受注処理:正常》

《難易度:白磁相当》

《異常値:未検出》


「受注は普通。内容も等級相応。なのに、開始前からなんかおかしかった」


「おかしい、ですか?」


「白磁未満にしては、落ち着きすぎ」


 イツキは、口の端を上げる。


「ビビってるのに、見るところは見てる。怖がってるのに、逃げ方を探してる。死にたくないくせに、見捨てる判断が遅い」


「……それは」


「いい人、って話じゃないよ」


 イツキの声が、少しだけ低くなる。


「この世界でそれをやると、普通は早く死ぬ」


 画面の端に、ノイズが走った。


《音声接続:不安定》

《発信元:未登録》

《識別候補:■■■■■■》


 ミツキが目を見開く。


「また、名前が……」


「出ないね」


 イツキは、慣れたように言った。


「ルステラ、だっけ。マスターがそう呼んでた声」


 画面が乱れる。


《該当データなし》

《該当データなし》

《該当データなし》


「該当データなし、ねぇ」


 イツキは椅子の背にもたれた。


「該当しないものが、会話して、警告して、救助補助までしてる。これ、どう見ても普通じゃない」


《観測継続》

《対象優先度:上昇》


「はいはい。観測ね」


 イツキは天井を見る。


「でもさ」


 彼女は、誰に向けたとも知れない声で言った。


「見てるのは、そっちだけ?」


 返事はない。


「それとも――」


 イツキは、救助記録の最後を見た。


《対象:白磁冒険者》

《状態:生存》

《搬送:医療区画》

《死体袋処理:不要》


「見返されてる?」


 その言葉に、ミツキが小さく震えた。


「お姉ちゃん」


「冗談」


「冗談に聞こえません」


「じゃあ、半分だけ本気」


 イツキは、今度はキャラバンの搬入記録を開いた。


 表の酒場で、車輪の音が重く響いている。

 布に包まれた箱。

 棺に似ていて、棺とは違う密閉箱。


 休眠箱。


《搬入物:休眠体》

《個体数:複数》

《遺体判定:否》

《生存判定:未確定》


 ミツキは、その表示から目を逸らせなかった。


「遺体じゃない。でも、生存者とも言えない」


「そういうこと」


「それは……人、なんですか?」


 イツキは答えなかった。


 代わりに、フー子が煙を吐く。


「人だったものか。人に戻るかもしれぬものか。あるいは、戻る前に別のものへ使われるものか」


「フー子さん」


「怖いかえ?」


「……怖いです」


「なら、まだ大丈夫じゃ」


 ミツキは顔を上げた。


 フー子は小さく笑う。


「怖がれぬ者から、順に帳簿側へ寄っていく」


 その言葉だけが、部屋の空気を少し冷やした。


 その時、別のログがぽん、と浮いた。


《対象名:タニシ》

《戦闘脅威:低》

《倫理評価:低》

《行動危険度:表示不能》


 イツキが、思わず吹き出した。


「なにこれ」


「タニシさん、ですよね」


「戦闘脅威低、倫理評価低、行動危険度表示不能」


 イツキは端末を見ながら、笑いをこらえる。


「ログだけで地雷じゃん」


「笑っていいんですか?」


「笑っとかないと、やってらんない」


 そう言ってから、イツキは少しだけ表情を消した。


「でも、表示不能は嫌だね」


「マスターさんと同じですか?」


「似てるけど、違う」


 イツキは、マスターのログとタニシのログを並べる。


《NO NAME:識別名欠落》

《ルステラ接続:未登録》

《タニシ:行動危険度表示不能》


「マスターは、記録に穴がある」

「タニシは、記録に収まらない」

「休眠箱は、記録が終わってない」


 三つのログが、薄く重なった。


 未登録。

 表示不能。

 未確定。


 どれも、この世界が嫌う言葉だった。


 ミツキは、ぽつりと呟く。


「監視すれば、分かるんでしょうか」


「分かるものはね」


 イツキは答える。


「でも、監視って万能じゃない。見る角度を間違えたら、見てるつもりで何も見てない」


 フー子が、楽しそうに目を細めた。


「ほっほ。監視カメラのつもりで覗いたら、向こうから目が合った、というやつじゃな」


「やめてよ。普通に怖い」


「怖い話じゃろ?」


 フー子はシーシャの煙をゆっくり吐いた。


 煙が、ログの光を少しだけ歪ませる。


 イツキは帳簿を閉じた。


 ぱたん、という音が、やけに大きく響いた。


「とりあえず、今日の結論」


「はい」


 ミツキが背筋を伸ばす。


「マスターは要観察」


「はい」


「ルステラは未登録のまま」


「はい」


「休眠箱は開けない。医療区画預かり」


「はい」


「タニシは、できるだけレイさんに押しつける」


「それは業務判断ですか?」


「生存判断」


 ミツキは少しだけ笑った。


 表の酒場では、またタニシが何かを叫び、マスターが低い声で突っ込んでいる。

 ノエルの笑い声も聞こえた。

 ガロの呆れたため息も。


 日常が戻ってきたように見える。


 だが、受付裏の帳簿には、確かに残っている。


 救助された者。

 回収された者。

 残された者。

 眠ったまま運ばれてきた者。


 そして――名前のない違和感。


 イツキは、誰にも見えないログの端を見つめた。


《観測継続》

《対象優先度:上昇》

《分類:監視対象外/回収対象外》

《備考:未定義》


「監視でも回収でもない、か」


 イツキは、小さく笑った。


「じゃあ、何なんだろうね。あのおっさん」


 返答はなかった。


 ただ、受付裏のランタンの火が、ほんの少しだけ揺れた。

 煙が輪になり、すぐにほどける。


 フー子が、誰にも聞こえないくらいの声で言った。


「物語じゃよ」


 その言葉は、帳簿には残らなかった。


■ 今回のお話について


今回は、旧幕間

「見ているのは監視カメラじゃない」

「監視でも回収でもないもの」

を合体させた、受付裏の観測幕間です。


第5話でマスターが生存者を救助し、

第5.5話でキャラバンが“休眠箱”を運んできたことで、

この世界の「帰還」「回収」「残置」の意味が少しだけ見えてきます。


■ 登場人物紹介


● イツキ

ギルド受付嬢の姉。

軽い口調のギャルだが、帳簿・ログ・数値から異常を察知する能力が高い。

マスター、ルステラ、タニシ、休眠箱という“記録に収まりきらないもの”を最初に整理する立場。


● ミツキ

ギルド受付嬢の妹。

姉より感情に近い側で物事を見る。

帳簿上の数字の裏に、人の顔や声を思い浮かべてしまうため、受付裏の重さを強く受け止めている。


● フー子

ロリ魔女ババア風の常連。

見た目は小さな魔女だが、世界の古い仕組みに詳しい。

核心は語らず、煙と軽口でごまかす。


■ 今回のゲームネタ


今回は「監視カメラ」「ログ」「状態判定」系の演出です。

ゲームでは当たり前に見えるステータスやログも、現実に寄せるとかなり怖いものになります。

「死亡」「回収」「未確定」が淡々と並ぶUIほど、静かに怖いものはありません。


主人公マスターの現在のステータス


名前:NO NAME(通称:マスター)

等級:白磁未満

レベル:2


基本ステータス


力:低

守り:低

速さ:低

賢さ:やや高

運:不安定


危険度:低

観測度:やや高


スキル


《ノルマ処理》

《ログ違和感への()()()()

※本人はスキルと認識していない


加護


不明(本人未認識)


所持アイテム・装備


秋葉系中古ゲームショップのロゴTシャツ

冒険者用タグ(通信機能つき)

最低限の生活装備一式

予備の短剣

ギルド酒場るすとのカウンター鍵(管理用)


次回からは、修行編へ。

戦って勝つ前に、まずは「死なずに戻る」練習です。


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読んでいただきありがとうございます。
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

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