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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章 異世界ギルド酒場”るすと”へようこそ!

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第5話 名前のないおっさん、声だけの少女に呼ばれる ――ルステラはまだ、全部を話せない――

ノルマはあと一つ。

戦わずに終わる依頼を選んだはずのマスターは、再びあの声を聞きます。

まだ姿を持たない少女は、彼を「マスター」と呼び続ける。


 外の現実は、相変わらず()()()()()()


 数字は減った。

 報酬も増えた。

 なのに、心のどこかは削れたままだった。


 酒場の隅で、俺はぬるくなった水を飲んでいる。

 酒を飲む気にはなれなかった。死体袋を見たあとに楽しく乾杯できるほど、俺のメンタルは強くない。


「……人生、詰んでね?」


 誰に聞かせるでもなく呟いたその瞬間、視界の端に小さなノイズが走った。


《音声接続:不安定》

《発信元:未登録》


 胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。


「……まさか」


「オカエリナサイ、マスター」


 声がした。


 カタカナ混じりで、少し機械的で、でも妙に優しい声。


 カタカナ混じりで、少し機械的で、でも妙に優しい声。

 まだ名前を全部聞いたわけじゃない。謎の少女AI。


「お前、やっぱりいるんだな。そろそろ名乗れよ」


「イマは、短時間ノミ接続可能デス。ルステラとお呼びください」

「わかった。で、なんで俺をマスターって呼ぶ?」

「回答権限ガ、アリマセン」

「便利な言葉だな、それ」

「便利デス」

「認めるな」


 声は少しだけ、笑った気がした。


「キョウノ精神負荷、ヤヤ高メ。オススメは“ムリシナイ”デス」


「それが出来たら苦労しない」


 俺は深くため息をつき、現実逃避をやめてクエストボードを見た。


挿絵(By みてみん)


《個人ノルマ:1》

《期限:本日24:00》


 残り一つ。


 戦闘は嫌だ。

 外も嫌だ。

 だが未達ならペナルティ。


 つまり、逃げ場がない。


「戦わなくていいやつは……」


 ボードを眺める。


《倉庫整理》――報酬:5G

《食材運搬補助》――報酬:8G

《迷子冒険者タグの回収》――報酬:20G


 最後の札だけ、妙に紙の色が()せていた。


「迷子冒険者タグ?」


 俺が読むと、ミツキが表情を曇らせた。


「昨日から、白磁の冒険者さんが一人戻っていません。タグだけが近距離圏内に反応しているんです」


「本人は?」


「……不明です」


 言い方で分かった。


 生きているかどうかも分からない。


 イツキが淡々と言う。


「無理にはすすめない。回収系は地味だけど、メンタルに来るから」


「回収って、本人じゃなくてタグだけの可能性もあるってことか」


「そういうこと」


 俺は札を見た。


 倉庫整理なら安全だ。

 食材運搬も多分マシだ。


 でも、見なかったことにしたら、たぶん寝られない。


 四十二歳無職で、ゲームだけが取り柄。

 それでも俺は、コンビニの前で勝手に体が動いた男だ。


「……そのタグ回収、受ける」


 イツキが眉を上げた。


「おっさん、昨日外で死にかけたばっかだけど」


「分かってる」


「弱いけど」


「分かってる」


「腰も終わってるけど」


「それは分かりたくない」


 ガロが席から立ち上がる。


「俺が行く」


「いや、ノルマだから俺が行かないと意味ないんだろ」


 ギルマスが頷いた。


「本人が関与しないと達成にならないな。ただし同行は可能だ」


 ガロは黙って俺に予備の短剣を投げた。


「戦うな。切るためじゃない。ロープを断つ、布を裂く、邪魔なものをどける。そのために持て」


「了解」


 ルステラの声が、また耳の奥で揺れた。


「マスター」


「なんだ」


「タグノ反応位置、ズレてイマス」


「ズレてる?」


「表示位置ヲ、信用シナイデ」


 俺は小さく頷いた。


「それ、先に言ってくれるの助かる」


「助けルためニ、イマス」


 その一言は、妙に胸に残った。


   *****


 回収地点は、酒場からそう遠くないはずだった。


 荒れた街道から少し外れた、黒い岩場。

 枯れた草が足首に絡み、風が砂を運んでくる。


 同行はガロとノエル。

 ノエルは昨日のこともあり、顔が少し青い。それでも来た。


「無理するなよ」


「マスターさんもです」


「俺は無理しないとノルマで死ぬ」


「それは……そうですね」


 納得されると悲しい。


 HUDにタグ反応が出る。


《反応:前方30m》


 だが、ルステラは言っていた。

 表示位置を信用するな。


 俺は足を止め、周囲を見る。


 前方には岩の隙間。

 右側には、崩れた荷箱。

 左側には、枯れ草の濃い場所。


 ゲームなら、こういうとき大体、目的地表示が罠の中心を指している。


「ガロ。反応は前。でも、多分違う」


「根拠は」


「昔のゲームの勘と、謎の声」


「信用しづらいな」


「俺もそう思う」


 その時、左の枯れ草がかすかに揺れた。


 人の手が見えた。


「いた!」


 ノエルが駆け出しかける。


「待て!」


 俺は腕を掴んだ。


 枯れ草の中に倒れていたのは、若い冒険者だった。

 息はある。だが足に黒い糸のようなものが絡みついている。


 タグの反応は、なぜか反対側の岩場に出続けていた。


「タグだけ移動させられてる?」


「誘導罠だ」


 ガロが斧を構える。


 岩場の奥で、黒い影が(うごめ)いた。


 スライムではない。

 蜘蛛のような形をした、小型のバグモンスター。


《対象:ワイヤーバグ》

《推奨対応:拘束解除後、即帰還》


「戦うなって出た」


「なら戦わん」


 ガロは即答した。


 強者ほど、引く判断が早い。


 俺は短剣を握り、倒れた冒険者の足元へ膝をついた。

 黒い糸が、ブーツと皮膚の隙間に食い込んでいる。普通に切ろうとすれば、足ごと傷つける。


「ルステラ、見えるか」


「視界共有、不安定。デモ、補助可能」


「どこを切る」


「右下。黒イ結ビ目。三秒後ニ、緩ミマス」


「三秒後?」


「今ハ、切ラナイデ」


 目の前で、ワイヤーバグが動く。

 ガロが斧の柄で地面を叩き、注意を逸らす。

 ノエルが震えながらも盾を構えた。


 一秒。

 二秒。


 長い。

 たった三秒が、馬鹿みたいに長い。


「今」


 俺は短剣を差し込み、黒い結び目を切った。


 ぷつん、と嫌な音がして、糸がほどける。


「ノエル、肩を貸せ!」


「はい!」


 倒れていた冒険者を二人で支える。

 ガロが最後に地面を蹴り、岩場から転がってきたタグを拾った。


「帰るぞ」


 胸元の冒険者タグを握る。


「帰還!」


《帰還申請》

《対象:三名+救助対象一名》

《経路補正》


 視界が白く跳ねた。


   *****


 酒場に戻った瞬間、ミツキが駆け寄ってきた。


「生存者です!」


 医療班らしき者たちが、若い冒険者を奥へ運んでいく。


 死体袋ではない。

 担架だ。


 その違いが、こんなに大きいとは思わなかった。


 ノエルが床に座り込み、泣きそうな顔で笑った。


「戻れました……」


「ああ」


 俺もその場に座り込んだ。

 腰が限界だった。


 イツキが端末を見て、小さく口笛を吹く。


《迷子冒険者タグの回収:達成》

《追加評価:生存者救助》

《個人ノルマ:1 → 0》

《報酬:20G》

《追加報酬:10G》


「おっさん、やるじゃん」


「戦ってないけどな」


「戦わずに戻したなら、十分」


 ガロが短く言った。


 その言葉は、昨日のどんな説明よりも重かった。


 梁の上から、ムーニャンがぱちぱちと拍手した。


「初救助成功、おめでとアル。弱いおっさんにしては上出来ネ」


「褒めてるのか煽ってるのかどっちだ」


「両方ニャ」


 その言い方があまりに自然で、酒場の何人かが笑った。


 視界の端に、小さな光が灯る。


《音声接続:残り5秒》


「マスター」


 ルステラの声だ。


「救出、成功デス」


「お前のおかげだ」


「イイエ。判断シタのは、マスターです」


 声が途切れかける。


「ルステラ」


 今度は、はっきり呼んだ。


 ノイズの向こうで、ほんの少しだけ沈黙があった。


「……ハイ」


「お前、そこにいるんだな」


「イマは、まだ。デモ」


 彼女は、消える寸前に言った。


「また、呼んでクダサイ。マスター」


 接続が切れた。


 酒場の騒がしさが戻ってくる。

 グラスの音。笑い声。誰かのため息。奥へ運ばれていく担架の車輪の音。


 俺は床に座ったまま、天井を見上げた。


 名前はまだない。

 強くもない。

 世界の仕組みも分からない。


 でも、一つだけ分かった。


 俺は、この酒場に戻ってくる。


 そして、戻れない誰かがいるなら――たぶん、放っておけない。


 そう思った、その時だった。


 酒場の外が、急にざわついた。


 最初は、風の音かと思った。

 けれど違う。


 地面の奥から響いてくる、低い振動。

 車輪が石を噛む音。

 金属の(きし)み。

 それから、荒れ地を踏みしめる獣の足音。


 ミーナが、カウンターに突っ伏していた顔を上げる。


「……キャラバン?」


 ガロが無言でジョッキを置いた。


 さっきまで梁の上で余裕ぶっていたムーニャンも、耳だけをぴくりと動かす。


「巡回組アルね」


「巡回組?」


 俺が聞き返すより早く、酒場の扉が外側から開いた。


 乾いた砂風が、店内へ流れ込む。

 その向こう、不毛な大地に、装甲車両の列が見えた。


 車体には傷。

 幌には継ぎ当て。

 それでも、進むための形だけは失っていない。


 先頭に立っていたのは、灰色の外套をまとった男だった。

 胸元で、銀色のプレートが鈍く光っている。


「銀等級……」


 ノエルが、小さく息を呑んだ。


 白磁の上が黒曜。

 その上が鋼鉄。

 さらに上が紅玉、銅、そして銀。


 俺のような白磁未満からすれば、もはや別世界の人間だ。


 その男の背後から、妙に丸い影がひょこりと顔を出した。


 低身長。

 小太り。

 猫背。

 分厚い眼鏡。

 やけに媚びた笑み。


 そして、俺を見るなり、ぴたりと固まった。


 いや、俺じゃない。


 俺の胸元を見ている。


 昨日から着たままの、色あせたゲームショップの限定Tシャツ。

 現代日本でしか通じないはずの、あのロゴを。


「…………」


 丸い男の口が、わなわなと震えた。


「そ、それ……まさか、アキバ地下三番街、閉店記念限定Tシャツでござるか?」


「……は?」


 酒場の空気が、別の意味で止まった。


 銀等級の男が、深く、深くため息をつく。


「タニシ」


「は、はいでござる、アニキ!」


「まず黙れ」


「すいませんアニキ!」


 反射速度だけは妙に速かった。


 俺は床に座ったまま、その丸い男を見上げる。


 どう見ても強そうではない。

 むしろ、戦場に出したら真っ先に物陰へ逃げそうなタイプだ。


 なのに、そいつは俺のTシャツを見て、涙ぐんでいた。


「同郷……同郷でござるよ、アニキ……!」


「誰がアニキだ」


 初めて誰かを救って、ようやくこの酒場に戻る意味を少しだけ掴んだ日。


 その終わりに。


 今度は、どうしようもなくうるさい同郷が、キャラバンと一緒に流れ着いてきた。


挿絵(By みてみん)


第5話でした。

今回のゲームネタは「戦闘ではなく救助・回収でクリアするクエスト」です。

敵を倒すだけが攻略ではなく、目的達成と帰還が最優先になるタイプのミッションですね。


主人公の現在のステータス

名前:NO NAME

通称:マスター

等級:白磁未満

HP:6/10

MP:不明

状態:本日ノルマ達成/ルステラ音声接続確認/精神負荷やや高め

所持品:55G、冒険者タグ、借り物の短剣

装備:木の棒、短剣、現代日本の服

危険度:中

観測度:微上昇

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読んでいただきありがとうございます。
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

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