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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章 異世界ギルド酒場”るすと”へようこそ!

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第4話 酒場の外は、ゲームじゃない ――はじめてのクエストは「帰ってくる」こと――

討伐なし。目的は街道沿いを見て、異常がなければ帰ってくるだけ。

けれど《るすと》の外では、帰還そのものがクエストになる。

ゲームの皮をかぶった現実へ、マスターとノエルが踏み出します。


 朝の《るすと》は、夜とはまるで別の顔をしている。


 カウンターに並ぶグラスはすべて伏せられ、床は無駄にきれいだ。

 あれだけ騒がしかった酒場が、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。


 ――正直、嫌な予感しかしない。


挿絵(By みてみん)


「……本当に、行くんですね」


 そう言って隣で装備を確認しているのは、白磁等級の新人、ノエルだ。

 昨日まで酒場でオロオロしていた少年が、今日は剣を腰に差している。


「行くっていうか、帰ってくるだけだ」


 俺はクエストボードを指差す。


《街道沿い索敵》

《内容:異常なしの場合は即帰還》

《討伐指定:なし》

《失敗条件:未帰還》


 報酬も最低限。

 討伐指定なし。


 いわゆるチュートリアル――のはずなのだが。


「失敗条件が未帰還って時点で、もう嫌なんだよな」


「でも、冒険ですよね」


 ノエルは不安そうに笑った。


「冒険っぽい言葉に騙されるな。これは確認作業だ」


 カウンターの向こうで、イツキが帳簿をめくりながら軽い声を投げてくる。


「ま、生きて戻ってきたら合格ってやつ? 死んだら不合格。シンプルでしょ」


「さらっと怖いこと言うな」


 ミツキは心配そうにノエルを見る。


「無理だと思ったら、すぐ戻ってきてくださいね」


 ガロは何も言わず、俺に小さな札を投げた。


「冒険者タグだ。近距離通信に使える。ただし長くは持たん。迷ったら、喋る前に戻れ」


「喋る前に?」


「助けを呼ぶ時間があるなら、足を動かせ」


 その横で、梁の上の猫耳メイドが足をぶらぶらさせていた。


「帰る判断、大事アル。帰れないやつ、だいたい死ぬネ」


「急にまともなこと言うな」


「ムーニャン、まともな時もあるニャ」


 ガロが低く言った。


「あいつの忠告は、たまに当たる。たまにだから厄介だがな」


 ありがたい助言なのに、全部が怖い。


―――――


 酒場の扉を開けた瞬間、空気が変わった。


 色が薄い。

 音が、やけに遠い。


 外に広がっていたのは、荒れた街道だった。

 道と言っても、土を踏み固めただけの線に近い。左右には()せた草と黒ずんだ岩。遠くには、崩れた塔のような影が見える。


 そんな街道の端に、妙にまっすぐな黒い地面が少しだけ残っていた。

 石でも土でもない。割れて、白い線のようなものが薄く残っている。


「……道路?」


 口にしてから、自分で首を振った。

 こんな異世界に、道路なんてあるわけがない。


 けれど、その割れた黒い地面は、俺の記憶にあるアスファルトに似ていた。


 ほかはどこも殺風景だ。


 ここは“住めるように作られていない場所”。

 ギルマスの説明を思い出す。


 HUDは表示されている。

 レベルも、HPも、MPも。


 なのに、身体が重い。


「……あれ?」


 ノエルが足を止めた。


「どうした」


「なんか、足が重いです」


「俺もだ」


 数値はある。

 だが、それが保証にならない。


 ゲームの中なら、ステータスが全てだ。

 けれど、この世界では地面の硬さも、空気の薄さも、恐怖で呼吸が浅くなることも、全部が身体に乗ってくる。


「行き過ぎるな。異常がなければ帰還だ」


「はい」


 街道を進む。


 五分。

 十分。


 何も起きない。


 何も起きないことが、逆に怖い。


 やがて、道の端に壊れた荷車が見えた。

 車輪が片方外れ、荷物の箱が割れている。中身は空だった。


「昨日までは、なかったんですよね」


「たぶんな」


 ノエルが剣を抜きかけた。


「待て」


 俺は手で制した。


 荷車の影で、何かが揺れている。


 青い。

 小さい。

 スライムだ。


 ただし、昨日のクエスト空間で見たスライムとは違う。


 輪郭が(にじ)んでいる。

 動きが一拍遅れて、目で追うたびに位置がずれる。


《対象:バグスライム》

《推奨対応:接触回避》


「接触回避って出てる。戦うな」


「でも、一匹だけなら――」


「ノエル」


 俺は声を低くした。


「このクエストの目的は、勝つことじゃない。帰ることだ」


 ノエルは息を飲んだ。


 その瞬間、バグスライムが跳ねた。


 速い。

 いや、速いというより、途中の動きが抜けている。次のコマだけ急に表示されたみたいに、目の前へ来る。


「っ――!」


 ノエルが剣を振る。


 当たった。


 はずだった。


 剣はスライムの中心を通り抜け、遅れて青い体がぐにゃりと歪む。


「判定がズレてる……!」


 ノエルの足元が(すべ)った。

 バグスライムが跳ねる。


 俺は反射的に前に出て、木の棒を地面へ叩きつけた。


 攻撃じゃない。

 音を出しただけだ。


 スライムの進路が、ほんの少し逸れる。


 ゲームの敵AIなら、音や近い対象に反応することがある。

 そんな古い知識が、なぜか役に立った。


「走れ!」


「えっ!?」


「いいから来い!」


 俺はノエルの腕を掴み、走った。


 背後で、ぬちゃ、ぬちゃ、と嫌な音が追ってくる。


 一本道のはずなのに、戻れない。

 景色が、わずかにずれる。


「な、なんで……!」


「知らん! 考えるな、走れ!」


 息が切れる。

 足がもつれる。

 四十二歳の身体は、ゲームの主人公みたいには動かない。


 それでも走るしかなかった。


 その時、胸元の冒険者タグが熱を持った。


《冒険者タグ通信、受信》

《発信元:ギルド酒場るすと


 イツキの声が、ノイズ混じりに響く。


《聞こえる? いいから――()()()()()()せよ!》


 短い。

 命令形。


 迷う余地はなかった。


 俺はタグを握りしめる。


「帰還!」


《帰還申請》

《距離:不安定》

《経路補正》


 視界がひっくり返った。


挿絵(By みてみん)


   *****


 次の瞬間、俺たちは酒場の前に転がり込んでいた。


 扉を押し開けた瞬間、酒と油の匂いの奥に、生温い鉄と臓物(ぞうもつ)の臭いが重なった。


 ちょうど向かいから、別のパーティが運び込まれてくる。


 担架が二つ。

 一つは布で覆われ、端から赤黒い液が床に滴っている。

 もう一つは回収袋――口が甘く縛られた黒い袋だった。


 昨日見た死体袋と同じもの。


 今度は、名前札が見えた。


 朝、俺たちが出る前に、酒場の奥で笑っていた若い冒険者の名前だった。


「……うそ」


 ノエルの声が震えた。


 俺は何も言えなかった。


 勝たなくていいクエストだった。

 ただ帰ってくるだけの仕事だった。


 それでも、一歩間違えれば、俺たちもあの袋に入っていた。


 ガロが近づいてきて、俺たちを見下ろす。


「戻ったな」


「……ああ」


「なら合格だ」


「こんなのが、合格なのかよ」


 ガロは答えなかった。


 イツキが端末を操作する。


《街道沿い索敵:達成》

《異常報告:バグスライム》

《個人ノルマ:2 → 1》

《報酬:15G》


 ノルマは減った。

 生きて戻った。


 けれど、胸の奥が冷たいままだった。


 ゲームの外に出たわけじゃない。

 ゲームみたいな世界の中で、現実の死を見ただけだ。


 俺は、黒い袋から目を逸らせなかった。


 この酒場は、帰ってくる場所だ。


 だからこそ――帰ってこられなかった奴の重さが、床に残る。


今回のゲームネタは「戦闘しなくていいクエストほど、実は危ない」です。

RPGでも偵察やお使い系イベントが、急に本編級の危険に繋がることがありますよね。


主人公の現在のステータス

名前:NO NAME

通称:マスター

等級:白磁未満

HP:7/10

MP:不明

状態:街道索敵達成/外界の死を目撃/精神負荷上昇

所持品:25G、冒険者タグ

装備:木の棒、現代日本の服

危険度:中

観測度:微上昇


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読んでいただきありがとうございます。
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

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影森ゆらは今日も死ぬ
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千回死亡幼女勇者 異世界Any%
― 新着の感想 ―
生存率が高くて逃げ足がはやい今の主人公が今後どうなるか楽しみです。
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