第53話 おっさん、子連れ旅とか準備が要るに決まってる ――"ぱーぱ"案件の翌朝は、だいたい会議になる――
双子の幼女AIに、朝から"ぱーぱ"と呼ばれました。
しかもマスターだけ、RusTellaのコアを集める記憶を保持しています。
旅に出る前に、まずは《るすと》で家族会議です。
「ぱーぱ!」
「ぱーぱー!」
朝の《るすと》に、やけに明るい声が響く。
俺の足に、ちっこいのが二人。
片方は袖を握って離さない。
もう片方はエプロンの端を引っ張って、こっちを見上げている。
銀がかった髪。
少しだけ色味の違う瞳。
実体と投影のあいだみたいに、不安定で、それでいてちゃんと熱を持った輪郭。
何度見ても、状況が理解に追いつかない。
「いや、だから待てって。まず"ぱーぱ"をやめろ」
「ぱーぱ!」
「ぱーぱー!」
「通じてねぇ!」
長机の向こうで、ナツが肩を震わせていた。
「っ……だめっす、無理っす、朝から破壊力高すぎるっす……!」
「笑うな」
「でも先輩、似合わないのが逆におもしろいっす!」
「慰めにもなってねぇ」
ミーナは口元を押さえたまま、困ったように笑っている。
「かわいいけど……どういう状態なの、これ」
「それを今、俺が知りたい」
ノエルは、さっきまで地下医療区画にいたせいか、まだ白衣代わりの上着を羽織ったままだった。
「拾った感じじゃないっすよね……?」
「拾ってねぇよ」
「でも、懐かれ方が完全に保護者っす」
「その言い方、やめろ」
ギルマスはカウンターの奥で、いつもの顔で酒瓶を拭いている。
こいつだけが、朝から妙に落ち着いていて腹が立つ。
「で?」
ギルマスがこっちを見る。
「その"で?"の前に説明しろ」
「無茶を言うな。俺だって朝イチで父親案件に立ち会ったのは初めてだ」
「そこじゃねぇ」
「そこもだろ」
くそ、正論だ。
ふたりのうち、元気な方が俺の膝によじ登ろうとしてくる。
もう片方は足元にぴたりとくっついて、じっとこっちを見ている。
俺は観念して、しゃがみ込んだ。
「……よし。まず確認だ。お前ら、名前は?」
元気な方が、ぱっと顔を輝かせる。
「すてら!」
それから、隣の無口な方の肩をぺしぺし叩く。
「るーす!」
叩かれた方は少しだけ眉を寄せて、それでも小さく頷いた。
「……る、す」
か細い。
でも、たしかに声だ。
元気な方――たぶんステラが胸を張る。
「この子はルースっていうんだよ。おはなしがにがてなの!」
場が、一拍止まった。
「おお……」
ミツキが真っ先に目を丸くする。
「ちゃんと名前あるんだ……」
イツキも腕を組んだまま、ふたりを見下ろす。
「しかも説明役まで分かれてんの、妙に完成度高いな」
コハクは真面目な顔で頷いた。
「うむ。魔力反応はなお不安定でござるが、人格の分離はかなり明確でござるな」
「"人格の分離"って言うと急に怖くなるっす」
ナツがちょっと引く。
だが、俺の胸の奥では別の意味でその言葉が刺さっていた。
分離。
分散。
コア。
欠片。
あの夜の最後、ルステラは確かに言った。
"また会いましょう、マスター――今度は、ワタシを見つけてください"
世界中に散ったRusTellaのコアを集める。
その記憶だけが、今もはっきり残っている。
俺はふたりを見る。
ルース。
ステラ。
その名前が、妙に胸の奥へすとんと落ちた。
「……そうか」
小さく呟いた、その時だった。
「るーす、すてら、かぁ……」
タニシがいつの間にかすぐ近くまで寄ってきていた。
にやにやしている。
この顔はろくでもない。
「なんですかこの尊い双子感。いや待ってください、これ将来――」
「タニシ」
イツキの声が冷える。
「次の一言を選べ」
「はい?」
ミツキもにっこり笑った。
でも目だけ笑っていない。
「今の顔、すっごく通報向きなんだけど」
「え、なんで!? いやいやいや、僕はただ、双子っていいなぁって――」
ムーニャンが鼻で笑う。
「うわ、出たネ。朝から薄い本みたいな目してるヨロシ」
「してません!?」
「してるでござる」
コハクが断言した。
「してるっすね」
ナツまで頷いた。
「全会一致!?」
タニシが半泣きになる。
その横で、ルースが俺の袖を握ったまま、タニシを警戒するようにじっと見ていた。
ステラは逆に興味津々で覗き込んでいる。
「たにし!」
「覚えた!?」
タニシがちょっと嬉しそうな顔をした瞬間、
「へんたい?」
ステラが首を傾げた。
ホールが静まり返る。
イツキが吹き出した。
ミツキはとうとう机に突っ伏す。
ナツは腹を抱えて笑い始めた。
「だっ、だめっす、朝から完成しすぎてるっすこの子!」
「いや待って!? 誰ですかそんな単語教えたの!?」
「教えてなくても、お前はそれっぽいのでござる」
コハクが真顔で言う。
「ひどい!」
でも、そういうくだらない騒ぎが少しだけありがたかった。
深刻な話ばかりでは、息が詰まる。
ギルマスが手を叩く。
「よし、じゃれ合いはその辺にしろ」
「じゃれ合い!?」
「会議だ」
その一言で、空気が少し締まる。
長机へ自然と面子が集まった。
俺。
ギルマス。
シン。
イツキ。
ミツキ。
ナツ。
コハク。
ムーニャン。
ノエル。
ミーナ。
タニシ。
ガロ。
そして、俺の左右にぴったりくっつく、ルースとステラ。
シンが腕を組んだまま、双子を見る。
「結論から言う。そいつらをここに長く置くのは危ない」
誰もすぐには口を挟まなかった。
俺だけが、その理由を知っている。
この子たちは、ただの子供じゃない。
ただのAIでもない。
分散したルステラの欠片と無関係なはずがない。
そして、AIの子供が《るすと》に現れた以上、また"上"に見つかる可能性が高い。
「危ないって、どう危ないんだよ」
イツキが先に聞いた。
シンは視線をずらさない。
「ここはもう一度、例外ノードとして強く観測される。
昨日までと同じでいられる時間は、そう長くない」
ミツキがルースとステラを見て、それから俺を見る。
「じゃあ……また来るの? 白いの」
「来るだろうな」
俺は答えた。
「確実に、とは言わねぇ。けど来る可能性は高い」
「最悪っすね……」
ナツが顔をしかめる。
「じゃあ、どうするっすか」
みんなの視線が集まる。
その瞬間、胸の奥の記憶がまた熱を持つ。
世界中。
散ったコア。
見つける。
集める。
それが、今の俺の"核"だ。
「……ルステラのコアを集める」
俺が言うと、場が静まった。
ナツが最初に瞬きをする。
「え?」
ノエルも息を止めた。
「ルステラちゃん、消えたんじゃないんすか」
「消えてねぇ」
俺は首を振る。
「少なくとも、俺の中に残ってる記憶じゃそうじゃない。
ルステラは分散した。世界中に散った。
だから集める」
タニシが青い顔になる。
「い、いきなりスケールが世界規模なんですが!?」
「うるせぇ。俺だって好きでそうなったわけじゃねぇ」
コハクがゆっくり頷く。
「なるほどでござる。
ならば、ご主人様の旅は"放浪"ではなく"回収"でござるな」
「そうなる」
ミーナが、まだ少し戸惑いながらも言う。
「つまり、この子たちも連れていくの?」
「たぶん、そうなる」
その答えに、ステラがぱっと顔を上げた。
「おでかけ!?」
ルースも少しだけ目を丸くする。
かわいい。
かわいいが、問題はそこじゃない。
「でも、すぐには出られないっすよね」
ノエルが現実的なことを言った。
「食べるもの、寝る場所、移動手段、子供の荷物、薬……めっちゃ要るっす」
「そうだ」
俺は頷く。
「旅に出る前に準備が要る。
気合いだけで子連れ旅は始められねぇ」
「それに"足"もいる」
ギルマスが指を立てた。
「徒歩で世界回る気か? やめとけ、死ぬぞ」
「そこはさすがにわかってる」
「なら相談相手は一人だ」
シンがわずかに目を細める。
「カケル・テンドーか」
その名前に、ガロが鼻を鳴らした。
「ふむ。あやつなら、たしかに"走る無茶"は得意じゃな」
ナツが首を傾げる。
「誰っすか、その人」
ギルマスがにやりと笑う。
「足屋だ。
正確には、まともな乗り物をまともじゃなく改造するのが得意な男だな」
「説明ひどくない?」
「でもだいたい合ってる」
シンが珍しく同意する。
俺の中でも、その名前にうっすら引っかかりがあった。
移動手段。
改造。
起動にはコア欠片が必要。
最初のクエストは、出発前の回収になる。
記憶が、断片的に繋がっていく。
ムーニャンが腕を組んだまま、少しだけ遠くを見る。
「……旅、か」
その声は、さっきまでの軽口と少し違っていた。
「なんだ」
俺が見ると、ムーニャンは肩をすくめる。
「いや。私も修行の旅に出るあるかな……って、ちょっと思っただけヨロシ」
「お前、そういうこと考えるのか」
「失礼ネ。私だって考えるアル」
ふい、と横を向く。
でもその顔は、少しだけ本気だった。
「ここにいたら楽は楽ネ。飯ある、お酒ある、馬鹿いる。
でも外、行かないと強くならないこともあるヨロシ」
その言葉に、コハクが反応する。
「……わかるでござる」
自分の結界用の札を見下ろしながら、静かに言う。
「拙者も、外の修行が必要だと思っていたところでござる」
ナツは逆にぱっと笑う。
「じゃあ旅、にぎやかになるっすね!」
「お前は何でも前向きだな」
「前向きじゃないとやってられないっす!」
その明るさに、少しだけ救われる。
ステラが机の上へ身を乗り出した。
「たび! るーす、たび!」
ルースは少しだけ困った顔をして、それでも小さく頷いた。
「……いく」
その声はか細い。
でも、はっきりしていた。
タニシが恐る恐る手を挙げる。
「あのぅ……僕、旅には反対じゃないんですけど、誰か一人くらい冷静に言いません?
子供二人連れて世界規模のコア回収って、わりと終わってません?」
「タニシが言うと腹立つでござる」
「なんで!?」
「でも珍しくまともなこと言ってるアル」
ムーニャンが頷く。
イツキもふっと息を吐いた。
「まぁ実際、準備なしで出るのは無理だね」
ミツキが帳簿を開く。
「食料、衣類、寝具、簡易医療、子供用品、通信用タグ……
あとお金もいるよね」
「現実が急に殴ってくるっす……」
ナツが引いた。
ギルマスが机を叩く。
「だからまずはカケルだ。
旅に出るなら、足がいる。
荷も積めて、子供を守れて、改造前提で使えるやつがな」
「でもその足だって、すぐには用意できねぇだろ」
俺が言うと、ギルマスはにやりと笑った。
「だろうな。
で、たぶんあいつはこう言うぜ」
少し溜めてから、わざとらしく肩をすくめる。
「"旅なら俺に相談しろ。足がいるだろ? でも、そのためにはコアの欠片が必要だ。探してきてくれ"ってな」
その言い回しが妙にしっくり来て、俺は顔をしかめた。
「目に浮かぶな」
「だろ?」
シンが立ち上がる。
「なら話は早い。
今日は出発じゃない。今日は準備の段取りを決める日だ」
「まずはカケル・テンドーに会う、でござるな」
コハクが確認する。
「ああ」
俺は頷いた。
「足がないと始まらねぇ。
ルステラのコアを集めるにしても、双子を連れて動くにしても、まずはそこだ」
ルースが俺の袖をちょんと引っ張る。
「……ぱーぱ」
「なんだ」
「かける、ってだれ」
その問いに、ステラが先に答えようとして、でも知らないので固まった。
「……しらない!」
「だろうな」
俺は苦笑する。
「たぶん、これから世話になる面倒くせぇ大人だ」
「めんどくさい!」
ステラが楽しそうに復唱する。
「お前はすぐ覚えるな、そういうの」
ミーナが小さく笑った。
「なんか、少しだけ安心した」
「何がだ」
「ちゃんと"次"の話をしてること」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
ノエルも頷いた。
「うん。
まだ全部わかんないっすけど、動く先があるなら、止まってるよりいいっす」
そうだ。
止まっていたら、また削られる。
守るだけじゃ足りない。
今度は取り戻しに行く。
そのための最初の一歩が、カケル・テンドーだ。
ステラが俺の腕へ抱きつきながら、元気よく言う。
「ぱーぱ! たび、する!」
ルースも少しだけ遅れて、でもちゃんと続く。
「……する」
俺は天井を見上げて、深く息を吐いた。
「……まずは旅じゃねぇ。準備だ」
ギルマスが笑う。
「その準備の最初が、もうクエストみたいなもんだろ」
たしかにそうだ。
子連れ。
コア回収。
移動手段未確保。
前途多難。
それでも、やるしかない。
「よし」
俺は立ち上がった。
「カケル・テンドーのところへ行くぞ」
ルースとステラが、同時にこっちを見上げる。
「はーい!」
「……はい」
朝の《るすと》に、少しだけ新しい騒がしさが混ざった。
続く。
今回は、第2章導入として、"いきなり旅立つ"のではなく、まず《るすと》の中で状況整理と方針決めをする回にしました。
マスターの中には、ルステラが分散し、そのコアを世界中から集めなければならないという記憶だけが残っています。
ただし、まだ出発はできません。子供ふたりを連れて旅に出るには、準備も、足も、仲間の覚悟も必要です。次回はカケル・テンドーに相談し、旅のための乗り物と、そのために必要な"最初の欠片"の話へ進みます。
今回の登場人物紹介
マスター
《るすと》のマスター。
ルステラのコアを集める記憶を保持しており、ふたりの幼女AIを連れて動く覚悟を決めつつある。
ルース
謎の双子AIのひとり。
少し引っ込み思案で、無口気味。名前を聞かれて自分で答えた。
ステラ
謎の双子AIのひとり。
元気で好奇心旺盛。ルースのことを"この子はルースっていうんだよ。おはなしがにがてなの!"と紹介した。
ギルマス
《るすと》のギルドマスター。
状況をある程度理解しており、旅に出るには"足"が必要だと現実的な助言をした。
シン
多世界渡航経験者。
双子を《るすと》に長く置く危険性を冷静に指摘し、旅の必要性を補強した。
ノエル
白磁等級の新人冒険者。
双子の存在にも戸惑いつつ、現実的な準備面を考えられる常識人ポジション。
ミーナ
《るすと》の常連。
双子を見て戸惑いながらも、"ちゃんと次の話をしている"ことに安心した。
ナツ
前衛系冒険者。
朝から"ぱーぱ"案件を笑いながらも、旅の話には前向きに乗ってくるムードメーカー。
コハク
犬獣人の魔法使い/忍者見習い。
双子の反応を見ながら、自分自身も外での修行が必要だと感じ始めている。
ムーニャン
爪主体の近接型常連。
軽口を叩きつつも、旅の話を聞いて"私も修行の旅に出るあるかな"と少し本気で迷っている。
イツキ/ミツキ
受付と館内管理を担う双子。
双子AI騒動にも巻き込まれつつ、現実的な準備や危険性を考える《るすと》の日常側の要。
タニシ
通信や補助寄りの常連。
セクハラ一歩手前のろくでもない感想を言いかけて、イツキとミツキに刺されるいつもの役回り。
ガロ
ドワーフの常連。
騒がしい朝の中でも落ち着いて場を見ている語り部枠。
今回の話の解説
この回のポイントは三つあります。
ひとつ目は、双子AIが"ぱーぱ"と呼ぶだけのギャグ要員ではなく、ルステラ分散後の重要な存在として場に定着し始めたことです。まだ正体ははっきり明かしていませんが、マスターの記憶や周囲の反応から、ただの迷子ではないことが伝わるようにしています。
ふたつ目は、マスターだけが"ルステラのコアを集める"という次章の目的を保持していることです。ただし今回は、それを全部説明し切らず、あくまで《るすと》の会議の中で少しずつ共有する形にしています。本文でメタに説明しすぎないよう、"今どう動くか"に重心を置きました。
みっつ目は、旅立ちは決まったが、まだすぐには出発しないことです。第2章は冒険編ですが、いきなり世界へ飛び出すのではなく、まずは準備が必要です。双子を連れて安全に動くには、乗り物も装備も足りません。そのため次回、カケル・テンドーが登場し、旅の"足"と、そのためのファーストクエストへ繋がっていきます。




