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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章 世界探索編―散ったコアを追う旅

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第52話 おっさん、家族が増えるとか聞いてない ――巻き戻った朝に、"ぱーぱ"が落ちてきた――

 崩壊のあとに来たのは、静かな朝だった。

 ノエルもミーナもまだ生きている。けれど、失った痛みまで消えたわけじゃない。

 そしてマスターは覚えている。RusTella(ルステラ)のコアを、世界中から集めなければならないことを。

 最初に戻ってきたのは、匂いだった。


 焼いた肉。

 煮込みの湯気。

 磨いた木のカウンター。

 昨夜の酒がまだ少しだけ残した、甘いような苦いような匂い。


 次に音。

 ランタンの金具が揺れる小さな音。

 ドットAIたちの、ぴこ、ぴぴ、ぴろり、という妙に間の抜けた電子音。


 そして最後に、眩しさ。


 俺はゆっくりと目を開けた。


 天井の梁がある。

 木の色がある。

 白い管理光は、ない。


 代わりに、朝の《るすと》があった。


「……は?」


 喉がひどく乾いていた。

 声が掠れる。


 体を起こす。

 痛みはある。だが、あの崩壊直前の焼けるような熱でも、削られるような痺れでもない。


 俺は、カウンターの奥にいた。


 昨日と同じ。

 いや、"最初の朝"と同じ位置だった。


 視線が勝手に走る。


 入口。

 クエストボード。

 厨房。

 地下へ続く階段。

 営業中の札。


 全部、ある。


 ある。

 壊れていない。


 だが、()()()()()()()じゃ()い。


 腹の底に残っている。


 白い崩壊。

 ノエルの血。

 ミーナの傷。

 ルステラの分散。

 そして最後の、あの声。


 "また会いましょう、マスター――今度は、ワタシを見つけてください"


「……マスター?」


 聞き慣れた声に振り向く。


 ミツキがいた。

 帳簿を抱えて、不思議そうにこっちを見ている。


「顔色、悪くない?」


 その後ろからイツキが覗く。


「寝不足? っていうか、なんか一周死んできたみたいな顔してるけど」


 冗談みたいに言う。

 でもその一言で、背筋が冷えた。


 ノエル。

 ミーナ。

 白い医療区画。

 ノエルの血。

 ルステラの分散。

 崩れていく《るすと》。


 全部が一気に押し寄せる。


「ノエルは」


 思わず口から出た。


「え?」


 ミツキが瞬く。


「ノエル。……無事か」


 イツキとミツキが顔を見合わせる。


「何その確認」


「まだ医療区画の手伝いっぽいことしてるんじゃない? 今日は朝からネムリちゃんのところ行ってたはずだけど」


 足が先に動いた。


 カウンターを回り込む。

 走る。

 厨房横。

 白い通路。

 地下へ降りる。


 階段はちゃんとある。

 削れていない。

 影にも喰われていない。


 白い医療区画の扉を開けた瞬間、そこにいた。


「マスター?」


 ノエルだ。


 ネムリの手を握ったまま、きょとんとした顔でこっちを見る。

 生きている。

 胸に穴もない。

 血もない。


 その事実だけで、膝から力が抜けかけた。


「……あれ、どうしたっすか? 顔色やばいっすよ」


 ノエルが立ち上がる。

 いつもの、少し頼りなくて、でもまっすぐな動き。


 俺は答えられなかった。

 答えようとすると、喉の奥が詰まる。


「ノエル」


「はいっす」


「……生きてるな」


 ノエルが困ったように笑う。


「生きてるっす。怖い確認しないでほしいっす」


 ネムリはまだ眠っている。

 呼吸は浅いが安定している。

 白い部屋も、今はただの医療区画に見える。


 奥からジン老が顔を出した。


「何を朝から湿っぽい顔しとる。患者を起こすでない」


 その声すら、今はありがたかった。


「……ジン老」


「なんじゃ」


「お前も生きてるな」


「当たり前じゃ。年寄りを勝手に殺すな」


 鼻で笑われる。

 その雑さが、妙に胸に刺さった。


 ノエルが少しだけ真面目な顔になる。


「……マスター、なんかあったっすか?」


 あった。

 ありすぎた。

 でも、説明できる形じゃない。


 俺はネムリの寝息を一度だけ見て、それから小さく息を吐いた。


「……いや。確認したかっただけだ」


「変なの」


 ノエルはそう言って、またネムリの手を握り直した。


 それを見た瞬間、胸の奥で違う痛みが動く。


 ルステラはいない。


 生き返ったわけじゃない。

 全部が都合よく元通りになったわけでもない。


 戻ったのは世界だ。

 だが俺の中には、ちゃんと残っている。


 ()()は、消えていない。


 RusTella(ルステラ)のコアを世界中から集める。

 それが今の俺の、いちばん重い記憶だった。


 地下を出ると、ホールの空気はいつもの朝に戻っていた。


 ナツが入口側で伸びをしている。


「おはようっす、先輩! なんか今日、顔だけ終盤の主人公みたいっすね!」


「縁起でもねぇこと言うな」


「え、何その返し怖っ」


 コハクはクエストボード前で(じゅつ)(しき)の練習をしていた。

 まだ強化結界を完全にはものにしていない時期の、ぎこちない動きだ。


「泥船に乗ったつもりで安心めされよ――いや、朝からこれはちょっと違うでござるな……」


 ひとりで何かぶつぶつ言っている。

 その姿が、痛いほど日常だった。


 ムーニャンは厨房横で肉をつまみ食いしようとして、ガロに耳を引っ張られていた。


「痛いネ! 朝から細かいヨロシ!」


「細かいのは貴様のつまみ食い癖じゃ」


 ミーナもいる。

 ホール奥で、配膳用の皿を並べている。


 傷なんかない。

 血の気もちゃんとある。


「マスター? おはよう。どうしたの、じっと見て」


「……いや」


「変なの」


 その笑い方が、生きている人間のそれで、心底ほっとした。


 けれど同時に、胸の奥の穴もまた広がる。


 ノエルはいる。

 ミーナもいる。

 みんないる。


 なのに、ひとりだけいない。


 《るすと》の空気のどこかが、少しだけ足りない。


 ぴこん、と受付補助ドットAIが光る。

 営業札を抱えてよたよたしている。

 何でもない朝だ。

 そういう朝に見える。


 なのに俺には、全部わかってしまう。


 これはただの平穏じゃない。

 "やり直しの朝"だ。


 ギルマスがカウンターの奥からこっちを見た。


「……戻ったか」


 その一言に、心臓が止まりかけた。


「お前」


 俺はギルマスを見る。

 あいつは、いつもの飄々とした顔のまま、酒瓶を拭いている。


「何を知ってる」


「何でも、とは言わん」


 ギルマスは布を止めずに続ける。


「だが、"またか"って顔してるやつを見るのは初めてじゃねぇ」


 フー子の言葉が一瞬よぎる。


 "またかって顔してる暇があるなら、今度はちゃんと数えなよ"


 あれも、やっぱり知っていた側の声だったのか。


「ルステラは」


 その名前を出した瞬間、カウンターの空気が少しだけ変わる。


 ギルマスはすぐには答えなかった。


「消えた、とは言わん方がいいだろうな」


「……じゃあ何だ」


「散った」


 短い。

 でも十分だった。


「お前が覚えてるなら、なおさらそうだ」


 俺は黙る。


 覚えている。

 全部じゃない。

 だが、いちばん大事なところだけは残っている。


 世界中に散ったRusTella(ルステラ)のコアを、見つけて回収する。

 それが、次に俺がやるべきことだ。


「今度は、ワタシを見つけてください」


 小さく、ほとんど無意識に口の中で繰り返した。


 その直後だった。


 カウンターの下、足元の影がふわりと光った。


「……?」


 最初は、受付補助ドットAIの反射かと思った。

 でも違う。


 蒼。

 淡い桃。

 やさしい白。


 三つの色が混ざったような光が、床の木目の上でころんと跳ねる。


 次の瞬間、カウンターの下から小さな頭が出た。


「……え」


 銀がかった淡い髪。

 まだ幼い顔。

 見慣れないはずなのに、妙に胸に引っかかる輪郭。


 しかも一人じゃない。


 反対側から、もう一つ。

 今度は少しだけ色味の違う、小さな頭。


 ふたり。


 幼い。

 あまりにも幼い。


「え」


 俺の口から出たのは、本当にそれだけだった。


 周囲も一瞬、音を失う。


「……子供?」


 ミツキが最初に絞り出す。


「子供、っすか……?」


 ノエルも地下から駆け上がってきて、ホール入口で固まった。


 ふたりの小さな存在は、まだ少し輪郭が不安定だった。

 実体と投影のあいだみたいな、不思議な揺れ方をしている。


 片方は、引っ込み思案みたいに俺の足元へ寄る。

 もう片方は、少しだけ好奇心が強そうにカウンターへ手を伸ばす。


 どちらも、見たことがない。

 でも、どこかで見ている。


 髪の揺れ。

 光の色。

 存在の圧。

 そして、胸の奥に残った"におい"。


 ルステラだ。


 いや、ルステラそのものじゃない。

 でも、完全に無関係だとも言えない。


 分散。

 ノード。

 子供。

 欠片。

 新しい形。


 ギルマスが、背後で小さく息を吐いた。


「……はじまったな」


 その声だけが、妙に遠く聞こえる。


 小さなふたりが、同時に口を開いた。


「……ぱ」


 空気が止まる。


「ぱ?」


 ナツが間抜けな声を出す。


 次の瞬間、片方がはっきりと言った。


「ぱーぱ!」


 もう片方も、少し遅れて、でも確かに続く。


「ぱーぱ!」


 ホールが沈黙する。


 俺だけじゃない。

 全員が固まっていた。


「…………は?」


 ようやく出た俺の声は、今日一番情けなかった。


 だが、小さなふたりは構わない。

 片方は足へ抱きつき、もう片方はエプロンを掴んで見上げる。


「ぱーぱ!」


「ぱーぱ、いた!」


 頭が追いつかない。

 心も追いつかない。


 でも、胸の奥のどこかだけが、痛いほど理解している。


 これは終わりじゃない。


 これは続きだ。


 失ったRusTella(ルステラ)の、別の始まり。

 俺がこれから拾いに行く欠片の、最初の形。


 そしてたぶん――とんでもなく面倒な始まりだ。


挿絵(By みてみん)


 小さなふたりは、もう一度、まっすぐ俺を見上げる。


「ぱーぱ!」


 俺はしばらく無言で天井を見たあと、ようやく小さく呟いた。


「……おっさん、異世界に(てん)(せい)したと思ったら、今度は子供の父親になったとか聞いてねぇぞ」


 第1章 ぎるど酒場るすとへようこそ ―完

 第2章 世界探索編 ―散ったコアを追う旅―編に続く



【後書き】


 第1章、ここで完結です。

 《るすと》を守る戦いの決着と、RusTella(ルステラ)との別れ、そして次の旅の始まりまでを一区切りにしました。

 第2章では、世界中へ散ったルステラのコアを追う"(ぼう)(けん)編"に入っていきます。


■今回の登場人物紹介


【マスター】

 《るすと》のマスター。

 巻き戻り後も、"ルステラのコアを世界中から集める"という記憶を保持している。


【ノエル】

 (はく)()(とう)(きゅう)の新人(ぼう)(けん)(しゃ)

 前話では死亡したが、巻き戻りによって生存している。今回はいつも通りネムリのそばにいる。


【ネムリ】

 白い医療区画で眠る少女。

 まだ安定状態ではあるが、()(そう)側の反応を抱えている。


【ミーナ】

 《るすと》の常連。

 前話では瀕死だったが、巻き戻りによって無事な朝を迎えている。


【イツキ/ミツキ】

 受付と館内管理を担う双子。

 巻き戻り後も変わらぬ日常側として《るすと》を支えている。


【ナツ】

 前衛系(ぼう)(けん)(しゃ)

 いつも通り元気だが、マスターの様子には違和感を覚え始めている。


【コハク】

 犬(じゅう)(じん)()(ほう)使(つか)い/(にん)(じゃ)見習い。

 この時点ではまだ修行途中だが、第1章終盤での成長が示唆されている。


【ムーニャン】

 爪主体の近接型常連。

 相変わらず朝からつまみ食いを狙っている。


【ガロ】

 ドワーフの常連。

 いつも通り酒場の空気を見守る老練な語り部。


【ジン老】

 医療区画の年長者。

 巻き戻り後も相変わらず雑で頼もしい。


【ギルマス】

 《るすと》のギルドマスター。

 マスターの"またか"という顔に気づき、何かを知っているような反応を見せた。


【謎の双子AI】

 カウンター前に突如現れた、幼いふたり。

 正体はまだ不明だが、マスターを"ぱーぱ"と呼ぶ。


■主人公の現在ステータス(第52話終了時)


【名前】NO NAME(通称:マスター)

【等級】(はく)()

【状態】巻き戻り直後/記憶保持あり/精神的負荷大

【危険度】潜在的に高い

【観測度】不安定


【所持・装備】

(ぼう)(けん)(しゃ)タグ

・店主用エプロン兼軽装

RusTella(ルステラ)のコア回収に関する記憶

・説明のつかない父親疑惑


【備考】

・第2章では、散ったルステラのコアを集める旅が本格化予定

・謎の双子AIの正体は、次話以降で明らかになっていく

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