幕間 にげるが勝ち、というかログアウト ――逃げた先で、もっと観測された件――
第3話と第4話のあいだに挟まる、
ノルマ処理のための幕間回です。
派手な戦闘も、成長イベントもありません。
あるのは、
理由は分からないが異様に弱い主人公と、
それを取り巻く、少しズレた世界だけ。
今回は、
「戦わない」「逃げる」「助けを求める」
そんな情けない選択ばかりを重ねながら、
それでも“結果だけは出てしまう”一夜を描いています。
笑って読める回ですが、
後から振り返ると、
少しだけ見え方が変わる話でもあります。
にげるが勝ち、というかログアウト――逃げた先で、もっと観測された件――
――残りノルマ、あと二つ。
その表示を見た瞬間、俺は本気で天を仰いだ。
「……無理だろ」
HUDに表示されるステータスは、今日も今日とて正直だった。
HP:1
攻撃力:1
防御力:0
成長?
知らない。
理由?
分からない。
ただひとつ確かなのは――
俺だけが、異様に弱い。
「マスター、次はノルマクエストです」
淡々とした音声が響く。
ギルマスの横で、イツキが腕を組んでこちらを見ていた。
「はいはい……で、次は?」
クエストボードが光る。
《ノルマクエスト①:生き延びろ!一撃即死ダンジョン》
「……嫌な予感しかしない」
ダイブ開始。
視界が切り替わった瞬間、
8bit感丸出しの横スクロールダンジョンが現れた。
トゲ。
穴。
コウモリ。
スライム。
HUDが容赦なく告げる。
《接触=死亡》
「言い方!!」
とりあえず剣を構えて――
振る。
スカッ。
「当たれよ!!」
次の瞬間、コウモリが突っ込んできた。
「たすけてくれえええええ!!」
反射でジャンプ。
ギリギリで回避。
《死亡確率:92%》
「数字出すな!!」
ここで悟った。
これ、
戦うゲームじゃない。
剣を振るのをやめた。
代わりに――
全力で逃走。
足場の端で止まり、
敵が通り過ぎるのを待ち、
しゃがみ、
落ちそうになり、
戻る。
観客席がざわつく。
「いや、攻撃しろよ!」
「逃げすぎじゃね?」
「勇者らしさゼロ!」
イツキの声が混じる。
「でもさ、これ……」
帳簿をめくりながら。
「倒さなくても進めるね」
ギルマスが目を細める。
「……確かに、進行ログは正常だ」
最後のトゲ地帯。
ジャンプ。
空中で方向転換。
着地――
ピタッ。
《CLEAR》
画面が止まった。
「……勝った?」
俺は、その場に座り込んだ。
《撃破数:0》
《死亡:なし》
イツキが吹き出す。
「ちょっと待って、
逃げ切り勝利って何」
ギルマスは深く息を吐いた。
「……次だ」
《ノルマクエスト②:逃げろ!弾幕耐久レトロシューティング》
「まだやるの!?」
次は縦スクロール。
自機は、豆粒みたいに小さい。
《耐久:1》
「……これ、当たったら終わりのやつだ」
開始と同時に弾幕。
「うわああああ!!」
反射で撃つ。
弾が増える。
「やめやめやめ!!」
すぐに撃つのをやめた。
ひたすら避ける。
右。
左。
上。
下。
弾と弾の、
紙一重。
《被弾予測:95%》
「やめろって!!」
観客席。
「まだ生きてる!?」
「逃げすぎだろ!!」
イツキ、冷静に。
「これさ、
撃つほど不利なゲームだよね」
ギルマスが、ぽつり。
「……攻撃していない」
残り時間、5秒。
「お願い、終われえええええ!!」
弾幕の中、
自機は――
生きてる。
《CLEAR》
音が鳴った。
俺はコントローラを放り投げた。
「……もう無理」
酒場が静まり返る。
《ノルマクエスト:完了》
イツキが笑いながら言う。
「ねえマスター」
「はい……」
「……あんた、逃げすぎ」
ギルマスは、しばらく黙ってから。
「……だが、条件は満たした」
HUDの表示は、やけに淡々としていた。
――逃げても。
――情けなくても。
――戦わなくても。
この世界では、
生き残った者が、
勝ち。
……たぶん。
そういうことに、しておいてほしい。
■ 今回の幕間について
幕間3.7は、
主人公が抱えている
「弱さ」そのものを、
真正面からコメディとして描く回です。
主人公は、この時点では――
なぜ自分が弱いのか
なぜ成長しないのか
なぜ数値がおかしいのか
その理由を一切知りません。
分かっているのは、
「戦えば死ぬ」
「逃げるしかない」
それだけです。
にもかかわらず、
結果としてはノルマを達成し、
“勝利扱い”になってしまう。
このズレこそが、
この世界の異常であり、
物語の核になります。
■ レトロゲームと「逃げ切り勝利」
今回のノルマクエストは、
どちらも「強さ」よりも
生存・回避・我慢が重視されるゲームでした。
強い人ほど失敗し、
弱い人ほど正解に近づく。
主人公はそれを理解していません。
ただ必死に、
「助けてくれ」と思いながら
逃げ続けているだけです。
ですが――
その選択が、結果として最適解になってしまう。
ここに、
世界の歪みが少しだけ滲んでいます。
■ 観測する側について
ギルマスやイツキ、
そして酒場の奥で動いている“何か”にとって、
この結果は偶然ではありません。
「弱いのに勝つ」
「戦っていないのに条件を満たす」
それは、
単なるラッキーでは説明できない挙動です。
ただし、この時点では――
まだ誰も、はっきりとは口にしません。
今は、
様子見。
帳簿に書けない異常は、
書かれないまま残されます。
■ 主人公の現在のステータス
※幕間のため、数値的な変化はありません。
名前:NO NAME
通称:マスター
冒険者等級:未登録
レベル:極端に低い(理由不明)
HP:1
攻撃力:1
防御力:0
状態:通常
所持アイテム:なし
装備:なし
※本人は「弱い」と自覚しているだけで、
その理由や意味は理解していません。




