第3話 初心者歓迎(嘘ではない) ――歓迎されたけど、命の保証はしませんでした――
第三話です。
今回は戦闘メイン……というより、
この世界の「当たり前」がどれだけ信用できないかを、
酒場とクエストボード越しに描いた回になります。
初心者向け。
安心設計。
チュートリアル。
――そう書いてあるものほど、
だいたい命を取りに来る。
そんな世界で、
主人公はまだ「戦う側」ですらありません。
ツッコミ役で、酒場番で、様子見の段階。
なお、ここから
レトロゲームキャラ=AI搭載遠隔操作キャラ
という設定が本格的に前に出てきます。
「なんでドット絵が酒飲んでるんだよ」
と思った方、
それは正常な感覚です。
どうぞ、肩の力を抜いて読んでください。
第3話 初心者歓迎(嘘ではない)
――歓迎されたけど、命の保証はしませんでした――
ギルド酒場の朝は、だいたい音から始まる。
グラスの触れ合う音。遠隔操作用の軽量キャラクター同士が、ジョッキをぶつけ合う乾いた音。そして――クエストボードが張り替えられる音だ。ギギッ、と古い木板が軋む、どこか懐かしい音。
「……今日は、ひどいな」
俺はカウンターの内側から、掲示板を見上げていた。
《スライムを三匹倒せ》
《制限時間:なし》
《失敗条件:HPがゼロになる》
「失敗条件、それだけかよ……」
文字は少ない。説明もない。その隣には、さらに露骨な札が並んでいる。
《ゴブリンを一匹倒せ》――報酬:50G
《ゴブリンを十匹倒せ》――報酬:55G
「……完全に初期だな」
説明不足。理不尽。しかも、どれも色違いだ。
《スライム(青)》
《スライム(赤)》
《スライム(緑)》
性能差の説明は、どこにも書かれていない。
「最初の村で、いきなり躓くやつだ」
そう呟くと、ドワーフのガロが低く鼻で笑った。
「説明がないまま始まるのが、一番たちが悪い」
ガロは、この世界がまだ劣化する前から生きている。だからこそ、こういう仕様の危険を、感覚で知っていた。
「しかも――」
カウンターに突っ伏していたミーナが、気だるげに言葉を切る。
「一回しくじったら、それで終わりって顔してる」
「……顔?」
「クエストの、ね」
俺も改めて札を見つめた。失敗条件は、たった一行。その先は、どこにも書かれていない。
「でも……」
白磁等級の新人、ノエルが少し楽しそうに言う。
「こういうの、ゲームっぽくないですか? 敵のことも、やってみないと分からない感じ」
「それを楽しいって言えるのは、今のうちだけよ」
ミーナは顔も上げない。
「最初は、みんなそう思う」
そのとき、酒場の中央から、やけに元気な声が飛んできた。
「ヒャッホー! 今日の酒もうめえ!」
赤い帽子にオーバーオール姿の男が、ジョッキを掲げている。処理を食わない、軽量なレトロゲームモデルだ。その隣では、青い装甲の戦士が無言で肉を咀嚼していた。腕の砲身から、微かに湯気が立っている。
「……それ、口から食えないのか?」
俺が聞くと、青い戦士は淡々(たんたん)と答えた。
「エネルギー変換効率は、どちらでも同じだ」
「名言っぽく言うな」
壁際では、鞭を腰に下げた無口そうな男が、水だけを飲んでいる。
「……今日は、落とし穴が多い」
「忠告ありがとう。それ、何周目の話だ?」
男は答えなかった。多分、もう数えていない。
遠隔操作用のAIキャラは、姿を切り替えられる。だが酒場では、負荷の軽いレトロモデルでいる者が多い。それが、この場所で生き残るための最適化だった。
「ねえ、マスター」
受付嬢のイツキが、例の面白いものを見つけた目で、こちらを見る。
「今日のボード、完全にチュートリアル詐欺だよね」
「どのへんが?」
「敵が色違いで、中身が分からないところ」
イツキが緑の札を指先で叩く。
「たぶん、これ」
「何か、厄介なやつだ」
「根拠は?」
「昔のゲームの勘」
「信用できねえ……」
そのとき、酒場の扉が、どん、と乱暴に開いた。一瞬、空気が止まる。
小柄な女。拳には布。足運びが異様に軽い。彼女はクエストボードを一瞥し、鼻で笑った。
「フン」
それだけ言って、すぐに外へ出ていく。
「今の人……誰ですか?」
ノエルが首を傾げる。
「知らない」
ミーナは興味なさそうだ。
だが、ガロだけが、わずかに眉を動かした。
「鋼鉄だ。足運びと、気配だ」
ガロはグラスを傾ける。
「名前は知らん。だが、ああいうのは――当たりだ」
その直後、酒場の照明が、ほんの一拍遅れて明滅した。
――来た。
視界の端に、直接《意味》が流れ込んでくる。
『観測、継続』
『対象:NO NAME』
『挙動に、偏差あり』
淡々とした観測の意志。
『脅威度、低』
『戦闘介入、不要』
短く荒い戦闘判断。
『倫理基準に照らし、問題は確認されません』
『人命損失は、許容範囲内です』
丁寧で冷たい倫理の結論。
……三つ。同じ存在じゃない。別々(べつべつ)の意志だ。
ガロは、カウンター越しに俺を一度だけ見た。酒を出す手。場を読む目。無意識に、全体を見ている立ち位置。
……マスター、か。
誰がそう呼び始めたのかは、分からない。だが、不思議と、しっくりきてしまう自分が、少し気に食わなかった。
「……なんかさ」
俺は、誰に向けるでもなく呟いた。
「いつの間にか、マスターって呼ばれてるけど……ここ、ギルマスもいるんだよな」
そのとき、頭の奥に、聞き慣れた声が響いた。
『マスター』
――ルステラだ。
『クエスト、オツカレさまデシタ』
「まだ終わってねえよ」
『キョウも、ノルマ、アリまス』
「あるよなあ……」
即答だった。
『デモ』
少し、間が空く。
『ギルドメンバー、タノしそウデス』
『コウリュウ、リョウコウ』
「……それ、感想だよな?」
『……ケンショウ中デス』
誤魔化した。
そういうとルステラは小さいドットのキャラクタに変身して俺から逃げて行った。
ルステラ――彼女は普段は長身の美少女のようなフォルムで俺の前に現れるのだが、俺がAI特有のおかしな点を指摘したり、自分に都合が悪いことが起こると、この変なファミコンキャラのような姿に変身して逃げ回るのだ。
前よりも、ほんの少しだけ――言葉を、選んでいる。なんだか、すこし人間臭いと思えてしまう。
さて。クエストボードは、今日も貼り替えられる。説明は、相変わらず足りないまま。それでも、誰かが外へ出ていく。
さっきの女――ウーニャン(無念)という名前を、俺が知るのは、もう少し先の話だ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第三話では、
クエストボードの正体
初心者向けという名の罠|
酒場に集うAI搭載ゲームキャラたち
そして、観測/戦闘/倫理という
三つの異なる判断軸
これらを、
あえて説明しすぎない形で配置しています。
なお、
鋼鉄等級の女――ウーニャン(無念)は、
まだ「影」だけの登場です。
本格的に動き出すのは、
もう少し先になります。
■ギルドるすとの全体図
劇中にはまだ登場していない設備ばかりですが、今後の世界観の補足第1弾としてギルドフロア案内図を公開します。
■ 主人公ステータス(第三話終了時点)
※この項目は 今後、毎話更新されます
名前:NO NAME
(周囲からの呼称:マスター)
種族:人間
状態:生存
等級:未登録(白磁相当と見なされている)
レベル:2
HP:低め(腰に不安あり)
MP:低め
SAN値:非表示
カルマ:非表示
※一部ステータスは、
意図的に表示されていません。
■ 所持アイテム
なし
(支給品・予備含め、現在は未所持)
■ 装備
なし
(武器・防具ともに未装備)
※酒場内では
「戦闘に出ない者」として扱われています。
■ 備考(世界観メモ)
酒場にいる冒険者の多くは
AI搭載の遠隔操作用ゲームキャラ
主人公は
それとは異なる例外枠
クエストノルマは
毎日更新・拒否不可
次話から、
いよいよ「端末では対処できない存在」が
前に出てきます。
第4話では、
鋼鉄等級の異常と、
「戦わないことを選んできた主人公」の立ち位置が、
はっきり分かれる予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




