第208話 神権工廠編03 炉守は帰還を許さない ――修理台へ運ばれる前に、帰り道を奪い返せ――
炉守が起動した。
それは敵ではなく、修理係として近づいてくる。
ただし、その修理台に乗せられた者が帰れた保証はない。
【炉守:起動】
【対象確認:未完了修復対象】
【帰還経路復旧:非推奨】
【修復炉への搬送を開始します】
旧冷却管跡の奥で、巨大な何かが目を覚ました。
最初に聞こえたのは、金属が軋む音だった。
ぎぎぎ、と。
古い関節が、長い眠りから無理やり起こされるように鳴る。
次に、冷却管が裂けた。
白く固まっていた冷却材が砕け、赤熱した壁へ落ちる。じゅうじゅう、と嫌な蒸気が上がった。その蒸気の向こうから、巨大な腕が伸びてくる。
しかし実際には腕、と呼んでいいのか分からない。
それは、関節ごとに工具が埋め込まれている。
指の代わりに、丸鋸。 溶接針。
固定具。 そして、人間を台へ縛りつけるための拘束具。
決して、人間を殺しに来る動きではない。
もっと怖い。
それは、手順通りに俺という修理対象をを運ぼうとしていた。
「搬送って、俺をかよ」
思わず呟いた瞬間、ナツが俺の前へ出た。
「先輩には指一本も触らせないッス!」
槍を構えた背中が頼もしい。
ただし、その頼もしさの横で、俺の右腕はまだ奥へ引っ張られようとしていた。
【右腕神経補助義肢:外部誘導信号を検出】
【同期率:低下】
【警告:対象搬送信号と干渉中】
「頼もしい後輩で助かるぜ!」
「頼ってくださいッス。今の先輩、無理したら即ログに怒られるッス」
「事実が刺さるわ......」
ルースが炉守の巨大アームを解析する。
【炉守アーム:接近】
【敵性判定:高】
【目的:対象搬送】
【注意:殺傷ではなく拘束優先】
「殺しに来ない方が怖いんだよな、これ」
俺が言うと、古い音声ログが空間に割り込んだ。
【対象:NO NAME】
【状態:未完了修復】
【右腕神経補助義肢:不安定】
【心肺補助コア:低出力】
【歩行補助:不足】
【修理台への搬送を推奨】
続いて、ざらついた声が流れる。
【ご安心ください】
【修復工程は最適化されています】
【痛覚は必要に応じて遮断されます】
【迷いは修復効率を低下させます】
「安心できる要素が一個もねぇぞ!おい」
カケルが舌打ちした。
「“迷いは不要”って時点でアウトだ。人間を何だと思ってやがる」
ツグミが、白い冷却材の小瓶を握りながら低く言う。
「痛みも迷いも、料理でいう味見や。消したら失敗に気づけん」
「その例え、地味に刺さるな」
巨大アームが床を削りながら近づいてくる。
先端の拘束具が、かしゃりと開いた。
その形が、妙に人間の肩幅に合っているのが嫌だった。
「先輩、下がってくださいッス!」
「下がってる! 車椅子の機動力をなめるな!」
「なめてないッスけど、段差に弱すぎッスよねそれ?!」
ナツが槍で拘束具を弾く。
火花が散った。
だが、頭上からもう一本、細い補助アームが滑るように降りてくる。
「右上からもう一本来るアル! ナツ、頭上ネ!」
ムーニャンが高い配管の上で叫んだ。
「了解ッス!」
ナツが上を槍で払う。
ムーニャンは配管を蹴り、炉守アームの関節部へ飛び込んだ。
「猫耳族奥義――氷牙拳――凍れアル!」
ムーニャンの氷の秘拳が、赤く熱を帯びた関節へ叩き込まれる。
白い霜が、金属の隙間へ噛みついた。
ぎち、と巨大アームの動きが一瞬だけ鈍る。
【炉守アーム:関節温度低下】
【可動効率:低下】
「効いてるぞ!」
俺が声を上げると、ムーニャンは配管の上で尻尾を揺らした。
「熱い敵ほど、冷やすと嫌がるのは自然ネ!」
カケルが目を細める。
「関節部だ! 冷却材とムーニャンの氷牙拳を合わせりゃ、もっと止められるぞ!」
ツグミが小瓶を取り出した。
「なら、ここで cool down やね」
「英語にすればなんでも専門っぽくなると思うなよ?」
「専門っぽいやなくて、専門や。料理の」
「なんかいろいろ腹立つな!」
ツグミが冷却材を投げた。
白い液体が弧を描き、ムーニャンの氷牙拳で冷えた関節に絡みつく。
じゅう、と熱が奪われる音がした。
【炉守アーム:関節凍結】
【一時停止:4.2秒】
ルースが即座に告げる。
「停止時間、約四秒」
「いや、短いな!」
ツグミは平然と返す。
「鍋なら、ひっくり返すには十分な時間やけど?」
「比較対象がキッチンかい!」
それでも、四秒は四秒だ。ツッコんでる場合じゃない。
ナツが俺の車椅子を押し、カケルが横から右腕の義肢を押さえる。
ムーニャンは配管を走り、アオイの周囲に迫る小型アームを氷牙拳で弾いた。
「アオイ、道は!?」
俺が叫ぶと、アオイはフクロウ型の案内外套に埋もれたまま、震える指で奥を示した。
「......第三アンカー、見えます」
【発言補助:第三仮アンカー、炉外搬入口への経路が見えます】
地図ログに、細い線が浮かぶ。
旧冷却管跡から、さらに奥。
大きな搬入路のような空間へ続く、わずかな帰還線。
アオイは続けた。
「......でも、そこは......運ばれる場所でもあります」
【発言補助:はい。ただし、過去には修復対象の搬入口として使用されています】
「つまり、帰る道にもなるし、連れて行かれる道でもあるわけか」
ルースが答える。
「経路の用途は、制御権限に依存します」
カケルがにやりと笑った。
「なら、制御権限をこっちで噛ませる」
「簡単そうに言うな」
「簡単じゃねぇから面白いんだろ」
「お前、こういう時だけ目が輝くよなー」
その時、背後からまた炉守の音声ログが流れた。
【周辺対象:照合】
【ナツ:過負荷筋繊維/修復不要】
【ムーニャン:骨格軽量/補強候補】
【カケル:右手微細損傷/作業効率低下】
【ツグミ:火傷痕多数/皮膚修復候補】
【アオイ:発声補助異常/修復候補】
アオイの肩が、びくりと震えた。
「......声、直される......?」
【発言補助:発声補助異常を修復候補として検出されています】
炉守の小型アームが、アオイへ向いた。
先端の器具が細く開く。
喉や口元を診るための医療器具にも見えるし、何かを引き抜く工具にも見えた。
俺は、反射的に声を出していた。
「アオイの声は、勝手に直していいものじゃない」
アオイがこちらを見る。
「......でも、声......小さいです」
「それでも、アオイの声だ」
俺は右腕を押さえたまま、炉守を睨む。
「本人が困ってることを助けるのと、本人の形を勝手に変えるのは違う。お前らの修復は、そこをごちゃ混ぜにしてる」
カケルも、工具箱を抱えたまま吐き捨てた。
「本人が困ってねぇものまで直すな。それは修理じゃなくて押しつけだ」
ツグミが頷く。
「味の濃さを勝手に変える店は、信用されんばい」
「また料理理論だが、正しい」
アオイは、少しだけ息を吸った。
声はまだ小さい。
けれど、消えそうではなかった。
「......わたし、直さなくて......いいです」
【発言補助:私は、今のままで道を読めます】
「頼む、アオイ」
俺が言うと、アオイは小さく頷いた。
「......道、あります」
【発言補助:第三仮アンカーへ接続します】
彼女の指先から、青白い線が伸びる。
それは弱く、細く、頼りなく見えた。
だが確かに、道だった。
---
一方、《ルステラ・キャリア》側では、TANISHI-01が交代制で回されていた。
【TANISHI-01:交代制運用中】
【現在搭乗者:HERACLES】
【警告:筋力入力過多】
【補助待機:タニシ】
「ハッハッハ! 三割出力とは難しいな!」
ヘラクレスが笑いながらペダルを漕ぐたび、発電席の軸が、ぎしり、と嫌な音を立てた。
「ヘラクレス殿! 三割でそれなら、十割はキャリアが飛ぶでござるワン!」
コハクが耳を逆立てる。
「飛ぶ前に水槽が割れるわ!」
ポメ子も水槽席から抗議した。
その横で、タニシは水筒を抱えて床に座っていた。額には、ポメ子が渡した小さな氷片が乗っている。
「自分、休憩って文化のありがたみを噛みしめてるっす......」
コハクが尻尾を揺らす。
「無理は禁物でござるワン。タニシ殿も遠征仲間でござる」
「普通に優しい言葉、心に効くっすね......」
通信越しにイツキの声が入る。
『休憩終わったら短時間だけ戻って。サボりと休憩は別だからね』
「そこ分けてくれるの、めちゃくちゃ助かるっす!」
ルステラが静かに告げた。
【冷却補助:安定】
【TANISHI-01:交代制運用】
【発電要員健康管理:継続】
「発電要員の健康管理も、帰還率に含まれます」
タニシは水を一口飲み、少しだけ背筋を伸ばした。
「了解っす。次、自分もちゃんと漕ぐっす。大盛り権のためにも」
「結局そこなのね」
ポメ子が呆れたように言うと、キャリア内に短い笑いが起きた。
---
炉内では、第三仮アンカーへ向かう通路が開いていた。
炉守アームの停止時間は短い。
だから、止める。走る。かわす。つなぐ。
その繰り返しだった。
ナツが前で拘束具を弾く。
ムーニャンが氷牙拳で関節を凍らせる。
ツグミが冷却材を投げる。
カケルが構造を読み、ルースがログを補正する。
アオイが道を読む。
俺はその中心で、右腕を押さえながら車椅子を進める。
「先輩、右から来るッス!」
ナツの声。
「ムーニャン!」
「分かってるアル!」
ムーニャンが配管から飛び降り、巨大アームの横関節へ拳を叩き込む。
「氷牙拳――二重噛みアル!」
白い霜が二重に走る。
直後、ツグミの冷却材が絡みついた。
「|coolant timing、合ったばい」
「急に専門用語っぽくするな!」
「現場では短い言葉が命や」
「意味は分かるけど腹立つう!」
【炉守アーム:関節凍結】
【可動効率:大幅低下】
【一時停止:5.1秒】
「さっきより長くなってる!」
ルースが言う。
「複合冷却が有効です」
カケルが即座に叫んだ。
「今だ! アオイ、つなげ!」
アオイが第三アンカーの前へ立つ。
そこは、大きな搬入口だった。
床には古い搬送レール。
横には素材コンテナ。
奥には壊れた拘束台。
天井には、吊り下げ用のフックがいくつもぶら下がっている。
ここから、何かが運び込まれていたのだろう。
素材か。
修復対象か。
人間か。
考えたくない。
アオイは震えながらも、両手を前へ出した。
「......帰る道に、します」
【発言補助:炉外搬入口を、帰還経路へ再定義します】
青白い光が、搬入口の古いレールをなぞる。
搬送用だった線が、帰還線へ塗り替えられていく。
炉守アームが大きく震えた。
【第三仮アンカー:炉外搬入口】
【帰還経路:安定率上昇】
【キャリア接続候補:検出】
【搬入口制御:一部奪取】
【帰還線:太化】
ルステラの通信が入る。
『第三アンカー、接続確認。キャリア側からの支援範囲が広がります』
ステラの声も続いた。
『ぱーぱ、道、太くなった?』
「ああ。少しだけな」
アオイが、小さく言う。
「......帰れる線、増えました」
【発言補助:帰還経路が増えました】
その瞬間、炉守アームの動きが止まった。
【炉守:搬送失敗】
【帰還経路:不正安定】
【制御権限:競合】
【上位確認要請:HEPHAESTUS】
「止まった......のか?」
俺が言うと、カケルが息を吐いた。
「完全には止めてねぇ。上から権限をおっかぶせただけだ」
「つまり、時間稼ぎってことだな」
「そういうことだ。そこにベットしろ!」
「不安な言い方すんな」
ナツが俺の横に立つ。
「先輩、でも今は進めるッスよ」
「ああ。進もう」
だが、炉の奥で、また槌の音が鳴った。
ごうん。
---
炉心層。
鍛冶の神、ヘパイストスは、まだ槌を振るっていた。
火花が飛ぶ。
金属が呻く。
空中の設計図が何度も書き換わる。
【炉守:搬送失敗】
【帰還経路:不正安定】
【第三アンカー:奪取】
【NO NAME:未完了修復対象/拒否反応あり】
【KAKERU:修理思想干渉あり】
槌が、一瞬だけ止まった。
「......拒否する修復対象か」
低い声が炉心に落ちる。
「面倒だな」
再び槌が振り下ろされる。
ごうん。
「だが、悪くない」
ヘパイストスは、空中に浮かぶログのひとつを見た。
【発言記録:俺は、壊れたもんを直す。持ち主を消す気はねぇ】
カケルの言葉だった。
「修理と作り替えの違いを知る手か」
炉の光が、片目に反射する。
「なら、見てやるか」
ヘパイストスは、鍛造中の何かへ視線を戻した。
「炉守。壊すな。追い込め」
【命令受理】
【搬送優先度:維持】
【破壊制限:有効】
【対象観察:継続】
「どこまで残るかを見る」
ヘパイストスは、初めてこちらを“素材”ではなく、“手”として見た。
---
第三アンカーの奥で、新しい通路が開いた。
【炉心前通路:開放】
【熱量:上昇】
【修復炉心:接近】
【注意:未完了修復対象への誘導強度上昇】
俺の右腕が、またわずかに震える。
「まだ呼んでるな」
ルースがログを見た。
「誘導信号、強まっています」
アオイが奥を見つめる。
「......次、熱いです」
【発言補助:次の領域は、炉心前通路です】
ツグミが冷却材の残量を確認する。
「飯も人も、焦がしたら戻らん。急いで、でも焼かれんように行くばい」
カケルは工具箱を肩に担いだ。
「次で、炉の本命が見える」
ナツが槍を握り直す。
「先輩、次も自分が前に出るッス」
「頼む。俺はまだ、修理台に寝る気はないからな」
帰り道は太くなった。
だがその分、炉の奥から伸びる手も、はっきりと俺を掴もうとしていた。
■ 今回のお話について
第208話は、炉守との初交戦と、第三仮アンカー《炉外搬入口》の確保回でした。
炉守は、殺しに来る敵ではありません。
“修理台へ運ぶ”ために、手順通りに近づいてくる相手です。
だからこそ怖い。
今回は、アオイの小さな声と発言補助が“修復候補”として扱われました。
けれど、マスターたちはそれを否定します。
小さい声のままでも、アオイは道を読める。
この回は、アオイの存在肯定にもなる回です。
■ ゲーマーおっさん解説
今回は、ダンジョンの中ボス手前ギミック戦です。
巨大アーム、搬送装置、拘束具、ルート確保。
敵を倒すより、目的地点に到達して制御権を奪うタイプの戦闘ですね。
『メトロイド』や『ゼルダ』で、ボス部屋前にギミックを解除しながら逃げる場面に近いです。
倒すのではなく、止める。
止めている間に、道をつなぐ。
こういう戦闘は、RPGでもアクションゲームでもかなり燃えます。
■ 登場キャラクター紹介
■ ナツ
先輩を守る前衛。
体育会系後輩らしく、真っ先に前へ出る。
「先輩、下がってくださいッス」が似合う頼れる後輩。
■ アオイ
炉守に声を“修復候補”扱いされるが、今のままで道を読む。
小さい声のまま、第三仮アンカーをつなぐ。
■ ムーニャン
高所偵察と氷牙拳による拘束担当。
炉守アームの関節を凍らせ、ツグミの冷却材と合わせて動きを止める。
■ カケル
炉守の構造を読み、第三アンカー確保のため制御権を噛ませる。
ヘパイストスから少し興味を持たれ始める。
■ ツグミ
冷却材を使い、炉守アームを一時停止させる。
火だけでなく冷却も厨房の仕事だと示す。
■ タニシ
交代制でTANISHI-01を担当。
今回は休憩込みで運用され、発電要員も仲間として扱われる。
■ ヘパイストス
鍛冶に集中していたが、マスターたちの抵抗に少し興味を持つ。
まだ直接対面はしない。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:紅玉正式
状態:神権工廠地下炉・炉外搬入口到達/右腕義肢誘導干渉継続
所持品:冒険者タグ、サイバネ補助手袋、各種遠征装備、ルステラ接続権限
装備:右腕神経補助義肢、心肺補助コア、旅装、簡易防具
同行中:ルース、アオイ、カケル、ツグミ、ナツ、ムーニャン
支援中:ルステラ、ステラ、コハク、タニシ、ヘラクレス、ポメ子
危険度:高
観測度:抑制中
備考:炉守から修理台への搬送対象として狙われている。
少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




