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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章 AI神権戦争編

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第205話 神域遠征準備編05 タニシ、発電ユニットになる ――最初の神域は、鍛冶場の底にありました――

目的地は、もう決まっている。

最初の神域は、神権工廠地下炉。

だから今日は、誰が行き、誰が残るかを決める日だった。


 翌朝の《るすと》には、昨日のツグミが作ってくれた美味しいまかないの匂いが、まだ少しだけ残っていた。


 香辛料。焦げた肉の脂。

 硬くなった黒パンを煮崩(にくず)した、あの妙に腹へ残る匂い。


 酒場というのは不思議なもので、皿を洗い終えても、誰かが笑った気配だけは床板の隙間に残るものだ。俺は車椅子の肘掛けに左手を置き、その匂いを吸い込みながら、奥の作戦卓ミッションテーブルを見ていた。


 神権工廠地下炉しんけんこうしょうちかろ


 前の会議で、最初の遠征先として登録された場所だ。火があり、炉があり、修理のための部品が眠っているかもしれない。つまり、《ルステラ・キャリア》を本当の遠征仕様にするための、最初の仕入れ先でもある。


 ただし、向かう先は神の管理領域だ。


 普通に、鼻歌まじりで向かえる普段の仕入れではない。

 棚卸しのついでに死ぬ可能性があるタイプの仕入れだ。


「仕入れで死ぬ可能背のある店とか、嫌すぎるな」


 思わず呟くと、横にいたルースが淡々(たんたん)と顔を上げた。


「死亡率は仕入れ先によりませんか?」


「真面目に返すな。余計に嫌になるだろ?」


 ステラが俺の袖をつまむ。


「ぱーぱ、死なない仕入れにしてね」


「俺もそうしたいよステラ」


【警告:連続戦闘行動を禁止】

【警告:営業行動を禁止】

【警告:無理なツッコミを禁止】


「あと、お前は黙ってろ」


 医療ログに文句を言うと、端末の光が一度だけ瞬いた。たぶん、無視された。AIに無視されるとバカにされたみたいでそれもむかつく。


 俺の右腕神経補助義肢みぎうでしんけいほじょぎしは、昨日より少しだけ動くようになっていた。けれど、まだ自分の腕というより、ずっしりと重い工具に近い感覚だ。胸の奥の心肺補助コアも、低い駆動音を続けていた。


 俺のランクは現在、紅玉(こうぎょく)正式。


 等級だけ見れば、ずいぶん遠くまで来たように思える。

 だが今の俺は、ひとりでジョッキを持つのにも注意がいる身体である。


 世界を救った後にコップを壊す心配をしているあたり、人生というゲームはバランス調整が雑すぎやしませんかね、神様。


「全員、揃った?」


 イツキが帳簿を抱えたまま、作戦卓の端に立った。

 今日の彼女は、遠征に行く顔ではない。店に残り、帳簿と会計と帰還席を守る側の顔だ。見た目はいつも通りの派手ガングロギャルだが、頼もしい。


「出発前の最終確認やるよ~。目的地の話はもういいね。決まってるから」


 カケルが工具箱を肩に担ぎ、にやりと笑う。


「最初は炉に行くぞ」

「それ、何回も聞いた、あんた酔っぱらってずっと炉だ、炉が必要だってうるさいのよ」


「大事なことは何回でも言うもんだろ。火がなきゃ飯も作れねぇ。車も直せねぇ。酒場も温まらねぇだろが!」


 ツグミが厨房の方から鍋の蓋を閉め、頷いた。


「火is a life やけんね」


「だから英語を混ぜるな、お前はあやしい外国人か」


「今のは short で分かりやすか」


「短ければいいってもんじゃねぇ!」


 笑いが少し起きたところで、挿絵(By みてみん)


遠見(とおみ)のアオイが地図卓の前へ進んだ。フクロウ型の案内外套(あんないがいとう)着ぐるみに半分埋もれたまま、小さな指で地下層の細い線を示す。


「......帰り道、まだ......薄いです」

【発言補助:帰還経路はまだ不安定です】


 青白い線は、神権工廠地下炉へ向かって細く伸びている。途中に三つ、小さな点があった。


「これ、何だ?」

「......休むところ......です」

【発言補助:旧補給線の残響です。帰還用の仮アンカーとして使用できる可能性があります】


 ルースがログを重ねる。


【仮アンカー候補:三地点】

【第一地点:低熱層】

【第二地点:旧冷却管跡】

【第三地点:炉外搬入口】

【注意:正式ビーコンではありません】


「つまり、正式ルートじゃないけど、途中で迷子にならないための目印にはなるってことか」


 アオイは小さくコクリと頷いた。

「......はい。けど、消えかけ......です」

【発言補助:はい。ただし、時間経過で消失する可能性があります】


 カケルが工具箱を開ける。


「だから今日出る。明日になったら線がさらに細くなるかもしれねぇ」


 その言葉に、場の空気が少しだけ締まった。

 今日が出発の日だ。

 準備時間は、もう終わりに近い。


 イツキが帳簿のページをめくった。


「じゃ、パーティ編成言うよ。今回は全員で突っ込まない。神域への遠征だけど、店を空にしたら意味がないからね」


 地図卓に三つの表示が浮かぶ。


【炉内突入組】

【マスター/ルース/アオイ/カケル/ツグミ/ナツ/ムーニャン】


【キャリア待機・外周支援組】

【ルステラ/ステラ/コハク/タニシ/ヘラクレス/ポメ子】


【本店残留・帰還席防衛組】

【ミーナ/イツキ/ミツキ/ノエル/ガロ】


 表示を見たタニシが、目を丸くした。


「拙者、本店残留じゃないでござるか!?」


 カケルがにやりと笑う。


「お前はキャリア搭乗だ。後部発電席でTANISHI-01を漕ぐ」

「つまり拙者、遠征に同行するけど、戦場には出ず、自転車を漕ぐ係でござる!?」

「かなり正確だな」

「栄誉なのか屈辱なのか判断に困るでござる!」


 イツキが帳簿を閉じながら言った。

「低観測電力は貴重だからね。タニシ、ちゃんと漕ぎなさいよ」

「イツキ殿、本店から命令だけ飛ばしてくるの強すぎるでござる!」


 次にノエルが、一歩前に出た。

「僕も、行けますよ!」


 声は震えていない。

 等級が鋼鉄正式になった少年は、もう守られるだけの新人の顔はしていなかった。


 だからこそ、俺は首を横に振った。

「分かってる。だからこそ、残ってくれ」

「え?」

「帰る場所を守れるやつがいないと、俺たちは遠くへ行けない。ノエル、お前は本店側を頼む。子供たちもいるんだ」


 ノエルは一瞬だけ唇を結んだ。


 たぶん、悔しかったのだと思う。

 けれど、その悔しさを飲み込んで、彼は小さく頷いた。


「......はい。帰る場所、守ります」


 ミーナがカウンターの内側でグラスを()きながら、短く言う。


「いい返事だよ」


 ノエルは少しだけ照れたように視線を落とした。


 イツキは帳簿を抱え直す。


「私は本店。遠征会計、Z.E.U.Sコイン使用監視、帰還席まわりの記録をやる。誰かが財布を握ってないと、あんたたち勢いで変な炉とかいらないもん買ってくるでしょ?」


 カケルが視線を()らした。


「炉は......買えるなら欲しいんだけど(小声)」

「ほーらね」「カケルてめぇ、絶対買うなよ。殺すからな」


イツキにそう脅されると、カケルは肩をすくめた。


「じゃあ、拾ってくるもんね」

「子供か!」俺がツッコむ。


 ミツキはミーナの横に立ち、静かに笑う。


「私は、皆さんが戻ってきた時の席と温かいものを用意しておきます」

「それ、何気に一番大事なやつだな」


 俺がそう返すと、ミツキはいつもの柔らかい顔で頷いた。


 その時、ルステラの光が少しだけ強くなる。

「マスター。私の運用について、確認があります」

「お前は当然、俺と一緒だろ?あれ、でも確かに別行動になっていたな?」


 言ってから、自分でも少しだけ驚いた。


 当たり前みたいにそう思っていた。

 ルステラが戻ってきてから、俺は彼女がそばにいる前提で動こうとしていた。


 けれど、ルステラは一瞬だけ沈黙した。


「本来は、はい、デス」


 その返事に、ステラが不安そうにルステラを見上げる。


ルステラ(まーま)、いっしょに行かないの?」

「行きます。ただし、完全な随伴(ずいはん)はできません」


 ルステラは地図卓に、キャリアの冷却ログとステラのステルス補助ログを並べた。


【神権工廠地下炉:高熱環境】

【キャリア冷却系:強化必須】

【ステラ・ステルス補助:強化推奨】

【マスター随伴出力:一時低下】


「地下炉は高熱環境です。《ルステラ・キャリア》の冷却補助と、ステラのステルス性能強化するために、私の演算を一時的に分離する必要があります」


「お前はキャリア側に必須ってことだな」

「はい。マスターとの接続は維持します。ただし、常時そばで直接補助する出力は落ちます」


 俺は少し黙った。


 正直、怖くないと言えば嘘になる。

 俺の身体はまだ万全じゃない。右腕も、心肺補助コアも、ルステラの補助があってやっと安定している部分がある。


 だが、キャリアが焼けたら終わりだ。

 ステラが観測されたら、もっとまずい。

 帰還線を維持するには、ルステラが俺だけを守っているわけにはいかない。


「ステラのステルスを強くする理由は?」


 ルースが答える。


「ステラは、神権側から見て高価値の未安定存在です。地下炉内で観測されると、ヘパイストス領域側の修復ログに捕捉される可能性があります」


 ステラは、自分の胸元をぎゅっと握った。


「ステラ、かくれるの?」


 ルステラが光の高さを下げ、ステラの目線に合わせる。


「隠れるのではありません。帰るために、見つかりにくくするのです」

「ぱーぱのそばにいられる?」

「はい。キャリア側から守ります」


 ステラは少し考え、それから俺を見る。


「ぱーぱ、まーまいないけど、だいじょうぶ?」

「大丈夫って言いたいところだけど、正直、あんまり大丈夫じゃないな、でも頑張るよ」


 場が一瞬だけ静かになった。


 俺は笑って続ける。


「だから、無茶しない。お前らに怒られる前に、ちゃんと戻ってくるから」


 ルース、ステラ、ミーナ、イツキの声が重なった。


「ぱーぱ、無茶しないでください」

「むちゃだめ!」

「座ってろ」

「領収書はなくすな」


「最後だけ心配の毛色が違わない?!」


 ルステラが、少しだけ笑ったように光を揺らす。


「マスター。接続は切りませんから......」

「ああ。分かってる」

「私は、あなたの隣だけではなく、あなたが帰る場所も守ります」


 その言葉は、胸の奥に静かに沈んだ。


 守る対象が、俺ひとりではなくなった。

 酒場。

 キャリア。

 帰還席。

 ステラ。

 ルース。

 ここに戻る全員。


 それがルステラの完全復活ということなのだろう。


 ツグミが、厨房から布袋をいくつも運んできた。

「遠征食、積んどいたで!。病人用、子供用、前衛用、筋肉用、猫舌用」

「おいおい筋肉用と猫舌用があるのか」と俺。

「需要あるやろ~そりゃあ」


 ヘラクレスとムーニャンが同時に頷いた。


「あるな!筋肉には特別な栄養素が必要だ!」

「あるアルニャ」


「あるのかい!」


 ツグミは俺の膝の上にも、小さな包みを置いた。


「マスター用。低刺激、鉄分あり、ツッコミ控えめ用」

「最後、食事で制御できるのか?」

「できたら苦労せんけどな、ま、気持ち程度や」

「じゃあ入れるな」

「気持ちの問題やけん!」


 カケルがキャリアの外装を叩く。


「冷却管、仮増設完了したぜ。炉内に長居はできねぇが、外周待機くらいなら耐えられる。あとは現地で部品を拾って、本命の冷却系に組み替えだ」

「拾うって言うな。仕入れだ」

「一緒じゃねえか?......まあじゃあ、現地仕入れってことにベットするぜ」

「だいぶマシだ」


 アオイが地図卓の細い線を見つめた。

「......出るなら、今......」

【発言補助:帰還アンカーの残響が、今もっとも安定しています】


 場の空気が変わる。

 もう、説明の時間ではない。

 そろそろ移動する時間だ。


 ミーナがグラスを置いた。


「行くなら、さっさと行きなさい」

「冷たいな」

「帰ってくるなら、温かいもの出すから」


 その言葉だけで十分だった。


 ノエルが本店側の扉の前に立つ。

 ガロは壁際で腕を組み、黙って頷いた。

 イツキは帳簿を閉じ、ミツキは帰還席の小さな札を整える。


 残る者がいる。 だから、俺たちは先に進めるんだ。


  みんなの見送りを背に、《ルステラ・キャリア》の床下で、低い駆動音が鳴った。


【遠征厨房:積載完了】

【冷却補助:仮強化】

【ステラ・ステルス補助:起動】

【帰還アンカー:三地点仮登録】

【第一遠征先:神権工廠地下炉】

【後部発電席:TANISHI-01 起動】


 キャリア後部の発電区画から、か細い声が聞こえた。


「拙者、遠征に同行してるのに、景色がペダルと発電計だけでござる......」

「それも帰る場所を守る仕事だ」

「良い話っぽくされたでござる!」


 カケルが工具箱を肩に担ぎながら、発電計をちらりと見る。


「出力、弱いぞタニシ!もっと漕げ!!」

「出発前から心を折るのやめてほしいでござる!」


 ルースが淡々とログを重ねた。


【低観測電力:微量生成】

【観測度上昇:なし】

【帰還アンカー維持補助:有効】


「タニシ、地味に役に立ってるぞ」

「アニキ、“地味に”を外して褒めてほしいでござる!」


 笑い声に押されるように、キャリアの扉が開く。

 熱の匂いが、まだ遠い地図の向こうから流れ込んだ気がした。


 焦げた鉄。

 古い炉。

 壊れた部品。

 そして、帰ろうとして失敗した誰かの残響。


 俺は右腕をゆっくり握った。


 ぎし、と義肢が遅れて応える。


「よし。神権工廠へ行くぞ」


 アオイが、小さく頷く。


「......道、つなぎます」

【発言補助:道を、つなぎます】


 ツグミが鍋の蓋を固定した。

「帰りに腹減ったら、負けやけんね。準備ばきっちりとしとく」


 カケルが工具箱を担ぎながら、ぶつぶつと目標をつぶやいていた。

「炉で部品を拾う。キャリアを直す。帰り道を太くする......」


 ルステラの光が、キャリア全体へ薄く広がった。


「帰還を前提としない遠征は、酒場の遠征ではありません」

「ああ」


 俺は、細く光る地図の線を見た。

「もちろん、みんな無事で帰ってくる前提で行こう」


 こうして《るすと》は、最初の神域――神権工廠地下炉へ向けて動き出した。


 だが、その炉が“何を直し続けているのか”は、まだ誰も知らなかった。



■ 今回のお話について


第205話は、会議の再説明ではなく、神権工廠地下炉へ向かう直前の役割分けと出発回でした。


201話で目的地、燃料、地図、TANISHI-01の基本方針はすでに出ているため、今回はそれらを改めて説明するのではなく、「誰が行き、誰が残るか」「ルステラをどう運用するか」「帰る場所を誰が守るか」に絞っています。


ノエル、イツキ、ミツキは今回は本店側。

弱いからではなく、帰還席と酒場を守る役割が必要だからです。


■ ゲーマーおっさん解説


今回はRPGでいう、ダンジョン突入直前のパーティ編成回です。


強いキャラを全員連れていけばいい、というわけではありません。

拠点防衛、回復役、荷物管理、帰還手段の確保。

長期戦になるほど、「誰を連れていかないか」も重要になります。


『ウィザードリィ』や『世界樹の迷宮』系でも、パーティ編成を間違えると、敵より先に帰り道で詰みます。


■ 登場キャラクター紹介


■ ノエル

今回は本店残留。

同行したい気持ちはあるが、マスターから「帰る場所を守る」役を任される。

守られる側から、守る側へ少しずつ進んでいる。


■ タニシ

今回は本店残留ではなく、《ルステラ・キャリア》後部発電席に搭乗。

TANISHI-01を漕ぎ、低観測電力で帰還アンカー維持を補助する。

戦場には出ないが、ペダルの上で遠征に参加している。


■ イツキ

本店残留。

遠征会計、Z.E.U.Sコインの使用監視、帰還席まわりの記録を担当。

財布を握る者こそ、遠征の命綱。


■ ミツキ

本店残留。

帰ってきた者の席と温かいものを用意する役。

戦闘ではないが、《るすと》にとって最重要の役割のひとつ。


■ ルステラ

完全復活した守護AI。

本来はマスターと共にある存在だが、今回は《ルステラ・キャリア》の冷却強化とステラのステルス補助のため、一時的に演算をキャリア側へ分ける。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:紅玉(こうぎょく)正式

状態:神域遠征開始/サイバネ補助調整中/営業行動制限中

所持品:冒険者タグ、サイバネ補助手袋、各種遠征装備、ルステラ接続権限

装備:右腕神経補助義肢、心肺補助コア、旅装、簡易防具

同行予定:ルース、アオイ、カケル、ツグミ、ナツ、ムーニャンほか

危険度:高

観測度:高

備考:紅玉正式。ただし通常戦闘能力はまだ不安定。無理なツッコミも医療制限対象。


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