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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章 AI神権戦争編

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第202話 神域遠征準備編02 ミーナ、店を開ける ――冒険しない女が、帰る場所を閉めなかった日――

マスターは紅玉正式になったが、手術後でまだカウンターには立てない。

戦後の《るすと》には、帰還者、負傷者、子供、常連たちが押し寄せる。

冒険しない女ミーナは、黙ってグラスを取った。

 ギルド酒場(るすと)の朝は、いつもより少しだけ静かだった。


 静か、と言っても客がいないわけではない。むしろ逆だ。カウンター席には帰還したばかりの冒険者が肩を落とし、壁際の席では保護された子供たちが毛布にくるまっている。奥の医療区画へ続く扉は、さっきから開いたり閉じたりを繰り返していた。


 酒の匂い。

 油の匂い。

 血の匂い。

 薬草茶の青臭い匂い。

 それから、まだどこかに残っている焦げた金属の匂い。


 勝ったはずなのに、酒場の空気は浮かれていない。


 世界をひとつ越えた後の朝は、ゲームのエンディングみたいに明るくはならなかった。スタッフロールの代わりに鳴っているのは、グラスを洗う音と、担架の車輪が床を(きし)ませる音だった。


「......よし」


 俺は、車椅子の肘掛けを握った。


 右腕の神経補助義肢(しんけいほじょぎし)が、ほんの少し遅れて反応する。指は動く。だが、動き方がぎこちない。ゲームで言うなら、十字キーの右だけ妙に硬い中古コントローラーだ。


【右腕神経補助義肢:同期率 44%】

【警告:営業行動を禁止】

【警告:グラス破損率 67%】

【警告:本人の自覚が不足しています】


「最後のログ、悪意ないか?」


「事実です」

 端末の上に浮かんだルースが、あまりにも真顔で答えた。


「ぱーぱ、座ってて」

 ステラの声は優しい。優しいが、言っている内容はルースと同じだ。


「いや、店がこの状態で、俺だけ座ってるわけにもいかないだろ。いちおう、俺はマスターだぞ」


「今のあんたは、店主じゃなくて医療区画から脱走してきた患者だし」


 カウンターの向こうで、ミーナが水差しを持ったまま言った。


 寝癖のように少し乱れてはいるが、美しい黒髪ロングヘア―。やる気がなさそうな半目。いつもの気だるげな姿勢。けれど、その手元だけは妙に正確で、グラスに注がれる水の量に(まよ)いがない。


「そこまで言う?」

「言う。あんたが立つと客が不安になるから座ってな」

「不安になるって......」


「今のあんた、どう見ても顔色が悪い。右腕が重そう。胸のコアが光ってる。なのにカウンターへ立とうとしてる。客から見たら、完全に“死にかけ店主がワンオペでほぼ死んでる店”よ?」


「正論すぎて痛いわ」


 イツキが帳簿をめくりながら、にやにや笑った。

「あと、壊したグラス代は紅玉基準で請求するからね~」

「紅玉、全然うれしくない......!」


 俺が言い返した瞬間、胸の補助コアが低く鳴った。


【心肺補助コア:負荷上昇】

【推奨:沈黙】


「ツッコミにまで医療制限が入るの、マジで納得いかねぇ......」

「納得しなくていいから、座ってて」


 ミーナはそう言うと、俺から視線を外して、カウンターの棚へ手を伸ばした。


 グラス。

 小さな木のカップ。

 子供用の軽い陶器。

 冒険者用の厚手のジョッキ。


 彼女は、それらを迷わず並べていく。


「で、店開けるよ」

「お前が?」

「他に誰がやるの。イツキは帳簿。ミツキは医療区画。ギルマスは別件。あんたは座ってるだけ」

「座ってるだけって言うな」

「じゃあ、座って見てな」


 その言葉は、思ったよりも重かった。


 ミーナは冒険しない冒険者だ。

 いつもカウンターの端にいて、気だるげに酒を飲んで、面倒くさそうに誰かの帰りを見ている。


 そういう女だと思っていた。

 だが今、彼女は誰より自然に、カウンターの内側へ立っていた。


 ―――――


 店に最初に来たのは、負傷(ふしょう)した若い冒険者だった。


 肩に包帯を巻き、笑っている。笑ってはいるが、手の震えが止まっていない。顔色も悪い。なのに、彼はカウンターに肘をつき、無理やり明るい声を出した。


「勝ったんだろ? 強い酒くれよ。今日は飲まなきゃやってられねぇ」


 ミーナは酒瓶に触れなかった。


 挿絵(By みてみん)


代わりに、水を一杯出す。


「まず水」

「酒場だろ。酒出せよ」

「今のあんたに出す酒はない」


 冒険者の表情が、少しだけ歪んだ。


「何様だよ」

()()()()()()()

「勝った日なんだろ?」

「勝ったやつだけが帰ってきたわけじゃない」


 その一言で、近くの席のざわめきが少しだけ落ちた。


 冒険者は何か言い返しかけたが、言葉が喉で止まったらしい。ミーナは表情を変えないまま、薄いスープの入った木椀を追加で置く。


「飲みたいなら、まず水。飯。寝る。起きて、それでも飲みたかったら出す」

「......ケチくせぇな」

「酒は逃げない。あんたが壊れたら戻らない」


 冒険者は、しばらく水の表面を見ていた。

 やがて、震える手でグラスを持ち上げる。


「......うまいな」

「水だからね」

「いや、そういうことじゃなくて」

「分かってる」


 ミーナは、それ以上何も言わなかった。

 ガロがカウンターの端で短く頷く。


「正しい」

「正しいとか言われると気持ち悪いからやめて」

「なら、間違ってはいない」

「それくらいでいい」


 俺は、そのやりとりを黙って見ていた。


 戦場で敵を斬るわけではない。

 ノードを回収するわけでもない。

 神権AIに啖呵たんかを切るわけでもない。


 ただ、酒を出さない。

 それが、誰かを守ることもあるのだと、今さら思い知らされた。


 次に来たのは、毛布を肩にかけた子供だった。名前はまだ定着していない。帰還席に接続(せつぞく)されたばかりの子供ログのひとりで、現実の体を持っているのか、仮の投影なのか、俺にはまだ判断できない。


 ステラが、ぱたぱたと寄っていく。


「ミーナ、この子、のどかわいたって」

「うん」


 ミーナは小さなカップに、薄く甘い湯を注いだ。蜂蜜ほど強くない。砂糖水ほど雑でもない。ほんの少しだけ甘くて、湯気がやわらかい。


【子供保護席:一部稼働】

【音量:低】

【照明:暖色】

【刺激物提供:禁止】

【推奨:温かい飲料】


「これ、なに?」


 ステラが首を傾げる。


「甘いだけのお湯。泣きそうな時は、味が強すぎると余計に疲れるから」

「ミーナ、くわしい」

「見てきただけ」

「誰を?」


 ミーナの手が、一瞬だけ止まった。

 けれど、彼女はすぐにカップを子供の前へ置く。


「帰ってきたやつと、帰ってこなかったやつ」


 ステラは、それ以上聞かなかった。

 ルースが端末上で、少しだけ光を弱める。


「ミーナの判断は適切です。対象児童の心拍、安定傾向」

「そう。ならよかった」

「ただし、甘味濃度は計測上、やや低めです」

「濃ければいいってもんじゃないのよ」


 ステラが、ぱっと笑った。


「ルース、味は計算だけじゃないよ!」

「......学習します」


 ルースの声が、ほんの少しだけ小さくなった気がした。


 ―――――


 昼前になると、厨房の方から焦げ臭い匂いがした。

 ミーナが、ゆっくり振り返る。


「......誰?」


 その一言に、酒場の空気が止まった。


 俺は目を逸らした。


「マスター」


 イツキの声が低い。


「いや、違う。俺はただ、何か手伝えることがないかと思って」

「座ってろって言ったよね?」

「座ったままでも、できることはあるかなって」


 俺の膝の上には、小さなまな板。右手には包丁。足元には、刻まれる前の薬草と、なぜか原形を失った芋があった。


 俺としては、ただの簡単な下拵(したごしら)えのつもりだった。


 薬草を刻む。

 芋を切る。

 鍋に入れる。


 それだけのはずだった。


【調理工程:異常】

【薬草:粉砕済】

【芋:形状崩壊】

【塩分予測:危険域】

【推奨:調理行動を停止してください】


「ルース、ログが厳しい」

「事実です」

「ぱーぱ、フライパンに勝とうとしないで」

「俺、フライパンと戦ってる扱いなの?」


 ステラが真剣な顔で頷いた。


「ぱーぱ、さっき鍋に“いけるだろ”って言ってた」

「言ったけど、それは料理への励ましで」

「対象:鍋。励まし効果、未確認」

「ルース、そこ解析しなくていい」


 ミーナが近づいてきた。


 俺の目の前にある皿を見て、軽いため息をつき、無言になる。

 皿の上には、何かがあった。


 薬草。

 芋。

 たぶん、スープの材料。

 だが、見た目は完全に“回復アイテムの失敗作”だった。緑色の粉と、白い塊と、なぜか一部だけ黒くなった何かが混ざっている。


「......なにこれ」

「まかないの試作」

「やめて。試作で終わらせて」

「まだ味見もしてない」

「しなくていい」

「いや、見た目は悪いけど、こういうのは意外と――」


 俺が言いかけた瞬間、ルースのログが浮いた。


【試食リスク判定:高】

【対象:マスター】

【現在状態:心肺補助コア低出力稼働】

【推奨:自殺的調理行為を禁止】


「自殺的調理行為!?」


 ステラが、俺の袖を引いた。


「ぱーぱ、生きて」

「俺の料理、そこまでなの!?」

「うん!」

「ステラまで即答!?」


 タニシが、発電ペダルから汗だくで身を乗り出した。


「アニキ! 拙者、食レポなら得意でござる!」


 ミーナが皿を持ち上げる。


「だめ。タニシでもだめ」

「タニシでもって何!?」

「これ食べて倒れたら、医療区画が混むでしょ」

「拙者の扱いが、厨房廃棄物より下でござる!」


 ムーニャンが梁の上から覗き込んだ。

「それ、魚にかけたら魚が怒るアル」

「魚の尊厳まで出てきた」


 ノエルが、おそるおそる皿を見る。

「でも、マスターさんが頑張って作ったなら......」


 コハクが横からノエルの肩を掴んだ。

「ノエル殿。勇気と無謀は違うでござるよ」


「いや、それは本当にそう」


 ナツが遠くから手を振る。

「先輩、料理は筋トレと違って、気合いだけじゃ無理っすよ!」


「おれ、全方位から料理スキルを否定されているね!?」


 ルースが淡々と追撃した。


「ぱーぱの料理スキルを暫定評価します」


【対象:NO NAME】

【料理スキル:壊滅的】

【包丁制御:低】

【味付け判断:危険】

【火加減理解:抽象的】

【総合評価:食材を敵と誤認している可能性】


「最後どういう意味だよ!」

「ぱーぱ、芋を倒してた」


 ステラの補足が、地味に一番刺さった。


「倒してない。切ってた」

「芋、泣いてた」

「芋に感情を付与するな」


 ミーナは、俺の失敗作をそっと遠ざけた。


「マスター」

「なんだよ」

「料理しないで」

「真顔で言うな」

「店のために」

「重い」

「子供のために」

「さらに重い」

「あと、あんたの命のために」

「俺の料理は俺にも危険なのか!?」


 ステラがこくこく頷いた。


「ぱーぱ、料理すると、ぱーぱが危ない」


 ルースも頷く。


「料理担当の不在は、神域遠征における重大リスクです」


 その言葉に、ミーナの目が少しだけ変わった。


 笑い話ではある。

 実際、俺の料理スキルは壊滅的らしい。

 だが、遠征先で水も飯も酒も現地調達するなら、料理できる人間がいないのは本当にまずい。


「厨房も足りないわね」


 ミーナは、失敗作を厨房の端へ置きながら言った。


「人手?」


 イツキが帳簿から顔を上げる。


「人手というか、遠征飯を分かってるやつ」

「そんな都合のいいやついるのか?」


 俺が聞くと、ミーナは少し嫌そうな顔をした。


「いるにはいる」

「嫌そうだな」

「帰ってくれば、だけど」

「濃いやつか?」

「だいぶ濃い」

「じゃあ来るなって感じだな」

「いや、たぶんそろそろ来る」


 その言い方が、妙に確信めいていた。


「名前は?」

「ツグミっていう子」


 ミーナは、短く答えた。


「鉄鍋背負って、変な食材ばっか持って帰ってくる料理人」

「名前だけで胃が重い」

「でも、あんたよりは料理できるから」

「俺よりできるやつならいくらでもいるだろ!?」


 ルースが補足する。

「ぱーぱより料理できる個体は、広範囲に存在します」


「ルース、そこ広げなくていい」


 ステラが励ますように両手を握った。


「ぱーぱ、大丈夫。料理できなくても、ぱーぱはぱーぱだよ」


「ありがとう。優しさが逆に刺さる」


 その場に、少しだけ笑いが戻った。


 失敗作の皿は、ミーナによって厳重に封印された。後で燃料に回せるかどうかカケルが確認すると言い出したが、ルースが【推奨:隔離】と出したので、ひとまず厨房の外へ退避された。


 俺のまかないは、料理ではなく危険物扱いになった。


 紅玉正式の冒険者。

 神権AIの核心に触れた男。

 Z.E.U.Sの干渉下から帰還した例外存在。


 ただし、料理スキルは壊滅的。

 人生は、何事もバランスを取ってくるものだ。俺はそうしみじみ思った。


 ―――――


 店の営業が一段落したのは、夕方近くになってからだった。


 カウンターには、空になった水差しが三本。薄いスープの鍋は底が見え始め、子供用の小さなカップは洗い場に並んでいる。タニシは発電ペダルの横で燃え尽きた虫みたいに床へ転がり、ステラが「タニシ、おつかれー」と頭をなでていた。


【TANISHI-01 発電終了】

【総発電量:低】

【言い訳回数:2/3】

【判定:成功】

【備考:応援による逃走防止効果を確認】


「拙者、子供の応援で逃げ道を封鎖されたでござる......」


「静かに漕げば、もう少し出力上がったのに」


 ミーナがぼそっと言う。


「ミーナ殿、今日のツッコミが全体的に鋭利でござらんか?」


「疲れてるからね」


 それだけ言って、彼女は最後のグラスを洗い始めた。


 俺はカウンターの端で、薬草茶を飲んでいる。酒ではない。薬草茶だ。しかも、さっきより少し苦い。料理未遂への罰だろうか。


「悪いな。任せっぱなしで」


 俺が言うと、ミーナは手を止めずに答えた。


「任せたつもりだったの?」

「違うのか?」

「あんたが倒れてても、店は開く」


 水音が、静かに続く。


「帰ってくるやつは、待ってくれないから」


 その言葉は、今日の彼女の全部だった。


 負傷者に酒を出さないこと。

 子供に薄い甘湯を出すこと。

 ガロにいつものジョッキを置くこと。

 タニシに水を出しつつ、ペダルから逃がさないこと。

 俺の料理を封印すること。


 全部、同じ線の上にある。


「強いな」

「強くないよ」


 ミーナは、洗ったグラスを伏せる。


「冒険しないだけ」

「それ、弱いって意味じゃないんだな」

「今さら?」

「今さらだな」

「外に出て戦うやつがいる。奥で治すやつがいる。帳簿をつけるやつがいる。飯を作るやつがいる。水を出すやつがいる」


 ミーナは、カウンターの向こうに並ぶ席を見た。


 そこには、誰かが座っていた跡だけが残っている。水滴。スープの匂い。小さな手で握ったカップの跡。強い酒を飲まずに済んだ冒険者の、震えの残ったグラス。


「全部いないと、帰る場所は店にならない」


 俺は何も言えなかった。

 店主なのに、店のことを一番分かっていなかったのかもしれない。


「......俺、店主なのに店のこと分かってなかったかもしれない」


「今さら?」

「それ、二回言ったな」

「大事だから」


 ミーナは小さく笑った。

 その笑いは、いつもの気だるげなものと少し違っていた。


 イツキが帳簿を持って近づいてくる。


「で、正式に役職つける?」

「いらない」

「帰還席ホール主任」

「いらない」

「給料ちょっと上がるかも」

「なら詳しく」ミーナが身を乗り出す。


「いきなり態度変わったな」


 俺が突っ込むと、ミーナは当然の顔で言った。


「タダ働きで帰る場所は守れないの」


【臨時役職候補:帰還席ホール主任】

【対象:ミーナ】

【戦闘貢献度:低】

【拠点維持貢献度:高】

【帰還者安定化:高】

【酒類事故防止:高】

【子供保護補助:中】

【総合評価:要継続観測】


 ミーナはログを見上げて、鼻で笑った。


「戦闘貢献度、低くて結構だし」

「怒るところそこか」

「低い場所にしか座れないやつもいるんだよ」


 その一言は、酒場の奥に静かに落ちた。


 外で戦う者がいる。

 高い場所から観測する者がいる。

 神を名乗るAIがいる。

 だが、この世界には低い椅子にしか座れない者もいる。


 ミーナは、たぶんその席を知っている。

 だから、彼女は冒険しない。

 冒険しないまま、帰る場所を閉めなかった。


 ―――――


 閉店間際。


 酒場の灯りが少し落とされ、子供たちの席の周りだけが暖かく照らされていた。タニシはまだ床に転がっている。ガロは無言でジョッキを磨き、イツキは帳簿を閉じ、ルースとステラは今日の保護ログを整理していた。


 俺は薬草茶を飲みながら、ふと多層地図卓を見た。

 消えているはずの青い点が、また灯っていた。


【多層地図卓:待機中】

【未登録ビーコン信号を検知】

【発信元:旧ビーコン塔残骸】

【通信内容:断片化】

【解読可能部分:移動する酒場を確認】

【音声出力:極小】


 かすかな声が、地図卓の奥から漏れた。


『......地図に......ない......酒場......』


 俺は顔を上げる。


「今、誰か何か言ったか?」


 ルースが即座に反応した。

「外部通信です。音声強度が低すぎます」


 タニシが床から片手だけ上げる。

「声が小さい敵、再びでござる?」


「敵ならもう少し堂々と来るでしょ」


 ミーナは、洗い終えたグラスを棚に戻しながら言った。


「いや、敵にも陰キャはいるかもよ?」


 イツキが雑に分類する。


「分類が雑だな!」


 俺が突っ込んだ瞬間、地図上の青い点がもう一度だけ明滅した。


【照合対象:AOI / SEPHA-07】

【状態:塔外行動中】

【進路:るすと方面】


 酒場の外では、夜風が乾いた砂を運んでいる。


 世界を救った後でも、酒場には水を待つ客が来る。

 飯を待つ子供が来る。

 酒を飲めない帰還者が来る。

 そして今度は、地図にない酒場を探す、小さな声が近づいていた。


 ミーナが、棚の中のグラスをひとつ余分に出した。


「......また、帰る場所を探してるやつ?」


「たぶんな」


 俺は、まだ重い右腕を見下ろした。


 料理はできない。

 営業にも立てない。

 けれど、ここが帰る場所だと言うことだけは、少しずつ分かってきた。


 ミーナはグラスを伏せ、短く言った。


「じゃあ、席は空けとく」


 その一言で、るすとの夜は終わった。


■ 今回のお話について


第202話は、ミーナ主役回でした。


マスターは紅玉正式/銅査定候補になりましたが、まだカウンターには立てません。

そこで、冒険しない女ミーナが店を開ける話です。


今回大事なのは、ミーナが戦わないこと。

外へ出て神権AIと殴り合うわけでもなく、ノードを回収するわけでもありません。

けれど、帰ってきた人に水を出す。

酒を出さない判断をする。

子供に薄い甘湯を出す。

そういう“戦わない仕事”が、酒場(るすと)を帰る場所にしています。


ついでに、マスターの料理スキルがやはり壊滅的なことも判明しました。

右腕がサイバネ化しても、料理スキルは上がりません。

むしろ危険物が生まれました。


■ ゲーマーおっさん解説


今回のゲームネタは、RPGにおける「拠点NPCの重要性」です。


戦闘に参加しない宿屋、道具屋、セーブポイント、酒場の店員。

普段は背景に見えますが、いなくなると一気に詰む存在です。


ミーナはまさにそのタイプ。

冒険しない。

でも、帰る場所を開けている。


あと、マスターの料理は、ゲームで言うなら「料理システムがあるのに、素材を全部台無しにするタイプのプレイヤー」です。

火力最大。

塩分適当。

謎の自信。

結果、危険物。


ツグミの必要性が、急に上がりました。


■ 登場キャラクター紹介


● ミーナ

冒険しない常連。

今回の実質主役。

帰還者の状態を見て、水、スープ、酒、甘湯を出し分ける。

戦闘貢献度は低いが、拠点維持貢献度は高い。

帰還席ホール主任候補。


● マスター/NO NAME

紅玉正式/銅査定候補。

右腕神経補助義肢と心肺補助コアが不安定で、営業行動は禁止中。

料理スキルは壊滅的。

本人は「簡単な下拵え」のつもりだったが、食材側から見ると災害。


● ルース

解析担当。

マスターの料理を冷静に「自殺的調理行為」と判定した。

味は計算だけではないとステラに言われ、少し学習中。


● ステラ

感情側の子供AI。

マスターを励ましながらも、料理に関しては即答で危険判定を出した。

「ぱーぱ、生きて」は優しいが、だいぶ刺さる。


● イツキ

帳簿と役職登録担当。

ミーナを帰還席ホール主任候補として記録した。

給料の話になるとミーナの反応が変わることも確認済み。


● タニシ

TANISHI-01発電筐体で補助電力を生成。

子供の応援により逃走不可。

今回は発電に成功したが、出力は低い。


● ツグミ

名前だけ登場。

鉄鍋を背負って、変な食材ばかり持って帰ってくる料理人らしい。

マスターの料理スキルが壊滅的なため、必要性が急上昇中。


● アオイ/SEPHA-07

ラストで未登録ビーコン信号として検知。

旧ビーコン塔残骸から、地図にない酒場を探して近づいている。

次話以降、マッパー/カーナビ役として登場予定。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:紅玉正式/銅査定候補

状態:営業行動禁止継続/右腕同期不安定/薬草茶生活/料理行動制限推奨

危険度:高

観測度:高


スキル・権限

・GRA系統権限:使用後負荷大

・帰還席運用:高評価

・神権解放系統:高リスク

・料理スキル:壊滅的


備考:

料理をすると、食材・周囲・本人に危険が及ぶ可能性あり。

厨房担当の早期確保が推奨されます。


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