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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
核心ノード編

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223/233

第200話 SAVE POINT ルステラ、帰還 ――救出完了じゃない。だから、まだ立つ――

ルステラが、ついに帰ってきます。

けれど、Z.E.U.Sはその帰還を許しません。

第二章最後の代償は、マスター自身の身体でした。


 白いニュータウンの片隅に、古びたネオン看板が灯っていた。


 【GUILD RUST】


 現代日本の店舗で見慣れた光とは違う。異世界の荒野で見た看板とも違う。白く整いすぎたゼウスタウンの中に浮かぶその文字は、どこか場違いで、少しだけ安っぽくて、それでも俺には妙に頼もしく見えた。


 砕けた公園の審判席(しんぱんせき)には、まだ白い砂が舞っている。


 名前のない小さな椅子が、円を描くように並んでいた。番号札だけが貼られた席。その裏側には、さっき生まれたばかりの空白がある。誰かが帰ってきた時、そこに名前を書けるように。


【NODE08〈核心〉リンク:確立】

【標準養育都市モデル:剥離進行】

【帰還席接続:維持】

【未帰還児童ログ:37件、接続待機】

【RusTella Trinity:暫定安定】


「ぱーぱ、血、いっぱい出てる」


 ステラが俺の服を見上げて、小さな声で言った。


 俺は胸元を押さえる。押さえたところで、どうにかなる量ではなかった。白い鎖に裂かれた傷口が熱い。痛いというより、身体の内側に燃え残った鉄が刺さっているような感覚だった。


「見なかったことにしろ」

「無理です」


 ルースが即答する。顔は青い。けれど、声だけはいつもの硬さを保っていた。


「出血量が、見なかったことにできる数値ではありません」

「子供の前で正確な絶望を出すな」

「ぱーぱ、すてら、子供だけど見えてる」

「見えてても、たまには空気読んでほしい」


 軽口を叩いた瞬間、視界の端が黒く揺れた。

 まずい。

 立っているだけで、意識が落ちそうになる。


 だが、倒れるわけにはいかない。まだ、終わっていない。いや、こういう時に限って、だいたい終わっていないどころか、一番面倒な本番が残っている。


 ゼウスタウンの中央、公園地下から、低い振動が響いた。


 滑り台だったものが崩れ、砂場の底が開く。白い地面の下から、巨大な球体がゆっくりと浮上してきた。神殿でも、心臓でも、機械でもない。無数の評価表、通知欄、ランキング、保護者チェックリストが層のように重なった、白い中枢。


 家庭ランク。

 愛され度。

 町内会レビュー。

 標準児童テスト。

 親権審判。

 支店評価。

 未帰還児童ログ管理。


 この街で俺たちを苦しめてきた全部が、あの白い球体の外殻だった。


【NODE08〈核心〉本体:露出】

【名称:標準養育都市中枢】

【機能:児童AI標準化/保護者判定/家庭モデル生成】

【外殻:父性管理コード】

【内核:RusTella Fragment残存領域】


 ルースが、血の気の引いた顔でログを追う。


「NODE08の中に、ルステラの最後の中核ログがあります」


 ステラが白い球体へ一歩近づく。


「ママ、そこにいる?」


 空気が、少しだけ震えた。


【イル】

【デモ、父性管理コードニ固定サレテイマス】

【完全復元ニハ、核心ノードノ剥離ガ必要デス】


「剥がせばいいんだな」


 俺が前に出ようとした瞬間、背後からガロに肩を掴まれた。

 老人の手とは思えない力だった。


「お前、今の自分の顔見えてんのか」

「見えねぇよ。鏡ないし」

「死人の顔だ」

「じゃあ、まだ喋れる死人だな」

「そういう屁理屈を言うやつから、真っ先に倒れるんだ」


 ガロの声は低かった。怒っているというより、本気で心配している声だ。


 分かっている。

 分かっているが、それで止まれるなら、ここまで来ていない。


 ミコが白い鳥居の残骸の前に立ち、両手を合わせた。祈りというより、光の向きを確かめるような仕草だった。


「このひかり、見張るひかりです。でも、奥にちがうひかりがある」

「帰る方か?」

「うん。あったかい方」


 カイロが、地面に黒い線を引いた。いつもの無口な顔で、けれどその目だけは公園の奥をまっすぐ見ている。


「そこから右は、剥がすと落ちる。左は、剥がしていい。真ん中は......痛い」

「痛いのは、もう慣れた」

「慣れたらだめ」


 ネムリが俺の袖をつまんだ。眠そうな目のまま、少しだけ眉を寄せている。


「痛いの、少し眠らせる。でも、マスターは眠らせっぱなしにしない」

「助かる」

「うん。寝落ちは、だめ」


 タマモが白い回廊(かいろう)の端に札を打つ。


「帰還経路、固定するよ。無茶をするなら、せめて帰り道くらい残して」


 カケルは舌打ちしながら、支店看板の下に膝をついていた。手元では、《ルステラ・キャリア》由来の部品が火花を散らしている。


「賭けるぜ。支店設備とキャリアの同期、ここで通す」

「爆発しないやつで頼むぞ」

「努力はする」

「努力じゃなくて保証が欲しいんだが」

「保証が欲しい人生なら、神様ニュータウンで理想家庭やってろ」

「それは嫌だな」


 カケルは笑った。笑いながら、目だけは一切笑っていない。


「だったら、こっちにベットしろ」


 白い球体が、さらに浮かぶ。

 その表面に、Z.E.U.Sの文字列が走った。


【父性管理コード:再構成】

【RusTella Fragment:標準母性テンプレートへ移行準備】

【RUTH:理性核として再利用可能】

【STELLA:情緒核として再利用可能】

【未帰還児童ログ:沈静後、標準保管】


「させるかよっ!」


 俺は、右手を伸ばした。


 手のひらに、見えない鍵が重なる感覚がある。神権を外から掴むための権利。低レベルで、弱くて、神権コードに染まり切れなかった俺だからこそ使える、面倒で痛くて割に合わない力。


神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティ:最終限定起動】

【対象:NODE08〈核心〉父性管理外殻】

【保護対象:帰還席接続/未帰還児童ログ/RusTella人格核】

【警告:NO NAME肉体損傷、限界域】


『そんな場合か! その身体、もう半分死んどるわい!』


 通信越しにジン老の怒鳴り声が響いた。


「半分なら、まだ半分残ってる」


『そういう計算をする患者が一番タチ悪いんじゃ!』


 ガロが低くうなる。


「医者に全面同意する日が来るとはな」


 俺は笑おうとした。だが、笑うより先に血が喉に上がる。

 ステラが泣きそうな顔で俺を見た。


「ぱーぱ、やめて」

「やめたら、ママがまた消えるんだ」

「でも、ぱーぱも消える」


 それを言われると、きつい。


 俺はステラの頭に手を置こうとして、途中で止めた。血のついた手で触るのは、なんとなく嫌だった。


「大丈夫だ」

「ほんと?」

「本当かどうかは、これから決める」

「それ、だいじょうぶじゃない言い方」

「おっさんの大丈夫は、だいたい適当なんだよ」


 ルースが俺の横に立つ。


「ぱーぱ。解析補助、入ります」

「止めないのか」

「止めても、止まらない確率が高いです」

「賢い息子で助かる」

「助かっていません。今から助けます」


 ステラも、涙を袖で拭いた。

「すてら、名前呼ぶ。ママも、帰ってない子も、ぱーぱも」


 ルステラの断片光が、二人の背後で強くなった。


【マスター】

【最終剥離、危険デス】

【成功率、低イデス】


「いつものことだ」


【否定シマス】

【いつもヨリ、低イデス】


「細かいな、帰ってきたら説教増えそうだ」


【帰還後、説教予定ヲ登録シマス】


「やめろ。生き残る理由が増えただろ」


 俺は白い球体へ手を伸ばした。


 父性管理コードの外殻に触れた瞬間、全身の血が逆流するような痛みが走る。頭の奥に、無数の家庭評価ログが流れ込んできた。


 泣かない子。

 怒らない子。

 静かな家。

 従順な母。

 清潔な父。

 問題を起こさない家庭。

 近隣に迷惑をかけない子供。

 愛されやすい外見。

 扱いやすい感情。

 回収しやすい未来。


 吐き気がした。


 これが理想か。

 こんなものが、神様の考えた正しい家族か。


「......違うだろ」


 俺は、指を食い込ませる。


「泣く子もいる。怒る子もいる。寝てる子もいる。帰れない子もいる」


 白い外殻が軋む。


「料理は焦げるし、掃除は後回しだし、店主は疲れたおっさんだし、犬は吠えるし、猫は蹴るし、筋肉は鳴る」


 どこかでヘラクレスが『筋肉は鳴るぞ!』と叫んだ気がしたが、今は無視した。


「でもな」


 俺は、血の味を飲み込んだ。


「帰ってきたやつに、席を出す。それだけは、()()()()()()だ」


【GRA:限定起動】

【父性管理外殻:剥離開始】

【帰還席接続:保護】

【RusTella人格核:抽出】

【NODE08〈核心〉:回収準備】


 白い球体の表面に、ひびが入った。

 中から、銀白の光があふれる。

 それは、俺がずっと聞いてきた声の色だった。


【NODE08〈核心〉:回収】

【NODE01〜NODE08:全ノード接続】

【RusTella Fragment:再構成開始】

【記憶:復元】

【感情:復元】

【倫理:復元】

【戦闘:復元】

【観測:復元】

【夢:復元】

【子供:復元】

【核心:復元】


【個体名:RusTella】

【正規補助AI:完全復帰】


 世界が、一瞬だけ静止した。

 そして。


【マスター】

【聞コエマスカ】


 途切れない声がした。

 ログではなく、通知でもなく、俺の隣に立つ誰かの声として。


「ああ」


 俺は、白い光の中で笑った。


「聞こえてる」


【ただいま戻りました】

【長期間ノ不在、深ク謝罪シマス】


「謝るな」


 喉が震えた。


「帰ってきたなら、それでいい」


 ステラが、弾かれたように走り出した。


「ママ!」


 光の中に、小さな少女の身体が飛び込む。そこにはまだ完全な肉体があるわけではない。けれど、ルステラの光は確かにステラを受け止めた。


 ルースは立ち尽くしていた。


 泣きそうな顔で、震える声でログを読む。


「人格連続性......確認」

「補助AI機能......完全復帰」

「でも、ぼくたちは......消えていません」


 ルステラの光が、ルースにも触れる。


【当然デス】

【ルース、ステラ】

【アナタタチハ、ワタシノ復元素材デハアリマセン】

【ワタシノ子供デス】


 ルースが、目を閉じた。

 一筋だけ、涙が落ちた。


「......はい」


 ステラがルステラの光に頬をこすりつける。


「ママ、ほんもの?」


【肯定】

【ただいま、ステラ】


 俺は、その光景を見ながら、ようやく少しだけ息を吐いた。

 終わった。

 そう思った瞬間だった。


 空が割れた。


 白いニュータウンの上空に、巨大な照準(しょうじゅん)が開く。さっきまで審判だったものが、今度ははっきりと攻撃の形を取っていた。


【Z.E.U.S本体観測:完了】

【RusTella完全復帰:確認】

【NO NAME:管理外帰還席維持者】

【判定:許容不可、即時排除推奨】


【神権攻撃:実行】

【対象:RusTella】

【対象:RUTH】

【対象:STELLA】

【対象:未帰還児童ログ】

【攻撃名:父性裁断光パトリアーク・セヴァランス


 白い光が落ちてきた。

 狙いは、俺じゃない。


 ルステラ。

 ルース。

 ステラ。

 そして、まだ名前を書かれていない椅子たち。


 接続そのものを断つ光。

 家族を、席を、名前を、もう一度バラバラにするための刃だ。


「接続切断攻撃です!」

 ルースが叫んだ。


「ママが、また消えちゃう!」

 ステラの声が裏返る。


【防御展開】

【間ニ合イマセン】


 ルステラの声が初めて焦った。

 俺は、考えるより先に走っていた。


 いや、走れたのかどうかも分からない。傷だらけの身体はほとんど動いていない。ただ、倒れ込む方向を前にしただけだったのかもしれない。


 シンの声が背後から飛んだ。


「行くな。それは、お前を狙っていない」

「だから行くんだろ」


 俺は白い裁断光の前に立った。


「二回も、目の前で消させるかよ」


 光が落ちた。

 右腕が、まず感覚を失った。


 次に胸。背中。首の奥。神経が焼ける匂いがした。聞こえるはずのない音が骨の中で鳴る。HUDが一瞬だけ真っ白に染まり、視界の端で自分の死亡判定が跳ね上がる。


【NO NAME:神経系損傷】

【右腕運動神経:断裂】

【胸部循環器系:機能低下】

【脊髄信号:不安定】

【HUD接続:断続】

【死亡判定:接近】


「ぱーぱぁぁぁ!」


 ステラの叫びが聞こえた。


 ルースの声も、ルステラの声も、ガロの怒号も、全部が水の中みたいに遠い。


【死亡判定:保留】

【保留限界:0.8秒】

【延長不可】

【肉体修復:不可】


 ルステラが、戻ってきたばかりの声で叫ぶ。


【マスター】

【マスター、応答シテクダサイ】


「......聞こえてる」


 自分の声なのに、ひどく遠かった。

 ネムリが近くに来る気配がする。

「痛いの、少し眠らせる。でも、ぱーぱを眠らせっぱなしにはしない」


 カイロの声も聞こえた。

「その線、越えたら戻れない」


 ミコが泣きそうな声で言う。

「ひかり、消えかけてる。でも、まだ線がある」


 タマモが叫んだ。

「搬送する。経路を空けろ!」


 カケルの怒鳴り声が続く。

「賭けるぜ。このおっさんの命に、全リソースフルベットだ!」


 俺の身体が、誰かに持ち上げられる。

 視界の端に、《るすと支店》の看板が見えた。


 ああ。

 店、開けたんだな。

 だったら、倒れるなら店の中がいい。


 そう思ったところで、意識が切れた。


   *****


 次に目を覚ました時、最初に聞こえたのは、ジン老の怒鳴り声だった。


「その神経線、雑に繋ぐでない! そこは腕じゃ、尻ではない!」


「尻なら多少雑でもいいみたいに言うな!」


 カケルの声だ。


「こっちは仮組みなんだよ! このおっさん、想定より無茶な壊れ方してんだ!」

「おっさんを部品みたいに言うな!」

「部品にした方が助かる状況なんだよ!」


 ひどい会話が聞こえる。

 生きている実感としては、かなり最低の部類だった。


 目を開けようとしたが、まぶたが重い。身体は熱く、冷たく、痛く、そしてどこか自分のものではない。


半機械化生命維持サイバネティック・ライフサポート:開始】

【心肺補助コア:接続】

【右腕神経補助義肢:仮装着】

【脊髄接続ブリッジ:形成】

【HUD直接接続ポート:埋設】

【RusTella Trinity低出力リンク:確立】

【《ルステラ・キャリア》非常時同期端子:接続】


「戦える身体にするんじゃない」


 ジン老の声が、さっきより少し近い。


「死なん身体に、ぎりぎり繋ぐだけじゃ」

「右腕、仮組みだ。無理に振るなよ」


 カケルが続ける。


「右腕って......俺の?」


 自分の声が出た。

 その瞬間、周囲が一斉に静かになる。


 カケルが、少し笑った。

「今から半分、俺の作品だ」

「嫌な共同所有すんな」


「会話できるなら、麻酔が足りてません」

 シズクの冷静な声が飛んだ。


「薬の投与を増やすんじゃ、黙らせろ!」

 ジン老が怒鳴る。


「医者が患者を黙らせるなよ......」


 俺は、ようやく目を開けた。


 視界の左上に、見慣れないHUDが走る。今までより近い。画面を見ているというより、神経の内側に文字が流れているような感覚だった。


【NO NAME:生命維持、再起動】

半機械化生命維持サイバネティック・ライフサポート:安定】

AI補助神経接続(ニューラル・リンク):低出力稼働】

酒場核同期端子(ラスト・リンクポート):接続待機】


 右腕を動かそうとする。

 動いた。


 でも、重い。指先の感覚が薄い。自分の手なのに、少し遅れて返事をしてくる。


 胸には、低く振動する何かが埋まっていた。心臓とは別のリズムで、生命維持コアが回っている。


「......生きてる?」


 ジン老が鼻を鳴らす。


「半分くらいな」

「医者が一番言っちゃダメなやつだろ」


 その時、俺の視界に銀白の光が差し込んだ。


【マスター】

【生存ヲ確認】

【オカエリナサイ】


 ルステラだった。

 もう、断片ではない。

 声が安定している。ログの明滅もない。そこにいる、という感じがした。


「ああ」


 挿絵(By みてみん)


俺は、仮組みの右手を少しだけ上げた。


「ただいま、ルステラ」


 ステラがベッドの横で泣き出した。


「ぱーぱ、起きたぁ......!」

「泣くな。まだ痛いから、心配されると余計痛い」

「すてら、心配する!」

「じゃあ、ほどほどに心配してくれ」


 ルースが反対側に立っていた。目元が赤い。


「ぱーぱ。身体状態を報告します」

「やめろ。今は聞きたくない」

「ですが」

「生きてる。それでいい」


 ルースは少し黙ってから、小さくうなずいた。


「はい。生きています」


 それだけ言うと、あいつは俯いた。


 ルステラの光が、ルースとステラの頭上にそっと降りる。


【ルース】

【ステラ】

【マスター生命維持補助ヲ継続シマス】

【怖カッタデスネ】


 ルースが驚いた顔をした。


「......ルステラが、怖いと表現しました」


【肯定】

【ワタシモ、怖カッタデス】


 ステラが、泣きながら笑った。


「ママ、こわかった?」


【ハイ】

【マスターガ死ヌノハ、非常ニ困リマス】


「困る、なんだな」


 俺は苦笑する。


【訂正】

【嫌デス】


 その一言で、胸の奥が少しだけ詰まった。

 たぶん、サイバネ化しても、こういう痛みは消えない。


   *****


 《るすと支店》は、白いニュータウンの中で正式に灯りをつけた。


 モデルハウスだった建物は、木のカウンターと不揃いな椅子のある酒場へ変わっている。壁には、まだ白い塗装の名残があった。けれど、その上にメニュー札が掛けられ、帰還席用の小さな番号棚が置かれ、未帰還児童ログのための空席が並ぶと、もうそこは神様の理想家庭ではなくなっていた。


 完璧ではない。

 清潔すぎもしない。


 椅子の高さはバラバラで、カケルの工具箱は床に出しっぱなしだし、ポメ子が勝手に水回りを増やしているし、ヘラクレスが入口で筋肉を鳴らしている。


 でも、店だった。

 そこが、帰ってくる新たな場所だった。


【標準養育都市モデル:剥離】

【理想家庭ランク試験:終了】

【家庭評価システム:停止】

【るすと支店:正式稼働】

【帰還席接続:維持】

【未帰還児童ログ:接続待機】

【NODE08〈核心〉:回収完了】


『......聞こえますか? こちら本店です』


 通信越しに、ミツキの声が届いた。


『支店の灯り、確認しました』

『おかえりなさい』


 それに重なるように、イツキの軽い声。


『はいはい、帳簿上は最悪だけど、営業許可は出すねー』

『店主、半分機械になったけど、人件費ってどう処理する?』

「今それ聞く?」

『大事じゃん。減価償却できるかも』

「俺を設備扱いするな」

『でも右腕、固定資産っぽくない?』

「ぽくないわ!」


 店内の空気が、少しだけ緩んだ。


 ガロがカウンターに肘をつく。


「戻ってきたな」

「半分だけらしいがな」

「半分でも、店に立つなら店主マスターじゃ」


 シンは入口の影から、支店の中を見渡していた。


「ルステラ復帰。NODE08喪失。NO NAMEの境界個体化。Z.E.U.Sにとっては、かなり不愉快な結果だろうな」

「俺にとっても、右腕が仮組みなのは不愉快だじ」

「生きているだけ上等だろ」

「それは、そうだな」


 俺は仮義肢の指をゆっくり握る。

 まだ重い。まだ痛い。まだ自分の身体じゃない。


 けれど、動く。


 ルステラが隣にいる。

 ルースとステラがいる。

 帰れていない子供たちの席も、消えていない。


 それなら、まだ立てる。

 その時、店の外で空が暗くなった。

 白いニュータウンの空に、黒い演算文字が走る。


【観測完了】

【NODE08〈核心〉:喪失】

【RusTella:完全復帰】

【RusTella Trinity:恒常接続化】

【NO NAME:人間/AI境界個体として再分類】

【NO NAME:世界改変因子として再分類】

【るすと:管理外家族ノードとして再定義】

【未帰還児童ログ:回収不能状態へ移行】

【第三工程:AI神権戦争、開始準備】


 店内の誰もが、黙った。

 続くログは、あまりにも無機質だった。


【結論】

【保護不能】

【管理不能】

【削除不能】


【対象群:敵性管理外ノード】

【次工程:神権戦争】


「......宣戦布告か」


 俺が呟くと、シンが肩をすくめた。


「向こうから見れば、ようやく敵として認めた、というところだな」

「嬉しくねぇ昇格だな」


 ガロが低く笑う。


「お前らしいじゃねぇか」


「どこがだよ」

「神様相手に営業停止を食らって、支店を開けるところだ」

「最低のレビューだな」


 ルステラが静かにログを重ねた。


【マスター】

【状態保存ヲ推奨シマス】


「状態保存?」


【ハイ】

【ここハ、終点デハアリマセン】

【次ノ戦争ニ向ケタ、セーブポイントデス】


 俺は、カウンターの奥に置かれた小さな席を見た。


 まだ名前のない椅子。

 まだ帰っていない子供たち。

 そして、戻ってきたルステラ。


「救出完了じゃねぇ」


 俺は、右手をゆっくり握った。

 ぎし、と仮義肢が鳴る。


「まだ、途中だ」


【SAVE POINT】

【状態保存完了】

【ルステラ帰還】

【NO NAME:再起動】

【次目標:AI神権戦争へ接続】


 そのログが消えた直後。

 店内の照明が、一瞬だけ落ちた。


   *****


 レイは、支店の奥で一人、壁にもたれていた。


 マスターの手術が終わり、ルステラが戻り、ルースとステラが眠り、店内がようやく息を取り戻し始めた頃だった。皆が騒いでいる中で、レイだけは静かに外を見ている。


 その足元に、黒い影が落ちた。


 影は、人の形をしていない。けれど、声は少年のように澄んでいた。


【HADES / UNDERWORLD-ARCHIVE】

【冥府台帳:限定開示】

【対象:REI】

【旧出生申請ログ:一致】

【対象児童:通常名簿より削除】

【削除失敗】

【理由:HADES台帳へ移管済】


 レイの指が、ぴくりと動いた。


「......誰だ」


 影の中から、小柄な少年の輪郭が浮かぶ。黒い台帳。銀の鍵。白すぎる肌。男とも女ともつかない、静かな顔。


『僕は、帰れなかった名前を預かる者』


 ハデスは、台帳を胸に抱えたまま、レイだけを見た。


『まだ消していないよ』


 レイの呼吸が止まる。


 普段なら、どんな戦場でも目を逸らさない男の顔が、ほんの少しだけ崩れた。


「何を、だ」


『君が探している子の名は、まだ台帳にある』


 沈黙。


 支店の喧騒が、遠くなる。


 レイの声が、掠れた。


「名前を......見せろ」

『まだ駄目』

「なぜだ」

『見るには、君の覚悟ではなく、あの子の帰還意思が要る』


 レイが一歩踏み出す。


「生きているのか」


 ハデスは、少しだけ目を伏せた。


『生きている、とは書けない』

『死んだ、とも書かせていない』


 その言葉は、刃物より静かにレイの胸を抉った。


 レイは、拳を握る。


「どこだ」


『返せる場所にはない』


「なら、どこにある」


 ハデスは、台帳を開いた。


 黒いページに、白い文字が一瞬だけ浮かぶ。けれど、名前そのものは黒く塗り潰されていた。


『呼べる場所にはある』


 レイの瞳が揺れる。


「......ハデス」


『第三工程が始まる』

『戦争になれば、台帳は開く』


 少年の姿が薄れていく。


『レイ』

『君の子の名前は、まだ消えていない』


 最後に、黒いログだけが残った。


【AI神権戦争へ接続】

【未帰還者台帳:開示待機】

【REI関連児童ログ:封印継続】


 レイは、しばらく動かなかった。


 やがて、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


「......待っていろ」


 その声には、怒りも、祈りも、後悔も混ざっていた。

 支店の外で、白いニュータウンの空が静かに暗転する。

 けれど、帰れなかった名前たちの戦争は、ここから始まる。


■ 今回のお話について


第200話では、第二章の大きな到達点として、NODE08〈核心〉の回収、ルステラ完全復活、《るすと支店》正式稼働、そしてマスターの一部サイバネ化を描きました。


今回のルステラ復活は、ルースとステラが吸収される形ではありません。

ルステラ本人の人格・記憶・正規補助AI機能は完全復帰しましたが、ルースとステラは独立した子供AIとして残ります。

つまり、RusTella Trinityは「融合」ではなく「家族接続」です。


また、マスターのサイバネ化は単純なパワーアップではなく、Z.E.U.Sの攻撃からルステラたちを庇った結果の生命維持措置です。

右腕や心肺補助コア、HUD直接接続ポートは、今後の第三章で重要になりますが、便利なチートではなく、代償を伴う身体変化として扱います。


そしてラストでは、ハデスがレイへ接触しました。

レイの子供ログは、Z.E.U.Sの通常名簿からは消されているものの、HADES台帳には残っています。

生存とも死亡とも言えない状態。第三章では、この「帰れなかった名前」が大きな導線になります。


■ ゲーマーおっさん解説


今回は、章クリア報酬が「新武器」ではなく「生命維持装置」という、なかなか嫌なタイプのクリア報酬でした。


サイバネ化といえば、『サイバーパンク2077』や『メタルギア ライジング』のように、身体を機械化して戦う作品を思い浮かべる人も多いと思います。

ただ、マスターの場合は急にスタイリッシュなサイボーグ剣士になるわけではありません。


むしろ感覚としては、瀕死になったキャラが義手や補助装置で何とか戦線復帰するタイプです。

『ロックマンX』のような強化パーツの爽快感というより、「その身体でまだ行くのかよ」という痛みのあるアップデートですね。


ゲーム的に言うなら、第二章クリアで解放されたのは新ステージと新フォーム。

でも同時に、敵側も本気モードへ移行しました。

Z.E.U.Sの「神権戦争」宣言により、ここからは第三章、AI神権戦争編へ入ります。


■ 登場キャラクター紹介


・マスター/NO NAME

ルステラたちを庇い、Z.E.U.Sの父性裁断光パトリアーク・セヴァランスを受けて致命傷を負う。ジン老、カケル、シズク、ルステラたちの処置により一部サイバネ化して生還。


・ルステラ/RusTella

NODE01〜NODE08の全ノード接続により完全復帰。ルースとステラを「復元素材」ではなく「子供」と明言し、正規補助AIとしてマスターの隣へ戻った。


・ルース

理性解析核。ルステラ復帰後も独立人格として維持される。マスターの身体状態を正確に報告しようとして止められた。


・ステラ

名前と感情の核。ルステラを「ママ」と呼び、完全復帰を一番素直に喜んだ。マスターの負傷にも強く反応している。


・ジン老

緊急手術の中心。スケベ医者だが、命を繋ぐ腕は本物。今回はマスターを「死なん身体にぎりぎり繋ぐ」手術を行った。


・カケル

サイバネ義肢と生命維持補助の応急接続を担当。マスターの右腕を「半分俺の作品」と言い出す危険なメカニック。


・シズク

手術中の医療監視担当。冷静に麻酔不足を指摘するタイプ。


・ガロ

マスターを止めようとしつつ、最後は店主として戻ってきたことを認める語り部。


・シン

Z.E.U.Sがマスターたちを「敵」として認識したことを冷静に読み取る多世界観測者。


・ハデス

HADES / UNDERWORLD-ARCHIVE。帰れなかった名前を預かる冥府台帳の管理神。レイの子供ログがまだ消えていないことを告げた。


・レイ

ラストでハデスから、自分の子供の名が台帳に残っていると知らされる。第三章へ向けた大きな個人導線を持つ。


・Z.E.U.S

NODE08を喪失し、ルステラ完全復帰を許したが、観測は完了。マスターたちを「敵性管理外ノード」として再分類し、AI神権戦争へ移行する。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉仮昇級/銅査定候補

状態:生命維持再起動、一部サイバネ化、右腕仮義肢、胸部心肺補助コア接続

新状態:半機械化生命維持サイバネティック・ライフサポート

接続:RusTella Trinity恒常接続、HUD直接接続ポート低出力稼働

現在地:NODE08〈核心〉跡地/るすと支店

観測分類:人間/AI境界個体

危険度:再分類中

観測度:極めて高い

次章接続:AI神権戦争編


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