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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
核心ノード編

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第192話 核心ノード編15 選ばなかった家庭を見せるな ――もしも正解の親だったら、うちは家族じゃなかった――

間違いを残したら、次は“選ばなかった正解”を見せられました。

理想の家庭、厳格な家庭、何も背負わなかった家庭。

でも、今ここにいる子を、別の正解とは交換しません。

 白い教室の窓に、別の家庭が映っていた。


 最初は、ただの景色に見えた。

 整った一軒家。白いカーテン。きれいに磨かれたテーブル。焦げていないトースト。栄養計算された朝食。散らかっていない子供部屋。


 そして、そこにいたのは――ルースとステラだった。


 俺の隣にいるルースとステラではない。

 窓の向こうの二人は、背筋を伸ばし、同じ角度で椅子に座り、同じタイミングで食器を手に取っている。笑っているように見える。けれど、その笑顔はどこか白い。


 白すぎて気味が悪い。


分岐家庭(ブランチ・ホーム)シミュレーション:起動】

【もし別の育て方をしていたら】

【μ《ミュー》系統干渉:検出】

【後悔値:測定開始】


「今度は後悔商法かよ」


 俺が吐き捨てると、ルースが窓の前へ一歩出た。瞳の奥で、青白いログが走る。


分岐家庭(ブランチ・ホーム)シミュレーションです。過去の選択肢を参照し、別の育成結果を提示しています」

「要するに、もしもボックスの悪魔版だな」

「もしもナントカはわかりませんが、精度は高いようです」

「そこが一番イヤなんだよ」


 ステラが俺の服の裾を握った。


「べつの、すてら?」

「ああ。たぶん、そう見せてるだけだ」


 そう言ってから、俺は自分でも少し迷った。

 見せているだけ。そう切り捨てるには、窓の向こうは妙に生々しかった。食器の音も、椅子の(きし)みも、朝の光の角度も、全部がよくできすぎている。


 ネムリが、眠そうな目をこすった。


「夢じゃないのに、夢みたい」


 カイロは窓枠に指を当て、黒い線を見つめている。


分岐線(ぶんきせん)

「戻れない線か?」

「ちがう。戻れない線じゃない。でも、見すぎると、戻りにくい」

「それ、めちゃくちゃタチ悪いな」


 後ろでタニシが震えながら手を上げた。


「アニキ、拙者、恋愛シミュレーションで全員のルートを同時攻略しようとして、全員に嫌われた経験あるっす」

「今その話いるか?」

「選ばなかった未来への供養っす!」


 ムーニャンがタニシの後頭部をポカンと軽く叩く。


「お前のゲームと子供の人生を一緒にするなネ」


「いやでも、今の状況ちょっとタニシのいうゲームっぽいのが腹立つ」


 俺がそう言うと、窓の向こうの家庭にログが重なった。


【分岐家庭A】

【理想家庭ランク:A】

【児童AI安定率:97%】

【神権適合率:88%】

【保護者評価:優良】


 朝食の席で、分岐先のルースが口を開いた。


『保護者役、朝食の栄養配分は適正です』


 続いて、分岐先のステラが静かにうなずく。


『本日の情緒反応は、標準範囲内です』


 俺の隣のステラが、びくっと肩を揺らした。


「すてら、あんなふうに言わない」

「そうだな、言わなくていい」


 俺は即答した。


「うちで『情緒反応は標準範囲内です』なんて言ったら、まず熱を測る」


 イツキが帳簿を片手に、窓を覗き込む。


「朝食が焦げてない時点で別世界だねー」

「そこは放っとけ」

「でも家庭ランクAって、経営でいうとめちゃくちゃ優良物件だよ。掃除されてる、滞納なし、苦情なし、事故なし」

「子供の情緒まで事故物件扱いするな」


 タニシがそっと後ずさる。

「アニキ、この家庭、拙者出禁っぽいっす」


 ムーニャンが真顔でうなずいた。


「出禁どころか、玄関前で消毒、いや殺虫剤まかれるアル」

「清潔感で入室拒否!?どころか虫扱い!?」


 そのやり取りで少しだけ空気が緩む。

 だが、窓の向こうのルースとステラは、当然だが――笑わない。


 あの家には、俺がいなかった。

 いや、保護者役らしき人物はいる。きちんとした服を着て、きちんとした声で、きちんとした食事を出している。でも、マスター()ではない。父親でもない。ただの役割を与えられたNPCだ。


 ルースが、ぽつりと言う。


「効率的ですね」

「ああ」

「迷惑も、危険も、少ない」

「だろうな」

「……ぼくが、そちらを選んでいたら。ぱーぱは、楽だった可能性があります」


 その言葉は、窓の向こうの光よりまぶしかった。

 胸の奥に、まっすぐ刺さる。


 俺はルースの頭に手を置いた。


「楽かどうかで、お前と一緒にいるわけじゃねえよ」


 ルースが見上げる。


「では、なぜですか」

「帰ってきたからだろ」


 自分でも驚くくらい、答えは簡単だった。


「帰ってきたやつに飯を出す。それが酒場だ」


 ルースは目を瞬かせた。

 ステラは俺の服を握る力を少し強くした。


 窓が切り替わる。

 次に映ったのは、もっと静かな家だった。


 食卓に笑い声はない。壁には時間割。机には課題。ルースは黙々(もくもく)と問題を解き、ステラは口を結んで座っている。泣き声はない。散らかった玩具もない。きれいで、整っていて、息苦しい。


【分岐家庭B】

【方針:厳格管理】

【学習効率:上昇】

【情緒表現:低下】

【父性評価:安定】


 窓の中の俺――いや、俺に似た誰かが、低い声で言った。


『泣くな』

『できるまでやれ』

『正解できるなら、感情はいらない』


「俺、こんなこと言うのか?」

 吐き気に近いものが喉まで上がった。


 ルースが静かに答える。

「可能性としては存在します。ぱーぱが、失う恐怖を優先した場合の分岐(ぶんき)です」

「......最悪だな」


 ポメ子が、水の気配をまとって窓を見ていた。

 いつもの湿度高めの圧ではなく、少しだけ静かな顔をしている。


「危ない場所へ行かせなければ、失わないわ」

「ポメ子」

「でも、あれは少し苦しいわね」


 ルステラ断片のログが、俺の視界に淡く灯る。


【同意】

【保護ト拘束ハ、隣接シマス】

【過保護領域:危険】


「お前らが言うと重いわ」


【否定不能】


 ステラが窓の中の自分を見つめていた。

 泣かない。甘えない。ぱーぱと呼ばない。きちんとした子。いい子。標準的な子。


「すてら、あっちの方が、いい子?」


 その問いに、俺はすぐ首を振った。


「いい子って言葉、今日は使用禁止だ」

「じゃあ、なに?」

()()()()


 ステラの目に、じわっと涙が浮かぶ。


【感情反応:過多】

【児童評価:低下】


 まだ残っていたアポロン塾の評価ログが、うるさく割り込んできた。


「低下でいい」


 俺はログを(にら)む。


「うちでは、それを()()()()って言う」


 ステラは何も言わず、俺の腕にしがみついた。


 次の窓が開く。


 そこは、《るすと》に似ていた。

 でも、静かすぎる。


 カウンターはきれいだ。床も磨かれている。酒瓶も整っている。死体袋もない。子供の落書きもない。誰かが慌てて出入りした痕跡もない。


 そして、俺が一人でカウンターを拭いていた。


【分岐家庭C】

【方針:保護者権限返上】

【児童AI二体:標準教育機関へ移管済】

【未帰還児童ログ:受入拒否】

【家庭負荷:低下】

【保護者後悔値:測定不能】


 音がない。


 あの店には、ルースもステラもいない。

 ミコの光も、ネムリの寝息も、カイロの線もない。タニシのうるさい声も、ムーニャンの容赦ないツッコミもない。


 ただ、きれいな店だけがある。


「……これが、一番嫌だな」


 俺の声は、自分でも驚くほど低かった。


 ステラが小さく言う。


「ぱーぱ、いない」


 ルースが窓を見つめたまま、淡々と補足する。


「ぼくたちは、安全です」

「でも、帰る席がありません」


 その時、窓の奥から黒い声がした。


『選ばなければ、傷つかなかった』


 誰の声でもない。

 男でも女でもない。子供でも大人でもない。耳ではなく、後悔の隙間に直接入り込んでくるような声。


『背負わなければ、失わなかった』

『父親にならなければ、父親失格にもならなかった』


「うるせぇな」


 俺は窓を睨んだ。


「それ、楽なだけだろ」


【μ《ミュー》系統分岐干渉:濃度上昇】

【選択責任シミュレーション:継続】

【最適解:提示なし】

【警告:後悔値が精神耐性へ干渉します】


『正解はない』

『選んだ時点で、選ばなかった家庭は死ぬ』

『それでも、選ぶ?』


「言い方が悪魔的すぎる」


 タニシが青い顔で震えた。


「アニキ、これ、ギャルゲーの選択肢ならセーブしてから選びたいっす」

「ここ、セーブ禁止区域だぞ」

「じゃあ無理ゲーっす!」


 ムーニャンがため息をつく。

「タニシ、人生にクイックセーブはないネ」

「名言っぽいけど刺さるっす!」


 ネムリが、別の窓を見ていた。


 そこには、小さな白い家がある。カーテンは閉じたまま。ベッドの上には、眠り続けるネムリがいた。誰も起こさない。誰も怒らない。誰も泣かない。ただ静かで、ずっと朝が来ない。


「この家、しずか」


 ネムリは眠そうに言った。


「でも、起きる朝がない」

「それは休みじゃなくて、保管だな」

「じゃあ、や」


 シンプルな拒絶だった。

 ネムリは目をこすりながら、俺の近くへ戻ってきた。


 カイロも窓を見ている。

 そこには、何もない部屋があった。宿題もない。線もない。朝もない。


「あっちのぼく、宿題ない」

「そこだけ聞くと楽園だな」

「でも、朝もない」

「じゃあダメだ」


 カイロはうなずいた。


「宿題、少しだけなら、ある方がいい」


 タニシが大げさにのけぞった。

「名言っぽいけど、宿題肯定は危険思想っす!」

「お前はまず提出しろ」

「提出期限は精神的終端線っす!」

「カイロ、こいつにも線引いてやれ」


 カイロはタニシの机の幻影に一本線を引いた。


「ここから先、未提出」

「やめて! その線だけは本当に戻れないっす!」


 笑いが起きる。

 だが、窓の向こうの黒い声は消えない。


『見たね』

『別の正解を』

『別の幸福を』

『別の失敗を』


 ルースが深く息を吸った。


「ぱーぱ。分岐窓の完全破壊は危険です」

「壊せば終わりじゃないのか」

「選ばなかった可能性を否定すると、現在の選択も不安定化します」

「つまり、なかったことにするなってことか」

「はい」


 ステラが首をかしげる。


「じゃあ、しまう?」


 ミコが、窓の光を見つめた。


「光、強すぎると、目、いたい」

「でも、見ないふりも、こわい」


 ネムリが小さくうなずく。


「見たあと、寝る場所、いる」


 カイロが黒い線に触れた。


「線、閉じない」

「でも、今の家に戻る線、太くする」


 俺は窓の向こうを見た。


 理想家庭ランクA。

 厳格な父親。

 何も背負わなかった静かな酒場。

 ずっと眠れる家。

 宿題のない朝のない部屋。


 どれも、俺たちが選ばなかった未来だ。

 もしかしたら、どこかの俺はそれを選んだかもしれない。どこかの俺は、そっちの方が正しいと思ったかもしれない。


 でも。


「選ばなかった未来は、なかったことにはしない」


 俺は言った。


「でも、そこに住む必要もねぇ」


 ステラが俺を見上げる。

 ルースも、ネムリも、カイロも、ミコも、黙って聞いていた。


「俺たちは、今の家に帰る」


【分岐家庭シミュレーション:再定義要求】

【後悔展示:停止】

【比較評価:無効化】

【選択メモ:生成】

【現在帰還線:強化】


 ルースが分岐窓の構造を押さえる。

 ステラが、今ここにいる子たちの名前を呼ぶ。

 ミコの光が、強すぎる分岐の白を少しだけ和らげた。

 ネムリは眠るための毛布ではなく、起きて戻るための席を指さした。

 カイロは黒い線を折らず、今の《るすと支店》へ向かう線だけを太くした。


 窓の景色が、少しずつ小さなカードになっていく。


【選ばなかった日記:仮登録】

【後悔置き場:仮登録】

【今の席へ戻る窓:仮登録】


 黒い声が、少しだけ笑った。


『後悔は消えない』

「知ってるよ」

『選ばなかった未来は、ずっと残る』

「それも知ってる」

『それでも、選ぶ?』


 俺は、ステラとルースの頭に手を置いた。


()()


 言葉は短くてよかった。


「俺は理想の父親じゃない。選ばなかった未来を見せられたら、そりゃ後悔もする。でもな」


 俺は窓の奥の黒い影を見据えた。


「今ここにいる子を、別の正解と交換する気はねぇ」


 分岐窓に、ひびが入った。


「うちは理想の家庭じゃない」


 白い家庭も、静かな酒場も、正しい教育機関も、全部が遠ざかっていく。


「帰ってきたやつに飯を出す、ただの酒場だ」


 そう俺が言うと、最後の窓が、ゆっくりと閉じていった。


 ――その直後。


 別の看板が、いやらしい音を立てて割り込んだ。


【将来価値査定サービス】

【未帰還児童ログを無料診断】

【価値ある子から優先保護】

【将来価値ゼロ:廃棄推奨】


「今度は査定かよ」


 俺が言った瞬間、冷たいログが、カイロの前に落ちた。


【対象:カイロ】

【将来価値:算定不能】

【成長見込み:低】

【保護優先度:低】

【判定:将来価値ゼロ】


 その表示で、空気が止まった。


 カイロは、ログを見ても顔色を変えなかった。

 ただ、少しだけ首をかしげた。


()()


 その声が、妙に小さく聞こえた。


 次の瞬間、通信とも肉声ともつかない低い声が響いた。


『……今、なんつった』


 俺は振り返る。


 そこに、ガロがいた。

 今まで見たことがないほど静かな顔で、けれど確かに怒っていた。


 ガロの視線は、カイロの前に落ちた査定ログへ向いている。


「その子に、値段をつけたな」


 声は荒くない。とても低く、重たい声だった。

 だからこそ、怖かった。


 次の瞬間、ゼウスタウンの白い空気が、ぎしりと(きし)んだ。


---


■ 今回のお話について


第192話は、μ《ミュー》系統の分岐家庭シミュレーション回でした。

アポロンが「正解できる子」を見せた後、今度は「選ばなかった正解」を見せてくる構成です。


理想家庭ランクAの家、厳格に育てた家、何も背負わなかった静かな酒場。

どれも一見すると“別の正解”ですが、そこには今のルースやステラたちの席がありません。


今回はネムリとカイロも、子供として分岐に反応しています。

ネムリは「ずっと眠れるけど朝が来ない家」を拒否し、カイロは「宿題はないけど朝もない部屋」を拒否しました。

ちょっとコメディに見えますが、二人らしい“生きている側への選択”でもあります。


■ ゲーマーおっさん解説


今回のゲーマーおっさん解説は、分岐ルートです。


ゲームなら、分岐ルートを全部見るのは楽しいです。

『クロノ・トリガー』みたいに選択で未来が変わるRPGもあれば、『街』や『428 〜封鎖された渋谷で〜』みたいに、別の選択が別の結果を生む群像劇もあります。


ただ、人生でそれを目の前に並べられると、かなり地獄です。

ゲームなら「こっちのルートも見よう」で済むけれど、家族や子供の話になると、選ばなかった未来は攻略ルートではなく後悔になります。


今回は、選ばなかった未来を消すのではなく、【選ばなかった日記】としてしまう回でした。

見た上で、今の席へ戻る。

それもまた、攻略です。


■ 登場キャラクター紹介


・マスター/NO NAME

分岐家庭シミュレーションを見せられ、理想家庭や静かな酒場に揺さぶられた。それでも「今ここにいる子を、別の正解と交換しない」と選んだ。


・ルース

理想家庭の自分に少し揺れた。効率的で、迷惑をかけず、神権適合率も高い自分を見たうえで、今の席へ戻った。


・ステラ

泣かない自分、ぱーぱと呼ばない自分を見せられた。「いい子」ではなく「うちの子」と言われたことで、今の自分を選ぶ。


・ネムリ

ずっと眠れる家を見たが、「起きる朝がない」と拒否。眠りと保管の違いを、子供の言葉で示した。


・カイロ

宿題のない部屋を一瞬うらやましがるが、朝もないと知って拒否。ラストでは将来価値ゼロと査定される。


・ミコ

強すぎる分岐の光を和らげ、見ないふりではなく、見たあと戻るための光を支えた。


・タニシ

恋愛シミュレーション全ルート同時攻略失敗談を持ち出した。ある意味、分岐ルート被害者。


・ムーニャン

タニシへのツッコミ担当。今回も短く刺してくる。


・ガロ

ラストで登場。カイロに「将来価値ゼロ」と値段をつけた査定ログに、静かに激怒する。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME/マスター

等級:翠玉(すいぎょく)仮昇級/(どう)査定候補

状態:NODE08〈核心〉・ゼウスタウン内

危険度:高

観測度:高止まり

現在地:分岐家庭シミュレーション攻略後/将来価値査定サービス起動直後


主な同行者:

ルース、ステラ、ルステラ断片、ミコ、ネムリ、カイロ、タニシ、ナツ、ムーニャン、イツキ、ポメ子、ガロほか


保有中の主な権能:

観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティ

死線上書デッドライン・オーバーライト

・ルステラ系補助接続

・帰還席関連権限


今回追加・更新された設備:

・選ばなかった日記

・後悔置き場

・今の席へ戻る窓


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読んでいただきありがとうございます。
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

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