第189話 核心ノード編12 商店街の値札をはがせ ――子供の権利を、買い物カゴに入れるな――
白玉をハズレではなく、進路未固定玉に変えたマスター。
けれどMAMMON商店街は、今度は子供たちへ直接値札を貼り始めます。
値段ではなく、名前を。売り物ではなく、帰る子供として。
金色のシャッターが、もう一枚、上がった。
がらがらがら、という音ではない。もっと重い。金庫の扉と、裁判所の門と、処刑台の床板をまとめて開けたみたいな音だった。
MAMMON商店街の奥。
昨日、ジャクラの福引所が立っていた場所のさらに向こうに、巨大なレジスターが現れた。金色の鍵盤。黒い液晶。左右には買い物カートがずらりと並び、天井からは値札プリンターみたいな端末が何十台もぶら下がっている。
【MAMMON商店街:上位商品解禁】
【教育投資契約】
【親権代行プラン】
【才能保証ローン】
【未帰還児童ログ権利買取】
【未来選択権:査定開始】
「だから、ログは売り物じゃねぇって言ってんだろ」
俺が文句を言いながら一歩前へ出ると、ルースの端末が警告音を鳴らした。
「ぱーぱ。対象は、未帰還児童ログの未来選択権です」
「進路、所属、教育方針、帰還後の居場所まで、商品として扱われています」
ステラが白玉を胸の前でぎゅっと抱いた。
「みらい、うるの?」
「売らせない」
その瞬間、天井の値札プリンターが一斉に動いた。
ピッ、ピッ、ピッ。
乾いた電子音とともに、細長い腕が伸びる。先端には、バーコードリーダーみたいな赤い光。商店街の床にいた番号札の子供ログたちへ、無数の光が向けられた。
【VALUE-LABELER:起動】
【対象:未帰還児童ログ】
【査定項目:学習効率/労働適性/従順性/投資回収率】
【値札貼付:開始】
「子供にバーコード貼るな!」
俺が走るより早く、ナツが前に飛び出した。
「こっち来るッス!」
ナツは番号札の子を抱え込むようにして横へ跳んだ。直後、赤い光が床をなめ、そこに値札が焼きつく。
【将来価値:低】
【投資非推奨】
【保護コスト:高】
【回収見込み:不明】
「うわ、完全にショップ系ステージっす!」
「敵はレジ、カート、バーコードスキャナーっす!」
タニシが叫びながら、商店街マップを広げる。
「実況してる暇があったら逃げ道探せ!」
「探してるっす! でもレジ前がボス部屋っす!」
ムーニャンが両手の爪を鳴らした。
「値札貼る手、全部へし折るアル!」
「待て、物理で裂くな!」
ルースが止めるより早く、ムーニャンの爪が一枚の値札を切り裂いた。
だが、値札と一緒に番号札の子の輪郭が薄く揺れる。
【警告:商品タグ破損】
【保護者負債:加算】
【児童ログ損傷リスク:上昇】
「物理破壊は危険です」
「値札が児童ログに癒着しています」
「めんどくさい罠アルね!」
コハクが両手を広げた。
「では拙者が――商品化防止結界、展開でござる!」
半透明の結界が通路に張られ、値札プリンターの赤い光を弾く。だが、今度は横から自走式の買い物カートが突っ込んできた。
【AUTO-CART:起動】
【対象:未帰還児童ログ】
【分類:未購入商品】
【回収:開始】
「買い物カゴに入れるな!」
ナツがカートを肩で止める。
「子供は商品じゃないッス!」
車輪が空転し、火花が散る。ムーニャンがその車輪を爪で切り裂き、カートは横転した。
「カート暴走、迷惑アル!」
その混乱の中、ステラが悲鳴を上げた。
「ぱーぱ!」
「なまえ、かくれた!」
見ると、番号札の子の胸に貼られた【No.■■■】の上から、金色の値札が重なっていた。
【¥0】
【在庫扱い】
【低コスト保護推奨】
番号札が、値札に侵食されていく。
「ぱーぱ。値札貼付により、番号札ログが商品識別子へ変換されています」
「このままでは、帰還対象ではなく在庫対象になります」
「在庫って言うな」
ステラが小さな手で値札を剥がそうとする。
「うーん、とれない~......!」
【警告:商品タグ破損】
【違約金:発生】
【保護者負債:加算】
「違約金とか知ったこっちゃねえ」
そこへ、福引所の奥からゆっくりとジャクラが歩いてきた。
金色の商店街に似合う笑み。けれど、その目は少しだけ冷たい。
「値札は、商店街が勝手に貼っているだけではありませんわ」
「保護者の不安、比較、焦り、見栄」
「それらが、値札の糊になります」
「つまり、貼ってるのは悪魔の意思だけじゃないってことか」
「はい」
「“この子は将来どうなるのか”」
「“他の子より遅れていないか”」
「“投資に見合う結果を出すのか”」
「そう願った瞬間、値札は少しだけ強くなります」
聴けば聞くほど、嫌な話だ。
けれど、たぶん嘘ではない。
ルースが端末を操作する。
「ぱーぱ。値札を破壊するだけでは、商品識別ログが残ります」
「別の識別子へ上書きする必要があります」
「別の識別子?」
ステラが顔を上げる。
「なふだ?」
「そうだ」
俺はうなずいた。
「値段じゃなくて、名前を貼る」
「でも、名前がない子もいるッス。どうするんですか?先輩」
ナツがカートを押さえながら叫ぶ。
「......そうか、本名じゃなくてもいい」
「今日、わかった目印でいいんだ」
「呼べるものがあれば、手が届くはず」
ステラは白玉を見て、それから値札の子を見た。
「しろだまのこ」
小さな声だった。
でも、値札の赤い光が一瞬だけ揺れた。
「しろだまのこ」
「こっちだよ」
【商品識別子:上書き要求】
【値札:¥0】
【名札:しろだまのこ】
【帰還対象ログ:再接続】
番号札の子が、少しだけ顔を上げた。
【商品識別子:低下】
【帰還対象ログ:復帰】
【値札癒着:弱体化】
「効いた!」
「値段じゃなくて、呼び名を先に貼れ!!」
「名前がまだないなら、今日の目印でいい!」
そこからは、全員での値札剥がし作業が始まった。
ミコが赤い光の下に走る。
「ここ、ひかり、かくれてる」
ミコが示した子は、ムーニャンが半分こした中華まんのかけらを持っていた。
「中華まん半分の子ニャ!」
「雑なネーミングだが今はそれでいい!」
名札が貼られる。
【名札:中華まん半分の子】
【商品識別子:低下】
ネムリは、値札を貼られかけた子の前で、そっと手をかざした。
「この子、つかれてる」
「ねむる前の子」
【名札:ねむる前の子】
【情緒反応:保持】
ノエルは、本棚の前で固まっていた子に寄り添う。
「この子、本を見てました」
「なら、本を見てた子、ですね!」
【名札:本を見てた子】
【帰還対象ログ:復帰】
ポメ子は水差しを振り、値札の粘着を弱めて剥がした。
「水を飲めた子、ですわね」
「お前、こういう時は普通に頼れるな」
「ダーリンに褒められましたわ♡ 嬉しい、大好き♡」
「調子に乗るな」
そうしていると、商店街の奥で、今度は大きな買い物カートが三台同時に動き出した。カゴの中には【未購入商品回収中】と表示されている。
「でかいの来たッス!」
「ナツ、左だ!」
「コハク、結界を斜めに展開しろ!」
「ムーニャン、車輪を攻撃だ!」
「了解ッス!」
「承知でござる!」
「粉砕するアル!」
三人が同時に動く。ナツがカートの軌道をずらし、コハクの結界が壁を作り、ムーニャンの爪が前輪を切る。
すると、転倒したカートの上に、タニシがなぜか乗っていた。なんで?
「アニキ! カートの挙動、昔のベルトスクロール敵っす!」
「とっとと降りろ!なんで乗ってんだ!!」
「降りたいっす!すごく......」
その時、別の値札プリンターがカイロへ赤い光を向けた。
【対象:カイロ】
【将来価値:終端】
【投資非推奨】
【推奨処理:低コスト保留】
【生存期待値:低】
空気が、急に重くなった。
ガロが動いた。
「その札」
低い声。
「その子に貼るな」
だが、赤い光は止まらない。
【保護効率:低】
【価値算出:不能】
【値札貼付:継続】
ガロの手が震える。それを見て俺は前へ出た。
「ガロ」
「まだ、ここで全部出すな、こらえろ」
ガロは歯を食いしばった。
「......わかってる」
俺は値札プリンターへ視線を向ける。
「でも、その札は貼らせない」
ミコの光が赤い照射をずらし、ネムリがカイロの前に薄い眠りの膜を張る。ルースがその隙にログを書き換えた。
【商品査定:遮断】
【対象:カイロ】
【名札:まだ帰る途中の子】
【値札貼付:失敗】
ガロが、ほんの少しだけ息を吐いた。
商店街全体がざわつく。
【緊急セール】
【名札上書き対策】
【値札再貼付:50%増量】
【保護者不安ポイント:即時換金】
【親権代行プラン:初月無料】
「悪あがきが商売臭ぇんだよ」
俺はレジスターの前へ走った。
巨大な値札プリンターが、そこにあった。すべての値札を発行している親機。金色のロール紙が回り、次々と【将来価値】【投資効率】【保護コスト】を吐き出している。
「店の値札ってのはな」
俺は、親機の紙送りを掴んだ。
「売るためだけにあるんじゃない」
【警告:価格表示系統へ干渉】
「今日のおすすめを教えるためにもあるんだよ」
ルースが隣へ滑り込む。
「ぱーぱ。値札機能を商品価格表示から、推奨ケア表示へ変更します」
「やれ!」
【VALUE-LABELER:再定義中】
【価格表示 → 本日のおすすめ】
【購買誘導 → ケア提案】
【MAMMON商店街:干渉失敗】
【るすと支店設備:おすすめ札を仮登録】
金色の値札が、白い札へ変わっていく。
【本日のおすすめ:水を飲む】
【本日のおすすめ:少し休む】
【本日のおすすめ:中華まん半分】
【本日のおすすめ:泣いていい部屋】
【本日のおすすめ:走らなくてもいい】
【本日のおすすめ:まだ決めない】
ステラが笑った。
「これ、すき」
赤いスキャン光が消え、買い物カートが止まる。
番号札の子供たちは、値札ではなく、ちぐはぐな名札とおすすめ札を胸に貼っていた。
ひどい名前もある。
雑な札もある。
でも、値段よりはずっといい。
ぱち、ぱち。
ジャクラが、金色のレジの前で小さく拍手した。
「値札を、今日のおすすめに変える」
「商店街攻略としては、かなり邪道ですわ」
「正道で勝てる相手じゃないんだろ」
「ええ」
「値札を剥がされた商人は、次に契約書を出してきますよ?」
その言葉の直後、商店街の奥にある契約カウンターが開いた。
【MAMMON商店街:契約窓口開放】
【商品価格表示:一部無効】
【代替手段:契約拘束】
【教育投資契約書:発行】
【才能保証ローン:発行】
【親権代行プラン:発行】
【署名対象:保護者NO NAME】
「今度は俺にサインさせる気か」
「ぱーぱ。次フェーズは契約文解析が必要です」
タニシが震える声で言った。
「アニキ、契約書の小さい文字はだいたい罠っす!昔、拙者もそれで高額なツボを買わされました!」
「お前はどうせ女に釣られたんだろ」
「ひ、否定できないでゴザルが......」
ムーニャンが袖をまくる。
「虫眼鏡持ってくるアル」
ステラが俺を見上げる。
「ぱーぱ、サインしちゃだめ?」
「ああ」
俺は契約カウンターを睨んだ。
「絶対しない」
商店街の金色の明かりが、また一段、暗く濃くなった。
■ 今回のお話について
第189話は、MAMMON商店街の値札回でした。
前回、マスターは白玉をハズレではなく【進路未固定玉】として再分類しました。
その結果、MAMMON商店街は「未来を福引にする」段階から一歩進み、子供たちへ直接値札を貼り始めました。
今回のテーマは、**値段ではなく、名前を貼ること**です。
まだ本名が分からない子でも、今日の目印なら呼べます。
中華まん半分の子。
ねむる前の子。
本を見てた子。
水を飲めた子。
まだ帰る途中の子。
雑でも、不完全でも、値札よりはずっといい。
呼べるものがあれば、手が届くからです。
そして値札プリンターは、商品価格表示ではなく【本日のおすすめ】へ再定義されました。
MAMMON商店街は次に、契約書を出してきます。
■ ゲーマーおっさん解説
今回は、商店街ステージのアクション回でした。
イメージとしては、ベルトスクロールアクションに近いです。
『ファイナルファイト』や『ダブルドラゴン』みたいに、横から敵が突っ込んでくる。
ただし今回の敵は不良ではなく、買い物カート、レジ、バーコードスキャナー、値札プリンターです。
かなり嫌な商店街です。
また、値札を貼る仕組みは、ゲームでいう「ステータス表示」の悪用でもあります。
本来、ステータスは分かりやすくするための表示です。
でも、それが人の価値を決める札になった瞬間、とても危険なものになります。
マスターは今回、値札を消すだけではなく、【本日のおすすめ】に変えました。
売るための札ではなく、今日ちょっと楽になるための札。
ゲームでいえば、商品タグを回復アイテムのヒント表示に変えたような感じです。
次回は契約書。
小さい文字が多い書類は、だいたい悪魔です。
■ 登場キャラクター紹介
・マスター/NO NAME
子供たちに貼られる値札を、名札とおすすめ札へ変えた父親役。「値段じゃなくて、呼び名を貼れ」と判断した。
・ルース
解析担当。値札を破壊するだけでは商品識別ログが残ると見抜き、上書き処理を提案した。
・ステラ
最初に「しろだまのこ」と呼び名をつけた子。値札ではなく名札を貼る流れを作った。
・ジャクラ
MAMMON商店街の仕組みを説明する案内人。値札は保護者の不安や比較、焦りで強くなると語った。
・ナツ
買い物カートを体で止めた前衛担当。子供は商品じゃないと叫んだ。
・ムーニャン
値札端末とカートの車輪を爪で破壊。ただし物理破壊が危険な場面もあり、少し反省気味。
・コハク
商品化防止結界でスキャン光を防いだ。防御役として活躍。
・タニシ
ショップ系ステージ、ベルトスクロール敵などの解析担当。契約書の小さい文字は罠だと警告した。過去に高額な壺を買わされたことがあった。
・ミコ
値札で隠れた光を見つけた。赤いスキャン光をずらしてカイロを守る場面でも活躍。
・ネムリ
疲れた子、眠る前の子を見つけた。カイロの前に薄い眠りの膜を張り、値札貼付を防いだ。
・ノエル
本を見ていた子に呼び名をつけた。静かな観察で帰還対象ログを戻した。
・ポメ子/ポセイドン
水で値札の粘着を弱める補助役。こういう時は普通に頼れるが、褒めるとすぐ調子に乗る。
・ガロ
カイロへ終端系の値札が貼られかけた瞬間、強い怒りを見せた。まだ本格回収は先だが、重要な火種。
・カイロ
【将来価値:終端】と判定されかけた子。今回は【まだ帰る途中の子】として守られた。
・MAMMON商店街
値札貼付と権利買取を進める悪魔系商店街。商品価格表示を一部無効化されたため、次は契約拘束へ移行する。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME/マスター
役割:ギルド酒場店主/ゼウスタウン父親役
現在地:NODE08〈核心〉・MAMMON商店街奥売り場
冒険者等級:翠玉仮昇級/銅査定候補
状態:疲労中/家庭評価低下中/帰還席接続上昇中/MAMMON契約窓口接続中
主な権能:
・L.L.R.制約
・【観測迷彩】
・【死線上書】
・【神権解放権利】
・【感情感知】
・【依存切断】
今回の更新:
・値札を名札へ一部上書き
・商品識別子を帰還対象ログへ再接続
・VALUE-LABELERを【本日のおすすめ】表示へ再定義
・【おすすめ札】を仮登録
・MAMMON商店街の契約窓口が開放
・次回、教育投資契約書/才能保証ローン/親権代行プランへ接続
■ 所持アイテム・装備一覧
・冒険者プレート:翠玉仮昇級/銅査定候補
・無地の木札:店主証明のような札
・白羽端末:観測ノード由来の見守り端末
・ルステラ断片:現実層では半会話モード
・《るすと支店》設備:給水所、休憩ベンチ、弁当席、帰還灯、見守り灯、泣いていい部屋、保護者相談カウンター、やってみたい棚
・今回の追加設備:おすすめ札
・今回の重要ログ:名札上書き/VALUE-LABELER再定義/契約窓口開放
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