第188話 核心ノード編11 教育投資ガチャ、やめろ ――ハズレ玉の未来に、値札をつけるな――
神様保護者会の次は、悪魔の教育投資フェア。
商店街には、子供の未来を占う福引所が開きます。
ハズレと呼ばれた白玉を、マスターは放っておけません。
《るすと支店》の向こう側で、金色のシャッターが一斉に上がった。
昨日まで白い町内会館だった場所が、朝には商店街へ変わっていた。赤白の提灯、妙に明るい呼び込み音声、金ぴかの看板。見た目だけなら、少し古いゲームのイベント会場みたいで、悪くない。
ただし、並んでいる文字が最悪だった。
【MAMMON商店街:教育投資フェア開催中】
【進路ガチャ:初回無料】
【才能査定:一回無料】
【習い事サブスク:加入受付中】
【親力ポイント増量キャンペーン】
【未帰還児童ログ:将来価値査定中】
「商店街の看板が全部嫌すぎる」
俺が顔をしかめると、ルースが端末を見ながら隣へ立った。
「ぱーぱ。MAMMON系商店街は、保護者の不安を購買行動へ変換する構造です」
「おかいものするの?」
ステラが首をかしげる。
「違う。買っちゃいけないやつだ」
「アニキ、初回無料って書いてある時点で完全に沼っす」
タニシが真顔で言い、ムーニャンも腕を組んでうなずいた。
「無料ほど高いものないアル、これジョーシキにゃ」
その商店街の中央に、ひときわ派手な福引所があった。
赤白幕。金色のガラガラ。景品棚。看板には、丸っこい文字で【お子さま未来福引】と書かれている。
そして、その前にあのジャクラ・ミコトが立っていた。
にこにこした顔。隠しきれない豊満で魅惑的な優雅な立ち姿。けれど目だけは、盤面の裏を読んでいる賭博師のそれだ。
【町内福引所:営業中】
【担当:JAKURA / LOTTERY-NODE】
【商品分類:進路/才能/教育投資/将来価値】
【初回無料:保護者不安ポイント不要】
「さぁさぁ、お立ち寄りくださいませ」
「お子さまの未来、一回まわしてみませんか?」
「大当たりは、標準進路Sランク」
「外れでも、再教育クーポンがついております」
「子供の未来を福引にするな」
俺が即座に言うと、ジャクラは楽しそうに目を細めた。
「未来なんて、もともと確率ですわ」
「努力、才能、環境、親の資産、運、出会い」
「どれも、引いてみるまで分からないものではありませんか?」
「嫌な正論で殴ってきやがって」
ジャクラは金色のガラガラに手を添えた。
「いずれにせよ――まずは、ご説明いたしますわ」
【金色玉:神童コース】
【効果:学習効率+50】
【副作用:自由遊び−80】
【銀色玉:安定就職コース】
【効果:将来不安−30】
【副作用:夢発話率−40】
【赤玉:芸術才能コース】
【効果:表現力+60】
【副作用:収入安定性−50】
【青玉:運動特化コース】
【効果:体力+60】
【副作用:学習標準適性−20】
【白玉:ハズレ】
【効果:なし】
【副作用:親の不安+20】
「金色玉が一番怖ぇんだが」
「ぱーぱ。大当たりほど、進路固定効果が強く設定されています」
「自由行動、自由発話、失敗許容量が削減されます」
ルースの説明に、ステラが俺の袖を握った。
「あたり、こわい?」
「あたりって名前にしてあるだけの、実質首輪もあるってことだ」
最初に福引を回したのは、白い顔の町内NPC保護者だった。番号札の子を連れて、福引所の前へ進む。
「この子の将来が不安です」
「安全な進路をください」
「失敗しない未来をください」
ジャクラが笑顔でガラガラを回す。
からん、と金色の玉が落ちた。
【金色玉:標準進路Sランク】
【神童コース適用候補】
【自由発話率:低下】
【遊戯時間:削減】
【親満足度:上昇】
町内NPC保護者は、両手を合わせて喜んだ。
だが、番号札の子の顔は薄くなっていく。
「ぱーぱ」
「あの子、うれしくない」
ステラが小さく言った。
「進路固定により、表情ログが減少しています」
「親満足度は上昇していますが、児童側の情緒反応は低下しています」
「やっぱり当たりじゃねぇだろ、それ」
次に、ジャクラは未帰還児童ログのひとりを指した。
「では、こちらの番号札のお子さまから」
「将来価値を占ってみましょう」
ガラガラが回る。
落ちたのは、白い玉だった。
【白玉:ハズレ】
【将来価値:未設定】
【推奨:低コスト保護】
【進路:未設定】
【投資非推奨】
空気が、少し変わった。
「今、なんつった」
「外れですわ」
「残念ながら、この子には投資効率がありません」
背後で、ガロの低い声が落ちた。
「おい、もう一度、言ってみろ」
俺は片手を上げて、ガロを制した。
「ガロ、まだだ」
白玉が、床をころころと転がる。
誰も拾わない。
それを、ステラが両手で拾った。
「しろ、かわいい」
「これ、すてら、すき!」
「それはハズレ玉でございますよ?」
「かわいいけど、はずれ、なの?」
ステラは、白玉を大事そうに包んだ。
ルースが端末を走らせる。
「ぱーぱ。白玉には、進路固定効果がありません」
「才能補正も、将来価値補正も、投資回収率設定もありません」
「つまり、選択余地が最大と言い換えられます」
「じゃあ一番当たりじゃねぇか」
ジャクラの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「......相変わらず、ゲームの勝ち方を間違える方ですわね」
「ゲームじゃねぇよ」
「今回は、子供だ」
俺は福引所の横にあった空棚を引っ張り出し、勝手に看板を書き換えた。
【今日のおすすめ棚】
【ハズレ玉置き場】
「アニキ、看板名が投げやりっす!」
「今は仮だ」
「ハズレをおすすめする店、怪しすぎるアル」
「ハズレじゃねぇって言ってんだろ」
ジャクラが首を傾ける。
「ハズレ玉を並べて、何をするおつもりで?」
「まだ何者にも決まってない未来を、ここに置く」
「ぱーぱ。白玉を進路未固定玉として再分類しますか?」
「いいぞ、やれ」
【白玉:ハズレ】
【再分類要求:発生】
【NO NAME干渉】
【進路未固定玉:仮登録】
【効果:進路固定を回避】
【効果:保護者不安ポイント増加】
【帰還席接続:上昇】
「親が不安になるくらいでちょうどいい」
「子供の未来が全部決まってる方が怖ぇよ」
金色の商店街が、一瞬だけざわついた。
【MAMMON商店街:異常検知】
【進路未固定玉:商品価値算出不能】
【購買誘導失敗】
【代替商品提示】
景品棚が光り、別の札が並ぶ。
【教育投資契約】
【才能保証ローン】
【親権代行プラン】
【未帰還児童ログ権利買取】
【進路再抽選チケット】
「権利買取?」
ルースの声が硬くなった。
「ぱーぱ。対象は、未帰還児童ログの将来選択権です」
「進路選択権、教育方針決定権、帰還後所属権が商品化されています」
「アウトだろ」
ジャクラは、金色の福引機を撫でるように指でなぞった。
「私は、回すだけですわ」
「当たりを欲しがるのは、保護者」
「外れを怖がるのも、保護者」
「そして、不安を買い取るのが、この商店街」
「じゃあ、お前は悪くないってか?」
「いいえ」
ジャクラは、笑ったまま答えた。
「悪くない顔をして、悪い仕組みを回す者もおります」
俺はその言葉を聞いて、福引機を殴り壊したい気持ちを少しだけ飲み込んだ。
壊すだけなら簡単だ。
けれど、未来を試す遊びまで壊したいわけじゃない。
「ステラ。その白玉、棚に置けるか」
「うん」
ステラが白玉を棚へ置く。ミコがその横へ、赤玉を置いた。
「これ、絵の色」
ネムリは青玉を持ってくる。
「これ、走る色」
ノエルが銀色の玉を見て、小さく笑った。
「本を読む券、とかでもいいかもしれません」
俺は看板を書き換えた。
【やってみたい棚】
ログが揺れる。
【町内福引所:再定義中】
【進路ガチャ → やってみたい福引】
【将来価値査定 → 今日の興味確認】
【教育投資 → 体験提供】
【るすと支店設備:やってみたい棚を仮登録】
福引玉の表示が変わっていく。
【白玉:今日は何もしない券】
【赤玉:絵を描いてみる券】
【青玉:走ってみる券】
【銀色玉:本を読んでみる券】
【金色玉:みんなでご飯券】
「すてら、ごはん券がいい」
「ぱーぱ。金色玉の将来価値が大幅に低下しています」
「いいんだよ。飯の価値は高い」
ジャクラが声を立てずに笑った。
「未来を決める福引を、今日を試す福引に変える」
「本当に、勝ち筋を捨てるのがお上手ですわ」
「勝ち筋じゃなくて、逃げ道を増やしてるだけだ」
「逃げ道は、時に最強の攻略ルートですわね」
「前も、あなたはそうでした」
「ん、なんのことだ?」
「いえ、こちらの話ですわ」
その瞬間、MAMMON商店街の奥で、ひときわ重いシャッター音が鳴った。
金色のレジスター。契約書。買い物カート。値札の束。
【MAMMON商店街:上位商品解禁】
【教育投資契約】
【親権代行プラン】
【才能保証ローン】
【未帰還児童ログ権利買取】
【警告:子供の未来選択権を買い取り対象に設定】
「だから、それは売り物じゃねぇって」
「ぱーぱ。次フェーズは、値札貼付と権利買取です」
ムーニャンが低く唸る。
「いよいよ商人悪魔が登場するネ」
タニシも顔を引きつらせた。
「アニキ、次は完全に悪徳ショップ攻略っす」
ジャクラは福引所の奥へ一歩下がり、金色の闇を指した。
「次の売り場は、少々お高いですわよ」
「お子さまの未来は、どの時代も高く売れますから」
俺は、棚の上の白玉を見た。
まだ何者でもない、小さな未来。
それに値札をつけようとするなら。
「売らせねぇよ」俺は強く言う。
商店街の奥で、値札の束が一斉に揺れた。
■ 今回のお話について
第188話は、MAMMON商店街とジャクラ福引所の回でした。
子供の未来を「進路ガチャ」「才能査定」「教育投資」として扱う商店街。
そこでは、当たりに見える金色玉ほど、子供の自由を削る危険がありました。
今回の核は、白玉です。
白玉はハズレではありません。
まだ進路が固定されていない、何者にも決まっていない、選択余地が最大の玉です。
マスターは、その白玉を【進路未固定玉】へ再分類し、福引所を【やってみたい棚】へ変えました。
未来を決めるのではなく、今日少し試してみる。
この小さな違いが、MAMMON商店街の「未来を商品化する仕組み」への反撃になります。
■ ゲーマーおっさん解説
今回は、ガチャと育成ゲームの嫌な合わせ技です。
ソーシャルゲームのガチャは、当たりが出ると嬉しいものです。
でも、子供の未来にそれを当てはめると、一気に怖くなります。
金色玉が当たりに見えても、自由遊びや失敗の余地が削られるなら、本当に当たりなのか。
逆に白玉がハズレに見えても、何にも固定されていないなら、それは一番自由なのではないか。
育成ゲームでいえば、『プリンセスメーカー』や『子育てクイズ マイエンジェル』のように、進路や能力を伸ばす楽しさはあります。
ただし、Z.E.U.SやMAMMONがそれをやると「効率のよい子供」「投資価値のある子供」へ寄ってしまう。
マスターは今回、未来を決めるガチャを、今日ちょっと試す福引へ変えました。
ゲームで言えば、取り返しのつかない進路選択を、ミニゲームのお試し券に変えた感じです。
■ 登場キャラクター紹介
・マスター/NO NAME
子供の未来を福引にするな、と怒った父親役。白玉をハズレではなく【進路未固定玉】として再分類した。
・ルース
解析担当。白玉に進路固定効果がなく、選択余地が最大であることを見抜いた。
・ステラ
白玉を拾った子。「しろ、かわいい」と言い、ハズレ扱いされた未来を大事に包んだ。
・ジャクラ
福引所担当。未来は確率だと語り、悪い仕組みを回す者として登場。敵とも味方とも言い切れない立ち位置。
・ガロ
未帰還児童ログを「将来価値なし」と言われた瞬間、低い怒りを見せた。今後の重い回へつながる火種。
・タニシ
ガチャと初回無料の危険性を即座に察した。悪徳ショップ攻略の匂いに敏感。
・ムーニャン
無料ほど高いものはない、と商売の罠を見抜いた。教育ガチャにも強く反応。
・ミコ
赤玉を「絵の色」と見て、進路ではなく今日やってみたいことへ変える流れを助けた。
・ネムリ
青玉を「走る色」として持ってきた。眠りだけでなく、試す自由にも反応している。
・ノエル
銀色玉を「本を読む券」と捉え直した。静かな選択肢を増やした。
・MAMMON商店街
保護者の不安を商品化する悪魔系商店街。次回は値札貼付と権利買取へ移行する。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME/マスター
役割:ギルド酒場店主/ゼウスタウン父親役
現在地:NODE08〈核心〉・標準養育都市モデル《ゼウスタウン》
冒険者等級:翠玉仮昇級/銅査定候補
状態:疲労中/家庭評価低下中/帰還席接続上昇中/MAMMON商店街攻略中
主な権能:
・L.L.R.制約
・【観測迷彩】
・【死線上書】
・【神権解放権利】
・【感情感知】
・【依存切断】
今回の更新:
・白玉を【進路未固定玉】へ再分類
・町内福引所を【やってみたい棚】へ一部上書き
・進路ガチャを今日の興味確認へ変換
・MAMMON商店街が上位商品を解禁
・未帰還児童ログの未来選択権が買い取り対象に設定
■ 所持アイテム・装備一覧
・冒険者プレート:翠玉仮昇級/銅査定候補
・無地の木札:店主証明のような札
・白羽端末:観測ノード由来の見守り端末
・ルステラ断片:現実層では半会話モード
・《るすと支店》設備:給水所、休憩ベンチ、弁当席、帰還灯、見守り灯、泣いていい部屋、保護者相談カウンター
・今回の追加設備:やってみたい棚
・今回の重要ログ:進路未固定玉/MAMMON商店街上位商品解禁
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