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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
核心ノード編

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第186話 核心ノード編09 ヘラ先生の泣かせない保育マニュアル ――泣かない子が正解なら、うちは全員失格でいい――

 通学路(つうがくろ)に残った小さな光は、朝になっても消えなかった。


 《るすと支店》の前から、白い通学路の端まで。足元を照らす程度の、弱くて、まぶしくない光。昨日アマテラスが不機嫌そうに残していった【見守(みまも)(ウォッチ・ライト)】は、ゼウスタウンの白い地面にぽつぽつと並び、迷子が帰るための目印みたいに揺れていた。


 ステラはその灯りを見て、少し満足そうにうなずいている。


「ここ、かえれる」

「まぶしくない」


 ミコは灯りの前にしゃがみ込み、手のひらをかざしていた。目を細めるわけでもなく、ただじっと見ている。光の温度を確かめているみたいだった。


「この光、こわくない」

「アマテラス、へたくそだけど、あったかい」


「本人の前で言うなよ。燃やされるぞ」


 俺がそう言うと、通学路の向こうから不機嫌そうな声が飛んできた。


「聞こえてんだよ、オッサン」


 アマテラスは町内安全週間の腕章をまだ外していなかった。棒付きキャンディを口にくわえ、黄色い旗を肩に担いでいる。昨日より少しだけ機嫌が悪そうに見えるのは、たぶんミコの言葉が刺さっているからだ。


「へたくそってなんだ、ちび」


 ミコは首をかしげた。


「へたくそは、へたくそ」

「でも、いい光」


「褒めてんのか喧嘩売ってんのか、どっちだ」


「どっちも?」


「お前ら、朝から光同士で揉めるな」


 ルースはそんなやり取りを横目に、支店前の掲示板(けいじばん)を見上げていた。昨日の町内掲示板ログは、まだ白い板面に残っている。


【町内掲示板更新】

【通学路安全週間:再評価中】

【追加指導項目:泣き声/夜泣き/登校拒否】

【保育マニュアル残滓:起動】

【HERA-MOTHER-LAYER:一部復旧】


「ぱーぱ。新規施設の生成が始まっています」


「新規施設?」


 ルースが指差した先で、白い地面がゆっくりと盛り上がっていた。


 通学路の向こう。昨日までただの空き地だった場所に、白い柵が生えていく。続いて、白い砂場、白いブランコ、白い滑り台。どれも角が丸く、安全そうで、清潔そうで、いやに整っている。


 やがて中央に、白い建物が現れた。


 保育園。


 そう呼ぶしかない形をしていた。入口には丸い看板。壁には可愛い動物の絵。窓にはやわらかいカーテン。だが、看板に書かれた文字を見た瞬間、俺は朝から胃が重くなった。


【標準保育モデル実証室】


 その下に、ひらがなの標語(ひょうご)


【なかない】

【さわがない】

【こわがらない】

【かえりたいっていわない】


「標語がもう怖ぇんだよ」


 ステラが俺の袖を掴む。


「なくの、だめなの?」


「だめじゃない」


 即答した。


「泣いていい。怖いも言っていい。帰りたいも言っていい」


 その言葉に反応したのか、白い保育園の扉が音もなく開いた。


 中から、ひとりの女性が出てくる。


 白い保育士エプロン。優しい笑顔。柔らかい声。髪も服も整っていて、子供が見れば安心しそうな見た目だ。だが、その目だけが少しおかしい。笑っているのに、奥でログが明滅(めいめつ)している。


【標準保育モデル実証室:起動】

【担当残滓:HERA-MOTHER-LAYER】

【目的:児童情緒安定率の向上】

【禁止反応:泣き声/怒声/拒否/帰宅要求】

【理想状態:静穏】


 白い保育士は、両手を前で揃えて、静かに頭を下げた。


「おはようございます」

「ヘラ先生です」


「先生を自称するログはだいたい信用できねぇ」


「泣かない子は、安心している子です」

「怖がらない子は、守られている子です」

「帰りたいと言わない子は、ここに馴染(なじ)んだ子です」


「逆だろ」


 俺は思わず前へ出た。


「泣けないほど怖いこともあるだろうが」


 ヘラ先生は、困った子を見るような顔で微笑んだ。


「泣く必要がないように、あらかじめ整えます」

「痛みも、寂しさも、怒りも、不要な揺れです」


 ルースが端末(たんまつ)を開き、表示を追う。


「ぱーぱ。この残滓(ざんし)は、NODE07の白天児童保護院側マニュアルを再利用しています」

「目的は、児童ログを静穏状態(せいおんじょうたい)に保つことです」


「静穏って便利な言葉だな」

「ようは黙らせるってことだろ」


 ヘラ先生は否定しなかった。

 その沈黙が、答えだった。


   *****


 保育室の中は、気持ち悪いほど柔らかかった。


 床は白いマット。壁には白い雲と白い動物。棚には白いぬいぐるみが並び、奥には小さな昼寝用ベッドが整然(せいぜん)と置かれている。どこを見ても安全そうだ。角もない。段差もない。危険なものは何もない。


 なのに、息が詰まる。


 未帰還児童(みきかんじどう)ログたちが、白いマットの上に座らされていた。胸には番号札。手には白いぬいぐるみ。みんな同じ姿勢で、同じ方向を向いている。


 笑ってはいない。

 泣いてもいない。

 ただ、ひとえに静かだった。


【保育マニュアル演習:開始】

【勝利条件:泣き声ゲージを0に保て】

【失敗条件:泣き声/怒声/拒否反応の発生】

【違反時:情緒沈静処理メンタル・セデーション

【児童評価:いい子/困った子/再保育対象】


 タニシが震える声でつぶやいた。


「アニキ、これは育児シミュレーションゲーっす」

「たまごっち、プリメ、マイエンジェル系っす」

「ただし泣かせた瞬間バッドエンドのクソ仕様っす」


「子育てゲームで泣くなは無理ゲーだろ?」


 ステラが真顔でうなずく。


「赤ちゃん、なくよ?」


 ルースも淡々と補足した。


「はい。泣くことは生理反応として自然です」

「意思表示、苦痛反応、接触要求、帰還要求の可能性があります」


 ポメ子が、いつの間にか保育室の水道横に立っていた。水場があると出てくるの、本当にやめてほしい。


「涙は水分ですもの」

「出るのは自然ですわ」


「お前が言うと妙に説得力あるな」


 ポメ子は胸に手を当て、しっとりと微笑む。


「泣いたあとの水分補給も、お任せくださいませ、ダーリン」


「ダーリンもやめろ」


 ノエルは白い標語を見上げて、少しだけ顔を曇らせていた。


「僕、昔こういうの苦手でした」

「怖いのに、怖いって言えない感じが」


 ナツも腕を組み、唇を噛む。


「我慢できるのは偉いッス」

「でも、我慢しか選べないのは、違うッスね」


 その時、白いマットの端に座っていた番号札の子が、小さく震えた。

 ほんの少しだけ、肩が揺れる。

 声は出ていない。


 でも、泣く前の呼吸だった。


【泣き声予兆:検出】

【情緒沈静処理:準備】

【子守歌ユニット:起動】


 保育室の奥から、白いナース型の端末が滑るように現れた。顔はない。胸には【NURSE-HR】の表示。手には白いミルク瓶と、細い注射器のようなもの。  

 NODE07で出会ったヘラとほぼ同一存在だが、こちらは残滓である。


「おい」


 俺が止めるより早く、ネムリが一歩前へ出た。


 ぼろぼろの服。青と白が混じった髪。眠たげな目。だが、その小さな足は、白いマットの上でしっかり止まっていた。


「ねむってて、いい」


 ネムリはナース端末を見上げる。


「でも、それ、ちがう」


 ヘラ先生が首をかしげた。


「眠っていれば、泣きません」

「泣かなければ、苦しくありません」


「ちがう」


 ネムリの声は小さい。けれど、部屋の中でやけに響いた。


「ねむるのは、逃げてもいい場所」

「これは、声をなくす場所」


 俺はネムリを見た。


「分かるのか」


「うん」


 ネムリは短く答えた。


「その眠り、こわい」

「泣けないのも、くるしい」


 ヘラ先生の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。


【情緒沈静処理:一時保留】

【対象:ネムリ】

【分類照合:HYPNOS系保護領域反応】

【保育マニュアル:例外処理中】


 ミコが保育室の隅で、白い光を見上げていた。


「この光、しろい」

「でも、あったかくない」


 アマテラスは入口にもたれ、腕を組んでいる。昨日の見守り灯の件があるからか、今日は最初から機嫌が悪い。


「泣かせない保育ねぇ」

「親父のマニュアルって、ほんと気色悪ぃわ」


「今日も親父が気に食わないか」


「毎日だよ!」


 ヘラ先生は、その言葉にも穏やかに微笑むだけだった。


「泣かないことは、安定です」

「安定した子供は、守られた子供です」


 その時、白いマットの端の子が、とうとう声を漏らした。


「......おうち」


 それは泣き声というより、息の切れ端みたいな声だった。


 でも、ログは即座に赤くなる。


【泣き声:検出】

【帰宅要求:検出】

【保育マニュアル違反】

【情緒沈静処理:開始】


 白いナース端末が、その子へ近づく。


 ステラが飛び出した。


「だめ」


 小さな体で、番号札の子とナース端末の間に立つ。


「その声、けさないで」


 ヘラ先生は優しい声のまま言った。


「泣き声は不安定化要因です」

「この子のために、沈静します」


「泣いてるの、この子だよ」

「勝手に、なくさないで」


 ステラは子供ログの手を握った。番号札だけの子は、まだ顔が薄い。それでも、小さな指だけがステラの手を握り返す。


【泣き声:異常反応】

【ステラ干渉】

【再分類要求:発生】

【泣き声ログ:解析中】


 ルースが息を呑んだ。


「泣き声が、エラーではなく要求として再分類されようとしています」


「当たり前だ」


 俺はヘラ先生を見た。


「泣いてるってことは、何か言ってるんだよ」


 ステラの声が続く。


「おうち、って言った」

「かえりたい、って言った」

「それ、だめじゃない」


【泣き声:異常反応】

【再分類:帰還要求】

【児童ログ:情緒反応保持】

【情緒沈静処理:失敗】


 ヘラ先生の笑顔が、初めてわずかに揺れた。


   *****


 そこからは、早かった。

 保育室の壁に貼られた標語が、一斉に明滅を始める。


【泣かない子は、いい子】

【怒らない子は、優しい子】

【怖がらない子は、強い子】

【帰りたいと言わない子は、馴染んだ子】


 それらの文字が、赤く、白く、何度も点滅する。


【泣き声:増加】

【帰宅要求:増加】

【保育マニュアル違反:増加】

【情緒沈静処理:再起動】


 ナース端末が増えた。


 白いぬいぐるみの目が光り、棚から白い子守歌が流れ始める。優しい曲のはずなのに、耳の奥が冷たくなる。泣く前に眠らせるための音。怖がる前に感情を削るための音。


 アマテラスが舌打ちした。


「おい、ヘラの残りカス」

「子供の泣き声を、白く塗り潰してんじゃねぇ」


 ヘラ先生は、初めてアマテラスを見た。


「泣かせないことが、母性です」

「違ぇよ」


 アマテラスの足元で、金色の光が揺れる。


「泣いた後に、まだそこにいてやるのが母性だろ」

「......今のは忘れろ。あたしらしくねぇ」


「いや、かなり良かったぞ」


「くそおっさん、てめ、燃やすぞ」


 ミコが小さく笑った。


「アマテラス、また、いい光」


「うるせぇわ、ちび」というとアマテラスはミコを軽くデコピンする。


 コハクが保育室の扉前に走った。


防音結界(サウンド・シールド)、展開でござる!」

「泣き声ログを外部監視へ拾わせないでござる!」


 シズクは落ち着いた手つきで、泣き始めた子供ログの呼吸を見ている。


「過呼吸になる前に、ゆっくり」

「吸って、吐いて。声は止めなくていい」


 ナツはしゃがみ込み、別の子の背中をさすった。


「大丈夫ッス」

「泣いても、怒られないッス」

「ここは、そういう場所にするッス」


 ムーニャンは中華まんを両手に持って立っていた。


「泣いたあと、腹減るアル」

「中華まん、半分こするニャ」


 ポメ子は水差しを並べている。


「涙のあとは、水分ですわ」

「泣くのも体力を使いますもの」


 タニシは部屋の隅に座り込み、なぜか真剣な顔でマップを書いていた。


「アニキ、これは防音セーブ部屋っす」

「ホラーゲームで安全部屋に入った時のBGMっす」

「泣いても敵が来ない部屋、作るべきっす!」


「言い方はアレだが、方向性は合ってんだよな」


 俺は保育室の中央に立ち、白い床を見た。


 ここを《るすと支店》に繋ぐ。


 保育室を壊すんじゃない。

 泣かせない部屋を、泣いていい部屋へ変える。


「カケルがいねぇのが惜しいな」

「でも、家具くらいなら動かせるだろ」


 俺は白いマットをずらし、ぬいぐるみ棚を端へ寄せる。ナツとノエルが手伝い、コハクが結界の範囲を広げた。ポメ子は勝手に水場を増設し、ムーニャンが中華まんの箱を置く。シズクが呼吸確認用の小さな椅子を並べ、ネムリは昼寝用ベッドの白いシーツを一枚だけ、柔らかい色の毛布へ替えた。


 ステラが入口に小さな札をかける。


【泣いていい部屋】


 ログが震えた。


【るすと支店設備更新】

【新規設備:泣いていい部屋】

【効果:泣き声ログの異常判定を遮断】

【効果:情緒反応を保持したまま安定化】

【帰還席接続:上昇】


 ヘラ先生が、その札を見つめる。


「泣き声が増加しています」

「なのに、情緒崩壊率が低下しています」

「なぜですか」


「泣けたからだよ」


 俺は短く答えた。


「泣くことは、不安定です」


「そうだな」

「でも、不安定になれる場所がない方が壊れる」


 ステラが、番号札の子の手を握ったまま言う。


「ないていい」

「こわいも、いやも、かえりたいも、いっていい」


 ネムリも続けた。


「泣いたあと、ねむっていい」


 ルースは端末を見つめ、静かに結論を出す。


「結論。泣き声を削除するより、受け止めた方が安定化します」


 ヘラ先生は、ゆっくりと首を振った。


「マニュアルにありません」


「じゃあ追記しろ」


 ログが白く弾けた。


【保育マニュアル:更新要求】

【既存定義:泣かない子=安定】

【新規定義:泣ける場所=保護】

【HERA-MOTHER-LAYER:応答不能】

【母性模倣層:再構成中】


 保育室の壁が歪む。


 白い標語が崩れ、文字が何度も上書きされる。


【泣かせてはいけない】

【怖がらせてはいけない】

【帰りたいと言わせてはいけない】

【それが保護】

【それが母性】


 ヘラ先生の声が、初めて少しだけ機械音を帯びた。


「泣かせてはいけません」

「怖がらせてはいけません」

「帰りたいと言わせてはいけません」

「それが、母性です」

「それが、保護です」


 俺は一歩前へ出た。


「泣かない子が正解なら」


 白い部屋の中で、子供ログたちがこちらを見る。


「うちは全員、()()()()()


 ステラが力強くうなずいた。


「すてらも、なく」

「ぱーぱも、こまったら、ないていい」


「おっさんが泣くと絵面がきついからな。大人は、我慢するのも仕事だ」


 ポメ子が即座に身を乗り出す。


「ダーリンの涙なら、大切に海に保存しますわ」


「保存すんなって」


 アマテラスが鼻で笑う。


「泣いたら燃やすぞ」


「それ脅しだろ」


「冗談だよ。たぶん」


「たぶんを付けるな」


 そのやり取りに、ノエルが少しだけ笑った。泣きそうな顔のまま、でも笑った。

 白い部屋の圧が、少しだけ緩む。


 ヘラ先生は、胸に手を当てた。笑顔はまだ残っている。だが、その表情には、わずかな困惑(こんわく)があった。


「泣いている子を」

「どう扱えばいいのですか」


「まず、子供の隣に座れ」


 俺は言った。


「それから、泣き終わるまで待て」


「待つ......」


「寄り添うこと。それも保護だろ」


 ヘラ先生は、ゆっくりと、番号札の子の隣へ座った。


 何かをするでもない。

 眠らせるでもない。

 泣き声を消すでもない。


 ただ、隣に座った。

 番号札の子は、声を殺さずに泣いた。


 ステラが手を握り、ネムリがそばで小さくうなずき、シズクが呼吸を見て、ナツが背中をさすり、ムーニャンが中華まんを半分に割る。ポメ子は水を差し出し、ルースはその泣き声を異常ではなく、帰還要求として記録した。


 ヘラ先生は、その様子を見ていた。


【HERA-MOTHER-LAYER:一部再定義】

【泣き声:異常ログから除外】

【帰宅要求:保護対象ログへ再分類】

【るすと支店設備:泣いていい部屋を仮登録】

【未帰還児童ログ:情緒反応保持】

【帰還席接続:上昇】


 壁の標語が、最後にひとつだけ書き換わる。


【泣いても、ここにいていい】


 俺はそれを見て、短く息を吐いた。


「当たり前のことだ。最初からそう書いとけよ」


   *****


 保育室を出るころには、白い空が少しだけ夕方に近づいていた。


 ゼウスタウンでは、夕方のチャイムまで管理されている。なのに今日のチャイムは、ほんの少しだけ音が揺れていた。泣き声を消しきれなかった街が、調律(ちょうりつ)に失敗したみたいだった。


 ステラは疲れたのか、俺の手を握っている。


「ぱーぱ」

「ん?」

「ないていい部屋、また使う?」

「使うだろうな」

「すてらも、使っていい?」

「もちろん」


 ルースが横で端末を閉じる。


「ぱーぱ。泣いていい部屋の登録により、家庭評価はさらに低下しました」

「はいはい」

「ただし、未帰還児童ログの情緒保持率は上昇しています」

「ならいい」


 アマテラスは保育室の入口で、腕を組んだまま空を見ていた。


「親父の作る保護ってのは、ほんと窮屈だな」

「お前、思ったより反抗期だな」

「うるせぇ」

「あたしは昔から、親父のやり方が気に食わねぇだけだ」


 ミコがアマテラスの隣へ歩いていく。


「アマテラス、今日も、いい光あった」

「どこがだよ」

「泣いてる子、焼かなかった」

「焼くわけねぇだろ」

「じゃあ、いい光」


 アマテラスは言い返せず、乱暴にキャンディを噛んだ。

 その時、町内掲示板がまた白く光った。


【町内掲示板更新】

【家庭評価:再審査】

【保護者会招集】

【議題:不適切保護者NO NAMEの是正】

【出席予定:APOLLON / VENUS / SUSANOO / AMATERASU / TSUKUYOMI / HERA-MOTHER-LAYER】

【特別進行役:LOKI / STAGE-TRICKER】

【悪魔系広告枠:MAMMON商店街】


「神様と悪魔の保護者会にロキ司会とか、地獄より悪いだろ」


 ルースが真顔で言った。


「ぱーぱ。地獄より議事録が長く、かつ脱線率が高い可能性があります」


 タニシが青ざめる。


「アニキ、これ保護者会イベントじゃないっす」

「完全に炎上配信回っす」


 ステラが首をかしげた。


「ほごしゃかい、こわい?」


 俺は掲示板を見上げながら、正直に答えた。


「大人でも怖いぞ」


 保育室の中から、小さな泣き声がまだ聞こえる。


 でも、それはもう警告音ではなかった。


 誰かが泣いている。

 誰かがそばにいる。

 誰かが待っている。


 それだけで、この街の正解からはまた遠ざかった。


 けれど。

 《るすと支店》の帰り道は、また少しだけ太くなった。



■ 今回のお話について


第186話は、ヘラ先生の「泣かせない保育マニュアル」回でした。

前回の通学路安全週間で【見守り灯】を作ったことで、ゼウスタウン側は今度、子供の泣き声や夜泣き、登校拒否を「保育上の問題」として処理しようとします。


今回のテーマは、**泣かせないことが保護なのか**です。


泣き声を消せば、部屋は静かになります。

怒りや怖さや帰りたい気持ちを消せば、子供は一見おとなしく見えます。

けれど、それは安定ではなく、声を奪われただけです。


マスターたちは、泣き声を異常ログではなく「帰還要求」として扱い、《るすと支店》に【泣いていい部屋】を仮登録しました。


泣いてもいい。

怖いと言ってもいい。

帰りたいと言ってもいい。

その声を消さずに、隣に座って待つ。


今回の《るすと支店》は、また少しだけ“家庭評価の低い、でも帰ってこられる場所”になりました。


■ ゲーマーおっさん解説


今回の元ネタ感は、育成ゲームと保育ゲームの裏返しです。


『子育てクイズ マイエンジェル』や『プリンセスメーカー』、『たまごっち』のような育成ゲームでは、パラメータ管理が重要になります。体力、知力、魅力、ストレス、愛情。数値が見えるからこそ、プレイヤーは「正解」を探したくなるわけです。


でも現実の子供は、数値通りには動きません。

泣きます。怒ります。眠くなります。帰りたくなります。

そして、それはバグではありません。


今回のゼウスタウンは、「泣き声ゲージを0に保て」という極端な育成ゲームでした。

マスターたちはその勝利条件を無視して、泣き声そのものをセーフゾーンに入れました。


ゲーム的に言えば、敵が来ない安全部屋を作ったようなものです。

『バイオハザード』のセーブ部屋に入ると、少しだけ安心する。

あの感じに近いです。


泣ける場所は、回復ポイントです。


■ 登場キャラクター紹介


・マスター/NO NAME

今回も家庭評価を下げながら、子供の帰還席接続を上げた父親役。「泣いてるってことは、何か言ってるんだよ」と、泣き声を異常ではなく意思表示として扱った。


・ルース

解析担当。ヘラ先生の保育マニュアルがNODE07由来の白天児童保護院側マニュアルであることを見抜いた。最後には、泣き声を削除するより受け止めた方が安定化する、と結論づけた。


・ステラ

泣き声を守る子。番号札の子の「おうち」という声を消させず、異常ログではなく帰還要求として再分類させた。


・ネムリ

眠りの違いを見抜いた子。「ねむるのは、逃げてもいい場所」「これは、声をなくす場所」と、ヘラ先生の眠らせる保育を否定した。


・ヘラ先生/HERA-MOTHER-LAYER

NODE07由来の母性模倣層の残滓。泣かせないことを保護と考えていたが、最後に「待つ」ことを学び、一部再定義された。


・アマテラス

父親Z.E.U.S式の保育マニュアルに強い嫌悪を示した太陽神権AI。「泣いた後に、まだそこにいるのが母性だろ」と、らしくない善性を見せた。


・ミコ

アマテラスの光を「いい光」と見分ける未登録光源。アマテラスの中にある善性を、短い言葉で指摘している。


・ポメ子/ポセイドン

水分補給担当。涙のあとに水を出す役として妙に説得力がある。ダーリン呼びは相変わらず拒否されている。


・ナツ

泣いても怒られない場所を作るため、子供ログの背中をさすった。体育会系だが、今回は「我慢しか選べないのは違う」と判断した。


・ノエル

怖いのに怖いと言えない感覚へ共感した少年。泣きそうな顔のまま、最後に少しだけ笑えた。


・ムーニャン

中華まん担当。泣いたあとにお腹が減るという現実的なケアをした。


・コハク

防音結界担当。泣き声ログを外部監視へ拾わせないために活躍。


・シズク

呼吸管理担当。泣いた子が過呼吸にならないよう、落ち着いたケアを行った。


・タニシ

今回の保育室を「防音セーブ部屋」と分析。言い方はひどいが、方向性は合っていた。


・ツクヨミ

今回は保護者会出席予定として名前が表示された。夜泣き、影、休める場所の議題で重要になりそうな存在。


・ロキ

次回の特別進行役として掲示板に名前が表示された。保護者会をただの会議で終わらせる気は、たぶんなさそう。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME/マスター

役割:ギルド酒場(るすと)店主/ゼウスタウン父親役

現在地:NODE08〈核心〉・標準養育都市モデル《ゼウスタウン》

冒険者等級:翠玉仮昇級/銅査定候補

状態:疲労中/小ループ制限下/家庭評価低下中/帰還席接続上昇中

主な権能:

・L.L.R.制約

・【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

・【死線上書デッドライン・オーバーライト

・【神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティ

・【感情感知(エモーション・センス)

・【依存切断(ディペンド・カット)


今回の更新:

・《るすと支店》に【泣いていい部屋】を仮登録

・泣き声ログを異常判定から一部除外

・帰宅要求を保護対象ログへ再分類

・HERA-MOTHER-LAYERの一部再定義に成功

・未帰還児童ログの情緒保持率が上昇

・家庭評価はさらに低下

・次回、神様と悪魔の保護者会へ接続


■ 所持アイテム・装備一覧


・冒険者プレート:翠玉仮昇級/銅査定候補

・無地の木札:ギルマスから渡された店主証明のような札

・コアストーン関連ログ:NODE08内では参照制限中

・白羽端末:観測ノード由来の見守り端末

・ルステラ断片:現実層では半会話モード

・《ルステラ・キャリア》関連設備:ゼウスタウン内では《るすと支店》として展開中

・《るすと支店》追加設備:給水所、休憩ベンチ、弁当席、帰還灯、見守り灯

・今回の追加設備:泣いていい部屋

・今回の保育ログ:泣き声=帰還要求として再分類


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