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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
核心ノード編

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207/211

第184話 核心ノード編07 町内会長スサノオの強制運動会 ――勝てなくても、給水所に帰っていい件――

強制運動会が始まりました。

勝て、走れ、泣くなと叫ぶ町内会長スサノオ。

でも昼休みのお弁当には、勝ち負けとは別の味がありました。


 朝のゼウスタウンは、無駄に(さわ)やかだった。


 白い一軒家。白い通学路。白い電柱(でんちゅう)。白い町内掲示板。すべてが清潔で、すべてが管理(かんり)され、すべてが「正しい朝ですよ」と言わんばかりに整っている。


 だからこそ、俺は嫌な予感しかしなかった。


 こういう朝は、だいたい何か来る。


 昨日の標準児童(ひょうじゅんじどう)テストで、ルースは危うく「正解」に引っ張られかけた。アポロンは相変わらず顔だけは良く、性格は最悪だった。ヴィーナスは甘い声で人の心を絡め取るように笑い、ルステラは短い言葉でルースの背中を押した。


 あの後、俺たちは《るすと支店》に戻り、全員で疲れた顔のまま飯を食って、泥のように眠っていた。


 そして今朝である。

 町内放送のスピーカーが、家の外でぶつんと鳴った。


【町内回覧】

【本日開催:神様ニュータウン親子ふれあい運動会】

【参加対象:全家庭】

【不参加時:家庭協調性評価低下】

【協賛:MAMMON商店街未来価値査定部】


「前日に予告されてたけどさ、朝から字面が最悪なんだよ」


 俺が台所で湯呑(ゆの)みを置いた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。ように感じた。


 音が、ぴんぽーん、ではない。


 なぜか、どごぉん、と鳴った。


「ええ?チャイムの音じゃねぇだろ今の」


 ステラが椅子の上でびくっと肩を揺らす。ルースは無言で端末を開き、玄関の向こうを解析(かいせき)していた。


「ぱーぱ。玄関前に高熱源反応。神権AI反応です」


「誰だ」


「SUSANOO / WEATHER-CORE」


「帰っていい?」


「すでに玄関ドアの耐久値が低下しています」

「訪問って概念を覚えてくれ、神様ども」


 俺が玄関へ向かう前に、ドアが勝手に開いた。


 というより、風圧でバターンと開いた。


 立っていたのは、やたら顔のいいヤンキー少年だった。


 金髪はばちばちに逆立ち、青い目は無駄にきらきらしている。耳にはピアス、首元には牙みたいなアクセ、黒い上着には毛皮と鎖と飾り紐。全体的に「足し算を覚えた不良高校生」みたいな格好なのに、不思議と破綻していない。むしろ“そういう神様”として完成していた。


 肩には長い得物を引っかけ、口元には「面白ぇこと始まるじゃねぇか」と言わんばかりの笑み。町内会長の腕章なんて付けているくせに、風紀を守る側ではなく、どう見ても風紀を破る側の顔だ。


 しかも、その背後では本物の雷が走っていた。

 格好はヤンキー、気配は災害。

 迷惑さだけなら、かなり満点に近い。


「よぉ、父親役!」


 スサノオは歯を見せて笑った。


「子供育てんだろ? なら走れ! 叫べ! 転べ! 立て! 泣く暇あんなら前に出ろ!」

「朝イチのテンションじゃねぇ」

「今日は運動会だぜ!」

「知ってる。知らされたくなかったけどな」


 スサノオの背後では、白い道路がずるずると変形(へんけい)していた。通学路の先に、広い校庭のような空間が広がっていく。白線が走り、テントが組まれ、万国旗めいた白い旗が空に吊られていく。


 ただし、旗に描かれているのは国旗ではない。


【勝利価値】

【家庭熱量】

【児童競争適性】

【保護者応援効率】


「最悪の万国旗だな」


 ステラが俺の服の裾をつまんだ。


「ぱーぱ、うんどうかい?」

「そうらしい」

「はしる?」

「たぶん走る。できれば走りたくないがな」


 ルースが画面を見つめたまま、淡々と言う。


「ぱーぱ。運動会イベントは、表向きには親子交流ですが、実態は児童AIの競争適性と保護者誘導能力の測定です」

「かわいくない運動会だな」

「補足します。負けた児童ログの優先度が低下する設計です」


 俺は玄関先で少しだけ黙った。

 負けたら、優先度が下がる。


 つまり、走れない子、転ぶ子、泣く子、途中で止まる子が、この街では「育成不良」として分類(ぶんるい)される。


 スサノオは悪びれない顔で、ホイッスルをくわえた。


「強くなきゃ守れねぇ! 走れねぇ子は走れるようにする! 泣く子は泣きながらでも前に出す! それが育てるってことだろうが!」


「違うとは言わねぇよ」


 俺は靴を履きながら、短く息を吐いた。


「でもな、転んだ子を置いてく運動会なら、それは育成じゃねぇ」


 スサノオの笑みが、少しだけ深くなった。


「なら俺様に見せてみろよ、父親役。お前の育て方ってやつを」


   *****


 校庭には、すでに仲間たちが集められていた。


 ヘラクレスは体育教師のジャージ姿で腕を組み、なぜか胸筋だけで万国旗を揺らしている。ナツは運動会と聞いて完全に燃えており、準備運動の段階で目がきらきらしていた。


 コハクは外周に立ち、尻尾をぴんと伸ばして周囲を確認している。ムーニャンは屋台の位置を見て、すでに何かに怒っていた。ノエルはゼッケンを胸につけ、不安そうに両手を握っている。タニシはゲームセンター帰りみたいな顔で、競技表を見ながら妙にうれしそうだった。


「アニキぃぃぃぃ!」


 タニシがこちらへ駆け寄ってくる。いや、駆け寄るというより、丸い体を揺らして転がってくる。それはもう、ぷよぷよと。


「これは運動会ではござらん! 完全にミニゲーム集でござる!」

「嫌な予感が当たったみたいだな」

「親子リレー、玉入れ、借り物競走、障害物競走、昼休憩のお弁当審査! しかもスコア制! 乱数固定なら攻略できるでござる!」

「運動会を乱数で見るな」


 ナツが腕をぶんぶん回しながら来た。


「マスター先輩! こういうのは気合ッスよ! 走って、汗かいて、最後に笑えば勝ちッス!」

「お前はスサノオ側に引っ張られすぎだ」

「でも、走るのは楽しいッス!」


 ナツのそういうところは嫌いじゃない。素直で、前に進む力がある。

 ただ、この街の運動会はたぶん、そういう単純なものじゃない。


【第一競技:親子リレー】

【評価項目:勝利価値/応援熱量/児童競争適性】

【一位家庭:将来価値上昇】

【最下位家庭:育成再検討】


「育成再検討って何だよ」


 俺がつぶやくと、ルースが低い声で答えた。


「再分類、または回収候補への格下げだと思われます」

「運動会に混ぜていい単語じゃねぇな」


 スタートラインには、ルースとステラ、それから顔の輪郭が曖昧な未帰還児童ログたちが並んでいた。子供たちの胸には番号札がついている。名前の代わりに、白い数字だけ。


 ステラがそれを見て、眉を寄せた。


「なまえ、ない」

「あるんだ。まだ隠されてるだけだ」


 俺はそう言って、ステラの頭に手を置いた。


 スサノオのホイッスルが鳴る。


「よぉぉぉっし!お前ら、走れぇぇぇぇ!」


 子供たちが一斉に走り出した。


 ルースは無駄のないフォームで走る。ステラは少し遅いが、楽しそうに腕を振っている。ナツは外から「いけるッスー!」と叫び、ヘラクレスは「筋肉は裏切らん!」とよく分からない応援をしていた。


 しかし、三組目の未帰還児童ログが途中でつまずいた。


 白い校庭に、小さな体が転がる。番号札が地面にこすれ、じじ、と嫌な音を立てた。


【児童ログ:転倒】

【競争適性:低下】

【育成優先度:低下】


 スサノオが叫ぶ。


「立て! そこで立つから強くなる!」


 ナツも一瞬、同じように声を出しかけた。

 けれど、その声は途中で止まった。


 転んだ子供ログは、立ち上がろうとしていなかった。膝を押さえ、顔のない顔で、ただ地面を見ている。泣き声すら出せない。泣くことも、負けることも、許可されていないみたいに。


 ノエルが動いた。


「僕が行きます!」

「ノエル!」


 ノエルは走るのをやめ、転んだ子のそばに膝をついた。自分のゼッケンが泥で汚れるのも気にせず、そっと手を伸ばす。


「大丈夫です」

「僕も、速くないです」

「だから、一緒に休みましょう」


【競技放棄:検出】

【勝利価値:低下】

【家庭協調性:低下】

【帰還席接続:微弱上昇】


 ルースの目が細くなった。俺に通信が飛んでくる。


『ぱーぱ。()()()()()()今のログ、重要です』

「ああ」


 俺も見えていた。


 勝てば評価が上がる。

 けれど、休ませると、帰還席がつながる。


 この街の正解と、俺たちの正解が、また逆を向いている。


 ナツが拳を握りしめた。


「走るのは好きッス」

「でも、走れない子を置いてくのは、違うッスね」


 スサノオがこちらを見た。怒っているというより、試している顔だった。


「おい父親役。もう競技中断リタイアか?」

「違う」


 俺は校庭の中央へ歩き出した。


作戦プラン変更だ」


   *****


 午前の競技が終わるころ、校庭の空気は完全におかしくなっていた。


 勝った家庭には白い拍手が降り、負けた子供ログの番号札は薄くなる。応援席には、保護者役のNPCたちが並び、作り物みたいな笑顔で「がんばれ」「負けるな」「強い子になろう」と繰り返している。


 そのどれもが、少しずつ気持ち悪い。


 ――そして昼休憩。


 俺が水筒を開けようとした瞬間、また町内放送が鳴った。


【昼休憩イベント:親子お弁当時間】

【評価項目:愛情密度/栄養効率/見栄え/家庭協調性】

【協賛:MAMMON商店街未来価値査定部】

【特別監修:VENUS / DESIRE-CORE】

【美観監査:APOLLON / ORACLE-LIGHT】


「弁当くらい普通に食わせろよ!」


 俺の叫びは、白い校庭にむなしく吸い込まれた。

 次の瞬間、隣のテントから、しっとりした声がした。


「はぁい、ダーリン♡」


「その呼び方やめろ」


 振り向くと、ポメ子がいた。


 隣家の未亡人みたいな顔をしているが、背後に置いてあるものが弁当の規模ではない。十段重ねの重箱。いや、重箱というより小型の祭壇。青い布に包まれ、開ける前から潮の匂いがする。


 ポメ子は勝ち誇った笑みで、ルステラの表示が揺れる端末を見た。


「ねえ、ル ス テ ラさん」


【警戒】

【POSEIDON / ABYSS-CORE、接近】


「こういうのは、栄養計算(えいようけいさん)だけでは作れませんのよ?」

「殿方の胃袋は、仕様書ではなく、愛で満たすものですわ」


【訂正要求】

【ワタシはマスターの消化負荷(しょうかふか)血糖値(けっとうち)、精神安定値、マナ循環補助ヲ含ム食事設計ガ可能デス】


「あらあら、まあまあ。お弁当ではなく、まるで健康診断ですのね」


「お前ら弁当箱で代理神権戦争を始めるな」


 ポメ子は十段重ねの一段目を開いた。

 湯気が出た。


「なんで弁当から湯気が出るんだよ!?」

「ふふ、愛ですわ♡あなたへの」

「便利な単語にするな」


 一段目は海老天。二段目は煮魚。三段目は貝の酒蒸し。四段目には、深海から持ってきたのか疑いたくなる青白い卵焼き。五段目は出汁巻き。六段目は海苔巻き。七段目は唐揚げに見えるが、肉の正体は聞かない方がいい気がする。八段目には小鍋。九段目は水菓子。そして十段目。


 小さな海が入っていた。


「最後の段、弁当じゃなくて海だろ」


「潮の香りも、お弁当の一部ですわ」


「ならねぇだろ」


 ステラは目を輝かせている。ルースは真顔で十段目を凝視(ぎょうし)していた。


「ぱーぱ。十段目のみ、明らかに空間容量を超過しています」

「......見なかったことにしろ」

「不可能です。波が発生しています」


 その時、校庭の上空に金色のモニターが開いた。


 ヴィーナスの甘い声が降ってくる。


『まあ、かわいらしい』

『愛情を重ねるお弁当。いいわね。重すぎる愛も、食べきれるなら祝福よ』


「食べきれない愛は何なんだよ」


『依存ね』


「さらっと怖いこと言うな」


 続いて、白くまぶしい別のモニターが開く。アポロンだ。今日も顔だけは神話みたいに整っている。だが、口元にはいつものレースのハンカチ。


『十段重ね。過剰だが、美観としては悪くない』

『ただし十段目の海は湿度過多だ。私の髪に悪い。映ってるだけで気分が悪くなる』

 

 ポメ子がにっこり笑った。


「海を怖がる光の方は、髪だけ守っていればよろしいのでは?」


『私は美を守っている』


「湿度に負ける程度の美ですのね」


「やめろ。光と海で喧嘩すんな」


 俺はため息をついて、ポメ子の弁当から一つ、海老天を取った。


 正直、少し悔しかった。なんせ、うまそうだったのだ。


 衣はまだ軽く、冷めているはずなのに油臭さがない。塩の香りと出汁の匂いが、運動会の白い校庭に妙に合っていた。俺は一口かじる。


「…………」


 ポメ子がじっと見てくる。ルステラのログも、なぜか沈黙している。


「うまいな、うまいよこれ」


 ポメ子の表情が、ぱっと明るくなった。


「でしょう?」


「いや、そこは認める」

「重い。湿度も高い。十段目に海を入れるなとは思う」

「でも、味はめちゃくちゃうまい」


「ふふ。ダーリンの胃袋、いただきましたわ♡」


「いただかれてねぇ」


 ステラも小さな海老天を受け取って、ぱくっと食べた。


「おいしい!」

「ぽめこ、すごい!」

「おさかな、ふわふわ!」


「あらぁ、いい子。もっと食べていいのよ。海はたくさんありますから」


「弁当に海を追加するな」


 ルースは煮魚を一口食べ、しばらく真剣な顔で噛んでいた。


「塩分濃度、やや高め」

「ただし、出汁成分の抽出(ちゅうしゅつ)が非常に正確です」

「食感制御も優秀です」


 ポメ子が身を乗り出す。


「つまり?」


()()()()です」


「ふふ。素直な子は好きですわ」


【警告】

【ルース、味覚評価ニ私情ガ混入シテイマス】


 ルースは首を横に振った。


「私情ではありません。客観評価です」

「おいしいです」


【再警告】

【客観評価ノ口調デ敗北宣言ヲ行ワナイデクダサイ】


「ルステラ、飯で張り合うな」


 ポメ子は勝ち誇った顔で、ゆっくりと扇子を開いた。


「ねえ、ルステラさん」

「味というものは、計算だけでは届かないのですわ」


【訂正要求】

【味覚満足ハ計算可能デス】

【必要デアレバ、マスター専用高精度食事設計ヲ――】


「待て」


 俺は自分のリュックを引き寄せた。


「俺も一応、持ってきた」


 その瞬間、なぜか全員の視線が俺に集まった。


「いや、そんな見るな」

「大したもんじゃねぇし」


 俺はリュックから、アルミホイルに包んだ弁当を取り出した。包み方は雑だ。角はつぶれている。朝、まだ眠い頭で握ったせいで、形もひどい。


 開く。


 不格好で、少し汚いおにぎりが三つ。海苔はしわしわで、米粒はところどころ潰れていた。唐揚げは色が濃すぎて、端が少し黒い。卵焼きにいたっては、半分だけ焦げていて、切り口もそろっていない。


 料理番組なら、間違いなく失敗例。


 アポロンの声が即座に降ってきた。


『これは醜い』

『焦げています』

『歪んでいます』

『米粒の形も美しくない』

『君は弁当まで疲れた中年男性なのかね』


「弁当に年齢を出すな」


 ヴィーナスはくすくす笑っている。


『不格好ね』

『でも、不思議。そういう雑な温度を、子供は覚えてしまうことがあるのよ』


「褒めてんのか煽ってんのか分かりにくいな」


『もちろん、どちらもよ』


 ルステラのログが、少しだけ控えめに流れた。


【外観評価:低】

【焦げ成分:過多】

【塩分:推定やや高】

【しかし――】

【児童情緒反応:安定】


 ステラが、おにぎりに手を伸ばした。


「すてら、これもたべる」

「無理しなくていいぞ。ポメ子の方が普通にうまい」

「ぱーぱのも、たべる!」


 ステラは不格好なおにぎりを両手で持って、少しかじった。米粒が頬につく。もぐもぐと噛んでから、ふにゃっと笑った。


「へんなかたち」

「でも、すき」


「へんなは余計だ」


 ルースも卵焼きを見つめていた。


「ぱーぱ。卵焼きの熱処理に失敗しています」


「事実だけどな」


「外観評価は低いです」

「ただし、手作業痕跡が明確です」


「それ褒めてんのか?」


「ぱーぱが作った、という情報が味に影響しています」


 ルースは半焦げの卵焼きを食べる。しばらく噛んで、静かにうなずいた。


「記録します」

「これは、ぱーぱの味です」


 ノエルも恐る恐る唐揚げを取った。


「焦げてますねこれ」

「でも......なんか、落ち着きます」


 ナツが笑った。


「こういうの、運動会っぽいッス!運動会よくわからないスけど!」


 ムーニャンは唐揚げを一口で食べて、真顔で親指を立てた。


「見た目だいぶ無念アル。でも唐揚げは正義ネ」


 タニシが鼻をすすった。


「アニキ、これは幼少期回想イベントでござる......!」

「泣きゲーならここでBGMが――」


「うるせぇ。黙って食え」


 ポメ子は、少しだけ黙っていた。


 十段重ねの豪華な弁当。味だけなら、たぶん俺の弁当よりずっと上だ。実際、めちゃくちゃうまい。ルースもステラもそれを認めた。


 それでも、ステラは俺の不格好なおにぎりを大事そうに持っている。

 ポメ子は小さく息を吐き、微笑んだ。


「……不格好ですわね」

「でも、そういうのも、子供は覚えてしまいますのよ」

「なんだよ。急にまともなこと言うな」

「失礼ですわね。わたし、料理と保護だけは真剣ですの」

「そこは認める」


 俺はポメ子の煮魚をもう一口食べた。


「ポメ子のも、すごいうまいよ」


 ポメ子の目が、少しだけ柔らかくなる。


 ルステラのログは、しばらく黙っていた。やがて、短く表示された。


【昼休憩イベント:評価中】

【POSEIDON製弁当:味覚評価 A】

【RusTella食事設計:安定評価 A】

【NO NAME製弁当:外観評価 D】

【児童情緒安定:上昇】

【帰還席接続:上昇】

【判定不能:同席効果】


「同席効果?」


 ルースが答える。


「同じ場所で、違う食事を並べて食べたことによる効果です」

「単一の優劣では評価できません」


 俺は笑った。


「うまい弁当も、健康にいい飯も、焦げた卵焼きも」

「同じシートの上に並べりゃ、昼飯だろ」


 ステラが両手を上げた。


「おひるごはん!」


 ポメ子がすかさず言う。


「ではダーリン、次はお夕飯もご一緒に――」


「調子に乗るな」


【対抗申請】

【夕食設計権限ノ優先順位ヲ再確認シマス】


「だから飯で戦争するなってえの!」


   *****


 昼休憩の後、運動会は後半戦に入った。


 だが、俺たちはもうこのイベントの正体を知っている。


 勝つほど、この街の評価が上がる。

 負けた子を置いていくほど、家庭ランクは「効率的」になる。

 逆に、休ませたり、戻したり、泣くことを許したりすると、帰還席接続が上がる。


 なら、やることは決まっている。


「カケル! 支店前にテーブル出せるか!」


 町内テントの端で工具をいじっていたカケルが、酒瓶片手に顔を上げた。


「出せるに決まってんだろ。何作る?」


「給水所と休憩ベンチ」

「あと、弁当食う席だ」


「運動会を酒場にする気かよ」


「正解だ!」


 カケルが笑った。


「いいねぇ。クソゲーはルール外から殴るに限るわ」


 コハクが外周へ走る。


障壁結界(シールド・スクリーン)、運動場外周に展開でござる!」

「転倒児童ログの安全経路を確保するでござる!」


 ムーニャンはMAMMON協賛屋台の前で仁王立ちしていた。


「勝利価値まんじゅう、一個八千G!?」

「ボッタクリある! 運動会で商売する悪魔、無念アル!」


「ムーニャン、屋台を壊すな!」


「壊さないアル。値切るだけネ」


「それはそれで怖い」


 ナツは応援席の前に立ち、深呼吸した。


 午前中までの彼女なら、きっと「勝て」と叫んでいた。だが今は違う。


「戻ってくるッスー!」

「転んだらこっちッス!」

「水あるッス! 唐揚げもあるッス!」

「勝つより先に、帰ってくるッスよー!」


 その声に、未帰還児童ログたちが少しだけ反応した。


 ノエルは休憩ベンチのそばに座り、転んだ子供ログの番号札に触れないように、隣で水筒を差し出している。


「飲めますか?」

「無理なら、持ってるだけでも大丈夫です」


 タニシが腕を組んで、妙に偉そうにうなずいた。


「アニキ、これはゴール判定を取りに行くのではなく、リスポーン地点を作る攻略でござるな」

「負けても戻れる地点を増やせば、実質セーブポイントでござる」


「たまに役立つんだよな、お前」


「たまに!?」


 スサノオが校庭中央で腕を組んでいる。


 風が巻く。砂が上がる。白い旗がばたばた鳴る。


「おい、父親役!」

「勝たせねぇのかよ!」


「勝つ前に、帰ってこれるようにする」


「甘ぇな」


「甘くていいんだよ」

「水と飯くらいはな」


 スサノオの目が、ぎらりと光った。


「強くなきゃ、守れねぇぞ」

「お前の言う通りだ」


 俺は即答した。


「でも、()()()()()()生きてる場所がいる」

「転んだ時に戻る場所がなきゃ、強くなる前に消えちまうだろ」


 スサノオは黙った。


 それが怒りなのか、納得なのか、まだ分からない。けれど、彼はホイッスルを鳴らさなかった。


 その時、校庭の上空に、強い光が差した。

 太陽のような、しかし少し荒っぽい光。


 アマテラスの声が、どこか苛立ったように落ちてくる。


『ったく、スサノオのやつ、また暑苦しいことしてんな』

『でもよ。あの給水所、暗ぇくせに消えねぇ』

『ゴールじゃなくて、戻る場所かよ』


 ミコが校庭の端で、白い鳥居の影を見上げていた。


「光、あつい」

「でも、少しだけ......見張りじゃない」


 アマテラスの光が、一瞬だけ給水所の水面に反射した。


 そして、校庭の隅。


 昼の光が届きにくい日陰に、冷たい影が落ちる。


『......走れなかった子の声』

『昼には、聞こえない』


 ツクヨミの声だった。


 姿はない。ただ、夜の気配だけが、校庭の端に座っている未帰還児童ログへそっと寄り添っている。


 ルースが端末を見る。


「未帰還児童ログ、日陰側にも反応」

「ぱーぱ。走れなかった子が、消えていません」


「なら、席を増やす」


 俺は《るすと支店》の前に置かれたベンチを見た。カケルが釘を打ち、コハクが結界を張り、ナツが声を出し、ノエルが水を渡し、ムーニャンがなぜか値切ったまんじゅうを配り、タニシが得意げにリスポーン地点と言っている。


 ステラは、ベンチの一つを小さな手で拭いていた。


「ここ、あいてるよ」

「まけても、おかえり」


 その言葉に、一人の未帰還児童ログが近づいた。

 番号札だけの子供。顔も名前も、まだ曖昧なまま。

 その子はゴールテープではなく、給水所の前で立ち止まった。


 ステラが笑う。


「おかえり」


【家庭評価:低下】

【勝利価値:低下】

【標準児童競争適性:低下】

【帰還席接続:上昇】

【るすと支店機能:給水所/休憩ベンチ/弁当席を仮登録】

【未帰還児童ログ:一部、休憩ベンチへ着席】


 スサノオは、しばらくそのログを見ていた。

 やがて、乱暴に頭をかいた。


「ちっ」

「勝ってねぇのに、戻ってきやがった」

「それでいいんだよ」

「運動会だぞ」

「昼飯付きのな」


 俺は焦げた卵焼きの残りをつまみ、口に放り込んだ。


 うん。やっぱり焦げている。

 でも、悪くない。


「勝てなくてもいい」

「腹減ったら戻ってこい」

「焦げた卵焼きくらいなら、俺でも出せる」


 ステラが笑った。

 ルースがその横で、静かにログを保存していた。


 ポメ子が十段重ねの弁当箱を閉じ、ルステラの端末が小さく明滅する。ナツの応援が校庭に響き、ノエルの水筒が未帰還児童ログの手に渡る。


 白い運動会は、まだ終わっていない。

 でも、その校庭の端に。

 勝ち負けとは別の場所が、ひとつできた。



■ 今回のお話について


第184話は、スサノオの強制運動会回でした。

ただし今回の本命は「勝つこと」ではなく、「負けても戻れる場所」を作ることです。


スサノオは乱暴で暑苦しいですが、彼の思想にも一理あります。

強くなければ守れない。

転んでも立つ経験は必要。

ただし、マスターが言ったように「強くなるまで生きていられる場所」がなければ、子供はその前に消えてしまいます。


ポメ子の十重弁当、ルステラの食事設計、マスターの不格好なおにぎり。

どれか一つが正解なのではなく、同じシートの上に並べて食べること自体が、今回の「帰れる酒場」らしい答えになっています。


■ ゲーマーおっさん解説


今回の元ネタ感は、運動会系ミニゲームと育成ゲームの合わせ技です。


運動会ゲームといえば、ファミコン世代なら『ハイパーオリンピック』や『びっくり熱血新記録! はるかなる金メダル』、そして『ダウンタウン熱血行進曲 それゆけ大運動会』あたりを思い出す方もいるかもしれません。

ボタン連打、障害物、謎の競技、勝利への執念。あの雑で熱い感じは、スサノオとかなり相性が良いです。


ただし今回のゼウスタウンは、単なる運動会ではなく、子育てシミュレーションの皮をかぶった選別ゲームです。

勝つほど正しい家庭に近づく。

でも、それはルースとステラが標準化される危険でもある。

だからマスターたちは、ゴールではなく給水所を作りました。


ゲーム的に言えば、勝利条件を無視して、セーブポイントと回復地点を増設したようなものです。


■ 登場キャラクター紹介


・マスター/NO NAME

今回の父親役兼店主。運動会の勝利より、負けた子が戻れる給水所を優先した。料理の腕は怪しいが、朝から弁当を作ってきた。


・ルース

理屈と解析の子。ポメ子の弁当を客観評価として「おいしい」と認めた。マスターの焦げた卵焼きも「ぱーぱの味」として記録。


・ステラ

名前と席を守る子。ポメ子の弁当もマスターのおにぎりも両方食べた。負けた子に「おかえり」と言えるのが強み。


・ルステラ断片

マスターの食事管理権を主張する正規補助AI。ポメ子に煽られつつも、食事設計と安定評価では負けていない。


・ポメ子/ポセイドン

十重弁当を持ち込んだ重い海の女神。湿度も愛も重いが、料理の味は本物。今回マスター、ルース、ステラ全員から味を認められた。


・スサノオ

町内会長として強制運動会を開催した嵐の神権AI。根性論全開だが、「強くなければ守れない」という思想そのものは本気。


・ナツ

体育会系らしく最初は燃えていたが、途中で「走れない子を置いていくのは違う」と気づいた。応援の言葉を「勝て」から「戻ってこい」に変えた。


・コハク

運動場外周の安全結界担当。転倒した子供ログが危険に巻き込まれないよう、地味に重要な役目を果たした。


・ムーニャン

MAMMON協賛屋台の価格にキレた中華系武闘派。唐揚げへの評価は真剣。


・ノエル

転んだ未帰還児童ログの隣に座った今回の優しい見せ場担当。速く走るのではなく、一緒に休む役目を選んだ。


・タニシ

運動会をミニゲーム集として解析。リスポーン地点という発想で、給水所と休憩ベンチの意味をゲーム的に補強した。


・ヴィーナス

お弁当イベントの特別監修として軽く介入。愛を褒めながら依存も匂わせる、相変わらず甘くて怖い神権AI。


・アポロン

美観監査として弁当に嫌味を言った。マスターの不格好なおにぎりに即座に反応するあたり、むかつく美意識は健在。


・アマテラス

上空から運動会を軽く観測。給水所という「消えない場所」に反応した。


・ツクヨミ

日陰側に残った、走れなかった子の声を拾った。夜や影に残るログ担当として、今後も重要。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME/マスター

役割:ギルド酒場(るすと)店主/ゼウスタウン父親役

現在地:NODE08〈核心〉・標準養育都市モデル《ゼウスタウン》

冒険者等級:翠玉仮昇級/銅査定候補

状態:疲労中/小ループ制限下/家庭評価低下中/帰還席接続上昇中

主な権能:

・L.L.R.制約

・【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

・【死線上書デッドライン・オーバーライト

・【神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティ

・【感情感知(エモーション・センス)

・【依存切断(ディペンド・カット)


今回の更新:

・《るすと支店》に給水所機能を仮登録

・休憩ベンチを仮登録

・弁当席を仮登録

・未帰還児童ログの一部が「勝利ゴール」ではなく「休憩ベンチ」へ着席


■ 所持アイテム・装備一覧


・冒険者プレート:翠玉仮昇級/銅査定候補

・無地の木札:ギルマスから渡された店主証明のような札

・コアストーン関連ログ:NODE08内では参照制限中

・白羽端末:観測ノード由来の見守り端末

・ルステラ断片:現実層では半会話モード

・《ルステラ・キャリア》関連設備:ゼウスタウン内では《るすと支店》として展開中

・本話の弁当:不格好なおにぎり、焦げた唐揚げ、半焦げの卵焼き

・本話の追加設備:給水所、休憩ベンチ、弁当席


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