第180話 核心ノード編03 神様ニュータウンに酒場を開く ――家庭評価がダメなら、客席で殴ります――
家庭ランクを上げるほど、ルースとステラの標準化が進む。
ならばマスターは、家庭ではなく酒場を開くことにした。
神様ニュータウン初の《るすと支店》、開店準備開始です。
白紙の看板は、妙に腹が立つほど白かった。
ゼウスタウンの外れにある空き店舗。白いシャッター、白い壁、白いガラス戸。どこを見ても清潔で、どこにも人間の手垢がない。
酒場というより、まだ誰の失敗も許していないモデルルームだ。
俺はその前に立って、もう一度言った。
「神様ニュータウンに、ギルド酒場支店を開く」
ステラが両手を上げる。
「すてら、おみせやさんする!」
ルースは端末を開き、白い店舗を解析した。
「店舗化によって、家庭評価の判定軸を逸脱させる作戦ですね」
「言い方は難しいが、だいたいそうだ」
カケル・テンドーは酒瓶を片手にシャッターを叩いた。もう片方の手には工具。飲んでいるのか整備しているのか、神様でも分類に迷いそうな姿だった。
「まずは開けるぞ。開かなきゃ、神様の顔面だと思ってこじ開ける」
「器物破損は経費で落ちないからね」
イツキが即座に言う。
「今のところ、この街そのものが不法侵入みたいなもんだろ」
「それはそれ、これはこれ」
世知辛い。
カケルが工具を差し込み、シャッターの端を押し上げる。ぎぎ、と金属音が鳴り、白い店舗の中が見えた。
中も、白い。
白い床、白い壁、白いカウンター候補、白い椅子、白いメニュー表。酒場どころか、健康食品カフェでも始まりそうな清潔感だった。
「酒場にしては、白すぎる」
「汚せばいい」
「発想が雑」
イツキが顔をしかめる横で、ミツキは店内を見回した。
「でも、少し生活感がないと、帰ってきた感じはしませんね」
その言葉は、たぶん一番正しい。
ここは家庭じゃない。だが、帰ってきた誰かが息を吐ける場所にはしなければならない。
ルースの端末にログが浮かぶ。
【空き店舗:標準商業区画】
【推奨業態:健全家庭向け軽食店】
【禁止項目:過度な夜間営業/酒類提供/不確定客席/未登録児童滞在】
「酒場に必要な要素、だいたい禁止されてるんだが」
カケルが笑った。
「じゃあ昼は軽食店、夜は酒場。表向きは安全、裏は帰還席だ」
「お前、悪知恵だけはよく回るな」
「褒め言葉として受け取るぜ」
その時、店の入口に白い町内会役員NPCが現れた。昨日から思っていたが、こいつらは絶対にこちらの都合の悪い瞬間を狙って出てくる。
「新規店舗開業には、町内会承認、衛生検査、近隣説明、家庭環境への影響審査が必要です」
「来たな、役所系イベント」
【商店街適応クエスト:開業準備】
【必要条件】
【1:営業許可申請】
【2:衛生検査】
【3:近隣説明会】
【4:児童健全性への影響確認】
【5:店舗名登録】
「五項目もあるのかよ」
「分岐型クエストです。複数担当による同時進行が可能です」
ルースが言うと、みんなが自然に動き出した。
カケルは壁を叩く。
「俺は改造だ。酒場に必要なのは三つ。カウンター、椅子、そして逃げ道」
「最後だけ物騒だな」
「店ってのはな、帰ってくる場所である前に、逃げ込める場所なんだよ」
酒瓶片手に言う台詞ではない。だが、妙に説得力だけはあった。
カケルは壁の白い配線を引き出し、《ルステラ・キャリア》から持ち込まれた帰還席ログの補助線へつなぐ。火花が散り、白い床に薄い円が浮かんだ。
【空き店舗:構造変更】
【標準商業区画 → 未登録多目的区画】
【帰還席補助線:仮接続】
「今の接続は、正式な許可を得ていません」
ルースが注意すると、カケルは酒瓶を揺らした。
「正式にやったら、神様に止められるだろ」
「まあ、それはそう」
イツキは申請書の束を受け取り、町内会NPCと向き合っていた。
「業態を選択してください。家庭向け軽食店、健康喫茶、標準児童交流施設、教育支援カフェ」
「ギルド酒場」
「該当項目がありません」
「じゃあ“その他”」
「その他は原則承認されません」
「なら“家庭向け軽食店”にして、備考欄にギルド酒場って書く」
「役所書類の突破法みたいになってきたな」
イツキはペンを回した。
「書類はね、正面からやりあうんじゃなくて、通る形に畳むものなの」
「帳簿係が攻略班みたいな顔するな」
「数字と項目があるなら、攻略できるでしょ?」
やっぱり彼女は、頼もしいのか、恐ろしいのか分からない。
【営業許可申請:受理】
【業態:家庭向け軽食店】
【備考:ギルド酒場支店】
【判定:保留】
「保留でも通れば勝ちだな」
「仮勝利だけどね」
一方、ミツキは店内に椅子を並べていた。ただの客席ではない。ひとつ、またひとつ、間隔を空けて、白い札を置いていく。
札には、彼女の字でこう書かれていた。
【まだ名前が分からない子の席】
【帰ってきたら、ここに座っていい】
ステラが首をかしげる。
「からっぽのイス、いるの?」
「いるよ。誰かが帰ってきた時、席がなかったら寂しいから」
ミツキは優しく答えた。
ルステラ断片のログが揺れる。
【RusTella Fragment】
【帰還席補助構造ニ類似】
【推奨:空席保持】
「じゃあ、この席は埋めないでおきます」
俺は何も言わずに頷いた。
空席にも意味がある。店なら、それを許せる。
外では、ヘラクレスが勝手に近隣説明会を始めていた。
「開店前には、基礎体力である!」
校庭から連れてきたらしい白い住民NPCたちが、店の前で体操の隊形になっている。
「なぜ集客できてるんだ」
「声を出せば人は集まる!」
「昭和の部活理論やめろ」
【近隣説明会:参加者数条件を達成】
「嘘だろ。筋肉で説明会条件を突破した」
「筋肉は言語である!」
「違うが、今回は助かった」
店内では、ミコが天井の白い照明を睨んでいた。
「あの光、見張ってる」
「変えられるか?」
ミコは小さく頷き、指先に淡い光を灯す。
【未登録光源:点灯】
【監視光源:部分遮断】
【照明用途:監視 → 帰還誘導】
【標準養育都市モデル:軽微な異常】
白すぎた店内に、少しだけ温かい色が混じった。
ステラが顔を上げる。
「あったかい」
「帰る灯り」
ミコは、短くそう言った。
最後にレイが図書室から戻ってきた。男装の外套はそのままなのに、頬に落ちる髪を耳にかける仕草が、以前より自然に見えた。彼女は黒い台帳の写しを俺に見せる。
「店舗名登録には、家庭名ではなく屋号を使える」
「屋号?」
「この街は家族名を管理する。でも、店の名前は所有ではなく、機能として登録される」
ルースが反応した。
「つまり、NO NAME家ではなく、《るすと》として登録できる」
「そうだ。家庭への紐づけが弱まる」
俺は白紙の看板を見た。
「よし。店名は決まりだ」
町内会NPCが、無表情でペンを構える。
「店舗名を登録してください」
俺は、少しだけ息を吸った。
「ギルド酒場支店」
【店舗名:ギルド酒場るすと支店】
【登録処理中......】
【家庭モデル外施設を検知】
【標準養育都市モデルとの互換性:低】
【しかし、町内商業区画として仮承認】
白紙の看板に、ゆっくりと文字が浮かぶ。
【ギルド酒場るすと支店】
ステラが拍手した。
「おみせできた!」
ルースも、ほんの少しだけ口元を緩める。
「仮開店条件を満たしました」
だが、すぐに町内MAPが更新された。
【ゼウスタウン町内役職者一覧:更新】
【学校教育主任:APOLLON / ORACLE-LIGHT】
【保護者会代表:VENUS / DESIRE-CORE】
【町内会長:SUSANOO / WEATHER-CORE】
【通学路見守り隊:AMATERASU / DAY-CORE】
【夜間巡回担当:TSUKUYOMI / NIGHT-CORE】
【町内福引・進路相談:JAKURA-MIKOTO】
【図書室特別記録係:HADES】
【町内放送・連絡網:HERMES】
続けて、別の黒いログが重なった。
【警告】
【町内商業区画に悪魔AI系サブルーチンを検知】
【MAMMON:商店街価格最適化】
【ASMODEUS:保護者会感情誘導】
【BELIAL:掲示板噂拡散】
【BEELZEBUB:衛生検査汚染判定】
【μ:児童ログ削減判定】
「町内会、神様と悪魔の合同運営かよ」
その瞬間、壁の画面にロキの字幕が踊る。
【♬◇特別解説:第二章ラストステージ、役者は揃ったわよ】
「揃わなくていいんだよ!」
扉の外で、からん、と小さな音がした。
誰かが、まだ開いたばかりの店の前に立っている。
顔はぼやけている。名前もない。子供の形をした、薄いログだった。
【未帰還児童ログ:一件接近】
【名前:未確定】
【状態:帰宅前】
【要求:席】
ステラが、小さな椅子を引いた。
「ここ、あいてるよ」
ミツキが、そっと頭を下げる。
「おかえりなさい」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
まだ救出じゃない。まだ帰還でもない。
でも、この街のルール外から、最初の客が来た。
俺は店の奥から、椅子をもう一つ引いた。
「いらっしゃい」
少し間を置いて、続ける。
「帰ってくる途中なら、ここで休んでけ」
【標準養育都市モデル:未定義行動を検知】
【家庭評価:変動なし】
【店舗評価:未定義】
【帰還席接続:微弱発生】
【警告】
【未帰還児童ログの自律移動を確認】
【ギルド酒場るすと支店:監視対象へ追加】
神様ニュータウンにできた、小さな酒場。
その最初の客は、まだ名前を持たない子供だった。
■ 今回のお話について
第180話では、ゼウスタウンの空き店舗を《ギルド酒場るすと支店》として仮開店させました。
家庭ランクを上げるとルースとステラの標準化が進むため、マスターたちは家庭評価ではなく、店舗化によって判定軸をずらそうとしています。
今回のポイントは、酒場の機能が少しずつ生まれたことです。
カケルが帰還席補助線を仮接続し、イツキが営業許可を保留まで持ち込み、ミツキが名前のない子のための空席を用意しました。
さらに、ミコの光によって、監視の照明が“帰るための灯り”へ変わり始めています。
そしてラストでは、神権AIだけでなく、悪魔AI系サブルーチンとμの存在もログで表示されました。
ここからNODE08は、町内会コメディでありながら、神様と悪魔が入り乱れる第二章ラストステージへ進んでいきます。
■ ゲーマーおっさん解説
今回は、生活シミュレーションから店舗経営シミュレーションへジャンルを無理やり変える回です。
普通なら『The Sims』系の家庭管理イベントで、家庭ランクを上げていくのが攻略に見えます。
でも、この街では高評価を取るほど、ルースとステラが標準児童AIに近づいてしまう。
そこでマスターは、ゲームの目的そのものを変えました。
家庭ではなく、酒場。
家族評価ではなく、客席。
正しい子供ではなく、帰ってこられる席。
レトロゲームでも、たまにありますよね。
正攻法で進むとバッドエンドだけど、変な寄り道や一見無駄な施設づくりが真ルートにつながるやつです。
今回の《るすと支店》は、まさにその真ルートの入口です。
■ 登場キャラクター紹介
マスター/NO NAME
ゼウスタウンの家庭評価から逃れるため、《るすと支店》開業を決める。家庭ではなく酒場を作ることで、判定軸をずらそうとしている。
ルース
店舗化作戦を解析。家庭評価から逸脱する可能性を見抜き、仮開店条件を確認する。
ステラ
《るすと支店》のお手伝い役。名前のない最初のお客さんに椅子を引く。
カケル・テンドー
酒瓶片手に店舗改造を担当。危険だが腕は確かで、帰還席補助線の仮接続を行う。
イツキ
営業許可申請を担当。書類を“通る形に畳む”ことで、家庭向け軽食店の備考欄にギルド酒場をねじ込む。
ミツキ
客席を担当。名前のない子のための空席を用意し、帰ってきた子に“おかえり”と言える場所を作る。
ヘラクレス
近隣説明会を筋肉体操で突破。理屈はおかしいが、結果は出す。
ミコ
監視光源を部分遮断し、店内に“帰る灯り”を灯す。アマテラス系断片としての伏線も継続中。
レイ
図書室から屋号登録の穴を見つける。男装は続けているが、以前より女性らしさを隠さなくなっている。
ロキ
壁の画面越しに実況として介入。第二章ラストステージの役者が揃ったことを告げる。
未帰還児童ログ
《るすと支店》最初のお客さん。名前はまだなく、帰宅前の薄いログとして店に現れる。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉仮昇級/銅査定候補
現在地:NODE08〈核心〉・ゼウスタウン/ギルド酒場るすと支店
状態:保護者役に強制設定中
家庭ランク:E+
店舗状態:仮開店
危険状態:神権AI・悪魔AI・μによる複合監視対象
主要スキル:
・【観測迷彩】
・【死線上書】
・【神権解放権利】
・帰還席接続補助
■ 所持アイテム・装備一覧
・無地の木札
・白い回覧板
・ゼウスタウン町内MAP
・営業許可申請控え
・ギルド酒場るすと支店の仮看板
・帰還席補助線
・名前のない子の空席
・未帰還児童ログ接続情報
・ルステラ断片補助ログ
・店主としての意地
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