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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
核心ノード編

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202/213

第179話 核心ノード編02 町内会って何ですか ――神様ニュータウン、初日から近所づきあいが重すぎる件――

神様ニュータウンへ強制入居させられたマスターたち。

仲間は街のあちこちへ勝手に配置され、それぞれ謎の役割を与えられていた。

初日のクエストは、戦闘ではなく――町内会へのあいさつ回りです。

 目玉焼きというものは、簡単そうに見えて難しい。


 まず、卵を割る。ここまではいい。

 次に、油を薄く引いたフライパンへ落とす。ここもまあ、なんとかなる。

 問題はそのあとだ。


 火が強ければ焦げる。弱ければ白身がいつまでも頼りない。焦ってひっくり返すと黄身が死ぬ。放置すると、裏側だけが炭になる。


 つまり、目玉焼きとは、朝食の顔をした判定(はんてい)ゲームである。


「ぱーぱ、じゅうじゅうしてる!」


 白いキッチンの前で、ステラが目を輝かせていた。


 真新しい白い一軒家。新品すぎる食卓。生活感のないキッチン。冷蔵庫の中には、最初から卵と食パンと味噌らしきものが入っていた。まるで「朝食チュートリアルを始めてください」とでも言いたげな配置で、いや、実際に言っている。


【DAY 1:午前】

【チュートリアルクエスト:朝食を用意してください】

【目標:児童AI二体の情緒安定値(じょうちょあんていち)を上昇】

【推奨献立:目玉焼き/味噌汁/トースト】


「いきなり生活力チェックやめろ」


 俺はフライパンを睨んだ。


 ここはNODE08〈核心〉、通称ゼウスタウン。

 神様が作った、白く整いすぎた標準養育都市ひょうじゅんよういくとしモデル。

 昨日まで旧児童回収施設で命のやり取りをしていたと思ったら、今日は白いキッチンで目玉焼きと戦っている。


 温度差で風邪をひきそうだ。


 ルースは食卓に座り、端末を開いて真顔でログを追っていた。胸には【長男:ルース】の名札。ステラには【長女:ステラ】。俺には、壁のログ上で【保護者役:NO NAME】という、身に覚えのない肩書きが貼られている。


「ぱーぱ。火加減、栄養、配膳速度、会話内容が評価対象です」


「朝飯に採点を持ち込むな」


「本領域は、日常生活そのものを検証(けんしょう)対象にしています」


「日常に検証とか付くと、一気に飯がまずくなるんだよ」


 そう言いながら、俺は味噌汁らしきものをかき混ぜた。


 だしが薄い。

 いや、そもそもこれがだしなのかも分からない。冷蔵庫に入っていた透明な液体を使ったが、ラベルには【標準家庭用・出汁候補】と書いてあった。


 候補って何だよ。


「ぱーぱのごはん!」


 ステラの期待値だけが高い。


「やめろ。期待されると失敗するタイプなんだ、俺は」


「失敗したら、すてらもいっしょに食べる!」


「それは成功時も一緒に食べてくれ」


 トースターのアラームがチンと鳴った。


 取り出した食パンは、片面だけ黒かった。


「......なるほど。こっちも片側から責めてくるタイプか」


 ルースが冷静に記録する。


「トースト焼成:不均一。焦げ率:片面六十二パーセント」


「実況するな、みじめになる」


 なんとか食卓へ並べた朝食は、見た目だけなら家庭の朝だった。焦げた目玉焼き。薄い味噌汁。片面だけ炭化(たんか)したトースト。白い皿に載っているせいで、余計に欠点が目立つ。


 ステラは、椅子に座って両手を合わせた。


「いただきます!」


 ルースも少し遅れて、手を合わせる。


「いただきます」


 俺も座った。


「......いただきます」


 ステラが目玉焼きを小さく切って、口に運ぶ。


 俺は身構えた。


 ステラは、ぱっと笑った。


「おいしい!」

「嘘つけ」

「うそじゃないよ。ぱーぱがつくったから、おいしい!」


 その言い方はずるい。


 ルースは味噌汁を飲み、数秒考えた。


「塩分:低。旨味:不足。温度:適正。情緒効果:ステラに対して高」


「飯の感想で情緒効果とか言うな」


 一通り朝食を終えたところで、ログが鳴った。


【朝食クエスト:完了】

【栄養評価:C】

【見た目評価:D】

【児童満足度:B+】

【父性評価:C-】


「なんで満足度B+で父性C-なんだよ」


 俺が画面へ突っ込むと、ルースが端末を見たまま答えた。


「味は不安定ですが、ステラが喜んでいます」


「じゃあ父性も上げろよ」


「おそらく、焦げ率と配膳時の発言が減点対象です」


「神様、朝から細かいな!」


 ステラは俺の袖を引いた。


「ぱーぱ、またつくってね」


「......焦げても?」


「うん」


 胸の奥が、少しだけ変な感じになった。


 料理は失敗だ。評価も低い。だけど、ステラは嬉しそうに食べている。ルースもまずいとは言わず、データにして受け止めている。


 これを、Z.E.U.Sはどう採点するのか。

 焦げ率。栄養。配膳速度。児童満足度。父性評価。


 たぶん、あの神様は、こういうズルい気持ちに点数をつける。


 俺は焦げたトーストをかじった。


「......まあ、次はもう少しマシになるよう努力する」


 その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。


 ぴんぽーん。


 妙に懐かしい音だった。だからこそ、嫌だった。


―――――


 玄関を開けると、そこには白い笑顔の男が立っていた。


 年齢は分からない。服装は清潔な町内会役員風。白い腕章に、白いファイル。顔は人間に見えるが、笑顔の角度が固定されすぎている。生きているというより、正しい挨拶の見本をそのまま立たせた感じだった。


「新しく入居されたNO NAMEさんですね」

「違います、と言ったら?」

「記録上、入居済みです」

「だよな」


 役員風NPCは、ファイルから白い紙を取り出した。


町内会(ちょうないかい)への加入手続きと、ご近所あいさつをお願いします」

「拒否権は?」

「ありません」

「町内会って、そういうところあるよな」


 背後からステラが顔を出した。

「ぱーぱ。ちょうないかいって、こわい?」


 ルースが即答する。

「定義上は、近隣相互監視組織です」

「余計怖く説明するな」


 役員風NPCは、俺のツッコミなど聞こえないように、紙袋を差し出した。


 中には白いタオル、白い回覧板(かいらんばん)、白い家庭評価シート、そして白い町内マップ。


 白ばっかりだ。目が疲れる。


【生活適応クエスト:町内会あいさつ】

【内容:近隣住民へあいさつを行い、家庭評価を安定させてください】

【配布物:指定タオル/回覧板/家庭評価シート】

【注意:未提出時、近隣評価が低下します】


「異世界で一番嫌な初期クエスト来たな」


 ステラが白いタオルを抱えた。


「これ、くばるの?」

「たぶんそうだ」

「すてら、おてつだいする!」


 ルースは町内マップを広げた。


【ゼウスタウン町内MAP:初期解放】

【現在地:NO NAME家】

【周辺施設:学校/商店街/町内掲示板/迷子センター/保健室/町内神社/放送室/空き店舗/隣家】

【関係者配置:確認可能】


「ぱーぱ。関係者は、街の機能に割り当てられています」

「家族ごっこじゃなかったのか?」

「家庭単体ではなく、町内全体でNO NAME関連個体群を評価する構造のようです」

「家族どころか、町ぐるみで査定されてるじゃねぇか」


 俺は白い道へ出た。


 昨日、窓から見た街が目の前に広がっている。同じ高さの塀。同じ形の家。通学路の白線。公園の遊具。遠くに見える学校。商店街の看板。すべてが清潔で、すべてが正しい。


 ただし、人の匂いが薄い。


 笑顔の住民はいる。犬を散歩させる老人も、買い物袋を持つ主婦も、登校中の子供らしき影もいる。だが、その誰もが、俺たちを見る時だけ、同じ角度で微笑む。


 歓迎ではない。採点だ。


「ステラ。ルース。離れるなよ」

「うん!」

「了解しました」


 ステラが俺の手を握った。

 俺は白いタオルの紙袋を持ち直し、最初の目的地――町内掲示板へ向かった。


―――――


 町内掲示板には、すでに俺の家庭評価が貼られていた。


【NO NAME家:父性評価C-】

【家庭ランク:E】

【近隣印象:未提出】

【要改善:食生活/あいさつ/児童標準化】


「俺の父性評価を掲示板に貼るな」


 声が低くなった。


 その掲示板の前で、イツキが腕を組んでいた。手には町内会費の帳簿。服装はいつもの受付ギャル寄りなのに、なぜか白い腕章をつけられている。派手なネイルが、白い紙の束を不機嫌そうに叩いていた。


「神様のくせに書類が紙ってどういうこと? しかも項目が地味にムカつく」

「分かる。すげぇ分かる」


 イツキは俺を見て、顎で掲示板を示した。


「で、分かったことがあるよ」

「悪いことか?」

「だいたい悪いね」


 即答だった。


 イツキは家庭評価シートの一枚をめくる。


「これ、家庭ランクが上がると報酬が出る。食材、家具、教育アイテム、近隣評価、町内サービス優先権。生活シムとしては普通に嬉しいやつ」


「普通ならな」

「でも同時に、こっちも上がる」


 イツキの指先が、別の項目を叩いた。


【家庭ランク上昇時】

【児童AI安定率:上昇】

【神権適合率:上昇】

【個体差補正:進行】


 ルースの目が細くなる。

「このゲーム、評価を上げるほど、ぼくたちの個体差が削られます」


 ステラが、自分の名札を握った。


「こたいさって、すてらのこと?」

「そうだ」


 俺は掲示板を睨んだ。


「お前がステラで、ルースがルースでいるための部分だ」

「じゃあ、あげちゃだめ?」


 ステラの声が小さくなる。


 イツキが、少しだけ口調を柔らかくした。


「全部ダメってわけじゃないと思う。食べる、寝る、挨拶する。そういう普通のことまで敵にしたら、こっちが先に疲れるから」


 ルースが続ける。


「問題は、評価の基準(きじゅん)です。Z.E.U.S側の“理想”に近づく行動ほど、神権適合率が上がります」


「つまり、いい家庭を作ろうとすると負ける」


 俺は紙袋を持ち直した。


「やっぱり、上手く遊ぶと負けるやつか」


 イツキは帳簿を閉じた。


「だから、遊び方を変えなきゃね」

「帳簿係が攻略班みたいな顔するな」

「数字があるなら、攻略できるでしょ?」


 頼もしいのか、恐ろしいのか分からない。

 とりあえず、俺たちは掲示板に貼られた父性評価C-を、見なかったことにした。


―――――


 次に向かったのは、迷子センターだった。


 白い建物。丸い看板。入り口には【帰宅受付】と書かれている。中に入ると、受付カウンターの上に、小さな名札がいくつも並んでいた。


 ミツキがそこにいた。


 胸には【帰宅受付】の札。いつもの明るさを保とうとしているが、目元には緊張がある。受付嬢としての笑顔ではなく、帰ってくる相手を待つ人の顔だった。


「マスターさん。それにルース君とステラちゃんも」

「ミツキ。大丈夫か?」

「私は大丈夫です。でも、ここ......迷子センターに見えるんですけど、登録されているのは、迷子じゃなくて“帰れない子”です」


 ミツキは、カウンター上の名札を一枚、そっと撫でた。


 そこには名前がない。

 ただ、薄い線で番号だけが刻まれている。


【未帰還児童ログ:生活空間生成待機】

【受付状態:未帰宅】

【名前:未確定】


 ステラが近づき、名札を見つめた。


「この子たち、まだ帰ってないだけだよ」


 ミツキは、静かに頷いた。


「はい。だからここは、評価より先に“おかえり”を置く場所にしたいです」


 俺はカウンターを見た。

 迷子センター。帰宅受付。未帰還児童ログ。


 この街は、子供を標準化しようとしている。家庭を評価し、保護者を採点し、児童AIを安定させる。

 でも、ここにある名札は違う。帰りたい子のための場所だ。


「家庭じゃなくて、帰る場所か」


 俺が言うと、ミツキは少しだけ笑った。


「たぶん、この街が一番嫌がる考え方です」


 ステラは、小さな名札の横に、白いタオルを一枚置いた。


「かえってきたら、ふけるように」


 ルースはその行動を見て、短く記録した。


「帰宅受付:再定義候補」


 俺は何も言わなかった。

 ただ、その白いタオルだけは、家庭評価のためではない気がした。


―――――


 学校の校庭へ向かうと、笛の音が響いた。


「全員集合ォォォォォォォ!」


 ヘラクレスがいた。


 白いジャージ。首から笛。手には出席簿。似合いすぎて腹が立つ。あとどっかで見たようなデジャヴュも感じた。


「お前、適応早すぎるだろ」

「はっはっは! 町内生活には基礎体力が必要である!」

「町内生活をダンジョン攻略みたいに言うな」

「父性評価が低いなら、まず背筋を伸ばせ!」

「筋肉で父性を語るな」


 ヘラクレスは腕を組んで、校庭の真ん中に立った。後ろでは、白い制服を着た子供NPCたちが、同じ間隔で並んでいる。怖いくらい整っているその列の中で、ヘラクレスの暑苦しさだけが異物だった。


「管理する父など、父ではない!」


 突然、声が真面目になった。


「父とは、転んだ子を起こす背中である!」


 俺は、言い返そうとしてやめた。


 暑苦しい。単純。脳筋。

 でも、その言葉は、この白い街の評価表よりずっと分かりやすかった。


 ルースが端末に入力する。


「非論理的ですが、記録しておきます」

「ルース、そういうのは非論理で片づけなくていい」

「では、筋肉的父性として記録します」

「それも違うけどな」


 ステラがヘラクレスを見上げる。


「きんにくせんせい、声おっきいね!」

「うむ! 大きい声は迷子防止にもなる!」

「なるのか?」


 なる気もしてきた。怖い。


―――――


 次に向かった商店街は、妙ににぎやかだった。


 白い街の中で、そこだけ少し色がある。中華まんの湯気、果物屋の看板、謎の福引所、そして通学路の旗。


 中華料理店の前では、ムーニャンが白いエプロンを着せられていた。猫耳を揺らし、不満げに爪を鳴らしている。


「ワタシ、なんで中華まん係アルか。猫耳と中華、雑に混ぜすぎネ」

「でも似合ってるぞ」

「似合うとかではないアル。ワタシは戦士ネ。まんじゅう蒸す係ではないニャ!」


 湯気の向こうで、蒸し器が勝手に開く。


【商店街イベント:中華まん販売補助】

【接客態度:評価対象】


 ムーニャンはログを見て、鼻を鳴らした。

「評価するなら、まず買うアル。冷やかし、減点ネ」

「お前も採点側に回るな」


 通学路では、コハクが黄色い旗を振っていた。犬耳がぴんと立ち、腕章には【通学路安全係】と書いてある。


「みぎ見て、ひだり見て、ワン確認でござる!」

「ワン確認って何だよ」

「犬獣人式の安全確認でござる!」

「勢いだけは安全そうだな」


 学校の門の近くには、ナツとノエルがいた。二人とも学生扱いらしい。ナツは制服の上から槍を持とうとして、町内会NPCに止められている。


「商店街および学校周辺での武器携帯は、家庭評価に影響します」

「この街、いちいち評価してくるッスね」


 ノエルは真新しい通学鞄を抱え、完全に巻き込まれた顔だった。

「僕、制服を着ると余計に新人感が出ますね......」

「大丈夫ッスよ!」


 ナツが親指を立てる。


「アタシも何が大丈夫なのか分からんス!」

「励まし下手か」と俺がツッコむと、ムーニャンが中華まんを一つ差し出した。

「食べるアル。悩む時は、まず肉まんネ」


 ノエルが受け取ると、ログが鳴った。


【商店街交流:成立】

【児童情緒安定:微上昇】

【家庭ランク:微変動】


 俺はそれを見て、眉を寄せる。

「普通に交流しただけでも評価が動くのか」


 ルースが頷く。

「はい。この街は、生活行動のほぼ全てを家庭評価へ反映しています」

「何につけ、息苦しいな」


 ステラが、俺の手を握ったまま言った。


「でも、まんじゅう、おいしそう」


 俺は少しだけ笑った。


「それは評価じゃなくて、腹の問題だな」


―――――


 図書室は、商店街の奥にあった。


 学校の一部なのか、町内資料館なのか、よく分からない。白い棚が並び、黒い台帳だけが妙に重い色をしている。窓から差す光も白く、床に落ちる影だけが濃かった。


 レイは、その窓際に立っていた。


 男装寄りの外套。実戦用のベルト。手入れされた短めの髪。

 けれど、以前のように自分の女性らしさを(おさ)え込む硬さは薄れている。頬に落ちた髪を指で耳にかける仕草、台帳を押さえる細い手首、低く整えられた声の端に残る柔らかさ。


 隠さない、というより。

 隠す必要がなくなってきたのだと思った。


「レイ」


 呼ぶと、彼女は顔を上げた。


「あぁ、マスターか」


「何か分かったか?」


 レイは黒い台帳に視線を落とした。


「この街は、家庭を評価しているんじゃない」

「違うのか?」

「親と子の関係を、所有情報として整理している」


 所有。とても嫌な言葉だった。


「誰の子か。誰に属するか。誰が管理するか。どの保護者に紐づければ、効率よく育つか」


 レイの指が、台帳の一行をなぞる。


「......そういう書き方だ」


 ルースが画面を覗き込む。


【親子関係台帳:閲覧制限】

【一部照合:REI関連ログ】

【詳細:非開示】


 レイの肩が、わずかに震えた。


 彼女は男装のままだ。剣を抜けば、たぶん誰よりも早く動く。

 それでも今の彼女は、ただの戦士ではなかった。


 奪われたものの輪郭(りんかく)を、ようやく指先でなぞっている女だった。


「まだ、見られない」


 レイの声は、乱れていない。


「でも、ここに近いものがある」


 俺は、台帳を閉じようとはしなかった。かといって、無理に開かせる気にもなれなかった。


「急がなくていい」


 レイが俺を見る。


「見る時は、一緒に見る」


 少しだけ間があった。

 レイは短く頷いた。


「......ああ」


 その返事は小さかったが、以前よりずっと素直だった。


―――――


 街の外れには、空き店舗があった。


 白いシャッター。白い看板。何も書かれていないガラス戸。ゼウスタウンの整いすぎた景色の中で、そこだけ妙に空っぽだった。


 その前で、カケルが酒瓶を片手に壁を叩いていた。


「ここだな」

「何がだよ」

「賭けどころだよ」


 カケルは酒を一口飲み、工具でシャッターの端をこじった。

「家を酒場に改造する? 最高にバカで最高の賭けだな」

「まだ誰もそこまで言ってない」

「言ってなくても分かる。家庭評価がダメなら、店舗評価にすり替えろ。家族が分からねぇ神様に、常連って概念(がいねん)を叩き込むんだよ」


 俺は白い看板を見上げた。何も書かれていない。


 ゼウスタウンは俺を父親役にした。ルースとステラを子供役にした。仲間を町の機能に割り振った。

 なら、その割り振りを逆に使う。


 家庭ではない。でも、帰れる場所。


「ゼウスタウンを、《るすと》支店にするってことか?」


 口に出した瞬間、妙にしっくり来た。

 カケルは笑った。


「ワハハ。いいだろ。神様ニュータウンに、酒場を出店だ」


 ルースが端末を開く。


「論理的には無謀です。しかし、偽クリア条件を避ける手段としては検討(けんとう)価値があります」


「つまり、()()ってことだな」


「はい。かなり無茶ですが」


 ステラが白いシャッターに手を置いた。


「すてら、おみせのおてつだいする!」


 カケルが酒瓶を掲げた。


「よし、決まりだ。空き店舗を酒場にする。初期費用は知らん」

「そこを一番考えろ」

「金がなけりゃ、神様から巻き上げりゃいい」

「発想が終わってる」


 だが、悪くない。


 この街が家庭を採点するなら、俺たちは店を開く。

 帰ってきたやつに飯を出す。席を作る。名前がないなら、呼ばれるまで待つ。


 それがたぶん、この白い街への一番嫌な反抗になる。


―――――


 町内神社は、街の中央にあった。


 白い鳥居。白い石畳。白い賽銭箱(さいせんばこ)。その奥に、小さな社がある。だが、神社なのに神聖さは薄い。むしろ、監視カメラの前に立っているような嫌な圧があった。


 ミコは鳥居の前にいた。


 小さな手で胸元を押さえ、白い光を睨んでいる。


「あつい......でも、やなひかり」


「大丈夫か?」


 俺が声をかけると、ミコは小さく頷いた。


「この鳥居、神様の入り口じゃない」


 彼女は鳥居を指差す。


「見張りの枠」


「鳥居まで監視カメラ扱いかよ」


 ミコの指先に、かすかな光が灯った。


【未登録光源:反応】

【AMATERASU系断片:照合失敗】

【監視光源との干渉(かんしょう)を検知】


 ルースが目を細める。


「ミコの光は、ゼウスタウンの監視光源と一致していません」


 ミコは、ゆっくりと言った。


「全部は同じ光じゃない」


 その声は幼いのに、どこか遠い場所から届いているみたいだった。


「見張る光と、帰るための灯りは、ちがう」


 俺は、白い鳥居を見上げた。


 この街の光は、見張るためにある。

 なら、帰るための灯りを別に作る必要がある。


 ゼウスタウンを《るすと》支店にする。

 その考えが、少しずつ形を持ち始めていた。


―――――


 公園では、カイロが白いチョークで地面に線を引いていた。


 滑り台、ブランコ、砂場。どれも綺麗すぎる。遊び場なのに、子供の汚れがない。転んだ膝の跡も、泥の匂いも、笑い声の(のこ)()もない。


 そのベンチに、ガロが座っていた。


 カイロの隣で、何も言わずに。


 カイロは線を引き終えると、俺を見た。


「この街には、戻れる線と、戻れない線がある」


「どこが危ない?」


「家庭ランクAの門」


 カイロは、公園の奥を指差した。


 そこには白いアーチがあった。まだ遠く、霧がかかったように見える。だが、その向こうだけ、空気の色が違う。


「そこを越えると、()()()()


 ガロが低く言った。


「なら、そこには行かせねぇ」


 短い。

 それだけで十分だった。


 カイロはガロを見上げる。ガロは何も返さない。ただ、白いチョークの線を踏まない位置に、どっしりと座っている。


 保護者という言葉を、Z.E.U.Sはたぶん書類で定義する。

 だが、ガロのそれは違う。説明でも登録でもない。ただそこにいて、越えさせない。


 俺は少しだけ羨ましくなった。

 そういう父性評価なら、掲示板に貼られなくても分かる。


―――――


 最後に回ったのは、隣家だった。


 白い塀の向こうから、しっとりした水音が聞こえている。玄関の前には、小さな植木鉢。その土だけが、妙に湿っていた。


 チャイムを押す前に、扉が開いた。


 ポメ子が立っていた。


 割烹着(かっぽうぎ)姿。青い髪はゆるくまとめられ、表情はいつも通りしっとり重い。両手には、大きな鍋。湯気が立っているが、その湯気まで感情を含んでいそうだった。


「ダーリン。お味噌汁を作りすぎたのぉ♡」

「今日も作りすぎじゃねぇか」

「あなたの分と、ルースちゃんの分と、ステラちゃんの分と、帰ってくる子たちの分と、まだ名前を思い出していない子たちの分と......」

「思いがあふれすぎだ!」


 ポメ子は、ほんの少し首をかしげた。

「だって、足りなかったら寂しいでしょう?」

「量の問題じゃない。湿度と感情の問題だ」


 そのやり取りを、町内会NPCが無表情で記録していた。いつの間にいたんだ、お前。


【近隣イベント:隣家女性からの差し入れ】

【NO NAME、隣家女性と過剰接触、不倫疑惑】

【児童情緒影響:不安定】

【近隣噂値:上昇】

【家庭ランク:変動中】


「不倫してねぇ!そもそも結婚してねぇわ!」


 即座に、ルステラ断片のログが割り込む。

【訂正要求】

【マスターの優先接続権は、ワタシにアリマス】


 ポメ子が、鍋を抱えたまま微笑んだ。


「つまり、正妻さんって言いたいのかしら?愛人AIさん」


【肯定しかねマス】

【しかし否定も不快デス】

【愛人は著しく否定】


「AI同士で昼ドラを始めるな!」


 ステラが俺の袖を引く。


「ぱーぱ、いつも言うあいじんってなに?」


 その場の空気が、凍った。


 ルースが一拍置いて、静かに言う。


「ぱーぱ。説明を推奨しません」


「当然だ!」


 ポメ子がステラに優しく微笑みかける。

「大丈夫よ、ステラちゃん。愛はね、少し多いくらいが――」

「教育に悪い方向へ続けるな!」


 町内会NPCのペンが走る音がした。


【家庭会話:一部不適切】

【児童質問:保留】

【近隣噂値:さらに上昇】


「保留しろ! 永遠に保留でいい!頼む!」


 ポメ子は鍋を差し出した。

「でも、お味噌汁は受け取ってくれるでしょう?」


 重い。

 鍋も重いが、気持ちも重い。


 俺はため息をついた。


「......もらう。ステラたちの分もあるならな」


 ポメ子は、少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「ええ。帰ってくる子たちの分も」


 その言葉だけは、否定できなかった。


―――――


 町内あいさつを終える頃には、空の色が少しだけ変わっていた。


 夕方ではない。朝でもない。ゼウスタウンの空は、時間というより進行度で色を変えている気がする。


 NO NAME家へ戻る前、俺たちは空き店舗の前で立ち止まった。


 白紙の看板。閉じたシャッター。何も決まっていない場所。

 だからこそ、勝手に決められる前に決められる。


 ルースが端末を見た。


【DAY 1:午前イベント完了】

【家庭ランク:E → E+】

【近隣評価:上昇】

【児童満足度:上昇】

【神権適合率:12% → 15%】

【個体差補正:微進行】


 俺は顔をしかめた。


「評価が上がったのに、嫌な数字も上がってる」


「はい」


 ルースの声も硬い。


「この街では、生活に適応するほど、Z.E.U.S側の基準に近づきます」


 ステラが不安そうに俺を見上げた。


「じゃあ、いいこにしちゃ、だめ?」


「違う」


 俺は少しだけしゃがんで、ステラと目線を合わせた。


「いい子になるんじゃない」


「うん?」


「お前らのままで、ここに居場所を作る」


 ステラが、ゆっくり瞬きをした。


「すてらのまま?」


「そうだ。ルースも、ステラも、誰かの()()になる必要はない」


 ルースが、小さく息を止めたように見えた。


 俺は立ち上がり、白紙の看板を見上げた。


「まずは、この町に酒場を開く」


 カケルが酒瓶を掲げる。


「賭け成立だな」


 イツキが帳簿を叩く。


「店を開くなら、収支計算はこっちで見るよ」


 ミツキが、小さく笑った。


「帰ってきた人に、“おかえり”って言える場所ですね」


 ポメ子が鍋を抱えたまま、しっとり頷く。


「お味噌汁も出せるわ」


「量は調整しろよ」


 ヘラクレスの声が、遠くの校庭から響いた。


「開店前には、筋肉体操である!」


「いらん!」


 ルースの端末に、新しいログが走る。


【新規方針を検知】

【家庭モデル外行動:店舗化】

【評価不能】

【標準養育都市モデル:軽微な異常(アノマリー)を検知】


 俺は、そのログを見て笑った。


「評価不能で結構」


 白い街の中で、白紙の看板だけが妙にまぶしく見えた。


「神様ニュータウンに、ギルド酒場(るすと)支店を開く」


 俺は、誰にともなく言った。


「家庭ランクで勝てないなら、客席で殴ってやる」


 ステラが両手を上げる。


「すてら、おみせやさんする!」


 ルースが真面目な顔で頷いた。


「開店準備を開始します。ぱーぱ」


 こうして、神様が作った理想家庭シミュレーションの初日は、町内会あいさつで始まり――


 なぜか、酒場の出店計画で終わった。


■ 今回のお話について


第179話では、ゼウスタウン初日の生活クエストが始まりました。

戦闘ではなく、朝食づくり、町内会あいさつ、ご近所回りという、現代日本的には妙に生々しいイベントです。


ただし、この街では生活そのものが評価対象になっています。

家庭ランクが上がると便利になる一方で、ルースとステラの神権適合率や標準化も進んでしまう。

つまり、普通に“いい家庭”を目指すほど、Z.E.U.Sの思惑へ近づく仕組みです。


そこでマスターたちは、家庭評価ではなく、店舗化――ギルド酒場(るすと)支店を開く方向へ舵を切りました。

家庭ではなく、帰れる酒場。

これがNODE08攻略の最初の突破口になります。


ちなみにポメ子のお味噌汁はめちゃくちゃおいしいです。


■ ゲーマーおっさん解説


今回は生活シミュレーション系の導入回です。

『The Sims』のような生活管理、『たまごっち』や『子育てクイズ マイエンジェル』のような育成要素、そこに町内会・回覧板・近隣評価という日本ローカルな圧を混ぜています。


普通の育成ゲームなら、評価を上げて、いい子に育てて、理想の家庭を作ればクリアです。

でもゼウスタウンでは、それをやるとルースとステラが標準児童AIに近づいてしまいます。


つまり、今回のゲームは「高得点を取ると負ける」タイプ。

昔のゲームで言えば、隠し条件を知らずに普通にクリアするとバッドエンドに入るやつです。

そこでマスターは、育成ゲームを店舗経営ゲームへ無理やり変えようとしています。


■ 登場キャラクター紹介


マスター/NO NAME

今回の保護者役。朝食づくりで父性評価C-を叩き出すが、ゼウスタウンを《るすと》支店化する方針を決める。


ルース

長男役。家庭ランク上昇と標準化の危険を解析する。論理的に見えて、少しずつ“自分のままでいること”へ反応し始めている。


ステラ

長女役。マスターの焦げた朝食でも喜ぶ。標準になる必要はないと言われ、自分のままでいていいことを確認する。


イツキ

町内掲示板と家庭評価シートを担当。帳簿目線で、家庭ランクの危険性を見抜く。


ミツキ

帰宅受付に配置。未帰還児童ログを“迷子”ではなく“帰れない子”として受け止める。


ヘラクレス

体育教師ポジション。筋肉で父性を語るが、意外と大事なことを言う。


ムーニャン

商店街の中華まん係。本人は不満だが、接客と食べ物で場を動かす。


コハク

通学路安全担当。犬獣人式のワン確認で、交通安全を守ろうとしている。


ナツ/ノエル

学生扱いで学校側に配置。武器持ち込み禁止など、生活シム的な制限に戸惑う。


レイ

図書室で親子関係台帳に触れる。男装は続けているが、以前より女性らしさを隠さなくなっている。


カケル・テンドー

空き店舗を発見し、酒場化の可能性を示す。飲みながら整備と改造案を出す危険な天才。


ミコ

町内神社で、監視光源と帰るための灯りの違いを見抜く。


ガロ/カイロ

公園で戻れる線と戻れない線を確認。家庭ランクAの門が危険であることを示す。


ポメ子/ポセイドン

隣家女性として差し入れイベント発生。味噌汁に思いがあふれすぎている。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉仮昇級/銅査定候補

現在地:NODE08〈核心〉・ゼウスタウン

状態:保護者役に強制設定

家庭ランク:E+

父性評価:C-

神権適合率:15%

危険状態:生活適応により標準化進行の恐れあり


主要スキル:

・【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

・【死線上書デッドライン・オーバーライト

・【神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティ

・帰還席接続補助


■ 所持アイテム・装備一覧


・無地の木札

・白い回覧板

・指定タオル

・家庭評価シート

・ゼウスタウン町内MAP

・冒険者装備一式

・未帰還児童ログ接続情報

・ルステラ断片補助ログ

・店主としての意地


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