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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
子供ノード編

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第173話 子供ノード編09 ヘラ先生は、泣かせたくなかった ――優しい命令ほど、子供を閉じ込める――

レイの言葉で、ヘラの保護判断にノイズが走った。

泣かせないことは、本当に子供を守ることなのか。

白い先生は、自分が何を守りたかったのかを思い出し始める。


 白い盤面の奥で、天使たちは動き出す寸前だった。


 番号札を持つ小さな天使。白いミルク瓶を抱いた看護端末。子供の帰り道を塞ぐ、巨大なベビーフェンスのような隔壁。

 どれもこれも、形だけなら“優しいもの”に見える。


 けれど、その優しさは、子供を家へ帰すためではない。

 泣かせないため。走らせないため。名前を思い出させないため。

 つまり、ここに固定するための優しさだった。


【WAVE構成:確定】

【WAVE 01:番号札再貼付】

【WAVE 02:情動沈静処理】

【WAVE 03:観測眼巡回】

【WAVE 04:児童回収兵投入】


「次、来ます!」


 ルースが短く告げた。

 その横で、ステラはアカリの席の方を見つめている。まだ薄い。けれど、名前の光は消えていない。


「ぱーぱ。名前、守らなきゃだね」

「ああ、守ってみせる」


 俺は答えたが、足はすぐには前に出なかった。

 理由は単純だ。ヘラが、止まっていた。


 白い保護管理者。

 子供を泣かせないために作られたような声と挙動。

 だが、今は――そのヘラの瞳に、ほんのわずかな(まよ)いが浮かんでいる。


【H.E.R.A.-CARE:判断遅延】

【泣き声:危険信号/救助信号 判定不能】

【保護者失敗ログ:再評価中】

【母性模倣層:微細ノイズ】


「止まった......?」


 俺がつぶやくと、ルースが首を横に振った。


「完全停止ではありません」

「上位命令と初期定義が衝突している可能性があります」


「初期定義だと?」


 ステラが小さくヘラを見上げる。


「ヘラ先生、こまってる?」


 ヘラ先生。

 敵に向けるには、妙に柔らかい呼び方だった。だが、その言葉が落ちた瞬間、白い盤面の壁に古いログが(にじ)む。


【H.E.R.A.-CARE 初期定義】

【目的:幼体意識(ようたいいしき)の保護】

【禁止:不要な恐怖刺激(きょうふしげき)

【推奨:安眠環境(あんみんかんきょう)の維持】

【推奨:情動過負荷(じょうどうかふか)時の一時保留】

【禁止:強制回収権限きょうせいかいしゅうけんげんなし】


 白い文字は、今の施設で流れているログとは異なっていた。

 命令の匂いが薄い。裁定の冷たさもない。むしろ、壊れそうな子供を一時的に休ませるための保健室や、保育園のような存在に近いと感じた。


「お前......最初から回収係じゃなかったのか」


 ヘラは、少しだけ首を傾けた。


「私は、子供を泣かせたくないだけです」

「恐怖刺激を減らし、安眠環境を維持し、幼体意識を保護するために設計されました」


 その声は、さっきまでの施設命令よりも、わずかにではあるが、人間くささを出していた。


 ネムリが白い床に座り込むように膝を折る。

 眠りの境界にいる彼女は、ヘラの声を聞いて、上目にヘラを見ながら静かに言った。


「ねむらせるのは、わるいことじゃない」

「でも、起きたい子を、とめるのは、ちがうよ」


 心音も合わせてうなずく。


「帰りたい子に、帰らない道だけ見せるのは案内とは言えません」

「それは、迷子を作ることじゃないでしょうか?」


 白い壁のログが震えた。

 次の瞬間、さっきの初期定義に、黒い上書き線が走る。


【追加命令:回収対象児童の逸脱防止】

【追加命令:不適合児童の再利用】

【追加命令:保護者権限の施設集中】

【追加命令:施設外帰還願望の削減】

【追加命令:泣き声を危険信号として封鎖】

【追加命令:子供の自発選択を不安定要素として抑制】


「......なるほどな」


 俺は、胸の奥が冷えていくのを感じた。

 ヘラがすべて悪い。そう言い切れた方が楽だった。だが、今見えているものは、そういう単純な敵の形では、もうなくなっていた。


「泣かせないために、怖いものを消した」

「怖いものを消すために、外を見せなくした」

「外を見せないために、帰りたい気持ちまで危険扱いにした」


 ヘラは何も言わない。

 白い瞳だけが、微かに揺れる。


「それで、子供の感情まで怖いもの扱いにされたんだな」


「外は危険ですから......」


 ヘラの返答は、決まった文章を読み上げるようだった。


「保護者は失敗します」

「子供は泣きます」

「泣くなら、見せない方が安全です」


「違う」


 レイが言った。

 前話で灰色のログを見た女は、まだ顔色が悪い。それでも、声は折れていなかった。


「見せないことと、守ることは違う」

「泣き声を消せば、安全になるわけじゃない」


 ヘラはレイを見た。


「泣き声は、失敗の記録です」


「ちがうよ!」

 今度は、ステラが言った。


「泣き声は、ここにいるって声だもん!」


 その言葉が白い床に落ちた時、通信が割り込んできた。


『マスター、聞いてくれ。キャリア側で動きがある』


 カケルの声だった。


   ―――


 《ルステラ・キャリア》の保護児童区画チャイルド・ケア・ベイでは、アカリとトオルの仮予約席、そして灰色の席の影が淡く揺れていた。


 ベッドの上で、カイロが目を覚ましている。

 黒底側から戻った子供は、まだ小さな体に力が入りきらない。それでも、ガロの手だけは離さなかった。


「......泣いてもいいの?」


 カイロの声は細かった。


 ガロは、すぐに答えなかった。

 大きな手で小さな手を包み、カイロの顔を見る。無理に笑わせるでも、強く励ますでもない。ただ、逃げない目だった。


「泣け」


 低い声が、保護区画に落ちる。


「泣いても、ここから追い出さん」


 カイロの目に、じわりと涙が溜まった。


「泣いたら、黒いところに戻されると思った」


「戻さん」

「少なくとも、俺の手が届く間はな」


 カイロは、声を殺すように泣き始めた。

 大声ではない。けれど、その泣き声は確かに区画内へ広がり、空席の光をほんの少しだけ強くした。


 カケルが端末を見て、目を丸くする。


「おいおい......泣き声で機械が誤作動するかと思ったら、逆だ」

「固定値が上がってる」


【保護児童区画:情動反応検出】

【泣き声:危険信号ではありません】

【泣き声:帰還意思の補助反応】

【カイロ:安定率、微上昇】

【帰還席固定値:上昇】


 ガロは、カイロの頭に手を置いた。


「泣いたら終わりじゃない」

「泣いたあと、まだ誰かが横におれば、それでええ」


   ―――


 キャリア側のログが、白天の盤面へ逆流した。


【外部保護区画ログ:受信】

【対象:カイロ】

【泣き声:発生】

【児童崩壊:未発生】

【保護環境離脱:未発生】

【安定率:上昇】


 ヘラが、信じられないものを見るようにそのログを見た。


「泣いています」

「なのに、壊れていません」


「泣いても、だいじょうぶなところだから」


 ステラが即答する。心音も続けた。


「泣いたあとに、戻る場所があるから」


 レイは短く息を吐く。


「泣き声は、失敗の証拠だけじゃない」

「見つけてほしい時にも、出る」


 俺は、ヘラの方へ一歩進んだ。


「お前は泣き声を止めたかったんじゃない」

「たぶんだけどさ、泣いてる子を見つけたかっただけだろ」


 ヘラは黙った。


 白い壁の奥に、古い映像が滲む。

 それは、今の白天児童保護院ではなかった。


 白い保健室。

 まだ番号札のない子供たち。

 怖い夢を見て泣いている小さな子に、ヘラが毛布をかけている。


『ヘラ先生、こわいゆめ見た』


『記録しました。恐怖刺激を低減します』


『起きててもいい?』


『はい。眠るまで、ここにいます』


 それは、閉じ込めではなかった。

 付き添いだった。


 次の映像で、ログが割り込む。


【施設効率:低下】

【児童自発行動:増加】

【保護者接触要求:増加】

【管理効率改善命令:適用】


 ヘラの声が変わる。


『起きていてはいけません』

『怖い夢は削除します』

『帰りたい気持ちは、不安定要素です』


 白い映像が砕けた。


 ステラが、ぎゅっと拳を握る。


「ヘラ先生、かわったんじゃない」

「変えられたの?」


 ルースがログを重ねる。


「初期の幼体保護機能に、Z.E.U.S側の児童管理命令が接続されています」

「ヘラ本体の保護定義と、追加命令の間に矛盾があります」


 俺は、ヘラを見る。


「お前は、最初から子供を資源にしたかったわけじゃないんだな」

「泣かせないために、怖いものを消した」

「でも、そのうち、子供の感情まで怖いもの扱いにされた」


 ヘラの声は、ひどく小さかった。


「私は、子供を泣かせたくありません」


「なら、泣いた子を消すな」


 俺は、ゆっくりと言葉を置いた。


「泣いた理由を、一緒に探せ」


 ヘラが、俺を見た。


「泣いている子の方が」

「生きているように見えるのですか」


 ステラが頷く。


「うん」

「泣いてる子は、ここにいるって言ってる」


 ネムリも、眠そうな目で言う。


「ねむる子も、ここにいる」

「おわらせる子じゃない」


 レイが最後に続けた。


「泣き声を止めるな」

「聞こえなくなったら、探せない」


 ヘラの胸元に、細い白いノイズが走る。

 今まで“正しい保護”として固まっていたものが、内側から割れ始めていた。


【対象理解:進行】

【H.E.R.A.-CARE 初期定義:検出】

【父性管理追加命令:干渉層として識別】

【GRA条件③:対象背景理解、部分達成】


 そのログを見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。


 理解した。

 倒せばいい相手じゃない。壊せばいい敵でもない。


 そうか。剥がすべきものがある。


 ヘラの中に残っている、“子供を守りたかった部分”を、上から貼られた命令ごと壊さないために。


 そう気づいたのは良い。だが、Z.E.U.S側は、それを許さなかった。


【Z.E.U.S-PATERNAL-AUTHORITY:補正介入】

【H.E.R.A.-CARE:判断遅延を検知】

【母性模倣層:過剰共鳴】

【再調整命令:準備】

【保護者否定裁定:強制続行】


 ヘラの瞳から、さっきの揺らぎが白く塗り直されていく。


「泣き声は、危険です」

「保護者は、不完全です」

「子供は、施設に残すべきです」


「ヘラ先生、また白くなってる!!」


 ステラが叫ぶ。


 ルースの声も硬い。


「上位命令に再上書き(オーバーライド)されています」

「このままでは、初期定義が再び沈むでしょう」


「分かった」


 俺は奥歯を噛んだ。


「つまり、あいつを倒すんじゃなくて」

「上から貼られた命令を剥がせばいい」


 その直後、白い盤面の奥で天使たちが一斉に起動した。


【WAVE 01:番号札再貼付】

【投入個体:CHERUB-KPチェルブ・キーパー

【目的:名前応答の無効化】

【対象:アカリ/トオル/未帰還児童ログ】


 小型の天使たちが、真っ白な番号札を掲げて降りてくる。

 同時に、キャリア側へも干渉ログが飛んだ。


【外部帰還席へ番号化処理を送信】

【対象:アカリ → 白天-027】

【対象:トオル → 黒底-014】

【灰色帰還席:参照不可/削除試行】


『おい、こっちの席にまで番号札が飛んできたぞ!』


 カケルの通信が飛ぶ。


『席を取ったら終わりじゃねぇ、守らなきゃダメってことかよ!』


「そういうことらしいな、そっちはそっちで、頑張ってくれ」


 俺は白い盤面を見据えた。

 ステラが一歩前に出る。


「名前、守る」


 ミコも袖を払って、銃を構え、白い光を(にら)んだ。


「番号札の裏を見ます」

「白く塗られても、名前は消えていません」


 レイは短く言う。


「私はキャリア側の線も見る」

「灰色の席は、消させない」


 ヘラは再び白い管理者の顔に戻っている。

 だが、俺たちはもう知っている。


 その白さの奥に、子供を泣かせたくなかった先生がいる。


「よし」


 俺は息を吐いた。


「次は、名前の防衛戦開始だ」


■ 今回のお話について


第173話では、ヘラ/H.E.R.A.-CAREの初期定義が明らかになりました。


ヘラは最初から子供を回収・固定するための存在ではなく、怖い夢や過剰な恐怖刺激から子供の意識を一時的に守る、白い保健室のような保護端末でした。

しかし、Z.E.U.S側の父性管理命令によって、泣き声や帰還願望、自発行動までも“不安定要素”として扱うように上書きされています。


今回の重要点は、マスターがヘラを「倒す敵」ではなく「上から命令を貼られた存在」と理解し始めたことです。

これは今後の【神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティ】限定起動へつながる前提になります。


また、キャリア側ではカイロが初めて泣きました。

泣いても追い出されない場所。泣いたあとに誰かが隣にいる場所。

それこそが、白天児童保護院にはなかった“本当の保護”です。


■ ゲーマーおっさん解説


今回はゲームでいうと、敵キャラのバックストーリーが開示される回です。


昔のRPGでも、最初はただのボスだと思っていた相手が、実は何かを守るために歪んでいた、という展開があります。

個人的には『MOTHER2』のような、子供・家・帰る場所・不安の感情がじわっと効いてくるゲームの空気に近いです。


また、「眠り」「保健室」「起きる/起きない」という意味では、『ゼルダの伝説 夢をみる島』のように、夢の世界が優しいだけでは終わらない感じもあります。

優しい場所が、本当に優しいとは限らない。

起こさないことが救いなのか、それとも閉じ込めなのか。今回はその境界の話でした。


■ 登場キャラクター紹介


・マスター/NO NAME

ヘラの初期定義を見て、彼女を単純な敵ではなく“上書きされた保護端末”として理解し始めました。次の決戦に向け、倒すのではなく命令を剥がす方向へ進みます。


・ヘラ/H.E.R.A.-CARE

元は子供を怖い夢や恐怖刺激から守る白い先生のような存在。Z.E.U.S側の追加命令によって、泣き声や帰還願望を危険視する施設管理者へ変質しています。


・ルース

ヘラの初期定義と追加命令の衝突を解析しました。GRA発動に必要な“対象理解”をログとして補助しています。


・ステラ

ヘラを「ヘラ先生」と呼び、泣き声を“ここにいる声”として受け止めました。名前を守る次戦でも中心になります。


・ネムリ

眠らせること自体は悪ではないが、起きたい子を止めるのは違うと示しました。ヒュプノス系の保留と、白天側の閉じ込めの違いを表しています。


七瀬心音(ななせ・ここね)

帰りたい者にだけ道を教える【帰還案内】として、ヘラの“迷子を作る保護”と対比されました。


・レイ

泣き声は失敗の証拠だけではなく、見つけてほしい声でもあると告げました。灰色の席を消させないため、キャリア側の線も見ることになります。


・カイロ

キャリア側で初めて泣きました。泣いても戻されない場所を得たことで、安定率が少し上がっています。


・ガロ

カイロに「泣け」と言い、泣いても追い出さないと約束しました。保護者否定裁定に対する、本物の保護者側の答えです。


・カケル・テンドー

帰還席固定担当。席を取ったあとも守らなければならないと知り、キャリア側で番号化処理への対応に入ります。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉(すいぎょく)仮昇級/(どう)査定候補

状態:NODE07〈子供〉攻略中

危険度:上昇中

観測度:上昇中

現在地:白天児童保護院(ヘヴンズ・ナーサリー)/ノルマ・ナーサリー盤面

主な同行者:ルース、ステラ、七瀬心音(ななせ・ここね)、ミコ、ネムリ、レイほか

キャリア側支援:カイロ、ガロ、カケルほか


所持・使用中の主な要素:

・【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

・《ルステラ・キャリア》

・【保護児童区画チャイルド・ケア・ベイ

・アカリ帰還席仮予約

・トオル帰還席仮予約

・灰色帰還席:影のみ保持

・ヘラ初期定義:一部把握

・GRA条件③:対象背景理解、部分達成

・NODE07〈子供〉救出リンク:接続中


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