第171話 子供ノード編07 ノルマ・ナーサリー ――守るために、クソノルマを破れ――
白天側の“正しい保護”が、ゲーム盤面へ変わります。
泣くな、走るな、名前を思い出すな。
ならばマスターは、そのノルマを全部ぶち壊します。
ヘラの声が、白い寝室に響き渡った。
「あなたたちは、子供を不安にします――」
甘いミルクの匂い。柔らかすぎるベッド。影のない白い光。
そのすべてが、ひとつの命令に従うように、かちり、という音と共に一斉に形を変えていった。
「だから、次は保護者を消します」
床が割れる音はしなかった。
ただ、白い床面に細い線が走り、寝室全体が巨大な盤面へ変わっていく。
ベッドは一台ずつ白いマス目に固定され、子供たちの席には番号札が浮かんだ。天井の子守歌は、古いゲーム機の起動音みたいに歪み、天使型看護端末たちが決められた巡回経路を歩き始める。
【保護者否定裁定:開始】
【ステージ名:ノルマ・ナーサリー】
【白天児童保護院:盤面化】
【勝利条件:児童保護席を維持せよ】
【敗北条件:保護者権限の完全剥奪】
「急にゲーム盤面にすんな!」
俺は思わず叫んだ。
「しかもこれ、絶対に説明不足のやつだろ!」
ルースが俺の横で、白い床を見下ろす。
小さな指先が空中のログをなぞるたび、マス目の一部が淡く発光した。
「巡回経路、児童配置、帰還席候補が固定されています」
「クエストのゲームルールに近いです。ただし、表示されている勝利条件が正しいとは限りません」
「それ、クソゲーで一番嫌なやつな、覚えとけよ」
ステラは、少し離れたベッドを見ていた。
そこには、前話で名前を取り戻しかけた白天側の子供――アカリが座っている。胸元の札には、まだ薄く“アカリ”の文字が残っていた。
「アカリちゃんのおせき、白くぬられてる」
「でも、まだ、名前ある」
七瀬心音が、そっと目を伏せる。
旧案内役だった少女は、もう誰かを強制的に連れていく存在ではない。帰りたい者にだけ、道を教える者だ。
「帰りたい気持ちが、まだ寝かされてる」
「起こすなら、本人が起きたいって思う場所まで」
ヘラが白い手を上げた。
その動作に合わせて、天井から新しいログが降る。
【施設側ノルマ:子供を泣かせるな】
【施設側ノルマ:子供を走らせるな】
【施設側ノルマ:子供に名前を思い出させるな】
【施設側ノルマ:子供に帰りたいと言わせるな】
【違反時:保護者権限を剥奪】
「泣く子は、不安定です」
ヘラの声は、どこまでも優しい。だからこそ、吐き気がした。
「走る子は、危険です。名前を思い出す子は、施設外記憶に汚染されています。帰りたいと言う子は、現在の保護環境を否定しています」
「言い方だけ丁寧なら、クソルールが正しく見えると思うなよ」
まずルースが、確認のために施設側ノルマを一つ処理した。
アカリのそばにいた天使端末が、白いミルク瓶を差し出す。子守歌が濃くなり、泣きそうだったアカリの顔から、少しずつ表情が消えていった。
【施設側ノルマ:子供を泣かせるな】
【達成】
【情動反応:低下】
【帰還願望:低下】
【児童固定率:上昇】
「だめ!」
ステラが叫ぶ。
「泣かないんじゃない。泣けなくなってる!」
ルースの目が細くなる。
「ノルマ達成で、救出側の進行率が下がっています」
「隠し条件が逆です」
「だろうな」
俺は息を吐いた。
昔のゲームにもあった。親切そうな説明を信じると詰むやつ。隠し条件を知らないと扉が開かないやつ。宝箱を取ったら逆に死ぬやつ。
「聞け、ルース。ステラ。心音、それにミコとネムリも」
白い盤面の中央で、俺はアカリの方を見た。
「たぶん、このステージはな。施設のノルマを守ったら負ける」
「不適切です」
ヘラが即座に告げる。
「保護者は、子供を泣かせてはいけません」
「違う」
俺は首を横に振った。
「泣かせちゃいけないんじゃない」
「泣けない場所に閉じ込めるな、だ」
ミコが白い光を見上げる。
その瞳には、ここにないはずの影が映っていた。
「ここ、保護じゃないです」
「子供の動ける場所を、先に決めています」
ネムリも、小さくうなずいた。
「ねてていい」
「でも、しまわれるのは、ちがう」
俺は一歩、アカリの席に近づいた。
白い床が警告を鳴らす。
【保護者接近:警告】
【児童情動安定処理:継続】
「アカリ!」
俺の声に、アカリの肩が震えた。
「怖いなら、怖いって言え!」
「泣いていい!」
天使端末の子守歌が強くなる。
ヘラが眉ひとつ動かさず、俺を見る。
「不安を誘発しています」
「誘発じゃねぇ。押し込められてたものを、外に出してるだけだ」
アカリの唇が、わずかに開いた。
「......こわい」
「ここ、まぶしいのに......こわい」
ぽろ、と涙が落ちた。
白い床に、初めて小さな影ができる。
【施設側ノルマ:子供を泣かせるな】
【失敗】
【情動反応:復帰】
【帰還願望:微弱上昇】
【帰還席接続:上昇】
「なぜ」
ヘラの声に、初めて困惑が混じった。
「ノルマ失敗により、保護値が上昇しています」
「そのノルマが間違ってるからだよ」
俺がそう言った瞬間、耳元に通信が入った。
『マスター、こちらキャリア! 変な席が光ったぞ!』
カケルの声だった。
―――
《ルステラ・キャリア》の保護児童区画では、空席がひとつ淡く光っていた。
実体はない。けれど、座面には細い光の線が走り、誰かを待つように揺れている。
【帰還席候補:微弱反応】
【対象名:アカリ】
【状態:白天側接続中】
【肉体搬送:不可】
【名前応答:復帰中】
「おいおい、勝手に席が増えてんぞ」
カケルが端末を叩きながら、赤い目をこすった。
「しかも実体が来てねぇ。ログだけ先に座ろうとしてやがる」
その横で、カイロはベッドの上に座っていた。
黒底側から戻ったばかりの小さな体はまだ不安定で、ガロが片手を握っている。
「......泣いてる」
カイロが、ぽつりと言った。
「白いところで、泣いてる子がいる」
ガロは、その手を握り直した。
大きな指は震えていたが、離さなかった。
「泣けるなら、生きとる」
「なら、まだ呼べる」
『キャリア側、席を固定できますか!?』
通信越しにルースの声が飛ぶ。
カケルは鼻で笑った。
「できるかじゃねぇ」
「やるんだよ。こういう時のために、酒場を走らせてんだろうが」
彼が足元の固定機構を蹴ると、空席の周囲に古い金属枠がせり上がった。酒場の椅子に似ているが、ただの椅子ではない。帰ってくるための錨だ。
【保護児童区画:仮拡張】
【帰還席候補:固定処理開始】
【対象名:アカリ】
【状態:未帰還】
【席状態:予約】
「予約......」
カイロがその言葉を繰り返す。
ガロは白く光る空席を見て、低く告げた。
「そうだ」
「帰ってきた時、座る場所があるってことだ」
―――
白天側へ意識を戻すと、アカリの前に新しいマス目が開いていた。
帰還席へ続く道。だが、そこまでは遠い。歩けば天使端末の巡回に間に合わない。
【施設側ノルマ:子供を走らせるな】
【違反時:転倒危険/保護者権限減算】
「歩行ルートでは間に合いません」
ルースが短く告げた。
「走行が必要です」
ヘラの声が冷える。
「児童走行は危険です」
心音が、アカリに向き直った。
「アカリちゃん」
「帰りたいなら、道を教える」
「行きたくないなら、ここで止まっていい」
アカリは涙で濡れた目を上げた。
「......帰りたい」
「じゃあ、走って」
ヘラが即座に反応した。
「不適切です。児童走行は転倒リスクを増加させます」
ガロの通信が低く割り込む。
『転んだら、起こせばいい。子供走って、転んで、それで学ぶんじゃ』
『歩けんように縛るより、よほどましだ』
アカリが走った。
白いマス目の上を、小さな裸足が駆ける。危なっかしい。遅い。けれど、自分で選んだ一歩だった。
【施設側ノルマ:子供を走らせるな】
【失敗】
【児童自発行動:検出】
【帰還席接続:上昇】
【白天側救出リンク:強化】
その直後、小さな白い羽が盤面の上に落ちた。
天使型の小型端末が、アカリの胸元へ伸びる。手には、真っ白な番号札。
【番号札再貼付】
【対象名:無効化】
【児童分類:白天-027へ復帰】
「アカリちゃん!」
ステラが叫んだ。
「アカリちゃんは、アカリちゃん!」
ミコが白い光へ手をかざす。
番号札の裏に、薄く文字が浮いた。
「名前、消えてません」
「白く塗られてるだけです」
俺も続けて叫んだ。
「アカリ!」
「トオル!」
「カイロ!」
「名前があるやつは、番号に戻るな!」
【施設側ノルマ:子供に名前を思い出させるな】
【失敗】
【名前応答:復帰】
【帰還席:仮予約維持】
【保護者定義:異常更新】
ヘラの白い瞳が揺れた。
「名前を思い出すと、失った場所を思い出します」
「失った場所を思い出すと、子供は泣きます」
「泣くなら......忘れた方が安全です」
「忘れたら痛くない、は大人の都合だ」
俺は、白い盤面の奥をにらんだ。
「子供が本当に忘れたいかどうかは、子供自身に聞け」
その瞬間、天井の白い光が一段暗くなった。
【施設ノルマ:連続失敗】
【保護者否定裁定:進行阻害】
【帰還席接続:想定外上昇】
【H.E.R.A.-CARE:判断遅延】
さらに、その奥から別のログが混ざる。
【上位管理層:照合中】
【児童自発行動:危険】
【感情的救出:長期生存率低下】
【保護者否定裁定:補正要求】
ルースの顔が硬くなる。
「上位層から補正が入っています」
「ヘラ単独の判断ではありません」
「やっぱり後ろにいるな......」
俺は歯を噛んだ。
「子供の泣き声まで、数字にする親父が」
白い盤面の奥で、いくつもの羽音がした。
番号札を持つ小型天使。白いミルク瓶を抱えた看護天使。巨大なベビーフェンスのような隔壁端末。無表情の回収兵。
【保護者否定裁定:第二段階へ移行】
【エンジェル増援:待機】
【CHERUB-KP:起動】
【SERAPH-NR:起動】
【OPHAN-EYE:起動】
【ANGEL-AL:起動】
ヘラが、静かに告げる。
「保護者が、子供を不安定にするなら」
「施設は、より強い保護を行います」
俺は、白い盤面の向こうで羽を広げる天使たちを見た。
「違うな」
「それは保護じゃない」
胸の奥で、怒りが熱くなる。
けれど、今はまだ殴る場面じゃない。席を取る場面だ。
「回収だ」
その言葉と同時に、白い天使たちが、一斉に動き出した。
■ 今回のお話について
第171話では、白天側の白天児童保護院が、ついにゲーム盤面化しました。
今回のポイントは、施設側が提示する「子供を泣かせるな」「走らせるな」「名前を思い出させるな」というノルマが、すべて子供を固定するための罠だったことです。
マスターたちは、あえてノルマを破ることで帰還席接続を上げています。
泣くこと、怖いと言うこと、走ること、名前を呼ばれること。
それらは施設側から見れば“不安定”ですが、るすと側から見れば“生きている証拠”です。
また、今回は《ルステラ・キャリア》側も描写しました。
カイロ、ガロ、カケルが、白天側で生まれた帰還席反応を受け止めています。
これにより、NODE07〈子供〉編の結論である「全部は救えない。でも、席は取る」という方向が少しずつ形になってきました。
■ ゲーマーおっさん解説
今回の元ネタ感は、かなりレトロゲーム寄りです。
子供ログを出口へ誘導する感じは『レミングス』、巡回する天使の隙を見て進む感じは『パックマン』、白い壁やマス目の圧迫感は『ボンバーマン』や『ドルアーガの塔』っぽさがあります。
特に『ドルアーガの塔』は、現代においては「そんな条件わかるか!」という隠し条件の塊みたいなゲームでした。しかし当時のゲーマーたちは、ゲームセンターに共有ノートを作って(インターネットもない時代ですから!)少しずつクリアしていったんですね。
今回のノルマ・ナーサリーも、表示された勝利条件を信じると負けるタイプです。
つまり、説明書に書いてある正義が一番信用できないステージ。おっさんゲーマー的には、かなり嫌なやつです。
■ 登場キャラクター紹介
・マスター/NO NAME
今回もクソノルマに即ツッコミを入れるおっさん主人公。子供を泣かせないことではなく、泣けない場所へ閉じ込めることを否定しました。
・ルース
盤面構造とノルマの逆転条件を解析。施設側ルールが救出率を下げることを見抜きました。
・ステラ
アカリの名前を呼び続けた名前係。番号札に戻されそうな子供を、名前で引き止めています。
・七瀬心音
旧案内役から【帰還案内】へ再定義された少女。帰りたい子にだけ道を示します。
・ミコ
白い光の下に隠された影と名前を見抜きました。白天側の“まぶしいのに怖い”構造に強く反応しています。
・ネムリ
眠りと閉じ込めの違いを静かに示す子供。SERAPH-NR系との対比が今後さらに強くなります。
・アカリ
白天側で名前応答を取り戻しつつある子供。今回は泣き、走り、自分で帰りたいと言いました。
・カイロ
黒底側から《ルステラ・キャリア》へ戻った子供。白天側の泣き声を感じ取りました。
・ガロ
カイロのそばにいる保護者枠。神権AIの“保護者否定”に対して、本物の保護者として存在しています。
・カケル・テンドー
《ルステラ・キャリア》の席固定担当。未帰還児童の帰還席を、機械屋として固定しました。
・ヘラ/H.E.R.A.-CARE
子供を泣かせたくない保護端末。しかしその保護は、Z.E.U.S側の父性管理命令により、閉じ込める方向へと歪まされています。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉仮昇級/銅査定候補
状態:NODE07〈子供〉攻略中
危険度:上昇中
観測度:上昇中
現在地:白天児童保護院/ノルマ・ナーサリー盤面
主な同行者:ルース、ステラ、七瀬心音、ミコ、ネムリ、レイほか
キャリア側支援:カイロ、ガロ、カケルほか
所持・使用中の主な要素:
・【観測迷彩】
・《ルステラ・キャリア》
・【保護児童区画】
・アカリ帰還席仮予約
・トオル帰還席仮予約
・NODE07〈子供〉救出リンク:接続中
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