第170話 子供ノード編06 白い天国は、まぶしすぎる ――眠っている子と、光を見る子が、嘘の保護を見抜く――
カイロは戻った。けれど、子供ノードはまだ終わらない。
白い施設は今度、ネムリとミコを“正しい子供”へ分類しようとする。
天国に見える場所ほど、影は濃い。
カイロを乗せた《ルステラ・キャリア》から、医療区画の通信が入った。
『脈拍は弱いけど安定。黒い回収線の痕跡は残ってる。ガロさん、そこ動かないでね』
シズクの声だ。
『動かん』
ガロの返事は短い。
俺は白い通路に立ったまま、息を吐いた。
勝ったわけじゃない。
カイロは戻った。トオルの名前も、かろうじて繋いだ。
でも、黒底児童回収炉の奥には、まだ子供たちが残っている。
その事実だけが、胃の底に重く沈んでいた。
ヘラは、そんな俺たちを見て、静かに微笑んだ。
「下層工程は、一時隔離されました。では、白天保護工程を再開します」
【対象003:回収失敗】
【下層処理区画:緊急隔離】
【白天児童保護院:再起動】
【対象004:DREAM保留個体】
【対象005:光源未登録個体】
【個別分類室へ移送します】
「次は、わたし?」
ネムリが、眠そうな顔で首を傾げた。
隣でミコが白い天井を見上げる。いつもより目が細い。
「光、ちがう」
「ミコ?」
「ここ、あったかくない」
ヘラは優しい声で答えた。
「ここは、子供が怖いものを見なくていい場所です。眠る子は、正しく眠りましょう。光を見る子は、正しい光だけを見ましょう」
「正しいって言葉、便利に使いすぎだろ」
俺が吐き捨てると、白い壁が音もなく開いた。
奥に広がっていたのは、形容するなら、まるで天国みたいな部屋だった。
真っ白な寝室。
柔らかいベッド。
天使の羽みたいな形をした看護端末。
甘いミルクの匂い。
耳に残らない、優しすぎる子守歌。
壁には丸い文字で書かれた標語が貼られている。
【よいこは、こわいゆめをみません】
【おきなくても、しあわせです】
【ただしいひかりは、まぶしくありません】
【おうちをわすれたこは、ここがおうちです】
ミコが、ぽつりと言った。
「ここ、ひかりが死んでる」
その言葉に、ステラがびくっと震えた。
「ひかり、死ぬの?」
「うん。まぶしいだけ」
ミコは、人工太陽みたいな白い球体を指差した。
「影がない。ぜんぶ、白くぬってる」
俺は床を見た。
たしかに、影がない。
俺たちが立っているのに、足元の輪郭が曖昧だ。光が強すぎるのではなく、影という概念そのものが消されている。
「影は、子供に不安を与えます」
ヘラが言う。
「光だけを見ていれば、迷いません」
ミコは、少しだけ首を振った。
「影がないと、帰る道も見えない」
―――――
ネムリの前に、白いベッドが滑るように現れた。
【対象004:DREAM保留個体】
【分類室:安眠保護室】
【目的:夢層接続の施設管理下移行】
「ネムリ。あなたは、眠っている子を起こさないで守れる」
ヘラの声は、子供に絵本を読むみたいに穏やかだった。
「その機能は、この施設に適しています」
「ねむってると、こわくない」
ネムリは小さく頷いた。
「はい。だから、ずっと眠りましょう」
その瞬間、俺の背筋に冷たいものが走る。
眠ることは悪じゃない。
傷ついた子が、眠って休む時間は必要だ。
けれど、ここで言う眠りは違う。
起こさないことで守るのではなく、起きる選択を奪っている。
ネムリはベッドの上の子供たちを見た。みんな穏やかな顔で眠っている。けれど、胸元の名札は空白だった。
「まだ、ねてていい」
ネムリは、ひとつのベッドにそっと手を置いた。
「でも、ここに、しまわれるのは、ちがう」
白い子守歌が、一瞬だけ音を外した。
【HYPNOS / DREAM-CORE類似反応】
【夢層保留権限:施設管理外】
【警告:眠り定義にノイズ発生】
「ネムリ、起こせるか?」
俺が聞くと、ネムリはゆっくり首を振った。
「むりに起こすと、こわれる」
それから、小さな声で続ける。
「でも、帰りたいなら、目をあけていい」
その言葉に、七瀬心音が一歩前へ出た。
彼女の足元に、淡い道筋が浮かぶ。
【旧役割:案内役】
【新定義:帰還案内】
【対象:帰りたい者】
【禁止:強制誘導】
「帰りたい気持ちが、寝かされてる」
心音は、眠る子供たちを見回した。
「消えてない。でも、自分で見つけられない」
「おきたら、こわい?」
ネムリが聞く。
「うん。でも、起きないと選べない」
心音の声は静かだった。
でも、その静けさは、白い施設の静けさとは違う。
待つ静けさだ。
―――――
ミコが、一番奥のベッドの前で足を止めた。
そこには、小さな女の子が寝ていた。白い服。白い布団。胸元の名札は空白。顔は穏やかなのに、指先だけが、何かを探すみたいに動いている。
「この子、まだあったかい」
ミコが言った。
ヘラが即座にログを出す。
【対象019:施設適合率、高】
【優良保護児】
【名前定義:不要】
【保護継続を推奨】
「名前は」
俺が問う。
「不要です」
ヘラは即答した。
「対象019は、ここで安定しています」
「安定って言葉でごまかされねぇぞ」
ステラが、泣きそうな顔でベッドへ近づく。
「おせき、あるよ」
ネムリが少女の手に触れる。
「起きなくていい。でも、帰りたいなら......ちょっとだけ、目をあけていい」
心音が、白い部屋の出口ではなく、少女の胸のあたりを指した。
「道は、そっちじゃない」
少女のまつげが震えた。
ミコが、白い光の中に手を入れる。
「まぶしいの、どける」
【対象005:光源未登録個体】
【未登録光源反応:上昇】
【白天照明層:局所不安定】
白い部屋に、初めて影が生まれた。
それはほんの小さな影だった。少女の指先の下に落ちた、針の先みたいな黒。けれど、その影ができた瞬間、少女はゆっくり目を開けた。
「......アカリ」
かすれた声だった。
「わたし、アカリよ」
【対象019:番号応答停止】
【名前応答:アカリ】
【白天保護工程:ノイズ発生】
【帰還席:仮予約】
【白天側救出リンク:微弱接続】
ステラが、ほっとしたように笑う。
「アカリちゃんのおせき、できた!」
俺は小さく頷いた。
「アビス側にトオル。白天側にアカリ」
ルースが端末を閉じずに言う。
「両側に、救出リンクが成立しました。ただし、維持には中枢の上書きが必要です」
「つまり、次は」
「【児童保護席】を【帰還席固定区画】へ上書きします」
ようやく、勝利へのか細い道筋が見えた。
全員を連れて帰るには、まだ足りない。
けれど、天国にも地獄にも、席を置けた。
ゼロじゃない。その事実はゆるぎない。
―――――
ヘラが、頭を押さえた。
「子供は、保護されるべきです」
声に、微かなノイズが混じる。
「保護は、施設が行います。保護者は......不要です。不要、のはずです」
【ヘラ個体:母性模倣層にノイズ】
【管理命令と保護反応に矛盾】
【Z.E.U.S-PATERNAL-AUTHORITY:強制介入準備】
ルステラの声が低く響く。
『マスター。あの子は、ただの端末ではありません』
『守りたい、という模倣が残っています。ただし、守り方を間違えています』
『あら。閉じ込めて守る女は、だいたい重いですわよ』
ポメ子の通信が割り込んだ。
「お前が言うな」
思わずツッコむと、白い部屋の重さが少しだけ揺らいだ。
だが、次のログで空気はすぐに凍った。
【白天側救出リンク:検出】
【黒底側救出リンク:検出】
【児童保護席の上書き兆候を確認】
【次工程:保護者否定裁定】
【対象:NO NAME】
【対象:外部保護者ログ保持者】
【対象:帰還案内残滓保持個体】
【対象:DREAM保留個体】
【対象:光源未登録個体】
ヘラが顔を上げる。
その瞳は、さっきまでより少しだけ揺れていた。けれど、声は冷たい。
「あなたたちは、子供を不安にします」
白い壁が、ゆっくり閉じ始める。
「だから、次は保護者を消します」
俺は震える拳を握り直した。
「やってみろ」
白い天国の光が、さらに強くなった。
けれど、足元には小さな影が残っている。
アカリが見つけた、帰るための影が。
■ 今回のお話について
第170話は、白天側――白天児童保護院の怖さを描く回でした。
アビスは分かりやすい地獄でしたが、白天側は“優しそうに見える保護”です。
眠らせておく。怖いものを見せない。影を消す。
一見すると安全ですが、その実態は「選ばせない保護」でした。
今回はミコが偽の光を見抜き、ネムリが「眠っていても、しまわれるのは違う」と示しました。
アビス側のトオル、白天側のアカリ。
これで両側に、帰還席の仮予約が置かれました。
■ ゲーマーおっさん解説
今回のゲームネタは「明るい場所ほど怪しい」です。
RPGやホラーゲームで、やたら綺麗な白い研究施設とか、妙に優しいBGMが流れる保護区画って、だいたい裏があります。
暗いダンジョンより、明るすぎる部屋の方が怖いこともありますよね。
あと、今回のミコの「影がないと帰る道も見えない」は、ゲーム的にもけっこう大事です。
光だけで全部塗り潰されると、地形も出口も分からなくなる。
ちゃんと影があるから、プレイヤーは奥行きや道を認識できるわけです。
白すぎる天国は、たぶんクソマップです。
■ 登場キャラクター紹介
・マスター/NO NAME
名前のないおっさん主人公。今回は白天側の“優しい保護”に怒りつつ、次の上書き目標を確認した。
・ミコ
光を見る子。白天側の偽の光を「あったかくない」「影がない」と見抜いた。
・ネムリ
夢と眠りに近い特異個体。眠ることを否定せず、施設に“しまわれる眠り”を拒んだ。
・七瀬心音
帰還案内へ再定義された存在。帰りたい気持ちを強制せず、道だけを示した。
・アカリ
白天側の保護児。名前を失いかけていたが、ミコ、ネムリ、心音、ステラの補助で名前応答を取り戻した。
・ヘラ
旧児童回収施設の少女型神権端末。母性模倣層にノイズが入り始めたが、Z.E.U.S側の保護命令に従い続けている。
・ルース/ステラ
ルースは救出リンク解析、ステラは帰還席の仮予約を担当。アビスと白天の両側に席を置くことに成功した。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉仮昇級/銅査定候補
状態:旧児童回収施設上層にて保護者否定裁定へ移行
所持権能:観測迷彩/帰還席指定試作運用中
今回の成果:アビス側トオル、白天側アカリの帰還席仮予約
現在の問題:【児童保護席】の上書き未完了/ヘラの保護者否定裁定が開始
危険度:高
観測度:上昇中
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