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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
子供ノード編

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第169話 子供ノード編05 灰色の救出線 ――全員は抱えられない。だから、戻る道を残す――

黒底児童回収炉(アビス・ナーサリー)が起動し、下層の子供たちが処理対象になる。

全員を助けたいマスターたちの前に、灰色の外套をまとったレイが現れた。

救出とは、今すぐ全員を連れ帰ることだけではない。


「......派手にやったな」


 黒い霧の奥から、灰色の外套(がいとう)が現れた。


 壁を破ったわけではない。扉を開けたわけでもない。

 そいつは、観測ログの()()から染み出すように、黒底児童回収炉(アビス・ナーサリー)の中へ降りてきた。


 レイだった。


 銀等級の巡回キャラバン調査隊長。

 元から雄弁な人物ではないが、灰色の外套も、声も、表情も、いつもよりひどく静かに感じさせた。


 だが今だけは、目の奥に硬いものがあった。


「レイ......」


 ガロが、カイロの固定具を掴んだまま振り返る。


「どうしてここに」


「タマモから通信を受けた」


 レイは短く答えた。


「ここは、私の用件にも近いと踏んだ」


 その言い方に、少しだけ(とげ)があった。


 黒い床に、無数の白いログが走る。


【灰色個体:侵入確認】

【識別:REI / CARAVAN-LINE】

【侵入経路:観測外】

【処理優先度:上昇】

【外部保護者候補:未承認】


 レイはログを見上げ、ほんのわずかに眉を動かした。


「この型番......見覚えがある」


「知ってるのか」


 ガロが問う。


 レイはすぐには答えなかった。


 黒い保護槽の列。

 半分だけ削られた名札。

 番号だけで管理(かんり)されている子供たち。

 そのすべてを視線で確認してから、低く言った。


「子供を、番号で運ぶな」


 その声は、いつものレイより少しだけ荒かった。


   ―――――


 白い上層では、俺の視界にも下層の映像が共有されていた。


 ザーザーとノイズだらけだ。

 ルースが無理やり繋いでいるせいで、画面は何度も乱れる。まるで電波の悪いワンセグ地上波を見ているような感じだ。けれど、見えないよりはマシだった。


 ガロがカイロの前にいる。

 カイロは黒い器具に固定されている。

 周囲には、保護槽に入った子供たち。


 そして、レイ。


「マスター、下層の炉が全区画起動しています」


 ルースの声は平坦だった。

 でも、表示された数値は平坦なものではなかった。


【下層処理工程:再起動】

【対象003:再固定準備】

【未処理児童ログ:一斉再分類】

【救出可能対象数:最大二】

【全対象同時搬送:不可】

【無理な搬送時、キャリア損傷率:87%】

【下層崩落予測:高】


「不可って出すな。方法を出せ」


 俺は反射でそう言った。

 ルースは黙った。

 その沈黙だけで、嫌な答えが分かってしまう。

 ステラが俺の手を握った。小さな指が震えている。


「ぱーぱ......あの子たちも、帰りたいって」

「分かってる」

「でも、声が小さい。名前が、ないみたいにされてる」


 ステラの琥珀(こはく)色の目に、涙のような光が溜まった。


「番号ばっかり、聞こえる」


 俺は白い床を殴りたい衝動を飲み込んだ。

 ここで暴れても、下層には届かない。


 ヘラは、少し離れた場所で静かに立っている。


「全員を救えないのなら、救出ではありません」

「先生、黙ってろ」

「不完全な救済は、子供に希望を与えます。希望は、再処理時の苦痛を増加させま

「黙れって言ってんだろ」


 声が荒れた。

 だが、ヘラは表情を変えない。


「あなたたちは、救えない者を増やしています」

 その言葉が、胸に刺さる。


 分かっている。

 全員は今すぐ救えない。 手を伸ばしても届かない子がいる。


 それでも――!


「だったら、誰も助けるなってか」


 俺は歯を食いしばった。


「そんな綺麗な絶望を、子供に押しつけてんじゃねぇ」


   ―――――


 下層で、ガロがカイロの固定具を引いた。


 だが、黒い器具はびくともしない。

 カイロの腕と背中に、細い回収線が食い込んでいる。肉体だけではない。名前や記憶(きおく)の奥へ、針みたいに入り込んでいるのが分かった。


『無理に引き剥がすな!』


 通信越しにカケルの怒鳴り声が飛ぶ。


『神経線ごと持っていかれる! それ、肉体の拘束じゃねぇ! ログ固定具だ!』


「なら、どうする」


『切る場所を間違えたら終わる!』


「正しい場所を言え」


『わぁってら、今探してんだよ!』


 焦るカケルの声に、レイが前へ出た。


「回収線を切る。ガロ、お前は引き続き、名前を呼び続けろ」


「それでいいのか」


「番号定義を揺らす。名前が残れば、線は外れるはずだ」


 レイは腰から短い刃物のような工具を抜いた。剣ではない。解体用でもない。細く、平たく、どこか医療器具に似ている。


 黒い回収線へ、それを差し込む。


 ガロは、カイロの顔を見た。


「カイロ」


 カイロのまぶたが揺れる。


「カイロ」


【対象003:番号定義揺らぎ】

【対象003:名前定義上昇】

【保護者ログ:継続】

【回収線:不安定化】


「カイロ」


「......うるさい」


 カイロが、苦しそうに目を開いた。


 ガロは少しだけ笑った。


「すまん」


「......何回も、呼ばなくていい」


「聞こえるまで呼ぶ」


「聞こえてる」


「なら、ワシと一緒に帰るぞ」


 レイの工具が、黒い線を一本ずつ外していく。

 細い線が切れるたび、カイロの体が痙攣(けいれん)した。ガロはその小さな体を支え、絶対に離さなかった。


 最後の線が外れる。


【対象003:固定解除】

【対象003:名前定義、復旧傾向】

【警告:回収失敗】


 カイロの体がそのまま前へ崩れ落ちた。

 ガロがそれを抱きとめる。


 救出と呼ぶには、あまりにも小さな出来事だった。

 ただ、子供一人が、黒い器具から外れただけ。


 だが、その瞬間、下層の空気が変わった。


 保護槽の中で、眠っていた子供たちが反応する。

 ひとつ。

 ふたつ。

 淡い光が、次々と灯る。


『......むかえ、きた?』


 声がした。


 ひどく小さい。

 誰の声かも分からない。

 けれど、確かに子供の声だった。


 ステラが、通信越しに息を呑む。


『ぱーぱ......!』


 俺は拳を握った。


 行けるなら行きたい。今すぐ全員引っ張り出したい。

 抱えて、担いで、酒場に放り込んで、あったかい飯を食わせて、寝かせてやりたい。


 でも、現実のログは残酷さを容赦なくたたきつける。


【追加対象反応:37】

【帰還席固定区画:未成熟】

【救出可能容量:超過】

【全対象搬送:不可能】

【強行時、対象ログ崩壊率:高】


「......くそっ」


 喉の奥から、声が漏れた。


 その時、レイがこちらを見た。

 通信越しなのに、まっすぐ目が合った気がした。


『今ここで全員を抱えれば、全員落ちる』

「それ、見捨てるってことだろ」

 俺は反射で返した。


 レイの声が、初めて少しだけ荒くなる。


『違う』


 短い一言だった。


『見捨てるつもりなら、私はここに来ていない』


 俺は黙った。


 レイは続ける。


『連れて帰る子を選ぶんじゃない』

『次に戻るための線を”今は”残すんだ』


 その言葉に、ガロも動きを止めた。


 カイロを抱えたまま、保護槽の子供たちを見る。

 助けたい。

 でも、抱えきれない。


 その事実が、黒い炉の底で重く沈んでいた。


「ルース」


 俺は、通信越しに言った。


「名前だけでも固定できるか」


 ルースが顔を上げる。


『完全保護は不可です。ですが、名前応答ログの一時固定なら可能です』


「やれ」


『負荷が高いです』


「それでもやるんだ」


 ステラが涙を拭いた。


『ステラも、やる』

『あの子たち、番号じゃなくて、名前ある』


 その瞬間、俺の視界にルステラの淡い表示が重なった。


【ルステラ断片:補助起動】

帰還席固定区画リターン・シート・ベイ:拡張試行】

【対象:未帰還児童ログ】

【搬送:不可】

【名前応答:仮固定】

【救出リンク:生成中】


『マスター』


 ルステラの声が、短く響く。


『これは、救出完了ではありません』


「分かってる」


『それでも、意味があります』


「ああ」


 俺は、白い通路の向こうに立つヘラを見た。


「次に迎えに来るための席を作らなきゃな」


 ヘラの瞳が、初めてわずかに細くなった。


「未承認の席登録は、保護計画を乱します」


「乱されて困る保護程度なら、最初から間違ってんだよ」


   ―――――


 下層の黒い保護槽のひとつから、かすかな声が漏れた。


『ぼく......』


 ステラが反応する。


『聞こえる。言って』


『ぼく、トオル』


 その名前が、黒い炉の中に落ちた。


 数字ではない。

 記号でもない。

 処理対象でも、素材でもない。


 名前だった。


『むかえ、まだ?』


 ステラは、小さな手を伸ばすように、端末へ触れた。


『まだ』

『でも、忘れない』


【対象名:トオル】

【状態:下層保護槽内】

【肉体搬送:不可】

【名前応答ログ:仮固定】

【救出リンク:微弱接続】

【帰還席:仮予約プリザベーション


 仮予約。


 酒場の席みたいな言葉だった。


 でも、今はそれでいい。

 席があるなら、戻れる。

 名前があるなら、呼べる。


 トオルの保護槽が、ほんの少しだけ淡く光った。


『......わかった』


 その声は、すぐに遠くなった。

 けれど、消えなかった。


   ―――――


『撤退線を引く』


 レイが、黒い床へ手を当てた。


 タマモから受け取った回収線が、灰色の光となって床に走る。

 それは白い神権光とも、黒い炉の光とも違っていた。薄く、地味で、ほとんど目立たない。けれど、確かに道だった。


『カイロ、動けるか』


「......たぶん」


 カイロが小さく答える。


 ガロが言う。


「抱える」


「歩ける」


「なら、支える」


「......それなら、いい」


 カイロはガロの腕を掴んだ。弱い力だった。

 それでも、自分で掴んだ。


『キャリア側、受け入れ準備!』


 カケルが叫ぶ。


『これ以上は酒場の骨が折れる! いや、もうちょい折れてる!』


『水圧で補強しますわぁ!』


 ポメ子の声が妙に楽しそうに混ざる。


『筋肉で補強する!』


 ヘラクレスまで張り切った。


『だからお前ら補強の概念(がいねん)が雑!』


 カケルの悲鳴で、少しだけ空気が戻る。

 こんな場所でも、馬鹿みたいなやり取りがある。だから、まだ帰れる気がした。


 ガロがカイロを支え、レイが先導する。

 背後では、黒い保護槽が次々と沈黙していった。


 カイロが振り返る。


「......ごめん」


 槽の中の子供たちは、何も言わない。

 でも、表示だけが残った。


【帰還席:仮予約】

【次回接続待機】

【名前応答:微弱維持】


 俺は、通信越しに言った。


『謝るな』


 カイロが、こちらを見る。


『次に連れて帰る理由が残っただけだ』


 カイロは、何も言わなかった。


 ただ、小さく頷いた。


   ―――――


 《ルステラ・キャリア》へ戻った瞬間、床が大きく沈んだ。


 カイロはガロに支えられたまま、医療区画へ運ばれる。

 黒い炉の匂いが、酒場の木と酒と煙の匂いに混ざった。嫌な匂いだった。けれど、ここは酒場だ。


 戻ってきた者を、床が受け止める場所だ。


 カイロは寝台に座らされ、ぼんやりと周囲を見た。


「ここ......」


「るすとだ」


 ガロが答える。


「一度来ただろう」


「......うん」


 カイロは、自分の腕を見た。黒い線の跡が、まだ薄く残っている。


「もう、終わらせなくていい?」


 その問いに、ガロはすぐ答えなかった。


 短い沈黙のあと、太い手でカイロの頭を不器用に撫でる。


「終わらせなくていい」


「じゃあ、何をすればいい?」


「腹が減ったら、飯を食え」


「......」


「眠かったら、寝ろ」


「......」


「嫌なら、嫌と言え」


 カイロは少しだけ眉を寄せた。


「......むずかしい」


「練習すればいい」


 ガロの声は低い。

 けれど、下層で名前を呼び続けた時より、少しだけ柔らかかった。


 カイロは目を閉じる。


「......じゃあ、今は寝る」


「ああ」


「でも、起きる」


「起きろ」


 ガロは、その手を離さなかった。


   ―――――


 下層の映像が、完全に閉じる。


黒底児童回収炉(アビス・ナーサリー):緊急隔離】

【対象003:回収失敗】

【未帰還児童ログ:一部接続済み】

【救出リンク:微弱維持】

【帰還席固定区画:仮登録完了】


 俺は、白い上層の通路でそのログを見た。


 勝った。


 とは、とても言えない。


 カイロは戻った。

 トオルの名前も繋いだ。

 でも、あの下にはまだ子供たちがいる。


 ヘラが静かに告げる。


「不完全です」


「ああ」


「救出成功とは認められません」


「そうだな」


「では、失敗をなぜ続けるのですか」


 俺は少しだけ笑った。


「失敗じゃねぇからだ」


 ヘラが黙る。


「今日は、道を作った」


 拳が震えていた。

 悔しさなのか、怒りなのか、疲労なのか、自分でも分からない。


「次は、迎えに行く」


 通信の向こうで、レイが低く言った。


『それでいい』

『ゼロではない』


 その言葉は、さっきのガロの言葉にも似ていた。


 レイは、誰にも見えない位置で下層のログを見ていた。

 目の奥が、わずかに揺れている。


 そして、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。


「......まだ、見つからないか」


 灰色の外套が、黒い霧の中で静かに揺れた。


■ 今回のお話について


第169話は、カイロの一次救出と、黒底児童回収炉(アビス・ナーサリー)側への救出リンク接続回でした。


今回の大事なところは、「全員を今すぐ助ける」ではなく、「次に迎えに来るための道を残す」という判断です。

マスターにとっては苦い判断ですが、ここで無理をすれば全員を失う。

だからこそ、今回はカイロを連れて帰り、トオルの名前ログを仮固定するところまでになりました。


レイも本格的に合流。

まだ本人の核心は語っていませんが、子供回収施設に対する怒りと、探しているものの気配が少しだけ出ています。


■ ゲーマーおっさん解説


今回のゲームネタは、「全員救出できない救出ミッション」です。


ゲームをやっていると、救出対象が多すぎたり、制限時間が足りなかったり、撤退しないと全滅する場面があります。

『ファイアーエムブレム』や『タクティクスオウガ』みたいなシミュレーションRPGでは、「助けたいけど、今動くと味方ごと落ちる」という判断がめちゃくちゃ重いんですよね。


あと、個人的には『ピクミン』の「日没までに連れて帰らないといけない」感じも近いです。

全員連れて帰りたい。

でも、時間も、手も、容量(ようりょう)も足りない。

だから今回は、完璧なクリアではなく、次に繋がるセーブポイントを作る回でした。


マスターたちはまだ勝っていません。

でも、ゼロではなくなりました。


■ 登場キャラクター紹介


・マスター/NO NAME

名前のないおっさん主人公。今回は全員を今すぐ救えない現実に直面しながら、救出リンクを作る判断をした。


・ガロ

カイロの保護者枠。名前を呼び続けることで、カイロの番号定義を揺らし、救出に繋げた。


・カイロ

END-CORE系統の反応を持つ子供。今回、黒底児童回収炉(アビス・ナーサリー)から一次救出された。まだ不安定だが、自分で「帰る」と選んだ。


・レイ

銀等級のキャラバン調査隊先導役。タマモから回収線を受け、単身で下層へ侵入。今回は撤退線を作り、カイロ救出を支援した。


・タマモ

リコーラー。現地にはいないが、レイへ下層座標と回収線を渡した。


・ルース

解析担当。全員同時救出が不可能であることを提示しつつ、名前応答ログの一時固定を実行した。


・ステラ

名前と感情に反応する双子AI。トオルの名前を拾い、帰還席の仮予約へ繋げた。


・ルステラ断片

マスターの判断を補助し、帰還席固定区画リターン・シート・ベイの拡張試行を支えた。


・ヘラ

白い児童保護施設の少女型神権端末。不完全な救出を否定し、マスターたちを揺さぶる。


・トオル

アビス下層の保護槽内にいる子供。今回は肉体救出できなかったが、名前応答ログが仮固定され、帰還席が仮予約された。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉仮昇級/銅査定候補

状態:旧児童回収施設上層にてヘラと対峙中

所持権能:観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ帰還席指定(リターン・シート)試作運用中

同行補助:ルース、ステラ、ルステラ断片

今回の成果:カイロ一次救出成功/トオルの名前応答ログ仮固定/アビス側救出リンク微弱接続

現在の問題:アビス側児童の大半は未救出/白天児童保護院側も未攻略

危険度:高

観測度:上昇中

備考:NODE07〈子供〉は、完全救出ではなく救出リンク接続による段階攻略へ移行中。


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