第158話 夢ノード編17 放送部音ゲー ――耳栓推奨のリズムゲームはだいたい壊れている――
ネムリの声路は、かすかに開いた。
けれど夢層校舎には、卒業式へ向かわせる歪んだチャイムが鳴り続けている。
次の攻略は、耳栓推奨の放送部音ゲーです。
保健室のスピーカーから、歪んだチャイムが鳴っていた。
きん、こん、かん、こん。
懐かしいはずの音なのに、耳の奥へ入るとひどく気持ちが悪い。音程が少しずつ歪み、終業を告げるはずの響きが、まるで誰かを卒業式へ引きずっていく号令みたいに聞こえる。
【終業チャイム:異常同期】
【卒業式BGM:再生準備】
【次領域:放送部音ゲー】
「音ゲーなのに、さっき耳栓推奨って出てたよな」
俺が通信越しに呟くと、ヘルメスの声が勢いよく飛び込んできた。
『音! 通信! 経路! たぶん全部つながってる! つまり放送室!』
「要約しろ」
『放送室が危ない!』
「最初からそれを言え」
ルステラのログが、すっと横から入る。
【ヘルメス報告圧縮:成功】
『ひどい! でも合ってる!』
ヘルメスは明るい。とにかく明るい。だが、その明るさの奥に、焦りが混じっているのは分かった。
保健室のベッドで眠るネムリの指が、かすかに動く。
『……チャイム、こわい』
ミコがネムリの毛布を整えながら、低い声で言った。
『刺激が強すぎる。音量だけじゃない。意味が悪い』
ルースの解析ログが続く。
【終業チャイムに卒業式進行命令が混入】
【回収放送の下層同期を確認】
【案内役契約再固定リスク:上昇中】
「放送室を止める。いや、違うな」
俺は頭を掻いた。
「止めるんじゃなくて、流す音を変える」
『そう! それ! 音を止めると校舎全体の声路が落ちる! でも今のままだと卒業式に持っていかれる! だから、切らずに変える!』
「その説明を最初に出せれば百点だったな」
『次から努力する!』
たぶん、次も散らかる。それだけはなぜか強い確信があった。
―――――
放送室の扉は、保健室の奥に突然現れた。
古い木製の扉。表札には【放送部】と書かれている。中へ入ると、そこは昭和の学校にでもありそうな小さな部屋だった。
古いミキサー卓。銀色のマイク。カセットデッキ。壁に貼られた番組表。棚には【卒業式リハーサル用音源】と書かれたカセットテープが並んでいる。
ヘルメスは部屋に入った瞬間、目を輝かせた。
『マイク! ミキサー! 校内回線! 古いけど生きてる! すごい! あと危ない!』
『最後だけ急に怖いな』
外部管制側から、カケルの声が混ざる。
『お、音響卓じゃねぇか。配線ぐちゃぐちゃなやつほど燃えるぜ。俺はこの赤いフェーダーにベットする』
すぐにイツキの冷たい声が飛ぶ。
『カケル、それ触るな。たぶん爆発するよ』
『じゃあ触らない方にベットする』
『ベットの意味あるか、それ』
俺が突っ込んだ瞬間、ミキサー卓の全フェーダーが勝手に跳ね上がった。
床に光のラインが走る。
スピーカーが巨大な目玉みたいに開き、黒い音符が虫の群れのように飛び出した。空中には、譜面のようなログが高速で流れていく。
【放送部音ゲー:開始】
【曲名:卒業式リハーサル】
【難易度:NIGHTMARE】
【耳栓推奨】
【注意:聴覚入力過多により、卒業式同期が進行します】
「耳栓推奨の音ゲーって、根本から破綻してるだろ」
『音を聞きすぎると引っ張られる! でも聞かないと合わせられない! すごく嫌な仕様!』
ヘルメスが叫ぶ。
ルースは冷静に言った。
『聴覚入力を三十%に制限してください。ログ譜面を優先します』
「音ゲーで耳じゃなくログを見るのかよ」
『視覚補助付きリズムゲームと考えれば成立します』
「成立してほしくなかったな」
その時、校内放送のチャイムが鳴った。
『はーい、夢層校内放送の時間だよ』
ナイトメア・メアリの声。
『今日のリクエスト曲は、卒業できなかった子の泣き声です』
スピーカーから、ざらついたBGMが流れ出す。
卒業式で聞くような、やけに綺麗な旋律。だが、その下に子供の泣き声が混じっている。すすり泣き。呼び声。名前を失った声。音は一つになるほど、気味悪く整っていった。音ゲーというより不穏すぎてホラゲといったほうが正解に近かった。
【心■こころ】
↓
【■■こころ】
ステラがはっと顔を上げる。
「だめ。心、消えかけてる」
『間違えたら、こころちゃんの名前がまた欠けるよ』
メアリが笑う。
『さあ、リズムに合わせて卒業しよう?』
―――――
ヘルメスが両手を広げた。
彼の周囲に、音の線が何本も浮かび上がる。赤、青、白、黒。どれも細く震えていて、絡まり合っていた。
『右スピーカーに卒業式BGM! 左チャンネルに終業チャイム! 床下に回収放送! 天井裏に呼び鈴の残響! あと誰かの泣き声と、お腹の音と、カケルの独り言と――』
『必要なやつだけ言え!』
俺が叫ぶより早く、ルステラのログが割り込む。
【報告圧縮補助】
【重要音源抽出】
【1:卒業式BGM】
【2:回収放送】
【3:割れた呼び鈴】
【4:心音ログ】
『そう、それ! それが言いたかった!』
『要約補助なしでは運用困難です』
ルースの容赦ない評価に、ヘルメスは明るくへこんだ。
『ひどい! でも助かる!』
譜面ログが流れる。
【FIRST PHRASE】
【終業チャイムを卒業式進行命令から分離してください】
入力候補が空中に並んだ。
【終業チャイム】
【帰還校則ログ】
【卒業式BGM】
【回収放送】
「卒業式BGMと回収放送は罠だな」
『はい。混ぜると卒業式同期が上昇します』
ルースが答える。
俺は息を吸った。
『チャイムは卒業式の号令じゃねぇ。帰る準備の音だ』
ヘルメスがミキサー卓のフェーダーを操作する。ルースがログ譜面を固定し、ルステラがノイズを濾過する。
【入力:終業チャイム】
【入力:帰還校則ログ】
風紀委員会棟で改定した校則が、音に変換されて重なる。
【帰還できない者には、保留席を提示】
歪んだチャイムが一瞬、普通の学校の音に戻った。
【GOOD】
【終業チャイム:卒業式進行命令から分離】
【意味再定義:一日の終わり/帰宅準備】
ネムリの声が保健室側から届く。
『……少し、こわくない』
ミコが短く言った。
『反応安定。続けて』
―――――
【SECOND PHRASE】
【ネムリの夢層声路へ、呼び鈴を接続してください】
今度は、割れた呼び鈴の音だった。
保健室で使った、あの欠けた鈴。呼ぶための音。けれど割れているため、リズムがほんの少し遅れる。普通の音ゲーならミス判定だが、今はその遅れが命取りになる。
『呼び鈴の音、少し遅らせて』
カナエ/タマモの通信が入る。
『ネムリの声路は急に鳴らすと閉じる。届かせるなら、叩くんじゃなくて、置いて』
ミコも続く。
『音量、下げて。強すぎる』
『了解! 小さく、でも届くように! すごく難しいやつ!』
ヘルメスが笑いながら、額に汗を浮かべる。
譜面は速い。黒い音符が虫のようにスピーカーから飛び出し、床のリズムラインを食い荒らしていく。
【入力:割れた呼び鈴】
【入力:ネムリの声路】
【入力:保留席ログ】
ちりん。
割れた音が、今度は優しく伸びた。
ネムリの声が返ってくる。
『……聞こえる』
『こわくない音』
【GOOD】
【夢層声路:安定率上昇】
メアリが不満そうに笑った。
『やさしい音って、つまらないね』
『もっと激しく、大きく鳴らせばいいのに』
『大きな音なら、みんな従うよ?』
「従わせるための音じゃねぇ」
俺はスピーカーを睨んだ。
「届かせるための音だ」
―――――
【THIRD PHRASE】
【心音ログを保護してください】
空中の譜面が、急に遅くなった。
遅いのに、難しい。音と音の間に、名前の欠片が落ちている。拾い間違えれば、そのまま別の名前へ変わってしまいそうだった。
ステラが前へ出た。
「こころちゃん、音、借りるね」
彼女の手には、名前の薄い名札。水泳部ホラーで回収した卒業写真の音声照合鍵が、淡く光る。
『ここねちゃん、こっち!』
『写真撮るよー』
『……心音ちゃん、泣いてるの?』
音が重なる。
けれど、そこへメアリの放送が割り込んだ。
『案内役さん、こっち』
『卒業式だよ』
『名前なんて、役割でいいよね?』
【心■こころ】
【案内役】
【七瀬心音?】
ログが揺れる。
ステラの唇が震えた。
「違う。こころちゃんは、役割だけじゃない」
『本人承認ログが不足しています。確定にはまだ届きません』
ルースの言葉は冷静だった。だからこそ、今の危うさが分かる。
「でも、消させない」
ステラが名札を抱きしめる。
ルステラのログが彼女の周囲に展開した。
【名前ゆらし補助】
【心音ログ保護】
【案内役契約ノ再固定ヲ阻害】
ヘルメスが音の経路をつなぎ直す。
『心音ログ、落とさない! 右じゃなくて中央! 名前の音は、真ん中!』
【入力:卒業写真の音声照合鍵】
【入力:名前の薄い名札】
【入力:心音ログ】
空中の譜面に、白い線が走った。
【GOOD】
【七瀬心音:本名候補確度上昇】
【本人承認ログ:未取得】
【案内役契約再固定:抑制】
ステラが、小さく息を吐く。
「まだ、名前は決めない」
俺は頷いた。
『決めるのは本人だ。でも、消させない』
―――――
メアリの声が、急に冷えた。
『じゃあ、本番の放送いくね』
スピーカーの目玉が、ぎょろりとこちらを向く。
『対象児童は、指定区画へ移動してください』
『欠席者は、保護処理を受けてください』
『案内役は、未回収児童を誘導してください』
その瞬間、こころの声が通信に混ざった。
『案内……しなきゃ』
『欠席者を、連れて……』
ネムリが震える。
『……こないで』
『こころちゃん、泣いてた』
【案内役契約:再起動準備】
【欠席者判定:再照合】
【回収放送同期率:上昇】
「こころ、違う」
俺は声を強めた。
『お前はもう、連れていくために呼ぶんじゃない』
『帰りたい奴に、道を教えるために呼ぶんだ』
放送室のミキサー卓が激しく揺れる。
ヘルメスが歯を食いしばった。
『最終譜面、来る! 全部つなぐやつ!』
【FINAL PHRASE】
【帰還放送を校内回線へ流してください】
入力候補が一気に展開された。
【帰還校則ログ】
【保留席ログ】
【ネムリの声路】
【心音ログ】
【割れた呼び鈴】
【卒業式BGM】
【回収放送】
「混ぜるな危険が二つあるな」
『卒業式BGMと回収放送は、上書き対象です。入力しないでください』
ルースの声。
ルステラが続ける。
【帰還放送プロトコル:起動】
【卒業式BGM:上書き開始】
【マスター、放送文面ノ定義ヲ】
「俺がやるのか」
『生活指導担当デス』
「便利な肩書きだな、ほんと!」
ヘルメスが叫ぶ。
『校内回線、つなぐ! 保健室、図書館、水泳部、風紀委員会、ぜんぶ一回通す! あと購買部も!』
『購買部も!?』
タニシが驚く。
『補給線は大事!』
『そこは正しい』
俺はマイクの前に立った。
いや、実際には通信越しだ。だが、夢層の放送室は俺の声を拾う。生活指導担当の声として、校舎全体に流そうとしている。
深く息を吸う。
『卒業式へ移動してください』
メアリの放送が、まだ流れている。
俺は、それを上から塗り替えた。
「帰りたい人は、席を確認してください」
白いログが走る。
「欠席者は、責められません」
保健室のネムリが、少しだけ息を吐いた。
「名前が分からない人は、呼ばれたい名前を教えてください」
ステラが名札を抱きしめる。
「起きたくない人は、眠ったままで返事をしても構いません」
カナエ/タマモが、割れた呼び鈴を鳴らす。
「案内役は、行き先を決める者ではありません」
こころのログが揺れた。
「帰り道を伝える者です」
ヘルメスが最後のフェーダーを押し上げた。
【入力:帰還校則ログ】
【入力:保留席ログ】
【入力:ネムリの声路】
【入力:心音ログ】
【入力:割れた呼び鈴】
【FULL COMBO】
【帰還放送経路:開通】
【卒業式BGM同期率:低下】
【回収放送:一時遮断】
【案内役契約再固定:一時停止】
放送室の黒い音符が、白い紙片に変わって落ちていく。
校舎全体に、優しいチャイムが流れた。
きん、こん、かん、こん。
今度は、帰る準備の音だった。
―――――
ヘルメスは、しばらく黙っていた。
珍しい。
あれだけ散らかった報告をしていた彼が、ミキサー卓の前で静かに耳を澄ませている。
『……届いた』
小さな声だった。
『届いてない場所、まだあるけど』
『でも、今の放送は、届いた』
俺は少し笑った。
『お前、報告は散らかるけど、届かせる力は本物だな』
『それ褒めてる!?』
『半分くらい』
『半分でもうれしい!』
放送室の扉が開く。
その向こうに、これまで攻略してきた領域の光が見えた。
購買部。図書館。水泳部。風紀委員会。保健室。そして放送室。
ばらばらだったゲーム世界の成果が、夢層校舎の中央へ流れ込んでいく。
【各ゲーム領域攻略成果:統合開始】
【帰還放送:暫定開通】
【ナイトメア中枢座標:出現】
メアリの声が、遠くから聞こえた。
『みんな、帰る場所ができたと思ってるんだ?』
笑っている。
でも、その笑いはさっきより苛立っていた。
『じゃあ、次はまとめて怖い夢を見ようねぇ』
【次領域:ナイトメア中枢】
【攻略対象:N.M.E.-01 / NIGHTMARE-MARY 本体影】
【警告:卒業できなかった子供たちの未処理ログを確認】
「音ゲーの次がラスボス前哨かよ」
俺は肩を落とした。
「夢層学園、ゲームジャンルの切り替えが雑すぎるだろ」
【同意シマス】
【デモ、攻略順ハ正規ルートニ近イ可能性ガアリマス】
「これが正規ルートなら、制作会社に文句言いたい」
優しいチャイムが鳴り終わる。
その余韻の向こうで、誰かの泣き声が、まだ少しだけ聞こえていた。
■ 今回のお話について
今回は、放送部音ゲー回でした。
第155話で拾った七瀬心音の音声照合鍵。
第156話で改定した帰還校則。
第157話で開いたネムリの夢層声路。
それらを、今回は「音」として夢層校舎全体へ流すための攻略になっています。
卒業式BGMや回収放送は、子供たちを決まった役割へ進ませるための音でした。
それをマスターたちは、帰りたい人へ席を知らせる「帰還放送」に変えました。
ヘルメスは報告が散らかりがちですが、届かせる力は本物です。
今回はその本領発揮回でした。
■ ゲーマーおっさん解説
今回のゲームネタは、音ゲー全般です。
分かりやすいところで言うと、『beatmania』や『リズム天国』、さらに元祖感のある『パラッパラッパー』あたりですね。
『beatmania』は、流れてくる譜面に合わせて正しいタイミングで入力するゲームです。
今回の放送部音ゲーも、終業チャイム、呼び鈴、心音ログ、帰還校則ログを正しい順番とタイミングで重ねる攻略になっています。
一方で『リズム天国』は、音を聞いてズレを感じ取り、感覚で合わせる面白さがあります。
今回の「聞きすぎると卒業式に引っ張られる。でも聞かないと合わせられない」という仕様は、かなり嫌なリズムゲームですね。
『パラッパラッパー』は、音ゲーの楽しさに加えて、言葉のリズムで進んでいく感じが強い作品です。
今回のラストでマスターが放送文を言い換える場面は、ただの音合わせではなく、「卒業式へ移動してください」を「帰りたい人は、席を確認してください」へ変える言葉のリズム攻略でもあります。
音ゲーは本来、失敗しても「もう一回!」で済むゲームですが、この夢層校舎ではミスると名前や契約が削られるので、かなり胃に悪い高難度譜面です。
■ 登場キャラクター紹介
マスター/NO NAME
夢層では生活指導担当。今回は放送文面を再定義し、卒業式放送を帰還放送へ変えた。
「チャイムは帰る準備の音」という、おっさんらしい学校感覚が攻略の鍵になった。
ヘルメス
今回の中心。通信・伝令・音声経路担当。
報告は散らかるが、音や声を届かせる力は本物。今回は放送室の校内回線をつなぎ、帰還放送を夢層校舎全体へ流した。
ルステラ
夢層限定八割出力の補助AI。ヘルメスの報告圧縮、音声経路の安定化、帰還放送プロトコルの起動を担当した。
ルース
解析担当。卒業式BGM、終業チャイム、回収放送、心音ログを分離し、入力してはいけない音源を見抜いた。
ステラ
名前と声の係。七瀬心音の音声照合鍵と名前の薄い名札を使い、こころの名前が再び欠けるのを防いだ。
ネムリ
保健室から夢層声路越しに反応。チャイムを怖がっていたが、帰還放送によって少しだけ聞ける音へ変わった。
カナエ/タマモ
保健室側から声路と帰還座標を維持。割れた呼び鈴の音を、ネムリに届くよう補正した。
ミコ
保健室側でネムリの状態を管理。音量や刺激が強すぎないように調整を指示した。
カケル
外部管制側で音響卓に興味を示したが、イツキに止められた。触らない方にベットする男。
ナイトメア・メアリ
今回は校内放送DJのように干渉。卒業式BGMと回収放送で、こころの案内役契約を再固定しようとした。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉相当以上/紅玉査定候補
状態:夢ノード攻略中/生活指導担当/通信支援中
現在地:るすと学園・夢層校舎
所持権能:NODE05由来【観測迷彩】
危険度:高
観測度:夢層内で変動中
備考:放送部音ゲーにて、卒業式BGMと回収放送を一時遮断。帰還放送経路を暫定開通。次領域はナイトメア中枢。
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