第156話 夢ノード編15 風紀委員デスゲーム――終わりが見える子に、帰り道を教える――
水泳部の卒業写真から、黒い校則が浮かび上がった。
次に開いたのは、違反者を終端へ送る風紀委員デスゲーム。
終わりが見える少年に、帰り道を教える大人がやって来ます。
卒業写真の裏に、黒い文字が浮かんでいた。
【卒業式に遅れるな】
【欠席するな】
【名前を偽るな】
【違反者は終端】
水泳部ホラー領域の水音が、まだ耳の奥に残っている。ぽちゃん、ぽちゃん、と誰かを沈める音。けれど、その水面の向こうに開いたのは、濡れたプールではなかった。
古い校舎の廊下。
白い蛍光灯が、ちかちかと明滅している。床にはまっすぐな白線。壁には、びっしりと校則ポスターが貼られていた。
【廊下を走るな】
【授業をサボるな】
【名前を偽るな】
【卒業式に遅れるな】
【欠席するな】
「学園ものなのに、イベント名がどんどん物騒になってんだよ」
俺は通信越しに呻いた。
生活指導担当という役割を与えられているせいか、この校則まみれの廊下は妙に居心地が悪い。現代日本の学校にも校則はあったが、少なくとも違反したからといって終端処理はされなかった。たぶん。俺の知っている範囲では。
ルースの解析ログが浮かぶ。
【風紀委員デスゲーム領域へ接続】
【校則違反を終端判定へ変換するルール構造を確認】
【警告:タナトス系終端ログに近似】
カイロは、廊下の中央に立っていた。
黒い風紀腕章。きっちりと閉じた制服。表情はいつも通り静かだが、その目だけが廊下の奥を見ている。俺たちには見えない線を、見ている顔だった。
『俺が行く』
「カイロ、単独はなしだ」
『終端線なら、俺が一番読める』
淡々とした声。
けれど、その淡々さが怖かった。
ルステラが、すぐに割り込む。
『警告。カイロ単独侵入ハ、推奨シマセン』
『終端判定ト自己判断ノ境界ガ、不安定デス』
『問題ない』
カイロは短く答えた。
『俺が判断しないと、誰かが終わる』
その言葉の重さに、通信が一瞬だけ静まった。
―――――
風紀委員会棟の廊下は、進むほどに狭くなっていった。
左右のポスターが、少しずつ内容を変えていく。
【廊下を走るな】
↓
【逃走者は違反】
【欠席するな】
↓
【欠席者は不要】
【名前を偽るな】
↓
【識別不能者は終端】
廊下の奥では、顔のない生徒たちが立っている。全員が黒い腕章をつけ、同じ角度でこちらを見ていた。
『違反者は止めます』
『止まらない者は切ります』
『切れない者は終わらせます』
「校則で人を殺すな。生活指導担当として普通にアウトだ」
『校則は必要だ』
カイロは進みながら答える。
「必要だけど、殺すためのものじゃねぇだろ」
『殺す前に止めるためのルールだ』
「止めると終わらせるは違う」
俺の言葉に、カイロは答えなかった。
その時、廊下の影から小さな生徒影が飛び出した。顔はない。だが、怯えているのは分かった。足音が乱れ、肩が震え、何かから逃げるように廊下を走る。
【違反:廊下を走る】
【判定:逃走者】
【処理:終端準備】
床に黒い線が走った。
生徒影の足元から、影のような刃が伸びる。
『終端線を切る』
カイロが腕を振り上げた。
黒い線が、彼の指先に集まる。切れば、止まる。たぶん、その生徒影は終端されない。
だが、ルースの声が鋭く入った。
『カイロ、その処理は対象記録を欠損させます』
『救助ではありません。部分停止です』
『終わるよりはいい』
カイロは迷わない。
その迷わなさが、危うい。
『ピンポンパンポーン』
校内放送が鳴った。
甘い少女の声が、廊下の天井から落ちてくる。
『悪い子は、終わらせたほうが静かです』
ナイトメア・メアリ。
『カイロくんは正しいよ』
『走った子、欠席した子、名前をなくした子』
『全部、終わらせればもう泣かないよ?』
カイロの手が、一瞬だけ止まった。
『……黙れ』
『怒った? それとも、図星?』
黒い線が濃くなる。
俺は通信札を握りしめた。
「カイロ、待て」
『待てない』
「待てる」
『終端線が進んでいる』
「だからって、お前ひとりで全部切るな!」
その瞬間、廊下の奥から重い足音が響いた。
こつん、こつん。
学校の廊下には似合わない、硬い靴音。
【限定夢層同期:開始】
【対象:ガロ】
【同期深度:中浅層】
【役割再分類:臨時保護者】
蛍光灯の下に、ガロが現れた。
学園制服でも、教師服でもない。いつもの厚手の作業着。古い冒険者タグ。煤の混じった髭。夢層の校舎に混じるには、あまりにも酒場の匂いを背負いすぎている。歴戦の勇士の面構えだ。
だが、その姿を見た瞬間、カイロの目がわずかに揺れた。
「待て、カイロ」
『……ガロ』
ガロは廊下の中央で立ち止まると、短く息を吐いた。
「ひとりで終わりを見続けるな」
『俺が判断しないと、誰かが終わる』
「違う」
ガロの声は低い。
「判断するのは、お前だけじゃない」
―――――
黒い生徒影たちが、一歩ずつ近づいてくる。
『違反者は終端』
『違反者は終端』
『違反者は終端』
声が重なり、廊下の空気が張り詰めた。校則ポスターが剥がれ、黒い紙片になって舞う。まるで、間違えた子供の名前を一枚ずつ削っているみたいだった。
カイロはガロを見ない。
『終端線は見える』
『どこで壊れるか、どこで帰れなくなるか、俺には分かる』
『だから、切る』
『遅れたら、もっと苦しむ』
「見えるからって、全部お前が決めるな」
『見えない奴に任せたら、遅れる』
「遅れたら、一緒に走るだけじゃ」
『間に合わなかったら?』
「それでも、お前ひとりのせいにはしない」
カイロの表情が、ほんの少しだけ崩れた。
『……きれいごとだ』
「ああ。きれいごとじゃな」
ガロは頷いた。
「だから、大人が言う。子供がひとりで裁定者になるな」
『子供扱いするな』
「お前は、ワシの息子同然だからな」
カイロが、黙った。
長い沈黙だった。
廊下の奥で、メアリがくすくす笑う。
『いいなあ。家族ごっこ』
『でも、帰れる保証なんてどこにもないよ?』
『終わらせてあげたほうが、優しいんじゃない?』
カイロの指先に、また黒い線が集まる。
けれど、今度は切らなかった。
ガロが隣に立つ。
「保証がないなら、一緒に探す」
『……ずるい』
カイロは小さく呟いた。
『そう言われたら、俺だけで終わらせられない』
「それでいい」
その時、廊下の壁がばきりと割れた。
『カイロ少年! 終端線も筋肉で押し返せるゾ!』
ヘラクレスの筋肉投影が、なぜか壁から半身だけ生えていた。
『無理だ』
「無理じゃろ」
『即答二人が冷静すぎる!』
俺のツッコミと同時に、ヘラクレスは満面の笑みで親指を立てた。
『では、筋肉で校則を支えよう!』
言ってる意味はまったく分からない。
だが、崩れかけていた廊下の天井を、本当に筋肉投影の腕で支え始めた。
「意味は分からんが、結局役には立ってるのが腹立つわアイツ……」
ルースの端末に、新しいログが走る。
【攻略条件更新】
【終端校則を、帰還校則へ改定してください】
マスターとしてではなく、生活指導担当として。
俺は、廊下の校則を睨んだ。
「終わらせる前に、指導しろ」
ガロが続ける。
「指導する前に、話を聞け」
ステラが、震える生徒影へ手を伸ばした。
「名前がないなら、いまは迷子でいいよ」
「迷子は、帰っていいんだよ」
ルステラのログが、白く展開する。
【帰還指導補助】
【終端校則、再定義開始】
【保護対象ヲ、終端対象ト誤認シナイデクダサイ】
ルースが、校則ログを書き換える。
【違反者は終端】
↓
【違反者は指導対象】
黒い線が、少し薄くなった。
風紀委員影たちが一斉に動く。
『改定を認めません』
『違反者は終端』
『指導不要』
『帰還不要』
「カイロ!」
ガロの声に、カイロが前へ出た。
今度の彼は、終端線を切らなかった。
黒い線を、指先で掴む。切るのではなく、縛る。暴れる線を押さえ込み、一時停止させる。
『終わらせる前に、呼び戻す』
その一言で、廊下の空気が変わった。
ガロが斧の柄で掲示板を叩き割る。校則ポスターが吹き飛び、その下から古い避難経路図が現れた。
「帰す道を探すのは、大人の仕事だ」
俺は通信越しに叫ぶ。
『違反者を消すな。帰れるように書き換えろ!』
ルースがさらに構文を繋ぐ。
【違反者は指導対象】
↓
【指導対象は帰還路へ誘導】
ステラが、生徒影の胸元へ小さな仮名札を貼った。
「きみは、悪い子じゃない」
「こわくて走った子」
コハクの通信が入る。
『廊下の奥、声の跡があるワン! 怒られたかっただけの子、いるワン!』
ナツも続く。
『走ったらアウトじゃなくて、逃げる理由を聞くべきっす!』
ノエルの声は少し震えていたが、はっきりしていた。
『僕も、怖かったら走ります。でも、止まって話を聞いてくれる人がいたら、戻れます』
ムーニャンは最後にぼそっと言った。
『猫も怒られるのは嫌いアル。でも、帰る場所があるなら戻るネ』
ばらばらの声が、校則へ重なっていく。
メアリの声が、初めて少し歪んだ。
『やだなあ』
『そんな甘い校則、すぐ破られるよ?』
「甘いくらいでいい」
ガロが言う。
「苦いものは、大人が噛めばよい」
カイロが、ガロを横目で見た。
『……ずるい』
「何度でも言え」
『ずるい』
「おう、それが大人じゃ」
黒い終端線が、白い帰還線へ変わっていく。
【校則改定】
【違反者は終端】
↓
【違反者は指導対象】
↓
【指導対象は帰還路へ誘導】
↓
【帰還不能者には、保留席を提示】
廊下の奥で、顔のない生徒影たちが一斉に止まった。
腕章が、黒から灰色へ変わる。
終端ではなく、保留。
裁定ではなく、帰還。
メアリの笑い声が、遠ざかっていく。
『つまんないの』
『でも、覚えておいてね』
『帰れる保証なんて、ほんとうにないんだから』
「保証がないから、席を用意するんだよ」
俺はそう返した。
答えはなかった。
―――――
風紀委員会棟の廊下から、黒い霧が消えていく。
壁に貼られた校則ポスターは、別の内容へ変わっていた。
【廊下を走らない】
【ただし、逃げている者は保護する】
【欠席者を責めない】
【理由を聞く】
【名前が分からない者を終端しない】
【呼ばれたい名前を確認する】
ステラがそれを見上げ、少し笑った。
「いい校則」
カイロは目を逸らす。
『……甘い』
「甘いくらいでいいって言っただろ」
ガロが頭を乱暴に撫でようとして、カイロに避けられた。
『子供扱いするな』
「何度でも言う。おぬしは息子同然だからな」
『……だから、ずるい』
俺は通信越しに息を吐いた。
『お前ら、親子喧嘩終わったか?』
『親子ではない』
「息子同然じゃ」
『……ずるい』
三回目の「ずるい」は、少しだけ柔らかかった。
ルステラのログが静かに流れる。
【風紀委員デスゲーム:攻略完了】
【終端校則:帰還校則へ改定】
【タナトス系終端ログ:一部保留化】
【次領域:保健室看護ADV】
【限定夢層同期候補:タマモ/カナエ】
通信の向こうで、ミコの声が届いた。
『次は、保健室』
『ネムリちゃんの声路、整える』
続いて、ネムリの細い声。
『……起こさないで』
『でも、呼んで』
俺は、その言葉を胸の奥で受け止めた。
「起こすんじゃない」
眠っていることと、救われていることは違う。
終わらせることと、救うことも違う。
「呼び戻す、だな」
カイロは何も言わなかった。
ただ、白く変わった帰還線を、しばらく見つめていた。
■ 今回のお話について
今回は、風紀委員デスゲーム領域の攻略回でした。
水泳部ホラーが「沈めて守る」思想の再確認だったのに対して、今回は「終わらせて守る」思想との対話です。
カイロは終端線が見えるからこそ、誰よりも早く“切る”判断ができてしまう子です。
でも、それをひとりで背負わせてはいけない。
今回はガロが限定夢層同期し、カイロへ「終わりを見る力」と「終わらせる役目」は違うと伝える回になりました。
■ ゲーマーおっさん解説
今回のゲームネタ的には、『ダンガンロンパ』と『逆転裁判』の合わせ技です。
『ダンガンロンパ』は、学園という閉じた空間でルールが命に直結する怖さが強烈な作品です。
「校則」「違反」「処罰」がデスゲームになると、日常の言葉が一気に怖くなります。
一方で、今回の攻略は敵を倒すのではなく、校則の意味を書き換えること。
そこは『逆転裁判』的な、言葉の定義をひっくり返して状況を変える面白さに近いです。
ただ殴るだけではなく、「違反者は終端」を「指導対象は帰還路へ誘導」に変える。
こういうルール改定バトルは、夢ノード編ならではの攻略ですね。
■ 登場キャラクター紹介
カイロ
今回の主役。終端線を読む力を持つ少年。
危険や破綻の線が見えるため、判断が「切る」「終わらせる」に寄りやすい。今回はガロに止められ、「終わらせる前に呼び戻す」という選択を覚えた。
ガロ
カイロの親代わり、あるいは息子同然に思っている大人。
今回は限定夢層同期で風紀委員会棟に突入し、カイロへ「ひとりで終わりを見続けるな」と伝えた。
マスター/NO NAME
夢層では生活指導担当。今回は通信支援で校則改定を指示。
「校則で人を殺すな」「生活指導は帰す仕事だ」という、おっさんらしいツッコミ混じりの正論で支える。
ルース
校則ログ解析担当。終端校則の構造を見抜き、校則改定の手順を提示した。
ステラ
名前係。名前のない生徒影へ「迷子でいい」と仮の居場所を渡し、帰還校則への変換を助けた。
ルステラ
夢層限定八割出力の補助AI。今回は終端判定への警告と、帰還指導プロトコルの補助を担当。カイロの単独判断を危険と見抜いた。
ヘラクレス
筋肉投影サポート。終端線を筋肉で押し返すことはできなかったが、崩れかけた廊下は筋肉で支えた。やっぱり筋肉は一部正解。
ナイトメア・メアリ
今回も分裂体として校内放送から干渉。カイロの「終わらせたほうが苦しまない」という思考を利用しようとした。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉相当以上/紅玉査定候補
状態:夢ノード攻略中/生活指導担当/通信支援中
現在地:るすと学園・夢層校舎
所持権能:NODE05由来【観測迷彩】
危険度:中〜高
観測度:夢層内で変動中
備考:風紀委員デスゲームにて、終端校則を帰還校則へ改定。次領域は保健室看護ADV。
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