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第154話 夢ノード編13 図書館推理ADV・消えた名前の栞 ――名前を借りた本は、返却しろ――

購買部の補給ラインが開き、次の攻略対象は図書館領域へ。

ルースは、七瀬こころの失われた名前を探す。

けれど、名前を間違えることは、夢層では新しい傷になる。


 図書館の天井は、見えなかった。


 どこまでも高く積み上がった本棚。

 壁も、柱も、階段も、すべてが本でできている。


 背表紙には、名前が書かれていた。


 けれど、そのほとんどは虫に食われたように欠けている。


【■■■■】

【七瀬■■】

【■■こころ】

【卒業案内役■■】

【欠席者迎え担当■■】


 本棚の隙間を、黒い紙魚(しみ)のような虫ログが這っていた。

 文字を食べるたび、背表紙の名前が少しずつ薄くなる。


【図書館推理ADV:開始】

【担当:ルース】

【目的:七瀬こころの本人記録を探索してください】

【注意:誤った名前を選択すると感染度が上昇します】

【支給品:(しおり)/名前の薄い名札】


 ルースは図書委員の姿で、中央カウンターに立っていた。


 眼鏡を押し上げるような仕草をしてから、静かに言う。


「情報整理型の領域ですね」


『落ち着いてるな』


 マスターの通信が入る。


 ルースは、購買部から届いた(しおり)を確認した。


「僕の得意分野です。ただし、誤答ペナルティが重い」


『栞を送ったでござる! 購買部の汗と涙の結晶(けっしょう)でござる!』


 タニシの声が、なぜか誇らしげに響いた。


「受領しました。生理的嫌悪感があるので汗は不要です」


『ひどいでござる!』


『よしルース、まずはルール確認だ。名前を間違えたら何が起きる?』


「本人記録の欠損、感染度上昇、案内役契約の再固定。最悪の場合、こころの名前が現在名へ完全固定されます」


『つまり、ノリで選ぶなってことだな』


「はい。早押しクイズではありません」


 中央カウンターには、四枚の貸出カードが置かれていた。


【名前を借りる】

【名前を返す】

【名前を探す】

【名前を捨てる】


 ルースは迷わず、三枚目を取った。


「選択。【名前を探す】」


【選択:名前を探す】

【検索対象:七瀬こころ】

【結果:該当記録複数】


 本棚が震えた。

 高い場所から、三冊の本がドサっと落ちてくる。


 一冊目。


【七瀬こころ】


 二冊目。


【七瀬心】


 三冊目。


【■■こころ】


 ルースは、三冊を机の上に並べた。


「候補が多い。現在名、欠損名、再構成名が混ざっています」


『私……どれが私なのか、分かりません』


 こころの声が、名札ログ越しに震えた。


 教室側から、ステラの声が入る。


『こころちゃん、あせらないで。名前は、こわがると逃げるから』


『逃げる名前ってなんだよ』


 マスターが即座にツッコむ。


『でも、逃げるよ?』


 ステラは真面目だった。


 ルステラの通信が続く。


『名前ログは観測圧で変質します。ステラの表現は、おおむね正確デス』


『マジかよ』


 ルースは一冊目、【七瀬こころ】の本を開いた。


 ページには、案内役としての記録ばかりが並んでいる。


【入学案内】

【校舎案内】

【卒業式集合誘導】

【欠席者迎え】

【案内失敗】

【案内役再分類】


 同じ文字が、何度も何度も繰り返されている。


 七瀬こころ。

 七瀬こころ。

 七瀬こころ。


 まるで、そう呼び続ければ本物になるとでも言うように。


【七瀬こころ:現在使用名】

【用途:案内役識別】

【本人記録:不足】


「七瀬こころは、現在の識別名です。本人名とは限りません」


『じゃあ、私は……偽物なんですか』


 こころの声が、細くなる。


 ルースは、すぐに首を振った。


「違います」


 一拍置いてから、丁寧に続ける。


「名前が偽物なのではありません。用途が上書きされています」


『用途……』


「はい。あなたを呼ぶための名前ではなく、あなたを働かせるための名前になっている」


 通信の向こうで、マスターが小さく息を吐いた。


『いい言い方だな』


 ルースは本を閉じた。


「次に、欠損名を確認します」


   ―――――


 二冊目と三冊目の間で、【■■こころ】の本が淡く光っていた。


 ルースがページを開く。


 すると、文字ではなく映像が浮かんだ。


 保健室の前。


 小さな女の子が、扉に耳を当てている。

 中から、誰かの寝息が聞こえる。


 ネムリだ。


 女の子――幼いこころは、扉を開けかけて、手を止めた。


「まだ、起こさないで」


 小さな声だった。


 けれど、その声だけは、はっきり残っていた。


【心:本人意思ログに反応】

【心:拒否記録に残存】


 ルースの瞳が、わずかに細くなる。


「“心”は正解に近い。少なくとも、本人意思ログと接続しています」


『心……』


 こころが、噛みしめるように呟いた。


 ステラの声が優しく重なる。


『こころちゃんのなかに、残ってた字』


 その時だった。


 本棚の奥から、黒い本が何冊も落ちてきた。


 ばさばさ、ばさばさと床に積み上がる。


 どの表紙にも、似たような名前が書かれていた。


【七瀬心愛】

【七瀬心花】

【七瀬心夢】

【七瀬心結】

【七瀬心音】

【七瀬ここあ】

【七瀬ココロ】

【ナナセ・ココロ】


 黒板のような検索窓に、赤い目が浮かぶ。


 ナイトメア・メアリだ。


『やっほーい☆ せんせーたち、どれだと思うゥ?』


 甘い声が図書館に響く。


『間違えたら、こころちゃんの名前がまた欠けるよぉ』


【誤名選択ペナルティ】

【感染度上昇】

【本人記録欠損】

【案内役契約再固定】


 こころの息が詰まる。


『私の……名前……』


『落ち着け。ここで即答したらメアリの思うつぼだ』


 マスターが言う。


『名前当てクイズで即答するやつは、だいたいバッドエンド踏む』


『ぱーぱ、えらい』


『おっさんでも学習するんだよ』


 メアリがこちら側が慎重なのがもどかしいのかそうでないのか、

『ちぇ。さっさと選んでミスってほしいのになぁ』と言った。


 ルースは黒い本を一冊ずつ確認していく。


 表紙。

 背表紙。

 貸出カード。

 ページの厚み。

 名前の周辺に残るログ。


 その中に、ひとつだけ、妙な本があった。


【七瀬心音】


 文字の周囲に、薄い波紋がある。


 音の残響のような、白いゆらぎ。


 ルースの指が、わずかに近づく。


 その瞬間、本棚から声が湧いた。


「早く選んで」

「名前を決めて」

「正解にして」

「呼んで」


 黒い本たちが、ざわざわとページを開く。


 どの本も、同じことを囁いている。


 選べ。

 決めろ。

 確定しろ。


 ルースは、手を止めた。


「候補は取得しますが、確定はしません」


 挿絵(By みてみん)


そして、タニシから届いた(しおり)を、【七瀬心音】の本に挟んだ。


【栞:使用】

【誤名確定を一度保留】

【候補記録:仮保存】


 黒い本たちの声が、一瞬だけ遠ざかる。


「名前は、急いで確定するものではありません」


『急がなくて、いいんですね』


 こころの声が、少しだけほどけた。


『ああ。お前の名前は、早押し問題じゃない』


 マスターが答える。


 メアリの声が、図書館の高い天井から降ってきた。


『つまんないなぁ。せっかくいい候補だったのに』


「“いい候補”という発言自体が誘導です」


 ルースは淡々と言う。


『ルースちゃん、冷静すぎない?』


「得意分野です」


   ―――――


 黒い紙魚(しみ)ログが、一斉に動いた。


 本棚の文字を食べていた虫たちが、【心】の文字へ向かってくる。


【本名候補:浸食】

【心文字:欠損危険】


 ステラの声が、通信越しに響いた。


『こころちゃんの名前、食べちゃだめ』


 教室側で、ステラが両手を伸ばしているのが見える。

 その小さな指先から、淡い光が図書館領域へ届いた。


名前ゆらし(ネーム・ヘイズ):遠隔補助】

【虫食いログ:対象照合失敗】

【心文字:保護】


 黒い虫たちは、目標を見失ったように本棚の隙間へ散っていく。


 ルースはその隙に、購買部から届いた【名前の薄い名札】を取り出した。


 透明に近い名札。

 誰のものか分からないほど薄い。

 けれど、完全には消えていない。


「照合素材として使用します」


【名前の薄い名札:照合素材として使用】

【本人記録との共鳴:発生】


 その瞬間、本棚の奥から小さな音がした。


 とくん。


 とくん。


 図書館なのに、紙をめくる音ではない。


 心臓の鼓動(こどう)に似ていた。


「音が聞こえます」


『図書館で音?』


 マスターが聞き返す。


「はい。これは文字ではなく、心拍(しんぱく)に近いログです」


『心拍……』


 こころの通信が、震える。


『……聞こえる』


 その時、保健室領域からネムリの声が届いた。


『こころちゃんの音』


 図書館が、静かになった。


 ルースは、本棚の奥を見る。


 そこには、細い扉があった。


 今まで見えていなかった扉。

 扉の取っ手には、古い貸出カードがぶら下がっている。


【貸出者:七瀬■■】

【返却期限:卒業式当日】

【本名記録:音声照合待ち】


「本名記録は文字だけでは足りません。音声照合鍵が必要です」


『音声……』


 こころが呟く。


 ステラが小さく言った。


『こころちゃんの、ほんとの声?』


「それに近い。あるいは、誰かがその名を呼んだ声です」


『誰かが、私を……』


 こころの声が、そこで途切れた。


 本棚の奥から、水が染み出してきた。


 ぽた。


 ぽた。


 図書館の床に、黒い水たまりが広がる。


 そして、水の中から一枚の写真が浮かんできた。


 濡れた卒業写真。


 子供たちが並んでいる。

 端の方に、こころに似た少女が写っている。


 だが、名前欄は水で(にじ)んでいた。


【外部照合鍵:不足】

【候補:卒業写真】

【所在:水泳部ホラー領域】

【推奨:沈んだ卒業写真を回収してください】


 ポメ子の通信が入る。


『ちょうどこちらの水底に、写真が大量に沈んでいますわ』


『想像するだけで怖いシチュだな』


 マスターがすぐ返す。


 イツキの通信が続いた。


『水泳部領域、難易度上がってる。ポメ子単独だと写真を沈め直すリスクがあるね』


『おい、沈め直すなよ』


『ダーリンのために拾いますわ。たぶん♡』


『たぶんを消せ』


 カケルの声が割り込む。


『外部支援の限定同期、使うならここだな』


 続いて、ナツの元気な声。


『え、突入っすか!? 水泳部ホラーっすか!?』


 ノエルは明らかに不安そうだった。


『ぼ、僕もですか!?』


 コハクの声が跳ねる。


『水辺なら匂いが消えるでござ……ワン! でもやるでござる!』


 ムーニャンが、少し嫌そうに言った。


『水、苦手アル。でも写真を引っ掻くくらいならできるネ』


【外部支援:限定夢層同期準備】

【候補者:ナツ/ノエル/コハク/ムーニャン】

【次攻略対象:水泳部ホラー】


 ルースは、【七瀬心音】の本を閉じた。


 (しおり)は、まだ挟まったままだ。


【本名候補:仮保存】

【心:保持】

【音声照合鍵:未取得】

【誤名確定:回避】


「ここまでです」


 ルースは静かに言う。


「次に必要なのは、沈んだ卒業写真です」


『つまり、次はプールの底か』


 マスターがため息混じりに言った。


 ポメ子が嬉しそうに笑う。


『うふふ。水底でお待ちしていますわ、ダーリン』


『その言い方をやめろ』


 ステラが、こころの名札ログを見つめる。


『こころちゃん、名前、少し近づいた?』


 こころは少し沈黙した。


 それから、小さく答えた。


『はい……少しだけ』


 ネムリの声が、保健室から届く。


『こころちゃんの音、まだ消えてない』


 図書館の本棚の奥で、もう一度だけ音がした。


 とくん。


 とくん。


 まだ名前には届かない。


 けれど、確かにそこにある。


【次攻略対象:水泳部ホラー】

【目的:沈んだ卒業写真を回収してください】


 俺は通信越しに、全員へ言った。


『よし。次は写真回収だ』


 図書館の扉が閉じる。


 代わりに、水の音が、夢層学園へ広がっていった。


■ 今回のお話について


第154話は、ルース主役の図書館推理ADV回でした。


七瀬こころという名前は、現在の識別名。

本人を呼ぶための名前ではなく、案内役として働かせるための名前として上書きされている可能性が出てきました。


今回守れたのは、【心】の一文字です。


この【心】は、こころがネムリを案内できなかった時の本人意思ログとつながっていました。

つまり、こころがただの案内装置ではなかった証拠でもあります。


一方で、本名候補として【七瀬心音】が出ましたが、今回はまだ確定していません。


名前を急いで決めることは、夢層では危険です。

誤った名前を選べば、本人記録がさらに欠けてしまう。


そのため、ルースはタニシから届いた(しおり)を使い、誤名確定を一度保留しました。


次に必要なのは、音声照合鍵。

そして、その鍵は水泳部ホラー領域に沈んだ卒業写真にあるようです。


■ ゲーマーおっさん解説


今回のゲームネタは、推理ADVと名前当てトラップです。


推理ゲームやアドベンチャーゲームでは、選択肢を間違えると即バッドエンド、という場面があります。

特に名前や犯人を指摘する場面は、かなり緊張します。


『逆転裁判』シリーズの証拠品提示や、『かまいたちの夜』の選択肢分岐のように、正しい情報を揃える前に決め打ちすると危ないやつです。


今回のルースは、あえて答えを確定しませんでした。

候補を保存して、次の証拠を待つ。


これは推理ADVではとても大事な判断です。


また、タニシの購買部で手に入れた(しおり)が、誤答を一度保留するアイテムとして機能しました。

一見地味な補助アイテムが攻略を支えるのは、やっぱりゲーム的に楽しいですね。


■ 登場キャラクター紹介


● マスター/NO NAME

通信でルースたちを支援。

名前当てを早押しで決めないよう、全体判断を行った。


● ルース

図書館推理ADV担当。

七瀬こころの現在名と本人名を切り分け、【心】の一文字を保持した。

【七瀬心音】を候補として仮保存したが、確定は避けた。


● 七瀬こころ

名前を探される側。

現在名が本人名とは限らないと知り、不安になるが、【心】の一文字が本人意思ログと接続していることが分かった。


● ステラ

通信越しに【名前ゆらし(ネーム・ヘイズ)】で支援。

虫食いログから【心】の文字を守った。


● ルステラ

名前ログが観測圧で変質することを説明。

ステラの直感的な表現を補足した。


● ネムリ

保健室領域から「こころちゃんの音」と発言。

こころの本名が文字だけでなく、音や心拍に関係していることを示した。


● タニシ

購買部から(しおり)と名前の薄い名札を配送。

今回の攻略を地味に支えた。


● ポメ子/ポセイドン

水泳部ホラー領域で、沈んだ卒業写真の存在を示した。

次回の主担当。


● イツキ/カケル

外部支援側で、水泳部領域への限定夢層同期を検討。

応援組投入の準備を始めた。


● ナツ/ノエル/コハク/ムーニャン

次回、水泳部ホラー領域への応援突入候補。

水辺が得意な者も、そうでない者もいる。


● ナイトメア・メアリ

誤名候補を大量提示し、こころの名前を誤って確定させようとした。

今回はルースに保留され、失敗。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉相当以上/紅玉査定候補

現在役職:夢層学園・生活指導担当/仮保護者

状態:夢層ゲーム攻略フェーズ中/図書館推理ADV支援完了

獲得済み主権:NODE05〈観測〉第一権能【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

所持品:冒険者タグ、白羽端末、空席札、夢層学園の生活指導腕章

危険度:高

観測度:低優先度化中

感染度:上昇抑制中

次イベント:水泳部ホラー/沈んだ卒業写真回収/外部支援第一陣突入


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