第152話 夢ノード編11 分岐するゲーム世界 ――パーティ分散はRPGの事故である――
ナイトメア・メアリのジャンル汚染により、夢層学園は複数のゲーム領域へ分裂した。
購買部、図書館、水泳部、風紀委員、保健室、放送部。
まず必要なのは、誰がどこに飛ばされたのかを確認することだった。
白い光が消えた。
俺は、教室に立っていた。
黒板。机。窓。チョークの粉っぽい匂い。
見慣れたようで、見慣れたくない《るすと学園》の教室だ。
ただし、さっきまでと違うところがある。
黒板の上に、やたらゲームっぽいログが並んでいた。
【メインゲーム:どきどき黙示録メモリアル】
【現在ルート:帰還式後・分岐攻略フェーズ】
【担当:NO NAME/ルステラ/ステラ】
【目的:各ゲーム領域のナイトメア汚染を解除してください】
「ゲームの続編タイトルかよ、サブクエ増やすな」
俺は黒板に向かって、まず文句を言った。
横を見ると、女生徒アバターのルステラがいた。出力はまだ完全ではないが、瞳には白青い補助ログが流れている。
反対側では、転校生姿のステラが俺の袖を握っていた。
「ぱーぱ、みんな、どこ?」
「それを今から確認していくよ」
ルステラが手元に表示された仮想端末を操作する。
【強制分散:完了】
【通信線:細】
【案内ログ通信:接続】
【七瀬こころ:本人記録復元中】
【状態:行動不能/通信支援可】
黒板の端に、小さな名札が浮かんだ。
【心■こころ】
まだ完全な名前じゃない。
けれど、消えてはいない。
ノイズ混じりの声が、教室に届いた。
『先生……聞こえますか』
七瀬こころの声だ。
「ああ、聞こえる。寝起きのNPC通信みたいなノイズ混じりだけど」
『すみません。まだ、体がうまく動きません』
ステラが名札ログに向かって、両手を振る。
「こころちゃん、むりしないで」
『ありがとうございます、ステラちゃん』
こころの声は弱い。
けれど、案内役として固定されていた時の硬さは少し薄れていた。
ルステラが黒板を見上げる。
「各領域の表示を展開します」
黒板が、ゲームのタイトルセレクト画面みたいに変わった。
―――――
【購買部経営シム:タニシの在庫は世界を救う】
【担当:タニシ】
【現在状況:初期資金ゼロ/在庫過多/感染商品混入】
【勝利条件:全領域への補給ラインを開通してください】
最初に映ったのは、購買部だった。
タニシが、カウンターの内側で青ざめている。
目の前には、やたら長い客NPCの列。棚にはパン、牛乳、チョーク、黒板消し、謎のチケットが山積みになっていた。
【商品一覧】
【青春パン:好感度上昇/感染度上昇】
【安全おにぎり:回復小/感染度上昇なし】
【売れ残り牛乳:状態異常回復/低確率で腹痛】
【黒板消しスモーク:視線遮断】
【チョーク爆弾:軽度スタン】
【予約席チケット:名簿固定回避】
タニシは両手で頭を抱えた。
『初期資金ゼロで在庫過多って、倒産寸前でござる!』
「お前、店員姿が妙に似合ってるな」
『褒めてるのか貶してるのか分からないでござる!』
「半々だ」
『いろいろ最悪でござる!』
客NPCが、無表情で言う。
「青春パン、ください」
「青春パン、ください」
「青春パンを、全員分」
タニシが悲鳴を上げた。
『アニキィ! 青春パン、売ると感染度が上がる! 売らないと好感度が下がるでござる!』
「経営シムの初手から地獄だなコレ」
―――――
次に黒板が切り替わった。
【図書館推理ADV:消えた名前の栞】
【担当:ルース】
【現在状況:卒業名簿破損/本名記録虫食い】
【勝利条件:七瀬こころの本名候補を復元してください】
巨大な図書館が映った。
本棚が天井まで伸びている。背表紙には無数の名前。
だが、その多くは虫食いのように欠けていた。
ルースは図書委員の姿で、静かに本棚を見上げていた。
『推理ADVであれば、情報収集が最優先です』
「落ち着いてるな」
『得意分野です』
ルースが一冊の本を開く。
そこから白い記憶断片が浮かび上がった。
【注意】
【誤った名前を選択すると感染度が上昇します】
【正しい栞を挟むことで記録が復元されます】
ルースが、少しだけ眉を寄せた。
『不親切な仕様です』
「お前がそう言うなら、相当だな」
―――――
次の画面は、水だった。
【水泳部ホラー:沈む卒業写真】
【担当:ポメ子/POSEIDON】
【現在状況:プール水深異常/卒業写真沈降】
【勝利条件:沈んだ写真から回収ログを拾い上げてください】
学校のプールが映っている。
ただし、水深がおかしい。
プールの底が見えない。水面の下は、まるで深海だった。
沈んだ卒業写真が、ひらひらと水中を漂っている。
水泳部の先輩みたいな水着姿のポメ子が、プールサイドに立っていた。
「あら、水場ならこちらの領域ですわ」
「ダーリン、わたくしの美しいプロポーション、見てくださってますの?」
さすがに余裕のある声だ。
だが、すぐ横に嫌なログが出ていた。
【警告:保護欲暴走リスク】
【対象:POSEIDON】
【過剰保護時、写真記録が水底固定されます】
俺は通信に向かって言った。
『おいポメ子。見ててやるから、沈めて守るの禁止な』
「ダーリンを水底で安全保護したい気持ちはありますけれど」
『その気持ちは捨てろ』
「では、拾い上げてから抱きしめる方向で」
『抱きしめるのも保留だ』
「保留席が増えますわね」
『うまいこと言ったみたいな顔をするな』
―――――
黒板がまた切り替わる。
【風紀委員デスゲーム:校則違反は即終端】
【担当:カイロ】
【現在状況:校則強制執行中】
【勝利条件:終端校則を改定してください】
映ったのは、異様に長い廊下だった。
壁一面に、巨大な校則板。
【廊下を走るな】
【名前を偽るな】
【欠席するな】
【卒業式に遅れるな】
【違反者は終端】
カイロは風紀委員の腕章をつけたまま、校則板を見上げていた。
「重い」
『校則の感想が一言で済む重さじゃないぞ』
「違反者は終端。設定としては単純だ」
『単純ならいいってもんじゃない』
カイロの足元に、黒白の線が走る。
【終端線:校則板と接続中】
【違反判定:即時】
【校則改定権限:未取得】
カイロは静かに言った。
「曲げる必要がある」
俺は、この盤面に少しだけ嫌な予感を覚えた。
この領域は、カイロひとりに任せるには重すぎる――と。
―――――
次は、保健室だった。
【保健室看護ADV:眠っている子に、起きろとは言わない】
【担当:ミコ】
【支援対象:ネムリ】
【現在状況:精神安定値低下】
【勝利条件:ネムリの自己選択ログを安定させてください】
白い保健室。
ベッドにはネムリの影。
ミコが丸椅子に座り、目の前に表示された選択肢を見つめている。
【励ます】
【叱る】
【黙って隣にいる】
ミコは迷わなかった。
「……たぶん、三つ目」
ネムリの小さな声が答える。
『うん』
ミコは椅子を少しだけベッドに寄せた。
「じゃあ、ここにいるね」
その領域だけは、戦闘音がなかった。
でも、たぶん一番繊細な攻略だ。
―――――
最後に、放送室が映った。
【放送部音ゲー:鳴らすな終業チャイム】
【担当:ヘルメス】
【現在状況:卒業式BGM同期中】
【勝利条件:チャイムと校歌の同期を崩してください】
放送室の中に、音符ログが大量に浮いている。
ヘルメスがマイクの前に立ち、なぜかDJみたいに片手を上げていた。
『えー、卒業式を台無しにするDJを担当します』
「なんだその言い方!」
『リズム外したら感染度が上がるそうでーす』
「軽く言う内容じゃない!」
『なお、完璧に初見殺し譜面です』
「音ゲー苦手なやつがコイン使いすぎて泣くやつだ!」
ヘルメスの背後で、校歌らしき旋律が歪んでいた。
【卒業式BGM:同期率 72%】
【終業チャイム:発動準備中】
【リズム失敗時:感染度上昇】
こいつの軽さに救われる時もあるが、今回ばかりは少し心配だった。
―――――
黒板の表示が消え、全体マップのような画面になる。
俺は腕を組んだ。
「うーん……ジャンルが渋滞してる」
ルステラが冷静に言う。
「全領域は相互接続されています。一領域の失敗が、他領域へ悪影響を与える仕様デス」
「嫌なオンライン協力ゲームみたいだな」
その時、黒板にノイズが走った。
黒いセーラー服の少女。
片目だけ赤い笑顔。
ナイトメア・メアリだ。
『せんせー、聞こえる?』
「全然聞こえなくていい」
『メアリってば優しいからぁ、ルール説明してあげるね』
「聞こえなくていいって言ったよな?」
メアリは無視した。
『ひとつ。ゲームで失敗すると、他のゲームの感染度も上がります』
『ふたつ。誰かの心が折れたら、全員の夢が怖くなります』
『みっつ。全領域を攻略するまで、帰れませーん』
【共通パラメータ】
【感染度】
【帰還式同期率】
【こころ本人記録復元率】
【ネムリ自己選択安定度】
【ナイトメア燃料】
「ステータス画面が嫌な項目しかねぇ」
メアリはにこにこ笑っている。
『でも大丈夫。怖くなったら、泣いていいよ』
『泣き声は、わたしがぜぇんぶ使ってあげるし』
ステラが、むっとした顔で黒板を睨んだ。
「あげないもん」
『あは。転校生ちゃん、怒った?』
「ぱーぱたちの泣き声は、るすとのもの」
「いや、そこ所有権主張しなくていい」
ルステラが小さく頷く。
「ただし、ナイトメア側への提供は拒否します」
「お前も真面目に乗るんじゃない」
メアリはつまらなそうに頬を膨らませた。
『じゃあ、せいぜい頑張ってね』
『最初に落ちるの、誰かなぁ?わくわく』
黒板からメアリの顔が消える。
直後、教室の壁に別の通信ログが開いた。
―――――
《ルステラ・キャリア》側。
イツキが端末を叩きながら、カウンターで注文をさばいていた。
『分散した。領域は六つ。通信ライン細いけど生きてる』
ミツキの声が続く。
『マスターさんたちの反応はメインゲーム側。ネムリちゃんは保留席通信で安定しています』
カケルが補助機構の前で頭をかいた。
『各ゲーム領域へ補給ログを分配する。タニシの購買部がハブだ』
ガロの低い声が入る。
『つまり、まずは購買部を安定させる必要があるな』
ヘラクレスの声が、やたら元気に響いた。
『物流とはやはり筋肉だな!』
カケルが即座に怒鳴る。
『いや物流は物流だ! でもお前は結界を支えてろ!』
【外部支援:分散領域監視開始】
【補給ハブ:購買部経営シム】
【優先攻略対象:購買部領域】
【警告:一部領域は内部担当者のみでは攻略困難】
【推奨:外部支援者の限定夢層同期】
イツキの声が少し低くなる。
『......見る感じ、内部組だけじゃ足りない領域があるね』
カケルが唸る。
『つまり、外から誰かを入れる必要があるってことか』
ミツキがすぐに言った。
『ただし、全員は無理です。現実側の帰還路が空になります』
ガロが短く答える。
『なら、入る者と残る者を分けるぞ』
ヘラクレスが嬉しそうに言った。
『ならば俺が入ろう!』
カケルが間髪入れずに叫ぶ。
『お前はまず結界を支えろ! 入るとしても投影だけにしとけ!』
俺は通信越しに頭を抱えた。
「はぁ~......外でも外で揉めてるな」
イツキが軽い声で返す。
『揉めてるけど、準備は進めてるよ。応援組を入れるなら、タイミングを見て限定同期でダイブすっから』
「助かる」
『ただし、最初に購買部を立て直して。あそこが落ちたら補給が死ぬ』
その言葉に、教室中が一瞬静かになった。
補給が死ぬ。
それは、各領域が孤立するという意味だ。
通信に、タニシの悲鳴が割り込んできた。
『アニキィ! 客NPCが青春パンを大量注文してるでござる! 売ると感染度が上がる! 売らないと好感度が下がる! あと売れ残り牛乳が勝手に増殖してるでござる!』
「牛乳が増殖するな!」
ルースの冷静な声が別領域から届く。
『同意します。購買部物流網の確保を優先してください。全領域の支援アイテム流通に関わります』
ポメ子の声も混ざる。
『こちらも水中で写真を拾うには、保健室パスか防水札が欲しいですわ』
カイロも短く言う。
『校則改定にも、購買部の印章が必要らしい』
ヘルメスが軽い声で続けた。
『音ゲーにも購買部の耳栓が必要でーす。なにこの仕様。クソゲーってこういうこと?』
俺は、深く息を吐いた。
「タニシが最重要って、夢って怖ぇな」
『全部聞こえてるでござるからなアニキ!!』
黒板に、次の攻略対象が表示された。
【次攻略対象:購買部経営シム】
【担当:タニシ】
【支援:NO NAME通信/イツキ/カケル】
【目的:感染商品を制御し、全領域への補給ラインを開通してください】
ステラが俺を見上げる。
「ぱーぱ、タニシちゃん、だいじ?」
「ああ」
俺は指導棒を肩に担いだ。
「信じられないことに、今はかなり、とぉっても大事だ」
ルステラが真顔で頷く。
「タニシの購買部経営が、夢層攻略全体の基盤になります」
「言葉の並び、面白すぎんだよ」
俺は通信を開いた。
『タニシ、聞こえるか』
『聞こえるでござる! 聞こえるけど、レジが火を噴きそうでござる!』
『よし。まずは在庫管理で世界を救うぞ』
数秒、沈黙。
そして、タニシの全力の叫び。
『言葉の意味が分からないでござる!』
俺も分からん。
だが、やるしかない。
夢層ゲーム攻略フェーズ。
最初の敵は、在庫と売上と感染パン(あと牛乳)だった。
■ 今回のお話について
第152話は、夢ノード後半戦のチュートリアル回でした。
ナイトメア・メアリのジャンル汚染によって、夢層学園は複数のゲーム領域に分裂しました。
購買部経営シム。
図書館推理ADV。
水泳部ホラー。
風紀委員デスゲーム。
保健室看護ADV。
放送部音ゲー。
各キャラクターが、それぞれの適性に近いゲーム領域へ飛ばされています。
今回重要なのは、タニシの購買部が補給ハブになったことです。
ここが落ちると、他領域への支援アイテムが届かなくなります。
つまり、次回はまさかのタニシ主役回です。
また、外部支援組の限定夢層同期も予告されました。
現実側の帰還路を空にするわけにはいかないため、全員突入ではなく、必要な場面で応援組を入れる形になります。
■ ゲーマーおっさん解説
今回のゲームネタは、パーティ分散とジャンル別ステージ攻略です。
RPGでよくある「仲間が別々のルートに飛ばされ、それぞれの得意分野で攻略する」展開ですね。
『ファイナルファンタジーVI』の分岐シナリオや、仲間ごとの専用イベントを思い出します。
ただし今回は、ジャンルがかなり混ざっています。
購買部経営シムは経営ゲーム。
図書館推理ADVは推理ゲーム。
水泳部ホラーは探索ホラー。
風紀委員デスゲームは理不尽ルール系。
保健室看護ADVは選択肢型アドベンチャー。
放送部音ゲーはリズムゲーム。
さらに全部が連動していて、ひとつ失敗すると他の感染度も上がる。
協力ゲームとしてはかなり嫌な仕様です。
そして最初の攻略対象がタニシの購買部。
在庫管理で世界を救う。
ゲームとしては地味ですが、実際はこういう補給線が一番大事だったりします。
■ 登場キャラクター紹介
● マスター/NO NAME
メインゲーム《どきどき黙示録メモリアル》側に残った生活指導担当。
各領域への通信支援と全体判断を行う。
次回はタニシの購買部経営を通信で支援する予定。
● ルステラ
女生徒アバターでマスターを補助。
各ゲーム領域の接続状況と共通パラメータを解析した。
● ステラ
転校生ポジション。
こころやネムリとの感情リンクを保ちながら、マスターのそばで支援する。
● 七瀬こころ
現在は行動不能。
【心■こころ】まで名前が一部復元されている。
案内ログ通信として支援可能。
● ネムリ
保留席通信で安定中。
今回はミコの保健室看護ADV側とつながっている。
● タニシ
購買部経営シム担当。
初期資金ゼロ、在庫過多、感染商品混入という地獄のような状況からスタート。
全領域への補給ハブを担う。
● ルース
図書館推理ADV担当。
七瀬こころの本名候補復元を目指す。
● ポメ子/ポセイドン
水泳部ホラー担当。
沈んだ卒業写真から回収ログを拾い上げる役目。
● カイロ
風紀委員デスゲーム担当。
終端校則の改定が勝利条件。
この領域は後にガロの応援突入が重要になる予定。
● ミコ
保健室看護ADV担当。
ネムリの自己選択ログを安定させる。
● ヘルメス
放送部音ゲー担当。
卒業式BGMと終業チャイムの同期を崩す必要がある。
● イツキ/ミツキ/カケル/ガロ/ヘラクレス/外部支援組
現実側で分散領域を監視。
必要に応じて、応援組の限定夢層同期を行う準備を始めている。
● ナイトメア・メアリ
N.M.E.-01。
各ゲーム領域をナイトメア汚染し、全体攻略ルールを提示した。
泣き声や恐怖を燃料にしようとしている。
■ 主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:翠玉相当以上/紅玉査定候補
現在役職:夢層学園・生活指導担当/仮保護者
状態:夢層ゲーム攻略フェーズ中/各領域通信支援開始
獲得済み主権:NODE05〈観測〉第一権能【観測迷彩】
所持品:冒険者タグ、白羽端末、空席札、夢層学園の生活指導腕章、購買部アイテム残りわずか
危険度:高
観測度:低優先度化中
感染度:上昇傾向
次イベント:購買部経営シム攻略/タニシ補給ハブ確保
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