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第150話 夢ノード編09 案内役の名前 ――七瀬こころは、誰を卒業させたのか――

ネムリは“欠席者”ではなく、“保留席”になった。

次に探すのは、案内役・七瀬こころの失われた名前。

旧校舎地下には、卒業へ案内した者たちの記録が眠っていた。

 体育館に残っていた卒業式の白い光は、少しずつ薄れていた。


 紅白幕はまだ垂れている。

 目の抜けた卒業写真も、壁に並んでいる。

 けれど、中央にあった卒業証書は消え、代わりに小さな席札が残っていた。


【予約席:ネムリ】

【状態:未確定】

【帰還待ち】


 その文字を見た時、俺はようやく少しだけ息を吐いた。

 まだ勝った、とは言えない。


 でも、ひとつは変えた。

 ネムリはもう、欠席者じゃない。


「……声、聞こえる」


 空席札から、細い声がした。

 ネムリの声だった。


「ひとりじゃ、ない」


 ステラがぱっと顔を明るくする。


「ネムリちゃん、るすとの席あるよ!」


 ミコも、胸に手を当てて頷いた。


「うん。ちゃんとつながってる。さっきより、ずっとあたたかい」


 ネムリ本人は、まだここにはいない。

 起きたわけでもない。

 でも、保健室にひとり閉じこもっている状態ではなくなった。


 席がある。

 戻る場所がある。

 それだけで、夢の重さは少し変わる。


「よし」


 俺は、体育館の壇上横に立つ少女を見た。


「次はこころの番だな」


 七瀬こころは、自分を指差して目を丸くした。


「私、ですか?」


「頼まれたからな」


 俺は肩をすくめる。


「予約席、増やすって言った」


 こころは、困ったように笑おうとした。

 けれど、その笑顔は途中で崩れた。

 胸元の名札が、また乱れたからだ。


【七瀬こころ】

【卒業案内役:■■こころ】

【第■■回卒業式担当】

【本人記録:欠損】


「......またなの?」


 こころが名札を押さえる。


 ルースが手帳を開き、素早く解析した。


「七瀬こころという名前は、現在の案内役名かもしれません。本名、または元の登録名は欠損しています」


「私の名前じゃ......ない?」


 こころの声は、小さかった。


 タニシが腕を組んで、妙に真面目な顔をする。


「NPC名と本名が違うパターンでござるな」

「お前、だいぶゲーム的には頼れるんだけどさ。でも本人の前で言うな、空気読め」


 俺が言うと、こころは少しだけ笑った。


「いえ。今のは、少し助かりました」


「助かったのか?」


「はい」


 こころは、名札を見つめる。


「私、NPCだったんですね」


「いや。決めつけるな」

 俺はすぐに返した。


「今は“そう扱われてる”だけだ」


 こころが、ゆっくり顔を上げる。

 思い込みたいだけかもしれないが、その目に、少しだけ光が戻った気がした。


 その時、体育館の床が低く鳴った。

 ごごごん、と。


 中央の椅子が左右へずれ、床板の下から黒い階段が現れる。


【旧校舎地下:開放】

【案内役本人記録:保管庫】

【警告:ナイトメア系反応】


 カイロが階段の奥を見る。

「下だ。終端線が絡んでいるが、タナトス本体ではない」


 ルステラの瞳に、白青いログが走る。

「HYPNOS反応も薄いデス。これは……感情残骸に近い」


 ポメ子が扇子のように手を口元へ添えた。


「沈みきれなかった声、ですわね」


「名前探しが、いきなり地下ホラーになったな」


 タニシが震えながらも、どこか嬉しそうに言う。

「学園ホラーで地下が出たら、だいたい本編開始でござるな」

「嫌な本編だよまったく」


   ―――――


 同じ頃。


 《ルステラ・キャリア》側でも、夢層ログの深度が一段落ちていた。


 イツキがカウンターで注文を受けながら、端末を見て眉を上げる。


「次、旧校舎地下が目標。夢層の深度が落ちた」


 ミツキの通信が重なる。


『こころさんの本人記録を探すなら、案内役ログの保管庫アーカイブに接続する必要がありますね』


 カケルが工具箱をひっくり返しながら叫ぶ。


「地下探索ならマップだ! 購買部在庫じゃなくて、店内のダンジョン案内ログを混ぜる!」


 ガロが入口から外を見たまま、低い声で言った。


「地下に入るなら、帰り道を太くしろ」


 ヘラクレスが両腕を広げる。

「帰り道を支えるのは、やはり筋肉である!」


「だから支えるのはログだっての! ……いや、筋肉ログも残しとけ。なぜか効いてるし!ええいちくしょう!」


 カケルの声は、半分あきらめていた。


【外部支援:地下探索ログ補助】

【営業ログ:ダンジョン案内クエスト】

【帰還席リンク:維持】

【ネムリ保留席:安定】


 営業は止まらない。


 酒を出し、クエストを回し、外周を警戒しながら、夢の地下へ帰り道を伸ばしていく。


 それが今の《るすと》の戦い方だった。


   ―――――


 旧校舎地下は、普通の地下室ではなかった。


 階段を下りた瞬間、湿った空気が肌にまとわりつく。

 壁には、無数の名札が打ち付けられていた。


 名前のあるもの。

 黒く塗り潰されたもの。

 文字が半分だけ削られたもの。

 最初から空白のもの。


 棚には、古い卒業証書が束になって詰め込まれている。

 天井からは、案内役用の腕章が何本も吊られていた。


 壁には、乱れた文字。


【案内を終えた者は、案内役を継続する】

【次の卒業式まで待機】

【案内役は泣いてはいけません】

【案内役は迷ってはいけません】


「最悪の社員教育みたいだな」


 俺が言うと、タニシが青い顔で頷く。


「案内役、真のブラック労働でござる」


 ルステラが真顔で補足した。


「比喩としては不適切ですが、構造は近いデス」


「近いのかよ」


 こころは、壁の文字を見つめていた。


「ここ……知っています」


 その声は震えている。


「でも、覚えていません」


 ルースが静かに言う。


「記憶は削除され、導線だけが残っている可能性があります」


「道だけ覚えてるのに、理由がないってことか」


「はい。案内役としては効率的です」


「人間としては最悪だな」


 その時、名札棚の奥から音がした。


 かたん。

 かたん。


 空白の名札が、一枚ずつ床へ落ちる。


 そこから、顔の薄い生徒たちが出てきた。


 制服を着ている。

 けれど、顔の輪郭がはっきりしない。

 胸元の名札は、全員空白。


「案内して」

「次はどこ」

「卒業式はどっち」

「名前を呼んで」


 生徒たちは先ほどまでとは違い、俺たちではなく、こころへ向かってくる。

 こころの体が固まった。


「私......」


「こころ、見るな」


 俺は言いかけて、すぐに言い直した。


「いや、違う。見るなら俺たちも一緒に見る」


 ポメ子が一歩前へ出た。

「レディーに近づきすぎですわ」


 彼女の手から放たれた水壁が地下廊下を塞ぐ。名札なしの生徒たちが水に押し返された。

 だが、生徒たちは水壁に手を当てたまま言い続ける。


「案内して」

「忘れさせて」

「卒業式へ行きたい」


 ルステラが白青い線を展開する。


「案内ログ接続、切断」


【案内役再固定処理:妨害】

【対象:七瀬こころ】

【本人記録探索:妨害】


 ルースが空白の名札へ貸出カードを貼る。

「名札空欄を一時ロックします」


 ステラが小さく手を振った。

「こころちゃんだけ見ないで。みんな、ちがうよ」


名前ゆらし(ネーム・ヘイズ):発動】

【対象集中:分散】


 名札なしの生徒たちの視線がずれる。

 その隙に、俺は近くに吊られていた案内役腕章を指導棒で叩き落とした。


 挿絵(By みてみん)


ばさり、と腕章が床へ落ちる。

 それを見た生徒たちの動きが一瞬だけ鈍った。


「タニシ!」


「保健室パス、投げるでござる!」


 タニシが震える手で札を投げる。

 札は地下廊下の奥で光り、短い退避路を作った。


「今でござる!」

「やるじゃねぇか!」

「褒められると逆に怖いでござる!」

「素直に受け取れ!」


 俺たちは名札なしの生徒たちを押し返しながら、棚の奥へ進んだ。


 そこに、一枚だけ古い名札があった。


 他の名札よりも、少し大きい。

 表面はひどく傷ついている。


【■■こころ】


 こころが、恐る恐る手を伸ばす。


「触っても……いいんでしょうか」


 カイロが短く言った。


「触らなければ、何も戻らない」


 俺は頷く。


「一緒に見る。ひとりで背負うな」


 こころは、小さく息を吸って、名札に触れた。


 視界が弾けた。


 白い施設。

 卒業式の会場。

 子供たちが並んでいる。

 その中に、こころがいた。


 姿は、今より少し幼い。

 案内役ではなく、案内される側の子供として。


 けれど、壇上横に立っていた本来の案内役が、途中で膝をついた。

 ログが乱れる。


【案内役:機能停止】

【代替案内役:選定】

【対象:■■こころ】

【再分類:卒業案内役】


「いや……」


 過去のこころが、首を振る。


「私、まだ……」


 その声は、白いログに塗り潰された。


【案内役は迷ってはいけません】

【案内役は泣いてはいけません】

【案内役は次の子を導きます】


 記憶が切り替わる。


 こころは、何度も廊下を歩いていた。


 泣いている子の手を引く。

 震えている子の名前を呼ぶ。

 卒業式へ案内する。

 扉の前で、笑顔を作る。


 そのたびに、彼女の名札から文字が削れていく。


 一文字。


 また一文字。


 また一文字。


「私……送ったんですね」


 今のこころが呟いた。


「怖がってる子を、何人も」


 ミコが首を振る。


「こころちゃんも、怖かった」


「でも」


 こころの声が震える。


「覚えていない方が、楽でした」


 俺は、名札から目を逸らさなかった。


「覚えてないから罪がない、とは言わない」


 こころの肩が震える。


「でも、覚えさせずにやらせたやつが一番悪い」


 名札が、さらに光る。


 次の断片。


 保健室。

 眠るネムリ。

 扉の前に立つ、案内役のこころ。


「ネムリちゃん」


 過去のこころは、震える声で呼んだ。


「卒業式に、行こう」


 ネムリは、毛布の中で首を振る。


「こわい」


「うん」


 こころは、泣いていた。


「ごめんね」


 ログが走る。


【欠席者迎え記録】

【対象:ネムリ】

【案内役:■■こころ】

【結果:失敗】

【理由:案内役の拒否】


 視界が戻る。


 地下の名札棚の前で、こころは立ち尽くしていた。


 空席札が淡く光る。


 ネムリの声が届いた。


「こころちゃん……」


 こころが、はっと顔を上げる。


「ネムリちゃん?」


「前に、来てくれた」


 ネムリの声は、細いけれど確かだった。


「迎えに来たけど……泣いてた」


「私が、泣いてた……?」


「うん」


 空席札の光が揺れる。


「『ごめんね』って、言ってた」


 ルースが手帳を見る。


「こころさんは、過去にネムリを卒業式へ連れていく命令を拒否しています」


 こころの唇が震えた。


「私が……拒否した?」


「ああ」


 俺は言った。


「いいじゃねぇか」


 こころが俺を見る。


「お前、ちゃんと一回逆らってる」


 その言葉で、こころの表情が崩れた。


 泣きそうなのに、泣き方を忘れたような顔だった。


 だが、地下の奥で、棚が崩れた。


 名札が落ちる。

 卒業証書が破れる。

 案内役腕章が床を這う。


 それらが絡まり、黒い影になった。


 生徒の形ではない。


 大量の名札。

 大量の証書。

 大量の腕章。

 そして、何人もの泣き声。


【ナイトメア系反応:顕在化】

【名称未定義】

【構成要素:卒業できなかった声/案内された恐怖/案内した罪悪感】

【対象:七瀬こころ】


 影が、声を重ねる。


「案内して」


「終わらせて」


「忘れさせて」


 こころが一歩後ずさった。


 挿絵(By みてみん)


俺は、その前に出る。


「悪ぃな」


 指導棒を握り直す。


「今日の案内役は、もう残業終了だとよ」


■ 今回のお話について


第150話は、七瀬こころの本人記録探索回でした。


前回、ネムリは“欠席者”から“保留席”へ変わりました。

今回はその流れを受けて、案内役である七瀬こころの名前を探しに旧校舎地下へ向かいました。


旧校舎地下は、卒業案内役の記録保管庫です。

そこには、名札、卒業証書、案内役腕章が大量に残されていました。


こころは、元々は案内される側の子供でした。

しかし、本来の案内役が壊れたことで、代替案内役として再分類されてしまいます。

その後、何度も子供たちを卒業式へ案内し、そのたびに自分の名前を削られていきました。


けれど、こころは過去に一度、ネムリを卒業式へ連れていく命令を拒否しています。

ここが今回の重要ポイントです。


彼女は完全な加害者でも、ただの案内装置でもありません。

命令に逆らった記録が、ちゃんと残っていました。


■ ゲーマーおっさん解説


今回のゲームネタは、学園ホラーの地下資料室・記録保管庫イベントです。


ホラーゲームやADVでは、終盤に地下室や資料室へ入ると、急に真相のログが出てきます。

「最初に見た案内役NPCが、実は昔の被害者だった」みたいな展開ですね。


『学校であった怖い話』系の学園怪談感に、記録探索ADVの要素を足しています。

名札、卒業証書、腕章という学校アイテムが、今回は呪いの媒体になっています。


あと、案内役ブラック労働はかなり嫌な構造です。

「案内を終えた者は、案内役を継続する」

普通に労基案件です。

タニシが言うと軽く聞こえますが、実際はかなり重いです。


ゲーム的には、NPCの役割固定バグ。

本人の意思ではなく、システムに役割を押し付けられ続ける状態です。


■ 登場キャラクター紹介


● マスター/NO NAME

こころの本人記録探索を開始。

案内役として固定されていたこころを「そう扱われているだけ」と言い切った。

ラストではナイトメアに対し、案内役の残業終了を宣言。


● 七瀬こころ

夢層学園の案内役。

元々は案内される側の子供だったが、代替案内役として再分類された。

過去にネムリを卒業式へ連れていく命令を拒否している。


● ネムリ

空席札越しに声を届けた。

こころが過去に泣きながら迎えに来て、連れていかなかったことを覚えていた。


● ルステラ

旧校舎地下のログを解析。

ナイトメア系反応がヒュプノスでもタナトスでもなく、感情残骸に近いと判断した。


● ルース

こころの本人記録、案内役再固定処理、過去案内記録を解析。

こころが命令を拒否した事実を明らかにした。


● ステラ

名前ゆらし(ネーム・ヘイズ)】で名札なし生徒たちの視線集中を分散。

こころへの再固定処理を妨害した。


● ミコ

こころ自身も怖かったことを感じ取った。

感情面でこころの罪悪感を受け止める役。


● カイロ

旧校舎地下の終端線を読む。

こころが名札に触れるべきかどうか、冷静に判断した。


● ポメ子/ポセイドン

水壁で名札なし生徒たちを押し返した。

沈みきれなかった声、という形で地下の性質を捉えた。


● タニシ

保健室パスで退避路を確保。

「案内役ブラック労働でござる」と、重い構造を妙に分かりやすく表現した。


● イツキ/ミツキ/カケル/ガロ/ヘラクレス/外部支援組

現実側で地下探索ログ補助を担当。

営業ログ、ダンジョン案内クエスト、帰還席リンクを使って、夢層地下への帰り道を支えている。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉相当以上/紅玉査定候補

現在役職:夢層学園・生活指導担当/仮保護者

状態:旧校舎地下探索中/七瀬こころ本人記録を一部復元

獲得済み主権:NODE05〈観測〉第一権能【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

所持品:冒険者タグ、白羽端末、空席札、夢層学園の生活指導腕章、購買部アイテム残りわずか

危険度:高

観測度:低優先度化中

感染度:上昇傾向

次イベント:ナイトメア系反応との戦闘/こころの名前復元


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