↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/238

第149話 夢ノード編08 帰る場所を選ぶ式 ――卒業証書より、席札を渡せ――

卒業式が始まった。

けれど、ネムリが欲しかったのは証書ではなく、帰れる席だった。

マスターは卒業式の意味を、回収から帰還へ書き換えようとする。

 体育館の中央に、二つの空席があった。


【欠席者席:ネムリ】

【臨時出席者席:NO NAME】


 紅白幕が垂れ、壇上には白い司会台。壁には、目だけが白く抜けた卒業写真が無数に並んでいる。椅子に座る卒業生NPCたちは、誰ひとり動かない。ただ全員が、壇上だけを見ていた。


 その静寂(せいじゃく)が、逆に気持ち悪い。


 普通の卒業式なら、誰かが咳をする。椅子を引く音がする。小声でふざけるやつがいる。泣きそうなやつも、早く終われと思っているやつもいる。


 でも、ここにはそれがない。

 式だけがある。

 心のない式だけが、完成された形で待っている。


【卒業式を開始します】

【欠席者補完を実行します】

【対象:ネムリ】

【補助対象:NO NAME】


「補助対象ってなんだよ。俺は卒業式スタッフじゃねぇぞ」


 俺は用意された椅子を(にら)む。


 ネムリは、その空席の前で震えていた。半透明の体。眠っているような、起きているような目。両手は胸の前でぎゅっと握られている。


「名前を呼ばれたら……」


 ネムリの声は、細かった。


「行かなきゃいけない」


 体育館の光が、わずかに白く強くなる。


「行ったら、帰れない」


「じゃあ、呼ばせ方を変える」


 俺は即答した。


 ネムリが、ゆっくりこちらを見る。


「呼ばせ方……?」


「ああ。呼ばれたら終わり、なんてルールが間違ってる」


 壇上の司会台に、白い卒業証書が現れた。


 見た目は、どこにでもある卒業証書だ。筒に入れて持ち帰る、あの妙に扱いに困る紙。


 けれど、そこに浮かんだログは、祝福とは正反対だった。


【卒業証書】

【対象:ネムリ】

【役割確定】

【回収経路:接続準備】

【代理受領者:NO NAME】


 ルースが手帳を見て、表情を硬くする。


「この証書は証明書ではありません。対象を役割へ固定する契約書に近いです」


「卒業証書の皮をかぶった契約書かよ」


 タニシが小声で震える。


「現代社会にも、たまにあるやつでござるな……」


「変なリアリティ出すな」


 体育館の照明が、白青く変わった。


 冷たいのに、どこか優しい光。保健室で聞いた、あの声が落ちてくる。


『眠れば、まだ壊れない』


 ネムリの肩が震える。


『呼ばれなければ、確定しない』

『欠席のままなら、まだ救える』


 ルステラが小さく息を吸った。


「ヒュプノス側は、ネムリを卒業式から外し、夢層保留へ戻そうとしています」


 ミコが不安そうに聞く。


「それなら、ネムリちゃんは守れるの?」


 カイロが答えた。


「守れる。ただし、また保健室に戻る」


 ステラが、ネムリを見た。


「また、ひとりで寝るの?」


 ネムリは何も言わなかった。


 その沈黙が、答えだった。


 次に、床へ黒白の線が走る。


 体育館の中央から、ネムリの足元へ。そこから、空席の影へ。


 カイロの目が細くなる。


「タナトス側は、終端を提示している」


 その声は淡々としていたが、どこか痛そうだった。


「回収される前に終われば、使われない。夢に閉じ込められ続ける苦しみも止まる」


「だめ……」


 ミコが首を振った。


「そんなの、だめ」


「だが、これも慈悲だ」


 カイロの言葉に、体育館が少しだけ冷えた。


 俺は、壇上の卒業証書を見た。


 眠らせる。

 終わらせる。

 回収する。


 どれも、誰かが勝手に作った出口だ。


「本人に聞かない慈悲は、俺の店じゃ出禁だ」


 俺は、そう言った。


 ルステラがこちらを見る。


 ポメ子が小さく笑った。


「先生らしい、荒っぽい校則ですわね」


「生活指導だからな」


「マスター、教師役に少し適応してイマス」


「嫌な成長を報告するな」


   ―――――


 《ルステラ・キャリア》側では、現実の酒場営業が続いていた。


 イツキはカウンターで注文をさばきながら、夢層ログを片目で追っている。


「卒業式ログ、回収式へ戻ろうとしてる。押し返すよ」


 ミツキの通信が重なる。


『帰還祝い予約ログ、送ります』


 カケルは工具をくわえたまま、車内の補助機構へ手を突っ込んでいた。


「席札、予約帳、会計ログ、全部混ぜる。これは卒業じゃねぇ、来店予約だ」


 ガロが入口で腕を組む。


「帰る席があるなら、人はまだ終わらん」


 ヘラクレスが、補助室の中央で無駄にまぶしいポーズを取る。


「帰還を祝う筋肉、最大出力!」


「筋肉は黙って結界!」


 カケルの怒鳴り声が飛ぶが、ログ上では本当に夢層安定度が上がっている。


 イツキは苦笑しながら、予約帳へ新しい行を加えた。


【予約席:ネムリ】

【予約席:NO NAME】

【用途:帰還祝い】

【状態:未確定】


 ナツとノエルは、巡回クエスト帰りの冒険者から報告を受け取りながら、外周警戒ログを更新している。コハクは耳を立て、ムーニャンは屋根の上から荒野と客席を同時に見張っていた。


 営業している。

 警戒している。

 笑い声もある。


 その全部が、夢の中の卒業式を書き換えるための抵抗(ていこう)になっていた。


【営業ログ:帰還祝い予約】

【予約席:ネムリ/NO NAME】

【空席札:正式使用準備】

【卒業式 → 帰還式:改変率 31%】


「よし」


 イツキが端末を叩いた。


「卒業式に、うちの予約を割り込ませるよ」


   ―――――


 体育館へ意識が戻る。


 壇上の白い司会台が、卒業証書をこちらへ差し出していた。


【卒業証書を受領してください】

【対象:ネムリ】

【代理受領者:NO NAME】


 俺は、一歩前へ出る。


 白い証書が、目の前で淡く光る。


 受け取れば、たぶん進む。


 式は完了し、ネムリは“卒業”させられる。


 俺は、手を出さなかった。


「受け取りません」


【エラー】

【代理受領拒否】

【卒業式進行不能】

【再要求】


「受け取りません」


【エラー】

【再要求】


「受け取りません」


 体育館の空気がざわついた。


 卒業生NPCたちの首が、一斉にこちらへ向く。


 タニシが感動したように震えた。


「アニキ、式典クラッシャーでござる!」


「俺はクレーマーじゃねぇ。保護者だ」


 その瞬間、ログが跳ねた。


【代理保護者ログ:検出】

【対象:ネムリ】

【NO NAME:仮保護者認定】


「マジで?」


 ルステラが少し驚いた顔をした。


「マスター、代理保護者ログが通っています」


 ポメ子がうっとりしたように手を合わせる。


「保護者席、強いですわね」


「席の概念、便利すぎるだろ」


挿絵(By みてみん)


 俺は懐から空席札を取り出した。


 ネムリのベッド横に置いた札。

 外の仲間たちが《るすと》の予約席ログとして補強した札。


 名前欄は、まだ空白。


 だからこそ、今は強い。


「卒業証書じゃない」


 挿絵(By みてみん)


俺は、ネムリへ空席札を差し出した。


「これを渡す」


 ネムリは、恐る恐る札を見る。


「席札……?」


「ああ。お前をどこかに連れていく紙じゃない」


 俺は、できるだけゆっくり言った。


「お前が戻ってくる場所を残す紙だ」


【空席札:正式使用】

【登録対象:ネムリ】

【席状態:未確定】

【帰還式改変率:31% → 58%】


 体育館の紅白幕に、少しだけ酒場のランタンみたいな橙色が混ざった。


 けれど、すぐに白青い光が強くなる。


『眠りを捨てれば、壊れる』


 ヒュプノスの声。


 同時に、床の黒白線がネムリの足元へ伸びる。


【終端線:接近】


「捨てろとは言ってねぇ」


 俺は、空席札を持つ手に力を込めた。


「終われとも言ってねぇ」


 ネムリの目が、少しだけ開く。


「選べるまで、席を残すって言ってる」


 壇上横に立つ七瀬こころが、震えていた。


【案内役:七瀬こころ】

【誘導対象:欠席者】

【進行命令:卒業証書授与】


「私は、案内役です」


 こころは、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。


「卒業式に案内しないと……」


「じゃあ、別の場所に案内してくれ」


 俺は言った。


「別の場所……?」


「卒業式じゃない。帰る席だ」


 こころのログが乱れる。


【案内先:卒業式】

【案内先:帰還席】

【案内役権限:分岐】


 こころは、しばらく動かなかった。


 白い司会台が、再度ログを出す。


【案内役は進行してください】

【欠席者を壇上へ】

【卒業証書授与を実行】


 こころの足が、壇上へ向かいかける。


 だが、途中で止まった。


 彼女は、ゆっくりとネムリの方を見た。


 それから、空席札の光る席を指した。


「……こちらです」


 その声は、台本ではなかった。


「欠席者席ではありません」


 こころは、少しだけ震えながら言った。


「予約席です」


【案内先:帰還席】

【卒業式 → 帰還式:改変率 58% → 67%】


 卒業生NPCたちが、一斉に立ち上がった。


「式を完了してください」


「欠席者を補完してください」


「卒業しなければ終われません」


 椅子が床をこする音が、体育館中に響く。


 黒い卒業証書片が宙を舞い、こちらへ飛んでくる。


「来るぞ!」


 ポメ子が水壁を立ち上げた。


 証書片が水に叩かれ、床へ落ちる。ルステラがその上へ光を重ね、接続を切断する。


接続遮断(リンク・ブロック)、展開!」


 ルースは式次第のログへ干渉する。


【式次第:卒業証書授与】

【式次第:帰還席確認】

【競合中】


 ステラが、ネムリの前に立つ。


「ネムリちゃんの名前、まだ決めない!」


名前ゆらし(ネーム・ヘイズ):発動】

【ネムリ名簿固定:遅延】


 タニシが最後のチョーク爆弾を掲げる。


「購買部最後の切り札でござる!」


「頼む、外すなよ!」


「プレッシャーで手汗がすごいでござる!」


「投げろ!」


 タニシが投げたチョーク爆弾は、見事に司会台の手前で弾けた。


 白い粉煙が広がる。


 その隙に、俺は壇上へ走った。


 白い卒業証書が、再び差し出される。


【受領してください】

【受領してください】

【受領してください】


「悪いな」


 俺は指導棒を振り上げる。


「今日の式次第は変更だ」


 卒業証書を、叩き落とした。


 白い紙が床へ落ちる。


 その瞬間、空席札が強く光った。


【式次第:卒業証書授与】

【変更】

【式次第:帰還席確認】


 体育館の空気が変わった。


 紅白幕の白が、酒場の灯りのような暖かい色へ染まり始める。


 ネムリは、空席札を見ていた。


「起きたら、連れていかれる」


 彼女は、ぽつりと言った。


「眠ったら、またひとり」


 その声に、ミコが涙を浮かべる。


「終わったら……もう、戻れない」


「だから、今すぐ全部決めなくていい」


 俺は壇上から降り、ネムリの前にしゃがんだ。


「決めなくて、いいの?」


「ああ」


 俺は頷いた。


「今日は、欠席じゃなくていい」


 ネムリの目が揺れる。


「保留でもいい」


 ステラが、空席札を指差した。


「るすとの席、あるよ」


 ミコも、小さく頷く。


「ネムリちゃん、座れるよ」


「でも、ひとりで保健室に閉じこもる保留じゃない」


 俺は、空席札を軽く叩いた。


「帰る席がある保留だ」


 ネムリは長い時間、何も言わなかった。


 卒業生NPCたちも、動きを止めていた。


 ヒュプノスの白青い光。

 タナトスの黒白い線。

 卒業式の白い壇上。

 《るすと》の橙色の灯り。


 全部が、ネムリの返事を待っていた。


 やがて、ネムリは小さく頷いた。


「まだ、起きない」


 その声は震えていた。


 けれど、前より少しだけ強かった。


「でも、もう……欠席じゃない」


【ネムリ:欠席者 → 保留席】

【卒業式 → 帰還式:改変率 82%】

【ネムリ保留率:安定】

【回収経路:遮断】

【終端線:後退】


 体育館の中央にあった卒業証書が消えた。


 代わりに、小さな席札が現れる。


【予約席:ネムリ】

【状態:未確定】

【帰還待ち】


 ヒュプノスの声が、静かに響く。


『保留は、孤独ではなくなった』


 カイロが床の線を見る。


「終端線が下がった」


「よし」


 俺は、ようやく息を吐いた。


 けれど、安心するには早かった。


【ナイトメア系反応:増大】

【旧校舎地下:開放】

【七瀬こころ:本人記録検索開始】


 七瀬こころが、自分の胸元を見下ろしていた。


 名札が、一瞬だけ乱れる。


【七瀬こころ】

【卒業案内役:■■こころ】

【欠損】


 こころは、ゆっくり顔を上げた。


「先生」


 その声は、もう完全な案内役の声ではなかった。


「次は、私の名前も……探してくれますか?」


 俺は、空席札の光を見た。


 そして、笑った。


「ああ」


 体育館の遠くで、酒場の呼び鈴のような音が鳴る。


「予約席、増やしとく」


■ 今回のお話について


第149話は、卒業式を“帰還式”へ書き換える回でした。


ネムリは、起きることも、眠り続けることも、終わることも怖がっていました。

だからマスターは、そのどれかを今すぐ選ばせるのではなく、空席札を渡しました。


卒業証書は、役割を確定させる紙。

空席札は、帰る場所を残す紙。


この違いが、今回の核です。


ネムリはまだ起きません。

でも、もう欠席ではありません。

ひとりで保健室に閉じこもる保留ではなく、《るすと》に帰る席がある保留になりました。


七瀬こころも、今回は大きく動きました。

卒業式へ案内するはずの案内役が、初めて“帰還席”へ案内した。

ここから、彼女自身の名前探しが始まります。


■ ゲーマーおっさん解説


今回のゲームネタは、イベント改変とルート分岐です。


普通のゲームなら、卒業式はエンディングイベントです。

『ときめきメモリアル』なら、卒業式と告白は大事な締め。

でも今回の夢層学園では、卒業式が回収式になっていました。


そこでマスターがやったのは、ボスを倒すことではなく、イベントの意味を書き換えることです。


卒業証書を受け取らず、空席札を渡す。

「卒業」ではなく「帰還」にする。


ゲーム的に言えば、通常エンディングでもバッドエンドでもない、第三ルートの解放です。


ゾンビゲーム的には、感染者を倒すのではなく、隔離でも処分でもなく、安全な待機場所を作るルート。

これ、実際にゲームでやるとかなり難しいタイプの選択肢ですね。


■ 登場キャラクター紹介


● マスター/NO NAME

卒業証書の代理受領を拒否し、空席札を正式使用した。

ネムリに「今すぐ全部決めなくていい」と伝え、帰る席を残した。


● ネムリ

欠席者ではなく、保留席として再定義された。

まだ起きないが、もうひとりではない。


● ルステラ

ヒュプノス/タナトスの圧力を監視し、式の改変を補助。

マスターの代理保護者ログを確認した。


● ルース

卒業証書の正体や式次第の変更条件を解析。

式次第を書き換える補助を行った。


● ステラ

名前ゆらし(ネーム・ヘイズ)】でネムリの名簿固定を遅延。

ネムリに「るすとの席がある」と伝えた。


● ミコ

ネムリの感情に寄り添い、彼女が座れる席があると伝えた。

感情面の橋渡し役。


● カイロ

タナトス側の終端線を読み、ネムリの終端線が後退したことを確認。

終わらせる慈悲と、選ばせる救いの違いを見ている。


● ポメ子/ポセイドン

水壁で卒業生NPCを妨害。

今回は保護寄りの動きでマスターたちを支えた。


● タニシ

最後のチョーク爆弾を投げ、式次第変更の隙を作った。

購買部補助、意外と重要。


● 七瀬こころ

卒業式へ案内するはずだったが、初めて帰還席へ案内した。

自分の名前と記録を探してほしいとマスターに頼んだ。


● イツキ/ミツキ/カケル/ガロ/ヘラクレス/外部支援組

現実側で帰還祝い予約ログを送信し、空席札を補強。

通常営業そのものが、夢層イベント改変の土台になった。


■ 主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:翠玉相当以上/紅玉査定候補

現在役職:夢層学園・生活指導担当/仮保護者

状態:卒業式イベント改変成功/ネムリを保留席へ再定義

獲得済み主権:NODE05〈観測〉第一権能【観測迷彩オブザーブ・カモフラージュ

所持品:冒険者タグ、白羽端末、空席札、夢層学園の生活指導腕章、購買部アイテム残りわずか

危険度:高

観測度:低優先度化中

感染度:上昇傾向

次イベント:七瀬こころの本人記録探索/旧校舎地下開放


少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
ギルド酒場るすと公式サイト

影森ゆらは今日も死ぬ
異世界最強の節約勇者
千回死亡幼女勇者 異世界Any%
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。