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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
戦闘ノード編

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第89話 戦闘ノード編04 おっさん、戦場の祈りがいちばんタチ悪かった ――終わった戦争をもう一回やれとか、誰が納得するんだよ――

礼拝堂の奥で待っていたのは、敵将ではなく“戦場を記録する神父”でした。

しかも今回の戦場、終わったはずの失敗を何度でもやり直させる仕様です。

そしてマスターは、ついに一度きっちり死にます。

 鐘の音が、もう一度鳴った。


 ごぅん――んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん――――。


 腹の底へ沈むような重い音だった。黒く崩れた礼拝堂の奥から、その音だけが何度も、何度も響いてくる。


 白い紙片が降っている。最初、雪みたいに見えたそれは、近づいてみるとただの紙だった。祈りの札でも、誰かを(とむら)うための写経でもない。

 そこに並んでいたのは、名前、番号、損耗率、護衛列維持時間、退避成功数――つまり、人が死んだあとに残るべき言葉じゃなく、人を死なせたあとで整理するためだけの数字の羅列だった。


コハク「……気分悪いでござる」

ムーニャン「同感アル」


 コハクが耳を伏せ、ムーニャンが鼻を鳴らす。赤と黒のメイドめいた衣装の裾をひるがえし、ムーニャンは礼拝堂を見上げた。


「死体のあとに香を焚いてごまかしてるネ。そうあるネ。趣味ワルいアル」


 俺たちが石段を上がりきる寸前、戦場の上空で空気そのものが一度だけ震えた。見上げれば、砕けた雲の向こうに巨大な影が立っている。逆光で輪郭は曖昧なのに、獅子皮だけは妙にはっきり見えた。


 ヘラクレスだ。


 やはりどう見ても、助けに来た顔じゃない。腕を組み、ただこちらを見下ろしている。試す側の目をしている。


「……ち、見てるだけかよ」


 俺が吐き捨てると、空の上から笑うような低い声だけが落ちてきた。


「当然だ」

「【第一功ファースト・ラボー 護って進め】は、まだ終わっておらん」

「守る者を抱えたまま立てぬなら、貴様らはその程度ということだ」


 応援でも励ましでもない。だが、あまりにもあいつ(ヘラクレス)らしい物言いだ。


 ナツが顔をしかめた。

「うわ、マジで試験官ムーブ。クソ神ッスね」

「そういう神アル。ただただ暑苦しいネ」

 ムーニャンが両手を顔の前でひらひらさせて言う。


 ヘラクレス「貴様ら、聞こえてるぞ!!人間の限界はまだまだこれからだ!ファイト!」


 ムーニャンが肩をすくめる。上空の気配は、それ以上降りてこなかった。


 礼拝堂の中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 一瞬静かに感じるが――、音がないんじゃない。よく聞くと、声が、多すぎる。


 誰かが(うめ)いている。誰かが番号を読み上げている。誰かが「次は間に合う」と呟き、誰かが「退避列を崩すな」と叫んでいる。全部、壁から聞こえた。


 礼拝堂の中は、半分が戦場司令室で、半分が祈りの場みたいだった。長椅子は兵士の待機列に変えられ、祭壇の上には聖杯ではなく壊れた(かぶと)と識別札が積まれている。天井から垂れた白布は装飾じゃない。担架を固定するためのベルトだ。


 その祭壇の前に、ひとり立っていた。


 白い法衣。けれど裾は焼け焦げ、背中には細い記録端子めいた金属束。胸元に下がる十字架に見えたものは、よく見れば認証鍵だった。若く見える顔に対して、目だけが異様に古い。何度も同じ死を見て、そのたびに感情を削ってきた側の目だった。


 そいつは俺たちを見ると、静かに一礼した。


「ようこそ、遅参の護衛列」

「……は?」


 男は俺じゃなく、後ろの保護区画――正確には、カイロたちのいる方向へ目を向ける。


「避難対象二。補助個体複数。護衛戦力、不均衡」

「何を言ってる」

「記録の続きです」


 男は祈るように両手を組んだ。


「この戦場はまだ終わっていない。終わっていない以上、正しい結果が出るまで再演リプレイされる」

「ふざけるなよ」

「ふざけてはいません。むしろ厳粛げんしゅくです。失敗した避難は、正しくやり直されねばならない」


 白い紙片を一枚つまみ、男は指先で示す。


「第一二退避列。護衛戦線、南東より突破を受け崩壊。子供個体、回収不能。民間生存率、基準未達」

「……それを、何回も?」

「もちろん、基準達成まで」


 ガロが低く唸った。

「こいつ、戦線牧師じゃない。戦場記録官じゃ。死んだ連中の祈りを聞くふりして、失敗した戦争を再演し続ける手合いだ」


 男はその呼び名を否定しなかった。


「記録官。牧師。呼称はどちらでも構いません。役目は同じです」

「何が役目だ」

「失敗した護衛を、成功するまで続けること」


 ノエルの顔が青ざめる。

「成功って……誰が決めるんですか」

「上位基準です」


 そこで、上空から低い声が落ちた。


「違うな」


 礼拝堂の空気が、わずかに張る。ヘラクレスの声だった。


「貴様は“成功した記録”が欲しいだけだ」

「だが試練とは、記録ではない」

「背負ったまま、なお前へ出る意志そのものだ」


 戦場記録官は初めて、ほんのわずかに眉を動かした。

「……観測外神権が、口を挟みますか」

「口だけだ。手は貸さん」


 言い切るあたりが、本当に性格が悪い。手も貸せ。


 ルースが一歩前へ出た。

「この空間、ノード汚染だけじゃない。外部干渉が混ざってる」

「どのへんだ」

「分岐の提示。痛覚の強制共有。選択圧が不自然」


 そこで、ルステラのログが視界に走った。


 《不明干渉、再照合》

 《該当候補、確率上昇》

 《μ(ミュー)系分岐干渉……注意》


 名前が、そこで初めて出た。


「μ系……?」

「正解を提示セズ、分岐苦痛のみを強制観測させる悪魔デビル系干渉デス」


 最悪の説明だった。ガロが苦い顔になる。

「ギルドの古参連中の昔話の中だけだと思っとったがの。」

「μは、選ばなかった未来だけ見せて、人間を壊す悪魔連中じゃ」


「うわぁ……説明を聞いても救いがないでござるな!」

 コハクが嫌そうな顔をした、その瞬間だった。


 戦場記録官が鐘を鳴らす。


 ごぅん、と三度。


「では、再演を開始(リプレイ・スタート)します」


 礼拝堂の床が開いた。崩れた床石の下から白線が走る。避難列だ。長椅子の間に光の柵が立ち上がり、通路が一本に絞られる。壁に映っていた失敗記録が、今度は俺たちの立ち位置へぴたりと重なった。


 分かった。こいつは記録を見せてるんじゃない。**俺たちを記録の続きに当てはめようとしている。**


「全員、散れ!」


 叫んだのと同時に、左右の壁が崩れ、灰色の兵が雪崩れ込んできた。


 ナツが槍で一刀に斬る。ムーニャンが拳で吹き飛ばす。コハクの札が二重結界を張る。ノエルが剣を構えながら盾を前へ出し、俺はルースとステラを抱えて横へ飛ぶ。


 でも遅い。

 また視界が白く、そして紫色に歪んだ。


 前へ出れば、後ろが死ぬ未来。後ろを守れば、前が崩れる未来。コハクの結界を厚くすればナツが裂かれ、ナツを前へ出せばノエルが遅れる。そのどれもを、「ほら、選べ」と湿った悪意が押しつけてくる。


「くっ……!」


 息が詰まる。頭の奥で、いくつもの失敗がもう済んだことみたいに重なる。


 そのとき、カイロが叫んだ。


「ちがう! そこじゃない! 白い線、そこ、ぜる!」


 声に反応して俺が足元を見る。避難列の白線、その一部がわずかに赤く滲んでいる。


「ノエル、下がれ!」


 ノエルは反応した。けれど、半歩遅い。


 爆ぜたのは床じゃなかった。白線の下に仕込まれていた槍杭が、一斉に突き上がった。


 ノエルの脇腹をかすめる。俺は反射で前へ出た。盾代わりに腕を上げた、その瞬間。


 戦場記録官が、祈りの終句みたいに呟く。


「一度目は、指揮官が遅れる」


 その声と同時に、壁の影から槍が伸びた。


 見えていた。見えていたのに、もう一歩が届かない。


 胸の真ん中へ、冷たいものが入る。すんなりと。


「――が、っ」


 どく、どく、と俺の身体から生暖かいものが出ているのが分かる――、息が止まる。激しい痛みより先に、足から力が抜けた。


 ナツの「先輩ェェェ!」という叫び。ステラの「ぱーぱ!」という声。コハクの札が散る音。ムーニャンが何か怒鳴っている。全部が遠い。


 戦場記録官が、静かにメモを取る。


「記録。護衛指揮個体、初動で死亡。再演価値あり」


 その言葉に、最後の怒りだけが残った。


 ――ふざけるな。


 視界が暗転する。

 落ちる。沈む。もう一度、あの鐘の音が鳴る。


 ごぅん――。


「……っ!?」


 目を開けた瞬間、俺は礼拝堂の入口に立っていた。


 白い紙片。焦げた法衣。祭壇の前の男。これから一礼するはずの戦場記録官。


 胸に手を当てる。穴はない。血もない。なのに、そこだけまだ冷たい。


 ルステラの声が、すぐ耳の奥へ落ちる。


短時間再走ショートリープ、確認」

「死亡ログ、保持」

「マスター。今で一回目デス」


 その直後だった。礼拝堂の天井を突き抜けるみたいに、また上から声が落ちてくる。


「ほう」


 ヘラクレスの声だ。感心したようでいて、まるで容赦がない。


「どうやら、一度では折れぬか」

「ならば立て、NO NAME(マスター)

「死を見たあとでも守る側に立てるなら、まだ試す価値がある」


 腹が立つ。助けなかったくせに、こっちが戻ったことだけはちゃんと見ている。


「……お前な」

 俺は喉の奥で吐き捨てた。

「試験官なら試験官らしく、もうちょい優しくできねぇのかよ」


 空の向こうで、ヘラクレスが笑った気がした。


「優しさで越えられる戦場なら、試練にならん」


 隣でステラが俺の裾を掴み、怯えた顔で見上げてくる。

「……ぱーぱ?」

「……ああ」


 喉が震える。けれど、足はまだ動く。


 前では、まだ何も知らない最初の動きで、戦場記録官が一礼しかけていた。


 ああ、そうか。ここからだ。この戦場、一回死んだくらいじゃ終わらせてくれない。


 俺はゆっくり息を吸う。


 さっき死んだ。今のは間違いなく死だった。けれど戻った。しかも短い。酒場や前日じゃない。この礼拝堂の入口までだ。


 なら、やることは一つしかない。


「ノエル、三歩下がれ! 白線に乗るな! コハク、入口右の床下に杭! ムーニャン、左壁の影から槍が来るぞ!」


 礼拝堂の空気が止まった。誰もが一瞬だけ、俺を見る。


 その沈黙ごと叩き割るように、俺はもう一度怒鳴った。


「二回目だ。今度は、ひとりも遅れさせねぇ!」


挿絵(By みてみん)

■今回の登場人物ざっくり紹介


・マスター

 戦場記録官の再演構造に巻き込まれ、ついに一度死亡。短時間再走へ入ったことで、「死んでからが本番」のノードらしさが一気に強まりました。


・戦場記録官

 今回のメイン敵。祈る者ではなく、失敗した護衛を“成功するまで再演する”記録側の存在です。優しさゼロの正論で人を壊しに来るタイプ。


・ヘラクレス

 助けない。だが見ている。NODE04の試験官として、マスターが死を見たあとでも立てるかを見届ける側です。ほんと暑苦しくて厳しい。


・ノエル

 白線罠で負傷しかける、今回の「守る側の遅れ」の象徴。普通に怖がりながら前に立つ人なので、こういう戦場だと余計に痛い役回りを引きます。


・コハク

 正式同行後、すぐに地雷原みたいな礼拝堂へ連れていかれる不憫枠。結界役としてかなり重要なのに、本人はだいたい褒め待ちです。


・ムーニャン

 相変わらず気まぐれで怪しいのに、前線だと頼れる格闘娘。今回は戦場の匂いに対する反応役としても置いています。


・ルース&ステラ

 解析と共鳴に加え、今回は「死をまたいだあと」の感情側の支えも強め。ステラの「ぱーぱ?」は地味にかなり重い場面です。


・ガロ

 昔話みたいにしか残っていない危険を、ちゃんと“知っている側”の大人。今回も世界の嫌な構造に最初に名前をつける役でした。


・カイロ

 白線罠への反応で、戦場の古い記憶を一番先に拾う役。保護対象でありながら、ただ守られるだけでは終わらない立ち位置が少し出ました。


―――――


■今回の話について


今回は、戦闘ノードの嫌な本質を一段深く見せる回でした。


 強い敵が出る、では終わらない。

 倒せば終わる、でもない。

 失敗した戦争を「成功するまでやり直せ」と言ってくる。しかも、その基準を決めるのは人間ではない。


 この構造、かなり最悪です。


 しかもそこへ、選ばなかった未来だけを見せてくる不明干渉まで混ざっている。

 「これを選べば助かったかもしれない」を延々と見せられるのは、戦場よりたちが悪いです。


 そのうえで、今回いちばん大きいのは、マスターが一度ちゃんと死んだこと。

 そして、そこから短時間だけ戻ったこと。


 ここでようやく、NODE04が

 「戦闘をこなす章」ではなく、

 「死を見たあとでも守る側に立てるか試す章」

 になったと思っています。


―――――


■主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

等級:鋼鉄相当


状態:

・疲労:大

・観測:継続中

・短時間再走:発生

・死亡ログ:保持

・不明干渉:継続

・GRA使用後負荷:残留


今回の変化:

・礼拝堂内部で初回死亡

・短時間再走を確認

・戦場構造の一部把握

・μ系分岐干渉の名称を初認識


主な装備・所持:

・現場対応装備一式

・HUD接続

・GRA起動権限

・《ルステラ・キャリア》搭乗中


※今回は数値そのものより、「死をまたいだ記録を持ち帰った」ことの方が重要な回です。


―――――


■ゲーマーおっさん解説!


 今回の感触に近いのは、いわゆる“死に覚え”前提のゲーム全般です。最近だとソウルライク系が分かりやすいですが、もっと広く見ると、昔のアクションゲームや覚えゲーも本質はかなり近いんですよね。


 初見ではだいたい死ぬ。

 罠の位置を知って、敵の出方を覚えて、次にようやく少し前へ進める。


 ただ、るすとの嫌なところは、それを単なる攻略手順じゃなくしてくることです。覚えれば突破できる、で済まず、「誰を守るか」「誰を遅らせるか」まで含めて覚えさせてくる。ゲームならリトライで済む場面でも、物語では“その死を一回見ている”こと自体が重く残る。このあたりが、今回の後味の悪さだったりします。


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