第88話 戦闘ノード編03 おっさん、守りながら進めとか無茶ぶりが重すぎる――強いだけの正解を見せられたのに、ぜんぶハズレでした――
戦闘ノード《NODE04》の試練は継続中。
今回は、コハク正式合流と、バル系に取り込まれた戦士との対峙回です。
守るために強さへ縋った相手へ、マスターが初めて戦場側のGRAを使います。
【試練継続中】
【保護対象、維持】
【第一功 護って進め】
視界の端で、半透明の文字が何度も点滅していた――。
旧戦場は、もう「荒れている」なんて言葉で片づく場所じゃなかった。焼けた鉄と灰の匂い。崩れた堡塁。半分だけ地面に埋まった装甲車。砕けた銃身と、乾ききらない黒い染み。踏みしめるたびに土ではなく、戦いの残骸そのものを靴裏で砕いているような感触が返ってくる。
その真ん中を、《ルステラ・キャリア》が悲鳴みたいな音をギャリギャリ立てながら走っていた。
「右に三度切る! いや二度だ、地盤が死んでる! このクソ戦場にベットするぜ、したくねぇけどな!」
操縦席でカケルが怒鳴り、車体が大きく跳ねた。
後方の保護区画では、ミツキが小さな体を抱き寄せていた。カイロは壁に爪を立てたまま、顔色を悪くして震えている。泣いてはいない。ただ、外から響く破裂音や金属音のひとつひとつが、古い記憶でも刺しているみたいに肩を強張らせていた。
「……この音、やだ」
「分かってる。今は聞かなくていいっす」
傍らにいるナツが短く返す。その声はいつもより低い。明るさを捨てた声だった。
車両・保護区画の入口に立つノエルは、盾を構えたまま一歩も引かない。怖さは顔に出ている。けれど、その足は逃げる向きには動いていなかった。
「ノエル、前! 左の隔壁から裂歩兵きてるよ!」
通信板越しに、イツキの声が飛ぶ。軽口はない。いつものギャル口調を残しながらも、完全に仕事モードの温度である。
「分かってる!」
ノエルが踏み込み、入口の狭い空間へ盾を差し込む。次の瞬間、灰色の裂歩兵が鉤爪のような刃を叩きつけ、甲高い金属音が車内いっぱいに広がった。
「盾、一枚じゃ足りないっす!」
「足りなくてもなんとかしろ! そこ抜かれたら終わりじゃ!」
ガロの怒声が飛ぶ。
その直後、空に赤い線が走った。
「熱源、上」
HUDに短いアラート通知。ルステラだ。
振り向くより先に、ミコが小窓から身を乗り出していた。細い指が銃身を支え、小さな瞳が上空を睨む。
「見えた」
――その瞬間、引き金が絞られる。
火でも雷でもない、白く細い一点が空気を裂いた。上空に浮いていた砲骸雲の中心が一拍遅れて爆ぜ、赤い照準線がそこで途切れる。
「一つ、落ちた」
「助かるぜミコ!」
俺が叫ぶと、ミコは窓の外を見たまま、小さく続けた。
「まだいる。……奥、あつい」
その「奥」が、問題だった。
旧戦場の中央部。崩れた司令塔の影。そこだけ、妙に静かだった。敵がいないんじゃない。近づいてこない。待っている。そういう静けさだ。
「……これ、絶対ヤバい案件なんすけど」
識別札を握ったタニシが、青い顔のままぼそりと言う。いつもの媚びた調子は薄い。危機感の時だけ、妙に現実的になる男だ。
「さっき奪った旧軍タグ、全部同じ階層アクセスでした。逆に言うと、その先にいるやつだけ別格っす」
「見れば分かるネ」
高い位置から声がした。
崩れた塔の上。逆光の中に、ムーニャンが立っている。風に揺れる黒髪のあいだから猫耳が覗き、赤と黒を基調にしたメイドめいた中華風の装いの裾が、戦場の灰をはらうようにひるがえっていた。こっちに戻ってきたはずなのに、その位置取りも雰囲気も、いかにも「試練側です」と言わんばかりだった。
けれど、あの気まぐれな立ち姿には、敵と味方のどちらにも寄り切らない、あいつらしい”猫っぽい”曖昧さがある。
「そこから出てくるの、趣味悪くない?」俺が問う。
「楽な再会、つまらないアルよ」
ムーニャンは肩をすくめ、爪先で塔の縁をとん、と蹴った。
「そうネ~。少しは緊張したほうが、そのおっさん顔がマシになるネ!」
相変わらず、言ってることはだいぶ失礼だ。
そう言って、ムーニャンは俺ではなく、その奥を見た。
「来るヨロシ」
地面が、鳴った。
灰の中から、ひとりの男が立ち上がる。
――いや、男だったもの、だ。
半分は人間の甲冑。半分は白い神権装甲。右腕は槍と同化し、胸の中央には青白い核が脈打っている。焼けた外套の裏地だけが、妙に人間らしく風に揺れていた。
その目は、死んでいる。なのに命令だけは、まだ死んでいない。
ルースの声が硬くなる。
「……戦闘管理コード。深い」
「要するに?」
「バル系です。かなり深部まで浸食されています」
ステラが俺の服の裾を掴んだ。
「やだ……このひと、ずっと“まえへ”って言ってる」
「誰にだ」
「もう、いない子たちに」
ぞわりと背中が冷えた。
戦士は一歩前へ出る。その動きに、人間ならあるはずの逡巡がない。視線の迷いも、痛みをこらえる間も、仲間の声に揺れる一瞬も、全部削り取られている。
「護衛継続」
「戦線維持」
「許容損失、更新」
その戦士は、声まで、命令文のように聞こえた。
が、次の瞬間、そいつは目の前から消えた。
「は――?」
見失ったと思った瞬間、ノエルの盾が真横から打ち上げられる。
パキィィィン――――!
「ぐっ……!」
ノエルの体が入口から弾かれ、槍先がまっすぐ保護区画へ伸びた。
「通させぬでござる!」
そこで初めて、コハクが姿を見せた。
白い札が何枚も宙へ舞い、半透明の結界が扇状に広がる。その中央へ、ピンク髪の犬獣人が着地した。耳を逆立て、尻尾を膨らませ、片手には新しい術札の束。
「拙者、隠れて札だけ投げる係は終わりでござる! ここからは正式に前へ出る!」
「コハク……!やっぱりいたのか!」
「あとで頭ナデナデと餌付けを所望するでござる!」
緊張感を半分だけ壊す台詞を吐いたあと、コハクは真顔に戻った。
「ムーニャン殿、三秒でゴザル!」
「二秒で十分ネ!」
ムーニャンが塔から軽やかに飛び降りる。着地と同時にスカートの裾がふわりと広がり、次の瞬間にはもう低い姿勢から拳を突き出していた。しなやかなメイドの見た目と、獣じみた近接速度が、戦場の空気そのものを一瞬だけ狂わせる。
「固いネ。でも、止まるアル!」
ムーニャンは、氷の拳圧と蹴りで槍筋を逸らす。その一拍を逃さず、コハクの結界が重なり、ナツが前へ出る。ノエルが歯を食いしばって踏み直す。俺も遅れて前に出た。
それでも、足りない。
強い弱いの話じゃない。
こいつは、人間が誰かを守る時に必ず持つはずの「迷い」を全部奪われている。守るために一歩引く判断も、仲間の悲鳴で視線が揺れる隙も、自分の痛みで遅れる瞬間も、もうない。
だから強い。
だから、終わっている。
「マスター、下がれ!」
ガロの声が飛んだ、その直後だった。
視界が白く歪む。
戦場の音が消えた。
代わりに、いくつもの未来が無言で並ぶ。――また紫色の視界だ。
【ノエルを切り捨てて進む未来。】
【保護区画ごと捨てて、最短で核だけを抜く未来。】
【コハクの結界を囮にして、敵の槍筋だけを通す未来。】
【どれも、一応は進める。どれも、一応は勝ちに近い。】
けれど、その先に残る未来は、どれも最悪だった。
説明はない。
助言もない。
ただ、選ばなかった場合の地獄だけを、実体験みたいな手触りで押しつけてくる。
未来を見せているのか。
未来を選ばせようとしているのか。
それとも――ただ壊れる順番を眺めさせているだけなのか。
分からない。
分からないが、これだけははっきりしていた。
(これはルステラの誘導じゃない。)
(神権AIの裁定とも、少し違う。)
もっと湿っていて、もっと意地――いや趣味が悪い。
“正解のない選択肢”だけを並べて、人が壊れる顔を待っている何かだ。
その中の一つで、俺は戦士の核を砕いていた。
前には進めていた。
でも足元には、小さな靴が何足も転がっていた。
「……ふざけんな」
現実に引き戻される。頬を汗が伝っていた。
ルステラの声が、わずかに遅れて落ちる。
「不明干渉、検知」
「コレは神権側ログではアリマセン」
「マスター?」
ルステラの声が震える。
俺は戦士を見た。そいつはまだ、同じ命令文を繰り返している。
「護衛継続」
「戦線維持」
「許容損失、更新」
ああ、そうか。
「お前……強くなりたかったんじゃないな」
槍先が、ほんのわずかに揺れた。
ナツが息を呑む。ムーニャンが目を細める。コハクの耳がぴくりと動いた。
「迷いたくなかったんだろ」
誰も口を挟まない。
「守る時に迷った。遅れた。間に合わなかった。だから、もう二度と迷わないように、神権の戦闘コードに縋った」
戦士の胸の核が、不安定に明滅する。
「お前は誰かを捨てたかったんじゃない。捨てた自分を、二度と見たくなかっただけだ」
ルースが顔を上げる。
「対象の神権コード、TYPE識別中」
その声は硬い。だが速い。
「制御層……深い。でも届く」
ステラが胸を押さえた。
「……この子、わかる。ずっと、こわかったんだ。こわいまま、止まれなくなっただけ」
視界の中央へ、HUDが割り込んでくる。
《GOD RELEASE AUTHORITY:STANDBY》
《対象:BAL-LINK 戦闘管理コード》
《近傍NODE反応:不安定》
《解放権、行使しますか》
ルステラの短い声が落ちる。
「今デス」
俺は息を吸った。
「――剥がせ」
G.R.A.の白い光が、戦士の胸から噴き出した。
血でも魂でもない。もっと冷たい、戦うためだけに最適化された線の束。それが俺の腕へ絡みつき、骨の内側を通っていく。
痛い、というより重い。
右から三。
退避列、二十七。
損耗率、更新。
子供の泣き声。
間に合わなかった背中。
そこから先だけが、白く削られている。
「っ、ぐ……!」
「ぱーぱ!」
ステラの声。
ルースの解析音。
コハクの結界が軋む音。
ムーニャンの氷と打撃が連続する音。
「しぶといネ! でも、今のお前、前ほど綺麗じゃないアル!」
全部が遠い。
俺の中を通っていく「守れなかった記録」だけが、やけに鮮明だった。
やがて光が途切れる。
戦士の槍が、力なく地面へ落ちた。
白い装甲がひび割れ、下から煤けた人の甲冑が覗く。核の色が、青白さを失っていく。
「……退避列」
初めて、その声が命令文じゃなくなった。
「まだ……前へ、出せるか」
俺は答えられなかった。
代わりに、ガロが静かに言う。
「出せる。だから、お前はもう下がれ」
戦士は、ほんのわずかだけ笑ったように見えた。
「……よかった」
膝をついたまま、そいつは崩れ落ちる。完全には消えない。ただ、戦う形だけがほどけていく。
《解放済み》
《神権コード剥離を確認》
《一部断片、保持不安定》
HUDの文字が乱れる。
まだNODE04を握り切っていないせいか、入ってきたものは定着しきらない。けれど一瞬だけ、世界の見え方が変わった。
敵の重心。
刃の軌道。
次に死ぬ角度。
ぞっとした。
こんなの、慣れちゃいけない力だ。
「……マスター」
ノエルが血の滲んだ口で笑う。
「今の、やばかったっす」
「お前、顔が死んでるぞ」
「見たまんまっすよ……!はぁー疲れた」
空気が少しだけ戻る。
その瞬間、崩れた塔の奥から、低い鐘みたいな音が鳴った。
ごぅん――と、戦場の底から響く音。
戦士が最後の力で顔を上げる。
「……先へ進め」
「何がある」マスターが尋ねた。
「記録官……いや、もう違う。祈ってる。戦争を、もう一度始めるやつだ」
「やつはアバドン......、戦線を拡大する宣教師か、それとも司令官か。」そう戦士が伝えた。
ムーニャンが肩を回しながら、こっちを見た。
「少しはマシな顔になったアル。でも、まだ試練は終わってないネ」
「オマエなー、敵側みたいな顔で出てくるなよ」
「そのほうがよい再会になったアルネ」
コハクがその横で胸を張る。
「というわけで、拙者もここから正式同行でござる! 隠れて札だけ投げる係は卒業でござるよ!」
「さっきからだいぶ前に出てたけどな」
「細かいことは良いのでござる!――とりあえずナデナデとエサを!」
そのやり取りの向こうで、ミコが窓の外を睨んだまま小さく言う。
「……変なの来る。あつくない。くさい」
「くさい?」
「腐ったログのにおい」
ガロの顔が険しくなった。
鐘の音が、もう一度鳴る。
旧戦場の奥、黒く崩れた礼拝堂みたいな建物の天井から、白い紙片が雪みたいに降っている。祈祷文か、命令書か。どちらにせよ、人を生かすための紙には見えなかった。
俺は息を吐き、槍を落とした戦士の前を通る。
守りながら進め。
――簡単に言うな。ほんとに。
でも、だからこそ、まだ前に出るしかなかった。
「行くぞ」
誰に向けたか分からない声に、みんなが応じる。
ノエルが盾を上げる。
ナツが前へ出る。
コハクが札を構える。
ムーニャンが猫みたいに低く身を沈め、気まぐれそうな顔のまま前線へ滑る。
ミコが次の熱源を探す。
カケルが車体を寄せ、イツキが最短じゃない方の生存ルートを叩き出し、ミツキが後ろの小さな手を離さない。
ルースは黙って解析を続け、ステラは俺の服の裾をきゅっと掴んだ。
ルステラの声だけが、最後に短く落ちる。
「保護、優先」
分かってる。
分かってるから、次が怖いんだよ。
それでも俺たちは、戦争の祈りが聞こえる方へ進んだ。
■今回の登場人物ざっくり紹介
・マスター
守りながら進む試練の中で、初めて戦場寄りのGRAを行使。強さではなく、「なぜその力に縋ったか」を理解して剥がす側へ踏み込んだ回でした。
・コハク
正式前線合流。結界と札で守りを支えつつ、ちゃんと前にも出るタイプのポンコツ天才です。褒められ待ちも平常運転。
・ムーニャン(無念)
気まぐれに見えて、戦場の温度には敏感。完全味方顔で戻ってこないのが、この猫娘らしさです。怪しい中華口調の猫耳メイド格闘娘、今回はだいぶ前に出ました。
・ノエル
普通に怖がりながら、それでも保護区画前に立つ役をやり切る人。今回の「守る」の読者目線担当。
・ルース&ステラ
解析と共鳴でGRA補助。ふたりが揃って初めて届く、という構造をここで強めています。
・ガロ
戦場を知る側の大人。今回も、説明しすぎず必要なところだけ言うポジションです。
・ミコ
熱や起動痕、そして今回は「腐ったログの匂い」に反応。次回以降の不穏にも直結する役目です。
―――――
■今回の話について
今回は、ただ強い敵を倒す回ではなく、
「守るために、人間の迷いを捨てた相手」と向き合う回でした。
戦場では、迷わない方が強い。
でも、迷わないことは、そのまま人間をやめることにも繋がる。
このあたりが、戦闘ノードの嫌なところです。
筋力や技術ではなく、「戦う時に何を切り捨てるか」を押しつけてくる。
しかも今回は、それに対して“正解っぽい未来”まで見せてきました。
でも、その正解が全部イヤな顔で終わる。
このノード、ほんと性格が悪いです。
―――――
■主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:鋼鉄相当
状態:
・疲労:中
・観測:継続中
・GRA行使後負荷:あり
・不明干渉:検知
今回の変化:
・神権剥離成功(戦闘管理コード)
・戦場系コード断片を一時保持
・殺傷判定回避系の兆候を取得(不安定)
主な装備・所持:
・現場対応装備一式
・HUD接続
・GRA起動権限
・《ルステラ・キャリア》搭乗中
・識別札類(共用回収分含む)
※数値の完全表示は今回は省略。
この段階では「何を得たか」より、「何を通してしまったか」の方が重要な回です。
―――――
■ゲーマーおっさん解説!
今回ちょっと近いのは、やっぱり『ロックマン』系の「相手の力を奪って自分のものにする」気持ちよさです。ボスを倒して新しい武器を手に入れる、あの分かりやすい快感ですね。
ただ、るすとのGRAはそこがだいぶ重い。倒したから貰えるんじゃなくて、「なんでその力に縋ったか」を理解しないと届かない。しかも通す時に、相手の痛みや記録までこっちを通過する。ゲーム的には美味しい能力獲得なんですが、物語としてはぜんぜん爽快じゃない。そのズレが、今回の嫌な後味だったりします。
少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




