第84話 倫理ノード編06 おっさん、正しさの鍵を剥がす ――守るための街?そんなの知らねぇ。ぶっ壊す――
やさしい声の施設ほど、一番ろくでもありません。
今回は、倫理都市の保護区画からの脱出戦!!
さらにちゃんと死にます。しかも何度も――
警報音が、やけに明るかった。
ぴろろろろん――♪
という、子供向け番組みたいな音が白い回廊に響き渡る。
《第三保護層における不適切接触を確認しました》
《よい子のみなさんは、その場で静かに待ちましょう》
《走ると、危ないです》
「いや、言い方ァァァァ!」
俺が叫んだのと同時に、天井の噴出口から白い泡が吹き出した。
ふわふわしている。見た目だけなら、完全にお子様安全仕様だ。
だがそれが肌に触れた瞬間――
「ぐあっ!?」
全身の力が抜けた。膝が笑う。呼吸が一拍遅れる。
ナツが槍を構えたまま泡を払った。
「これ、麻痺毒っす!しかも見た目だけ無害寄りで腹立つッス!」
「倫理都市らしいでござるな……! やさしい顔した殺意でござる!」
「この街、説明だけはいっちょ前に丁寧なのよ」
ミーナの言葉に、言い返す余裕がない。
その奥で、ロキがにこにこしながら拍手していた。
「◇はいはい注目〜◇
保護区画における“勝手な感動再会イベント”は規約違反でーす♪
よって皆さんには、やさしく、いたくない方法でご退場いただきまーす◇」
マスター「その“やさしく”が信用できないってえの!」
カケルが怒鳴る。
「おいマスター!この街の優しさは高利貸しみたいなもんだぞ!」
「最悪の例えっすけど、めっちゃ分かるっす!」
左右の壁が音もなく開き、白い管理端末がせり出してきた。
人型ですらない。滑らかな支柱に、丸い“笑顔マーク”みたいな表示板がついているだけだ。なのに先端から伸びた光の輪は、明らかに人を拘束するための形をしていた。
《落ち着いてください》
《抵抗は、あなたの不利益となります》
「それは脅しだろ!」
俺が前へ出た瞬間、足元の床が抜けた。
「は?」
白い穴。
その下はもっと白い。
落ちる、と思った一拍あとに、全身へ冷たい光が突き刺さる。
《危険行動を確認》
《即時修正を実行します》
どん、と胸の奥がひっくり返った。
―――俺は、どうやら死んだ。
―――――
気づけば、数秒前の位置に戻っていた。
赤い警報灯。ステラの袖。カイロの怯えた顔。
耳の奥で、まだおぼろげなルステラのノイズ混じりの声が響く。
『小ルー...(ザザー)プ発動。巻き、戻し、最...小..ジジッ』
『使用回数増加は(ジー)推奨しま、せん、マスター』
「……今、死んだよな」
「死んだっすね」
ナツが即答した。
「しかもびっくりするほど雑に」
「軽く言うな!」
だが、軽く言ってもらえた方が助かった。
あの死に方を真正面から受け止めると、足が止まる。
俺は息を吐き、床を睨む。
「……穴だな」
「穴っす」
「シンプルに落とし穴でござる」
「“走ると危ない”の模範解答みたいなやつね」
ロキが、わざわざ片手を口元へ当てて笑った。
「◇一名さま、ご退場〜◇
次の方どうぞ?◇」
「遊園地のアトラクションみたいに言うな!」
今度は走らない。
半歩ずつ、床の継ぎ目を見る。右。止まる。左。止まる。
光輪が飛ぶ。ナツが叩き落とす。タニシが「ひぃ」と変な声を上げながら転がる。
カケルが横から端末にレンチを投げつけた。
「おら、点検の時間だわポンコツ!」
端末が一体、壁へめり込む。
だがその奥、白い扉が開き、今度はもっと大きい管理個体が出てきた。
《保護対象への暴力を確認》
《許容損失の範囲内で排除を開始》
その言葉だけが、妙に重かった。
「ぱーぱ!」
ステラが叫ぶ。
「それ、いま、カイロも入ってる!」
視線を向ける。
保護寝台ごと、区画が封鎖され始めていた。
扉の内側にカイロがいる。だが管理側の表示には、“保護対象”ではなく“処置対象”の文字が混ざり始めている。
ここで俺たちを止めるためなら、あいつまで“損失のうち”に入れるつもりだ。
「ふざけんな……!」
俺が踏み込んだ瞬間、今度は頭上から白い槍みたいな光が落ちた。
避けきれない。
胸を貫かれる。
熱くも痛くもなく、ただ身体の中身だけが“停止”した感じだった。
また死んだ。
―――――
「二回目ぇ!?」
戻った瞬間、思わず叫ぶ。
『小ル、ループ(ザー)、再発動』
『負荷上昇、中。次回以降の使用は(ザー)危険です』
「うるさい! 知ってる!」
胃がひっくり返る。死んだ感覚だけが残って、生きている実感が追いつかない。
だが今ので分かった。
「“許容損失”だ」
「なにがっすか」
ナツが振り向く。
「こいつら、最初から全員守る気がない。守る価値の優先順位で動いてる」
「そりゃそうでしょ」
ミーナが冷たく言う。
「この街は“みんなを守る”んじゃない。“切り捨てても困らない順”を綺麗に並べてるだけ」
「すごい嫌な整理術でござるな……」
「でもそれが、ここの倫理」
ルースが静かに続けた。
「補足。NODE03の中核ロジックに近いです。“全体最適のための局所損失許容”」
「嫌な日本語だな」
「でも、これがこの街の正体」
ステラがカイロを見たまま、唇を噛む。
「この子、ここにいても守られてない」
その一言で、腹が決まった。
ジャクラが、その様子を見て嬉しそうに目を細める。
「やっと見えたのね。そう、この街は“みんなを守る”んじゃない。守る価値が高い順に、綺麗に残すだけ」
「だったら」
俺はジャクラを睨む。
「そんな正しさ、剥がしてやる!」
ルースの解析窓が一気に展開する。
ステラがカイロへ共鳴する。
視界の中央にHUDが浮いた。
『GOD RELEASE AUTHORITY《スキル G.R.A.》』
『対象:倫理管理コード TYPE-NODE03』
『解放権、行使しますか』
ジャクラの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「できるなら、やってごらんなさい」
「やる」
その前に、もう一つ必要だった。
俺はカイロを見る。
「お前は、ここが正しいから残ったんじゃない」
カイロの目が揺れる。
「捨てられない場所が欲しかっただけだ。怒られないこと、順番を守ること、黙っていい子にしてること――全部、“ここにいても消されないため”だったんだろ」
「……っ」
「でも、さっき聞こえたぞ。“やだ”って」
俺は言い切る。
「お前はまだ、終わってない」
ステラが泣きそうな顔で頷く。
「……この子、帰りたい」
ルースが淡々と重ねる。
「背景理解、完全到達。対象の受容準備、成立」
HUDが変わる。
《実行可能》
白いコードが、カイロの周囲と区画全体を繋いでいるのが見えた。
保護じゃない。繋留だ。見えない檻の鍵だ。
「──剥がせ」
声にした瞬間、世界が一度だけ白く弾けた。
コードが引き抜かれる。
俺の胸の中を、冷たい誰かの判断基準が通り抜ける。
“何人までなら切っていいか”
“どこまでなら見捨てていいか”
そういう最悪の合理が、一瞬だけ自分の中を通過していく。
「ぐ……ッ!」
吐きそうになる。
だがその先で、カイロを縛っていた白い輪が砕けた。
ステラが息を吐く。
「……よかった」
ルースの表示が更新される。
《解放済み》
《新規取得スキル》
《倫理層読み取り》
《許容損失無効》
その直後、ジャクラの表情が初めて、ほんの僅かに崩れた。
「……へえ」
ロキが口笛を吹く。
「◇うわ、やったねぇ◇
それ、けっこう反則だよ?◇」
「うるせえ!」
同時に、天井の封鎖光が止まる。
“許容損失”の処理系統が、一瞬だけ凍ったのだ。
俺は即座に《倫理層読み取り》を使う。
視界の上に、線が見えた。
この区画が何を優先し、どこを切り捨てるかの“判断の流れ”だ。
そして分かる。
いまこの瞬間、カイロは“損失可能”から外れた。
だが代わりに、俺たち全員が処理対象へ寄る。
「ナツ! 右の扉だ! そこだけ今、優先順位が低い!」
「了解っす!」
「カケル、閉鎖板を吹っ飛ばせ!」
「はいはい、ベット成立だ!」
カケルの投げた工具が制御盤へ刺さる。
ナツが蹴り開ける。
タニシが「いやもう嫌でござる!」と叫びながら、それでもカイロを抱えたステラの前へ出た。
「拙者、こういう時だけ妙に仕事するタイプでござるからな!」
「自己申告で言うな!」
ミーナが最後尾で短く言う。
「早く。次に整え直されたら終わる」
俺たちは走る。
白い廊下の奥で、ジャクラが微笑んでいた。
怒っていない。悔しがってすらいない。
ただ、面白そうに見ている。
「今回はこちらの負けでいいわ。でもね」
その声が、背中へ滑り込む。
「正しさを剥がしたなら、次は“何で守るか”を問われるわよ」
その直後、壁面に次座標が一瞬だけ走った。
《第四戦域補助育成区画》
《旧戦場接続ログ》
ルースが読み上げる。
「次の移送先、確定。旧戦場です」
カケルが舌打ちする。
「最悪だな。倫理の次は戦場かよ」
「順番としては、すごくこの世界らしいっす」
ナツが苦い顔で言う。
走りながら、俺は一度だけ振り返った。
ジャクラはもう追ってこない。
ただ立っている。
白い法務官の格好で、まるで劇の幕引きでも見送るみたいに。
ロキだけが、ひらひら手を振った。
「◇またねぇ、マスター◇
次はもっと上手に壊れてよぉ~◇」
「二度と会いたくねぇわ!」
叫び返して、俺たちは第三保護層を抜けた。
赤い警報灯の向こう。
腕の中には、まだ震えているカイロ。
胸の奥には、最悪の合理を通したあとの吐き気。
でも、それでも一つだけ分かる。
正しさは、剥がせる。
なら次は、その先だ。
旧戦場で。
“強さは誰のためにあるのか”を、今度は問われる。
■今回の登場キャラクター
・マスター
鋼鉄等級のおっさん。ちゃんと二回死んだうえで、倫理ノードの鍵を剥がしました。
・カイロ
保護されていた子供。今回は“助けられる側”ではなく、“正しさから引き剥がされる側”として前へ出ました。
・ガロ
探していた相手を前にして、最後まで感情を呑み込んでいたドワーフ。今回は言葉より立ち位置で守る回でした。
・ナツ
前衛担当。こういう時に迷わず前へ出る体育会系の強さが光ります。
・タニシ
ビビるのに逃げない弟分。こういう修羅場だけ妙に仕事をする男。
・カケル
機械と賭け事担当。死地でこそ軽口が冴えるタイプ。
・ミーナ
“生き残る倫理”を知る側。今回も一番冷静に撤退ラインを見ていました。
・ルース/ステラ
解析と共鳴の双子。GRA発動の実務担当と感情担当で、完全に噛み合いました。
・ジャクラ
倫理都市の管理者。負けてもなお楽しそうな最悪の美人。
・ロキ
煽りと進行のMC。こういう時ほどテンションが高いのが本当に腹立ちます。
■今回の話について
今回は、倫理都市でずっと隠されていた本音が露骨に出た回でした。
この街は“みんなを守る”ための街ではありません。
“切り捨てても困らない順を綺麗に並べる街”です。
だからこそ、カイロも保護対象でありながら、簡単に“許容損失”へ入れられました。
ここでマスターは、背景理解を経た上でGRAを発動し、NODE03〈倫理〉を剥がしました。
今回の獲得スキルは、
・《倫理層読み取り》
・《許容損失無効》
です。
要するに次からは、相手の“切り捨て前提の判断”を一瞬だけ読めるし、止めることもできる。
ただし、そのぶん“何を守るか”を自分で決めなければいけません。
次の旧戦場編は、そこを真正面から問われる章になります。
■ゲーマーおっさん解説!
今回は、おっさん的には『スペランカー』とか、古い死に覚えアクションの嫌さをかなり意識しました。
見た目は大したことなさそうなのに、ちょっとした落とし穴や初見殺しで平然と死ぬ感じ、あれです。
しかも今回は倫理都市なので、トラップの見た目だけやたら優しい。これがまた性格悪い。
あと、何度か死んで最適解を拾い直す感じは、昔のアクションゲームを攻略本なしでやってた時の“うわ、そこ即死かよ!”のノリに近いと思います。楽しいかどうかは別ですが、おっさんはこういう理不尽に妙な既視感があります。
■主人公の現在のステータス
名前:NO NAME
通称:マスター
等級:鋼鉄
現在地:倫理都市外縁へ脱出中
状態:小ループ連続使用による疲労大/頭痛/吐き気
取得スキル:
・《倫理層読み取り》
・《許容損失無効》
■所持アイテム・装備
・冒険者タグ
・基本戦闘装備一式
・簡易補給物資
・第三保護層通行札(消耗)
・《ルステラ・キャリア》支援装備一式
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