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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
倫理ノード編

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第85話 倫理ノード編07 おっさん、助けた子を乗せて出発する ――移動酒場がだいぶ保護施設っぽくなってきた件――

 助けた、その先が一番重い。

 救済は一瞬でも、暮らしは続く。

 だから今回は、逃げる話の続きだ。

 夜明け前の倫理都市は、昨日までと同じ白さをしていた。


 だが、もう同じではなかった。


 整いすぎた石畳。静かすぎる通り。規則正しく並ぶ街灯。その全部の上に、うっすらとひびのような違和感が走っている。正しさが、ほんの少しだけ()がれた街の顔だった。


 《ルステラ・キャリア》は都市外縁の影へ半ば沈むように停まっている。木と金属を組み合わせた車体の表面に、淡い処理光が薄く走り、俺の視界の端では何度も短い通知が明滅していた。


《隠匿、安定》

《保護、優先》


「……短いな、お前(ルステラ)


 ぼそっと言うと、返ってきたのは少しだけ間のある声だった。


「長ク喋ると、精度ガ落ちマス」


「そこは正直なんだな」


「事実デス」


 会話に気づいたステラ。

「ぱーぱ、まーま、しゃべれない?」

「まだ、少しだけだな」

ルステラ「ステラ、マスター、頼ミマス」


 それだけ言って、ルステラの気配はまた静かに引っ込む。前より言葉は増えた。だが会話ができるようになった、というほどではない。――たぶん、今はそのくらいがちょうどいい。


 車外では、エルフのエレシアが最後までまっすぐこちらを見ていた。


 白い記録官服は血も埃も拭われていたが、袖口だけは少し裂けたままだ。あえて直していないように見えた。たぶん、昨日のことを忘れないために。


「……本当に、残るんだな」


 俺が言うと、エレシアは静かに頷いた。


「はい。私はここに残ります」


 その返答は迷いがない。だが、冷たさだけでもなかった。


「まだ、私には、ここで守らなければならない子供たちがいます。あなたたちに連れ出された子だけが、子供ではありませんから」


 正しい。腹が立つくらい正しい。けれど昨日までのこの街の“正しさ”とは違った。誰かを切り捨てる言い方じゃない。残る側の痛みを引き受ける声だ。


 ステラが、俺の後ろから顔だけ出す。


「えれしあ、またね?」


 エレシアの目が、ほんの少しだけ揺れた。


「ええ。また時期が来たら会いましょう」


 それだけ言って、エレシアは黙った。ただ、あの女は自分の立つ場所を選んだのだ。


 隣でガロが小さく鼻を鳴らした。

「揺らいだが、折れてはおらん。ああいう手合いは、残るべき場所に残った方が強い」


「便利に再会フラグ扱いすんなよ」


「事実を言っただけじゃ」


 そのやり取りの向こうで、ノエルが車内からそっと顔を出した。


「……あの、そろそろ。カイロ、少しだけ水飲みました」


 俺はすぐに振り向いた。


 車内へ戻ると、保護区画は昨日までの荷室とまるで違っていた。照明は柔らかく、外の音は薄い膜を一枚挟んだように遠い。木箱だったはずの収納は角を丸く変形させ、簡易寝台の周囲だけ空気の密度が違うみたいに静かだった。


 ――子供保護倫理モード。


 名前だけ聞くとやたら仰々しいが、実際には「助けた後、置いておける場所」だ。今までの《るすと》に足りなかったのは、たぶんこれだった。もっとわかりやすく言うと、()()()()()()()()ってとこかな。


 寝台の上で、カイロはまだ小さく丸まっている。削減しかけたログの影響か、目は開いているのに焦点が合いきらない。けれど、昨夜よりは呼吸が浅くない。


 ノエルが無理のない距離で腰を下ろし、木のコップを差し出していた。


「……飲めるだけでいいから。全部じゃなくていい」


 優しい、というより自然だった。正しさでも救済でもなく、喉が渇いた人に水を渡す距離。こういうのは、今の俺にもガロにもたぶんできない。


 カイロは一度だけ俺を見たあと、ノエルの手元のコップを見て、小さく口をつけた。


「よし」


 思わず声が漏れると、ノエルがすぐ首を振る。


「大きい声、だめですよ。びっくりするんで」


「お、おう。すまん」


「あと、褒めるのも今は控えめで。飲めただけで偉いとか言われると、逆に固まる顔してます」


「そこまで分かるのかよ」


「普通に怖がってるだけです。たぶん俺、そのへん()()なんで」


 その“普通”が、今はありがたかった。


 少し離れたところで、シズクが医療用の細い光板をカイロの前で滑らせていた。銀縁の丸眼鏡の奥で、感情ではなく順序で物事を見ている顔になる。


「脈拍は安定に寄りました。急性の削減進行は止まっています。ただし、人格連続性に薄い欠損があります」


「日本語で頼む」


「今すぐ消える危険は下がりました。ただ、強い刺激で“戻る”より“切れる”可能性があります」


 シズクは俺に向き直る。


「マスターも座ってください。ついでに診ます」


「ついでって言い方どうにかならん?」


「あなたはついでに診ないと、先に倒れます」


 反論しづらい。


 椅子へ腰を下ろした瞬間、こめかみの奥がじくりと痛んだ。GRA発動の反動が、遅れて骨の内側に残っている。シズクが無造作に額へ端末を当てる。


「……はい。予想通りです。記憶残滓の消耗、軽度から中度。今日は再発動を推奨しません」


「毎回お前の“推奨しません”って、ほぼ禁止だよな」


「禁止にしたい時は、もっとはっきり言います」


「たとえば?」


「死にます、です」


「分かりやすっ!」


 ナツが後ろで吹き出し、すぐに口を押さえた。保護区画の空気が一瞬だけ緩む。そういう一瞬が必要だった。


 そこへ、ミーナが帳簿箱と補給袋を両手に抱えて入ってきた。


「笑ってる暇あるなら、これ整理して」


「うお、重っ……何だこれ」


「追跡されないように分けた食料。水。簡易布。鎮静薬。隠匿用の匂い消し。あと、今日から店の売上帳簿は表と裏で分ける」


 ミーナは床へどさっと荷を下ろし、容赦なく言った。


「助けたなら雑に扱うな。移動中に泣いた、怯えた、食べない、眠れない、全部“想定外”で済ませる気なら、今すぐこの子を置いていけば」


 車内が静まる。


 怒鳴ってはいない。だからこそ、刺さった。


「……置いてかねぇよ」


「なら、回せ。救出は一回。生活は毎日」


 ミーナは俺じゃなく、全員を見た。


「追跡、補給、隠匿、休ませ方、店の回し方。誰が何をやるか決めないと、次は助けた後に潰れる」


 それは戦う言葉じゃない。生き残る言葉だった。


 ガロが低く笑う。


「よい。ようやく酒場の話になってきたわい」


「最初からしてるでしょ。アンタらが戦闘狂バトルマニアなだけ」


 ミーナの返しに、今度はナツではなく俺が少しだけ笑った。


 その直後だった。


 タニシが保護区画の入口からぬるっと顔を出し、ひそひそ声で言う。


「いやーしかし、この静音仕様、めちゃくちゃ高級感あるでござ……あ、違う、あるっすね。これは完全に保護対象向けスイートルーム案件――」


 床が、ぴこん、と鳴った。


「……は?」


 次の瞬間、タニシの足元の板が斜めにせり上がり、そのまま入口の外へするっと押し出した。


「うわぁぁぁぁ!? 何で拙者だけぇ!?」


 がたん、と外で転ぶ音。


 ルステラの淡々とした声が、頭上から落ちる。


『危険客放逐、試験動作』

『対象:発言が気持ち悪い』


 一拍置いて、ナツが腹を抱えた。


「ぎゃははははは!判定、正確すぎるッスよこれ!」


 イツキがすかさず外へ向かって言う。


「おめでとー。出禁一歩手前の自動判定だよ」


「理不尽! でもちょっと納得でござる!!」


 車内に、久しぶりにちゃんとした笑いが起きた。


 ただ、その笑いもすぐにはしゃぎすぎない範囲へ収まる。子どもがいる場所としての空気を、車体そのものがどこかで整えているのが分かった。怒鳴り声が響ききらない。物がぶつかる前に角度が変わる。昨日までの移動手段が、今日からは保護拠点(セーフハウス)へ近づいていた。


 ルースが壁際の薄いログ板を見ながら呟く。


「倫理層の逆接続……成功率、上昇。都市側照合からの優先度が落ちています」


「見つかりにくくなった、でいいか?」


「完全ではありません。ですが、“今すぐ排除すべき対象”から一段下がりました」


 ステラがカイロの寝台の横で小さく頷く。


「かくれんぼ、つよくなったの」


「だいたい合ってる」とシズク。

「だいたいで済ませていい高度処理じゃないけどな」と俺。


   ―――――


 日が上がり切る前、俺たちは都市を離れる準備を始めた。


 折り畳み卓を固定し、グラス類は揺れ止め布で巻き、保冷区画の留め具をカケルが下から怒鳴りながら確認していく。


「そこの箱、上に積むな! 荷重偏る!」

「これどこッスか!?」

「それは医療! 雑に置くな!」

「拙者さっきから雑に扱われる側なんですが!」

「それは仕様」とイツキ。

「この店、仕様で殴ってくる!」


 騒がしい。だが悪くない騒がしさだ。


 その中で、ミーナだけが妙に無言で予備のエプロンを見つめていた。


「……着るの?」


「店やるなら形からでしょ」とイツキ。

「予備ですから、そこまで大げさではありません」とミツキ。

「汚れても洗いやすい素材です」とシズク。


 ミーナは露骨に嫌そうな顔をしたあと、ため息交じりにそれを受け取った。


「外で戦うのはまだ無理。でも、店の中で皿運ぶくらいならできる」


 静かになった。


 泣く場面じゃない。派手に喜ぶ空気でもない。けれど、その一歩は誰より重かった。


「置いてかれるのも、気分悪いし」


 ミーナはぶっきらぼうに言い、袖を通す。


 似合うとかどうとか、そんな軽い言葉で済ませたくない温度があった。


 ノエルは給仕側、ミツキは接客と保護区画の調整、シズクは医療と整備、イツキは帳簿とログ、ミーナは補給と店内実務。役割が、ようやく言葉だけでなく手つきに落ちていく。


 俺はその光景を見ながら、ふとカイロの方を見た。


 寝台の端から、こちらを見ている。


 怯えていないとは言わない。だが、昨日までみたいに「ここが正しい」と言い聞かせる顔でもなかった。ただ、どうしていいか分からない子どもの顔だ。


 ノエルが視線に気づき、小さく木皿を差し出した。


「やわらかいパンだよ。食べる?」


 カイロは少し迷ってから、今度は自分で受け取った。


 その一口を見た時、俺はようやく息を吐けた気がした。


   ―――――


 出発前、シズクが旧式の都市ログを一本だけ引き抜いた。


「目的地、絞れました」


 全員の視線が集まる。


 薄い光板に、白い地図と赤い線が走る。倫理都市の保護区画から外れた先、焼けたような黒い帯へ伸びる転送線。


「《第四戦域補助育成区画》。旧戦場です」


 ガロの眉がわずかに動いた。


「育成、じゃと?」


「表記だけです」とシズク。

「実態は、戦場適性の選別と再配置。倫理都市で“保護対象として扱いきれなかった個体”の一部が、こっちへ回されている痕跡があります」


 背筋が冷えた。


「つまり?」


 俺が問うと、シズクはいつも通り事務的に答える。


「カイロひとりで終わりではない可能性が高い、ということです」


 車内の空気が、また一段沈む。


 だが今度は、迷いではなかった。


 ルースが静かに言う。


「倫理層の次に戦闘層があるのは、構造として自然です。ですが……嫌な自然です」


「うん」とステラ。

「きらいなやつ」


 俺は頷いた。


「じゃあ次は、そこだ」


 誰も異論を言わない。


 怖いから行かない、じゃない。怖いから準備して行く。さっきまでの段取り全部が、そのための前振りになっていた。


 カケルが下から怒鳴る。


「決まったなら乗れ! 走りながらでも店は回せる! ただし吐くなら外だ!」


「営業車両の注意書きが荒いんだよ!」


「優しさだ!」


「どこが!」


 そんなくだらない応酬のすぐ横で、ルステラの短い通知が光る。


《会話は短く》

《今は撤退、ではなく移動デス》

《保護、継続》


「……最後のだけ、ちょっと人っぽいな」


「否定、しません」


 それだけ言って、また沈黙。


 俺は思わず苦く笑った。


 街が遠ざかる。白い塔群が朝靄の向こうへ沈み、そのかわり前方の空は赤黒く濁っていく。雲じゃない。煙と、古い戦場の熱だ。


 《ルステラ・キャリア》が荒野へ出ると、車体全体が低く唸り、店そのものがゆっくり息を吸い直したみたいに揺れた。


 俺は揺れるランタンを見上げる。


 酒場だ。移動中でも、ちゃんと酒場だった。

 ただ飲む場所じゃない。

 帰る場所で、

 隠す場所で、

 守ったあとを回す場所になろうとしている。


 その先に、旧戦場がある。


 強さのノード。

 誰のための戦いかを、また突きつけてくる場所。


 ハンドル側からカケルが笑う。


「おっさん、次は筋肉の匂いがするぜ」


「嫌な予告すんな。変なのを思い出す」


 ガロが鼻を鳴らし、ナツが「でもちょっと分かるッス」と笑う。イツキはもう帳簿を開いていた。ミツキはグラスを押さえ、シズクは医療箱の留め具を再確認し、ミーナは補給表に新しい線を引く。


 ノエルは保護区画の前に座ったまま、カイロが眠るのを静かに見ていた。


 俺は前を向く。


 助けた。けど終わっていない。

 たぶん、こっからが本番だ。


 赤黒い地平の向こうで、壊れた槍みたいな塔影が、何本も何本も突き出していた。


 旧戦場が、俺たちを待っている。


 続く。


挿絵(By みてみん)


今回の話は、「助けたあとをどう回すか」を前に出した回でした。

救出そのものは派手でも、そのあとに必要なのは、食事、水、休む場所、怒鳴らない空気、追跡を切る段取り、そして役割分担です。

《るすと》が“移動拠点”から“移動保護拠点”へ一段進んだ回として読んでもらえたら嬉しいです。


■今回の主な登場人物

**マスター**

助けた責任まで背負い込みがちな、おっさん主人公。GRA使用後で少し無理が効きにくいです。


**カイロ**

倫理都市から連れ出した子供。まだ削減(さくげん)の影響が残り、強い刺激に弱い状態です。


**ノエル**

今回の“普通の優しさ”担当。水や食事を渡す距離感が、いちばん自然です。


**ミーナ**

“生き残る倫理”担当。助けた後の補給・隠匿・店内実務を現実的に回します。


**シズク**

医療・整備・ログ解析担当。感情より手順で支える実務中核です。


**エレシア**

都市に残る側を選んだ人。味方化しきらず、それでも守る側に踏みとどまります。


**ルース&ステラ**

ルースは判断、ステラは寄り添い。今回も少しずつ役割差がはっきりしてきました。


**ルステラ**

NODE03回収で少しだけ言葉が増えた補助AI。まだ長くは喋れません。


■ゲーマーおっさん解説!


今回の話で近い感触があるのは、「助けた瞬間がゴールじゃない」タイプのゲームです。

敵を倒すより、その後の資源管理や避難民の扱い、拠点の空気づくりが重い作品ってあるじゃないですか。おっさん的には、戦闘で勝ったあとに“飯は足りるか”“寝床はあるか”“次に追われたらどうする”を考えさせるゲーム、めちゃくちゃ好きです。派手な勝利画面のあとに、現実の段取りが始まるやつ。あれ、地味だけど刺さるんですよね。


レトロゲーなら、『ファイアーエムブレム(ふぁいあーえむぶれむ)』初期作みたいな「一人落としたくない緊張感」と、『メタルマックス2(めたるまっくすつー)』みたいな荒野を移動しながら補給と準備を回していく旅感が近いかもしれません。


今回の《るすと》も、そういう意味でようやく“守った後を回せる拠点”に近づいてきました。


■主人公の現在のステータス

名前:NO NAME

通称:マスター

冒険者等級:鋼鉄(こうてつ)


状態:GRA使用後疲労/頭痛あり

現在地:倫理都市外縁から旧戦場へ移動中


主な保有スキル:

・ログ閲覧(制限付き)

・《感情感知》

・《依存切断》

・《倫理層読み取り》

・《許容損失無効》


■所持アイテム

・冒険者タグ

・基礎工具一式

・保存水

・携行食

・簡易寝具

・鎮静薬類

・帳簿控え

・保護対象用毛布


■装備

・軽装外套

・携行短剣

・簡易HUD連動端末

移動拠点(ルステラ・キャリア)使用中


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