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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
倫理ノード編

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第83話 倫理ノード編05 おっさん、救済できない ――助けたいのに、本人だけがここが正しいと言ってきやがる件――

 正しい場所ほど、見た目はきれいです。

 でも、きれいな場所ほど、裏側にはえげつないものがあります。

 今回は、助ける前に“理解してしまう”回です。

 扉の向こうで、子供の声がしない――。


 それが、この区画に入って最初に気づいた違和感(いわかん)だった。

 年頃の子供たちが大勢いるのであれば、普通はもっとざわつくはずだ。


 白い廊下(ろうか)。白い壁。白い灯り。床はやわらかく、足音さえ吸い込まれていく。

 壁際には小さな椅子と絵本、木製の玩具(おもちゃ)まで揃っていた。ぱっと見れば、どこにでもある保護施設だ。少なくとも、この倫理都市の中ではそう見えた。


 なのに、静かすぎる。


 泣き声がない。

 笑い声がない。

 走る音も、喧嘩(けんか)する声も、誰かが誰かを呼ぶ気配すらない。


 子供がいる場所の静けさじゃなかった。


 ナツが小さく舌打ちする。


「……ここ、嫌な意味でちゃんとしてるっす」


 俺も同感だった。


 棚の上には絵本がきっちり並び、床には積み木が崩れない形で置かれている。使われた形跡(けいせき)はある。だが、“遊び散らかした跡”だけが、どこにも残っていない。


 まるで、子供がここで生きているんじゃなく、

 “子供はここで適切に管理保管されています”と見せるためだけに整えられた場所みたいだった。


 ステラが、ぎゅっと俺の袖を引く。


「ぱーぱ」

「ん?」

「ここ、いい子ばっかり。こわい」

「いい子ばっかり?」

「うん。しずかにしなきゃって音がする」


 ルースは壁面に浮かぶ補助表示を読み取っていた。


「生活補助、情動安定、判断矯正。倫理層の管理濃度、高」

「そういう怖い説明を、さらっと言うなよ……」


 通路の先、半透明の隔壁(かくへき)の向こうに、小さな影がいくつか見える。

 座っている。眠っている。本を読んでいる。

 なのに、誰ひとり騒いでいない。


 ガロは何も言わない。

 ただ、黙って前を向いていた。


 やがて最奥の安定化区画へ辿(たど)り着いた時、その沈黙の理由が分かった。


 ――子供が、そこにいた。


 白い寝台。白い毛布(もうふ)

 ()せてはいるが、傷は少ない。むしろ丁寧に扱われているのが分かる。


 だからこそ、余計にきつい。


 その子は、俺たちに気づくと、(おび)えるより先に困った顔をした。


「……だめだよ。ここ、夜は入っちゃいけない」


 その一言で、ガロの足が止まる。


「……カイロ!」

「その名前、ここでは使っちゃだめ」


 叱るでもなく、ただ本当に困った顔をしながら言う。


「記録に残るから。悪いことした人って、あとで怖いことがあるから」


 ガロの喉が鳴る。それでも声は低く抑えたままだった。


()()()()()

「だめだよ」

「だめじゃない」

「だめ。ここは、ちゃんとしてれば平気だから」


 その答えは、洗脳みたいに平坦だった。

 けれど目だけは平坦じゃない。何度もそう言い聞かせてきた目だ。


 俺は一歩だけ前に出る。


「お前、ここが平気って、本気で言ってるのか」

「……外よりは」


 返しが早すぎた。


「外は、おなか空くし、寝てる時に盗まれるし、悪いことしてなくても怒られる。ここは、ちゃんとしてれば怒られない。順番を守れば、ごはんも出るし、あったかい」


 ガロの拳が、ぎし、と鳴った。


「それは保護じゃない」

「でも、生きてる」


 カイロはガロを見る。


「おじさん、迎えに来るの遅いよ」


 その一言で、場の空気が凍った。


 ガロは何も言えなかった。

 言えないまま、視線だけが落ちる。


 ミーナが、小さく息を吐く。


「……ほらね」


 ナツが振り返る。


「何がっすか」

「こういう場所に残る子を、責められないってこと」


 ミーナは壁にもたれたまま、淡々と言った。


「外よりまし、で生き延びるしかなかったら、人は正しさに(すが)るしかない。ここは間違ってる。でも、外ならもっとすぐ死ぬ」

「だから諦めろって言ってるすか?」

「違うよ、ナツ。助けるって言葉を軽く使うなって言ってる」


 ナツが言い返しかけたところで、ステラが強く俺の袖を引いた。


「ぱーぱ。この子、ここが好きなんじゃない」

「……ああ」

「きらいって言ったら、なくなるって思ってる」


 ルースが続ける。


「神権ロジックの内面化。自己防衛のため、自分から従順を選んでいる状態です」

「難しい言い方すんな」

「簡単に言うと、“ここが正しいと思い込まないと壊れる”」


 カイロの肩が、そこで初めてびくっと揺れた。


 俺はしゃがんで、目線を合わせる。


「お前、ここが正しいと思いたいんだよな」

「……正しいよ」

「そう思わないと無理だったんだろ」

「ちがう」

「違わない」


 自分でも驚くほど、はっきり言えた。


「外が怖かったからだ。捨てられるのが怖かった。取られるのも、見つからないまま消えるのも怖かった。だから、ルールを守ればなくならない場所を、“正しい”って呼ぶしかなかった」


 カイロの唇が、小さく震える。


「ちが……」

「ここが安全だったんじゃない。お前は“捨てられない場所”が欲しかっただけだ」


 沈黙。


 カイロは泣かなかった。

 でも、次の言葉が出てこない。


 ステラが胸を押さえて(つぶや)く。


「……わかった」

 ルースの瞳が淡く光る。

「条件接近。背景理解、到達」


 視界の端でHUDが開いた。


《GOD RELEASE AUTHORITY:STANDBY》

《条件③:対象背景理解 達成》

《発動待機》


 来た。


 でも、まだ早い。

 ここで剥がしたら、この子の足場ごと壊れる。そう直感で分かった。


 パチパチパチパチ――。

 その瞬間、拍手が鳴った。

 乾いた、綺麗すぎる拍手だった。


「素敵ねぇ~」


 白い回廊の奥から、ジャクラ・ミコトが現れる。

 白いキャバ嬢ドレスみたいな法務官衣装。胸元も脚も開いているのに、いやらしさより恐怖が勝つ。美しいが、それは手を触れてはいけない、怖すぎる美しさだった。


 その横で、ロキが満面の邪悪な笑みで、にこやかに手を振る。

「はーい◇ 感動の再会タイム、おしまいでーす◇」


 ナツが舌打ちする。

 ガロは前へ出る。

 俺はカイロの前へかばうように半歩ずれる。


 ジャクラはそれを見て、心底楽しそうに笑った。


「いい顔をするようになったじゃない。やっと“その子”を見たのね」

「……見世物にしやがって」

「ええ。だってここは、()()()()()()だもの」


 彼女は首を傾げる。


「でも困るのよね。理解してしまった人は、その先の責任も持たないと」

「何が言いたい」

「助けるなら、ここよりましな明日を出してごらんなさいってこと」


 ロキがくるりと回る。


「◇無許可感情介入を確認。第三保護層、封鎖しまぁす◇」


 天井の光が赤へ変わる。

 扉が順番に閉まっていく。


 カイロが初めて、本当に怯えた顔をした。


「……やだ」


 小さな声だった。

 でも今度は、“いい子の声”じゃなかった。


 俺は通路の赤い光を(にら)みながら、歯を食いしばる。


 理解しただけじゃ足りない。

 ここから先は、責任の話になる。


 ジャクラが微笑む。


「では次は、あなたがその理解に何を払えるか、見せてもらいましょう」


 警報が鳴る。

 保護区画が、裁定場の続きへ変わっていく。


 俺はカイロを見た。


 この子は、ここしか正しいと言えなかった。


 なら、その言葉ごとひっくり返すしかない。


 ――次は、逃がす。


挿絵(By みてみん)


■今回の登場キャラクター


・マスター

 見つけた以上、知らないふりができないおっさん。今回は“助ける前に理解してしまう”側へ踏み込みました。


・ガロ

 探していた子供を目の前にして、初めて言葉を失ったドワーフ。遅かったという一言が一番刺さる人。


・カイロ

 保護区画にいる子供。従っているというより、“ここを正しいと思わないと壊れる”場所にいる子です。


・ミーナ

 生き残るための正しさを知ってしまった側。冷たいのではなく、現実を知っているからこそ止める役。


・ルース/ステラ

 解析と感情の双子。今回でGRA条件③「対象の背景理解」が到達しました。


・ジャクラ

 相変わらず楽しそうな倫理都市の管理者。人の壊れ方に、美しさを見出す最悪の女。


・ロキ

 現場進行と煽り担当。軽いのに空気だけは最悪にしてくるMC。


■今回の話について


今回は、救出回ではなく“救出の資格がようやく生まれる回”でした。


カイロは洗脳されているだけではなく、ちゃんと経験から「ここが外よりまし」と判断しています。

だから厄介ですし、だから痛い。

この章でやりたいのは、悪を倒す爽快感よりも、正しさに()()()()()()()人間をどう救うのか、という嫌な問いです。


マスターは今回、初めて“この子がなぜここへ従っているのか”を理解しました。

でも理解しただけでは足りない。

その先の責任を、次回払うことになります。


■ゲーマーおっさん解説!


今回は、おっさん的には『ICO』をちょっと思い出す回でした。

静かな施設、逃がしたい相手、でも相手自身がまだこちらへ完全には来てくれない感じ。

あと潜入の空気はやっぱり『メタルギア』っぽいんですが、こっちは段ボールでごまかせる優しさがないんですよね。

“助ける相手が、今いる檻を安全だと思い込んでる”というのは、ゲームでも物語でもかなりしんどいタイプの救出で、今回はそこを正面からやってみました。


■主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

現在地:第三保護層

等級:鋼鉄

状態:裁定疲労/軽度頭痛/短時間ループ後の記憶ノイズ

補足:GRA条件③「対象背景理解」達成、発動待機


■所持アイテム・装備


・冒険者タグ

・基本戦闘装備一式

・第三保護層通行札

・簡易補給物資

・《ルステラ・キャリア》支援装備


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読んでいただきありがとうございます。
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