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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
倫理ノード編

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第82話 倫理ノード編04 おっさん、探しものの名前を見つける ――ドワーフが黙る時だけ、だいたい最悪な件――

 白い街は、今日も正しい顔しかしていませんでした。

 でも、そんな場所ほど、名前が消える音は静かに、ゆっくりと。

 今回は、救う前の話――見つけてしまった側の夜です。

 結局、俺たちは“通された”。


 いや、正確には違う。

 ジャクラが見飽きるまで何度か殺されて、そのうえで「今夜はここまででいい」と判断されただけだ。


 ロキの読み上げた結果は、一時滞在許可。

 観察継続。監視付き。上位区画への無断接触禁止。

 要するに、自由ではない。まだ裁定台の延長線上にいるまま、外縁区画へ捨て戻されたようなものだった。


 それでも、一応無事に夜を迎えられた。

 だから俺たちは今、《ルステラ・キャリア》の薄暗い荷台で、次に死ぬ前提みたいな作戦会議をしている。――憂鬱だが、やるしかない。


 ジャクラが最後に残した、


 ――次は、家族のお話をしましょう。


 その声だけが、まだ耳の奥に残っていた。


 倫理都市の夜は、妙に音が少ない。

 風が吹いても、布が鳴らない。人が歩いても、咳払せきばらいひとつ聞こえない。白い石畳、白い壁、白い灯り。全部が整いすぎていて、街というより、誰かが「街らしく」配置(はいち)した模型みたいだった。


 その外縁(がいえん)荷捌(にさば)き通りの影に、《ルステラ・キャリア》は息を潜めている。

 灯りは最低限。荷台の簡易カウンターには、酒の代わりに地図と紙束、冷めかけた茶のカップが並んでいた。


 俺は、その紙束の一枚を、何度も見直していた。


 昼間、裁定会場の裏で盗み見た保護記録。

 急いで写したから字は雑だ。だが、一番下の一行だけは、妙にくっきり見える。


 《KAIRO》


 たったそれだけだった。


 名前。

 いや、管理名かもしれない。

 出生名(しゅっせいめい)ですらない、隠すための仮名(かめい)かもしれない。


 それでも、その紙は重かった。


「まだ見てるんスか?」


 ナツが、湯気の立つカップを差し出してきた。

 中身は薬草茶。うまいとは言い難いが、今は胃に入るだけありがたい。


「見てる。っていうか、見直してる」

「見直したところで、その字が急に変化したりしませんって」

「知ってる......」


 知っている。

 知っているけど、目を離すと、この名前までどこかへ飛んでいきそうだった。


 荷台の縁に腰掛けたルースが、静かな声で言う。


「現時点では、出生名との一致は不明。ですが、対象特定の精度は上昇中です」

「つまり?」

「“探していた子供”である可能性が高い、ということです」


 言い切るには、まだ足りない。

 でも、足りなさごと胸に刺さるには十分だった。


 その時、荷台の外で足音が止まる。


 軽くない。迷いもない。疲れているくせに、一歩も鈍らない足取りだった。


 暖簾が揺れ、ガロが入ってくる。


 砂と夜気をまとったままの、ひどく疲れた顔だった。

 それでも、目だけは酒場で見る古株の目じゃない。荒野で何かを追っている時の、低く、沈んだ獣の目をしていた。


「来るの早すぎるでござらんか……?」

 タニシが素で引いていた。

「るすと本店にビーコン中継が通ってから、まだ半日でござるよ?」

「寝てないっすね、これ」

 ナツも眉をひそめる。

 カケルが帽子の(つば)を上げ、短く言った。

「……飛ばしてきたな、ガロさん」


 ガロは返事をしない。

 ただ、俺の前まで来て、低く言う。


「見せろ」


 紙を渡す。

 ごつい指が、その一行で止まった。


 《KAIRO》


 そのまま、ぴたりと動かなくなる。


 ……ああ。

 これだ。


 普段から無口なやつが、本当に言葉を失うと、周りの空気ごと止まる。


 ステラが小さく首を傾げる。

 ナツが口を閉じる。

 タニシまで、余計なことを言わない。


 俺は、少しだけ声を落として訊いた。


「知ってる名前なのか」


 ガロは、すぐには答えなかった。


 喉の奥で何かを噛み殺すみたいに、一度だけ息を吐く。

 それから、ようやく言葉を落とした。


「……あいつが、つけた仮の名じゃ」


「仮の、って」

「表の申請名でも、出生名でもない。回収から隠すための呼び名じゃよ」

「……あいつって」

「儂が、昔……(そば)におった男じゃ」


 そこで、ガロの声が一度切れた。


「温い場所で生きろ、という……願掛けみたいな名だった。少なくとも、儂はそう聞いた」


 紙を持つ手に、わずかに力が入る。


「その名を、儂は……もう二度と見んと思っとった」


 誰もすぐには喋れなかった。


 ただの管理名ではない。

 偶然で済ませるには、あまりにもできすぎていた。


 ルースが補足する。


「照合精度、さらに上昇。対象は、ガロの関係者が保護していた子供と見てほぼ間違いありません」

「“ほぼ”ってのが気持ち悪いな」

 カケルが言う。

「この街らしいけどよ」


 その時、荷台の奥から乾いた声が飛んだ。


「で、見つかったから何?」


 ミーナだった。


 白い街に入ってからずっと顔色が悪かったくせに、目だけは妙に冴えている。

 膝を抱えるみたいに座ったまま、こっちを見ずに続けた。


「見つかった。よかった。じゃあ助けよう――って、そういう話にするの?」

「そういう話ッスよ」

 ナツが即座に返す。

「ここで止まってどうするんすか」

「どうするもこうするもないよ」


 ミーナの声は、冷たいというより、疲れきっていた。


「この街の保護区画(ほごくかく)にいる子供は、“外よりは今日死なない”」

「だが――自由はない」

 俺が返す。

「でも食べられる。寝られる。すぐに獣に食われたり、野垂れ死にしたりはしない」

「削られる」

「外でも削られるよ――!」


 普段静かなミーナの、その返しが、妙に重く感じられた。


「ここから連れ出した瞬間、その子は保護個体から逃亡個体に変わる。追跡対象になる。同行者もまとめて記録される。今日まで見てきたでしょ。ここは“正しい街”じゃない。“逃げたら悪になる街”なの」


 カケルが指先でコインを弾いた。

 乾いた音が、荷台の床を転がる。


「……ミーナの言ってること自体は、間違っちゃいねぇ」

「カケルさんまでッスか?」

「現実の話だよ、ナッちゃん」


 カケルは肩を竦めた。


「胴元がルール握ってる卓で、勝手に席を立つ奴はな。たいてい“損切り要員”って処理される」

「例えが最低っす」

「そもそも最低の都市だろ、ここはさ」


 ミーナが小さく笑った。

 勝った笑いじゃない。負け慣れた人間の笑いだった。

「助けるって言葉は、連れ出した後まで責任持てる人だけが使って」


「持つよ」

 俺は即答していた。


 ミーナが、そこで初めて俺を見た。


「口ではね」

「口だけじゃない。だから今ここにいる」

「違う」


 ミーナは首を振る。


「……あんたは、拾う側の人だよ。拾えるものを拾い続ける人。でも私は、置いていく側の理屈を先に知っちゃった」

「それで慣れたのか」

「慣れないよ」


 即答だった。


「慣れないまま、切るしかない時があるって知ってるだけ」


 その言葉が刺さる。

 正しいからじゃない。正しすぎて、嫌になるからだ。


 全部は救えない。

 そんなこと、とっくに知っている。

 知っていてなお、目の前に名前が落ちた以上、知らないふりができないだけだ。


 その時、ガロが静かに顔を上げた。


「ミーナ」

「なに」

「おぬしの言うことは正しい」


 ミーナが黙る。


 ガロは紙を折りたたみ、拳の中へしまった。


「じゃがな。儂は、正しさで探しておったわけではない」

「……」

「間に合わんでも、行かん理由にはならん」


 大声じゃなかった。

 決意表明みたいな格好良さも、ない。

 ただ、擦り切れた声の奥に、折れない芯だけがあった。


わしは、あの子を迎えに行く」


 ステラが、小さく息を呑む。

 ルースは何も言わず、解析窓を一段だけ展開した。


 ミーナはしばらくガロを見ていたが、やがて視線を落とした。


「……じゃあ、せめて失敗の仕方くらい選んで」

「どういう意味っすか」

 ナツが問う。

「派手に壊すなってこと」


 ミーナは短く言った。


「子供は、音に怯えるから」


 それだけだった。

 拒絶じゃない。許可でもない。

 彼女なりの“生き残る倫理”で、ぎりぎり言える線を出したのだと分かった。


 その直後。


 外から、控えめなノックが三回。


 全員が反応するより早く、暖簾の隙間から白い封筒が滑り込んだ。

 ナツが立ち、俺が拾い、カケルが灯りの角度を変える。


 中に入っていたのは、薄い通行札が二枚。

 そして、たった一行だけだった。


 《第三保護層 北回廊 今夜二刻 監査目なし》


 差出人の名はない。

 だが紙からは、あの乾いた香りがした。無駄のない筆致。記録官補佐の癖。


「……エレシアさんスか」

 ナツが呟く。


 ルースが即座に照合する。


「筆圧、字形、傾き。一致率高。発信者はエレシア・ヴァンリーフの可能性が高いです」

「可能性、じゃなくて、ほぼ本人だろうな」

 カケルが封筒をひっくり返して笑う。

「優しいんじゃなく、揺らいでる手だ」


 ステラが、こくんと頷いた。


「このひと、子供のことになると、ちょっとだけ、ちがう」

「聞こえるのか?」

「うん。ちょっとだけだよ?」


 ステラは胸のあたりを押さえた。


「がまんしてる音がする」


 俺は通行札を見下ろした。


 見逃してくれる、わけじゃない。

 “今夜しかない”と教えているだけだ。


 善意ではなく、猶予(ゆうよ)

 それでも十分すぎるほど重い。


 ルースの解析窓が、ぱっと開く。


『対象候補:KAIRO

 現在層位:第三保護層

 状態:安定化処置中

 補足:夜明け前、再移送予定』


「再移送?」

 俺が眉をひそめる。

 ルースは解析窓を操作し、さらにHUD表示を深いレイヤーにした。


『行先断片、取得。

 第四戦域補助育成区画――旧戦場(きゅうせんじょう)接続ログあり』


 荷台の空気が、また一段冷えた。


「……は?」

 ナツが素で固まる。

「戦場って、戦う方の戦場っすよね」

「字面通りならな」

 カケルが低く言う。

「倫理都市で仕分けて、使える個体を次へ送る。綺麗につながったじゃねぇか。胸糞悪いけど」

「守るための街、じゃなかったの……?」

 タニシの声が、珍しく軽口抜きで揺れる。


 ミーナが壁際で目を閉じた。


「だから言ったでしょ。ここは“守る街”じゃない。“壊れ方を整える街”なんだよ」


 ステラが、俺の袖をそっと掴んだ。


「ぱーぱ」

「ん」

「この子、まだこわいまま、いい子してる」

「……聞こえるのか」

「うん」


 ステラは、少しだけ眉を寄せる。


「ここが正しいって、言い聞かせてる。そうしないと、こわれるから」


 その言葉を受けて、ルースが補足する。


「GRA発動条件③、“対象の背景理解”に接近。ですが、まだ不足」

「つまり?」

「助けるだけなら可能かもしれない。でも、神権解放権利ゴッド・リリース・オーソリティとして“剥がす”には、まだ足りません」

「子供の話を聞けってことか」

「そういうことですね」


 ジャクラの笑顔が、脳裏をよぎる。


 ――次は、家族のお話をしましょう。


 最初から、ここへ誘導していたのだ。

 俺たちが名前を見つけ、怒り、走り、そこから先の選別場まで踏み込むように。


「……今夜、保護区画に入る」

 俺は言った。

「目的は二つ。カイロを確認すること。できれば連れ出すこと。無理でも、次に繋がる話を聞くこと」

「次って、旧戦場っすか」

 ナツが訊く。

「たぶん、そこまで込みだ」

「胸糞の二段構えでござるな……」


 タニシが青い顔で言ったあと、珍しくまっすぐ顔を上げた。


「でも、行くでござるよな」

「行く」

「なら拙者も行くでござる」

「珍しいじゃねえか、お前がやる気出すなんて」

「せ、拙者も誰かのために、役に立ちたいですからな!えへん」


 カケルが立ち上がり、帽子を少しだけ持ち上げる。


「よし。じゃあ今夜は、この街の“優しさの裏口”にベットするぜ」

「言い方は最悪っすけど、たぶん合ってるっす」

「最高の褒め言葉だな」


 ガロは、折った紙をもう一度見た。

 《KAIRO》の名は、拳の中で(しわ)になっている。

 それでも、今はまだ消えていない。


 都市の外では風が鳴っていた。


 白い街の底、保護区画のさらに先。

 そこから、別の音が混じり始めている気がした。


 金属音。

 乾いた爆ぜる音。

 神権(しんけん)が、戦争を忘れていない場所の残響(ざんきょう)


 倫理の次は、戦闘。


 この街の正しさは、結局そこへ流れている。


 俺は通行札を握り直した。


 今夜、子供を迎えに行く。

 そして、たぶんその先で――旧戦場の入口を知る。


 白い街の夜は、相変わらず静かだった。

 でも今はもう、その静けさが優しさじゃないと知っている。

 だから俺たちは、音を立てないように、救いに行く。


挿絵(By みてみん)

■今回の登場キャラ


・マスター(NO NAME)

 《るすと》のマスター。見つけてしまった名前を、見なかったことにできない人。


・ガロ

 ドワーフの古株。探していた子供の仮名(かめい)を見つけ、迎えに行くと決めた。


・ミーナ

 “生き残る倫理”を知ってしまった側。助けることの重さを、一番冷たく、でも正しく突きつける役。


・カケル・テンドー

 メカニック兼ギャンブラー。こういう最悪な局面ほど、妙に言葉が冴える。


・ナツ

 率直に前へ出る実動担当。迷っても止まらないのが強み。


・タニシ

 ビビるし空回るけど、こういう時はちゃんと着いてくる弟分。


・ルース

 解析担当。感情を切り分ける役だが、切り分けた先の重さも少しずつ理解し始めている。


・ステラ

 感情共鳴担当。子供の“いい子でいようとして壊れそうな音”を先に拾う。


・エレシア・ヴァンリーフ

 倫理都市の記録官補佐。今回、名乗らずに通行札を流した揺らぎ側。


■今回の話のポイント


今回は「助ける」ではなく、「見つけてしまった」回でした。


名前が分かると、一気に他人ではなくなる。

でも、名前が分かったからといって、すぐ助けられるわけではない。

むしろ、そこから先の責任や、失敗した時の重さのほうが増してしまう。


ミーナはその現実を知っているから止めるし、ガロはそれでも行く。

どちらも間違っていません。

この章でやりたいのは、まさにその“どっちも正しいのに苦しい”場所です。


そして最後に、カイロの再移送先として旧戦場の気配が見えました。

倫理都市は、この街だけで完結していない。

“守るための選別”が、次の“使うための戦場”へ繋がっているのが、この世界の嫌なところです。


■主人公の現在のステータス


名前:NO NAME

通称:マスター

現在地:倫理都市外縁/《ルステラ・キャリア》

等級:白磁相当

状態:裁定疲労/軽度頭痛/短時間ループ後の記憶ノイズ

同行:ガロ、ミーナ、カケル、ナツ、タニシ、ルース、ステラ


■所持アイテム・装備


・冒険者タグ

・基本戦闘装備一式

・記録紙(KAIRO表記あり)

・第三保護層通行札×2

・簡易補給物資

・《ルステラ・キャリア》内簡易支援設備


■ゲーマーおっさん解説!


今回はちょっと『メタルギア』味を混ぜています。

正面から殴り込むより、「見つからずに入る」「入ったあとにどう出るか」のほうが大事な回でした。施設潜入って、ゲームだとついワクワクするんですが、物語でやると“見つかったら終わる相手が子供”なので、急に笑えなくなるんですよね。

おっさん世代としては、段ボールで済む世界のありがたみを、こういう回ほどしみじみ感じます。


次回は、第三保護層です。

静かな場所ほど、たぶん一番ろくでもない。


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