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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
倫理ノード編

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第79話 倫理ノード編01 おっさん、倫理ノードへ向かう ――メイドが増えた移動酒場が強すぎる件――

 神様に見つかりかけたので、今回は祝勝会ではなく撤収会です。

 ただし《るすと》は店なので、逃げる時も営業はやめません。

 ――そして、女給が増えます。

 鋼鉄(こうてつ)等級の表示は、どう見ても景気のいい知らせのはずだった。


 なのに、俺はカウンターに突っ伏したまま、まったく顔を上げる気になれなかった。


「逃げてるだけなのに、鋼鉄(こうてつ)になっちまった……」


 情けない声が木の天板に吸われる。向かいでは、イツキが帳簿を閉じるどころか、むしろ楽しそうに薄いログ板を指で弾いていた。


「二段階昇級ッスよ!? 普通ならめでたい話ッスよ!?」とナツが言う。

「普通じゃないから言ってんの」とイツキ。

「でも鋼鉄(こうてつ)って、かなり立派でござるよ!? 白磁(はくじ)から一気にそこまで飛ぶとか、まさに主人公補正でござる!」

「補正っていうか、補足説明だよ。神権(しんけん)側から“気になる”って名札ラベルつけられただけ」


 ぐさり、と来た。“気になる”――それがどういう意味を持つのか。


 イツキが俺の方へ、半透明の表示をくるりと向ける。


《再評価理由:現地照合補正》

《監査補助個体による違和感報告》

《観測優先度:()()


「はい。おめでたくない理由、以上」

字面(じづら)が最悪すぎる……」


 さっきまで店をうろついていた、妙に軽い神様――ヘルメス。

 笑って、覗いて、匂いだけ持ち帰っていったみたいなやつ。完全に踏み込んでくるでもなく、見逃すでもなく、店の空気の中に“変な点”だけ打って帰った感じがする。


 あれは嫌だった。


「一回来た。なら次もあるよ」

「断定早くないか?」と俺がいう。

「こういうのはね、“ちょっと気になる”で帰るのが一番だるいの。完全クロならその場でやるし、完全シロなら忘れる。半端に引っかかった時が、後に尾を引く」


 壁際で処理を走らせていたルースが、淡々と補足する。


「再訪問、または上位監査個体への報告確率が上昇しています」

「ほらね」

「だから“ほらね”じゃねぇんだよ……」


 俺が頭を抱えた、その横で、ステラが(すそ)をつまんだ。


「またくる?」

「……来るだろうな」

「やだ」

「俺もやだ」


 即答した俺に、ナツが苦笑する。


「息ぴったりッスね」


 笑いは起きた。けれど、店の空気は完全には戻らない。

 保冷区画の青い光も、簡易カウンターの木目も、さっきまでの営業のぬくもりを残しているのに、その上へ神権(しんけん)の冷たい指が一本だけ乗ったままみたいだった。


 その時、シズクが医療整備ケースを閉じ、銀縁眼鏡(ぎんぶちめがね)の奥で静かに言った。


「なら、留まらない方がいいです」

「それはそうだけど、次はどこに行く」

「NODE03〈倫理(りんり)〉寄りの圏域(けんいき)です」


 俺は顔を上げた。

 シズクはいつも通り落ち着いている。落ち着きすぎていて、嫌な現実ほど、その口から出ると本当っぽくなる。


「今回の反応は、監査、照合(しょうごう)裁定(さいてい)、再評価。この四つが濃い。だったら次に踏むべきは、近い系統です」

「高相関候補、NODE03〈倫理(りんり)〉」とルース。

「うわ。名前からして息苦しいッス」とナツ。

「ただしいの、くるしい?」とステラ。

「そういう場所ほど、たぶん一番息が詰まる」と俺は言った。


 イツキが肩をすくめる。


「決まりじゃん。見つかる前に動く。どうせ隠れるなら、次のノードを拾いに行く方がマシ」

「逃げるだけの荷車は止められるが、補給ついでの移動酒場なら、案外ただの店に見えるしな」


 機関部の奥から、カケルが工具を鳴らして笑った。


「《るすと》は店であること自体が皮になる。便利だろ?」

「皮って言い方やめろ。店だぞ」

「だから強ぇんだよ、店は。いる理由になるからな」


 そこへ、ギルマスが妙に明るい声で割って入ってくる。


「よし。じゃあ編成を組もう。今の《るすと》は、走る酒場であり、補給拠点であり、隠れ家だ。表を回す手と、裏を見る目の両方が要る」


 その言葉に、ミツキがすぐ頷いた。


「私、行きます」

「早いな」

「子ども相手が増えるなら、なおさらです。残って待つ方が落ち着きません」


 イツキも当然の顔だ。


「アタシも行く。現地の数字見ないと気持ち悪いし」

「私も同行します」とシズク。「倫理(りんり)圏は精神圧が高い可能性があります。衛生と医療の補助は必要です。あと先生は連れて行きません」

「最後が本音だな?」

「騒音は患者に良くないので」


 そこまでは想定内だった。


 意外だったのは、少し遅れて落ちた、気だるい声だ。


「……なら、あたしも行く」


 全員の視線が向く。

 ミーナはいつもの通り、椅子に斜めに腰をかけ、面倒そうな顔のままこちらを見返していた。ただ、その目の奥だけは、少しだけ起きている。


「外で戦うのは無理」

「……ああ」

「冒険もしない」

「……それも知ってる」

「でも、店の中で皿運ぶくらいならできる」


 静かになった。

 大げさに喜ぶ空気じゃない。本人が一番、軽く言っていないからだ。


「来るのか?」

「置いてかれるのも気分悪いし。座ってるだけより、マシでしょ」

 ミツキが小さく息を呑む。

「ミーナさん……」

「泣くほどじゃない」


 ぶっきらぼうな返しだった。けれど、その一言が、妙にありがたかった。


 ミーナは“冒険しない生存者”だ。

 ずっと、そうやって自分を守ってきた。

 そのミーナが、前に出るんじゃなく、“店の中なら”と条件つきで一歩だけ寄ってくる。――それは、無理をしていないぶん、かえって重かった。


   ―――――


 準備は思ったより騒がしかった。


 折り畳み卓を畳み、保冷区画を固定し、帳簿を箱へ移し、シズクが医療用のケースを並べる。カケルは下から「そこの棚縛れ!」「機関部の上に布置くな!」「揺れるぞ!」と怒鳴り続け、ナツとタニシが右往左往していた。


 その流れで、なぜか始まったのが簡易メイド服合わせである。


「……これ、着るの?」とミーナ。

「メイドなら形からでしょ」とイツキ。

「予備エプロンですから、そこまで仰々(ぎょうぎょう)しくはないですよ」とミツキ。

「動きやすさ優先で正解です」とシズク。

「ミーナ、それ似合うッスね」とナツ。

「地味だからでしょ」

「いや、落ち着いて見えるッス」


 たしかにそうだった。

 ミツキは最初から店の人間そのものだ。イツキは着崩してるのに妙に様になる。シズクは医療整備員がそのまま配膳(はいぜん)に来た感じで、やたら隙がない。そしてミーナは、一番地味な格好なのに、一番“普通にそこにいた人”に見えた。


挿絵(By みてみん)


「眼福メイド喫茶でござる……」

 とろけた声を出したタニシの後頭部へ、ナツの拳がきれいに入る。

「うごっ!」

反応リアクションが――きもいッス」

「直球!」


 笑いが起きた。

 その隙に、ステラがミーナの(すそ)をちょんとつまむ。


「みーな、かわいい」

「……それは違う」

「やさしい」

「もっと違う」


 ぶっきらぼうに返しながらも、ミーナはその手を払いはしなかった。


   ―――――


 出発前の試運転営業は、ほんの短い時間だけ開けた。


 補給帰りの冒険者が二人。どちらも疲れた顔で、水だけ頼んで壁際へ腰を下ろす。片方はコップを持つ指に力が入っていなくて、今日はもう何も喋りたくないんだろうな、と分かる顔だった。


 ミーナが、その前に無言で水を置く。

 相手が「悪い」と小さく言うと、肩をすくめた。


「別に。こぼれると面倒なだけ」

「……ありがとな」


 それだけのやり取り。

 でも、その男は少しだけ顔を上げた。

 店ってのは、たぶんこういう一口の前で決まる。


 次の瞬間、近くにいた子どもが木のコップを落としかけた。

 ミーナの手が反射で伸びる。音が鳴る前に受け止めて、そのまま卓へ戻す。本人が一番驚いた顔をしていた。


「……あ」

「すごい!」とステラ。

「別に、普通」

「普通じゃないッスよ」とナツがにやにやする。

「うるさい」


 声はぶっきらぼうだったが、さっきより少しだけ軽い。

 その横顔を見て、俺はほんの少し肩の力が抜けた。


   ―――――


 《ルステラ・キャリア》が走り出すと、店そのものが、ゆっくり息を吸い直したみたいだった。


 保冷区画の青い光。揺れるランタン。木と金属の(きし)む音。畳んだ卓の向こうで、ミツキがグラスの位置を整え、イツキが帳簿を膝に乗せ、シズクは医療箱の留め具を確認している。ステラは窓際で外を覗き込み、ルースは壁のログ板へ薄い処理光を走らせていた。


「出るぞ! つかまれ!」

 カケルの声と同時に、車体が少しだけ跳ねる。

「帳簿飛ばしたらお前から落とす」とイツキ。

「理不尽!」タニシ。

「しゅっぱつー!しんこう」とステラ。

「騒音レベル上昇」とルース。「ですが……悪くありません」

「それもう楽しいって言っていいんだぞ」

「未定義です」

「否定はしないのか……」


 街道をしばらく進んだところで、小さな営業を一度だけ挟んだ。


 立ち寄った客は三人。身なりは普通だ。声も穏やかだ。なのに、何かが変だった。


「水を。規定量で。可能なら常温」

「……規定量?」と俺。

「はい。過不足は不要です」


 笑顔だった。礼儀正しい。言葉も柔らかい。

 けれど、その柔らかさの奥に、人間らしいゆるみがまるでない。隣の客も、席へ着く前に荷物の位置をぴたりと揃え、注文を一度も言い淀まない。


 正しい。

 たぶん全部、正しい。

 だからこそ、ぞっとする。


 ナツが小声で寄ってきた。


「なんか、怖くないッスか」

「“正しい”の匂いが濃いね」とイツキ。

「整いすぎています」とシズク。

「通信、動線、会話密度。効率は高いです」とルース。

「やだ」とステラ。

「即答だな」

「わらってるのに、さむい」



 その一言が、一番分かりやすかった。


 日が落ちる。

 遠くの地平に、白く整いすぎた灯りが見え始めた。明るいのに暖かくない。街の輪郭が、定規(じょうぎ)で引いたみたいに綺麗すぎる。


 ルースの前に、薄いHUDが開く。


《NODE03反応 前方》

《精神圧 軽度上昇》

倫理層残滓(りんりそうざんし) 検出》


「来たか……」

 俺が吐くと、イツキは嫌そうに眉を寄せた。

「うわ。絶対めんどい街」

「見つかる前に潜るぞ」と俺は言う。「……営業は?」

 ミツキが静かにグラスを整える。

「続けます」

 ミーナも外を見たまま、短く言った。

「閉める方が不自然でしょ」

「だな」

 その横で、ミコが荷箱の上にちょこんと座ったまま、ふんと鼻を鳴らした。

「……あっち、やな光する」

 それだけ言って、また黙る。けれど視線だけは、これから向かう白い灯りの方をまっすぐ見ていた。


 整いすぎた灯りの方へ、移動(るすと)はゆっくり進む。

 やさしそうで、綺麗で、だからこそ息が詰まるような街へ。


 ステラが、俺の(そで)を握った。


「ここ、やさしいのに……こわい」

「……やな光」と、ミコが小さく言った。


 ――その感じ方は、たぶん正しい。

お読みいただきありがとうございます。


今回は、ヘルメス来訪の余波を引きずりつつも、ただ怯えて立ち止まるのではなく、**《るすと》らしく“店を続けたまま動く”**ことを決める回でした。


鋼鉄こうてつへの再評価そのものは、めでたいというより「神権しんけん側に違和感を拾われた」結果です。

だからこそ今回は、お祝いではなく撤収準備。けれど、《るすと》は逃げる時でも酒場をやめません。


そのうえで個人的に書きたかったのが、ミーナの一歩でした。

彼女は“冒険しない生存者”です。いきなり戦わせたり、勇気を振り絞って前衛復帰、みたいな流れにはしたくありませんでした。

なので今回は、あくまで**「店の中で皿を運ぶくらいなら」**という、彼女らしい小さな踏み出し方にしています。

大きな復活ではなく、日常の動きの中で少しだけ戻ってくる感じ。そこを大事にした回でした。


―――――


【今回の登場人物】


◆マスター

神権側に違和感を拾われ、白磁はくじから鋼鉄こうてつへ再評価されたおっさん。

うれしくない昇格に、ずっと胃のあたりが重い回でした。


◆イツキ

帳簿とログの番人。

「一回来たなら次も来る」と、最初に現実を突きつけた人です。


◆ミツキ

対人窓口担当。

移動るすとでも、人の気持ち側から店を支える役として同行。


◆シズク

医療・衛生・精神圧対策担当。

静かに怖いことを言うのに、たぶん一番必要な人材です。


◆ミーナ

“冒険しない生存者”。

今回は女給役として同行を決めました。小さいけれど、大事な一歩です。


◆ルース&ステラ

論理と感情の双子。

ルースは効率を見て、ステラは空気の冷たさを感じ取る。

同じ街を前にした反応差も、今後のポイントになります。


◆ナツ/タニシ/カケル

騒がしさ担当、雑用担当、機関担当。

重くなりすぎる空気を、《るすと》らしく回してくれる面々です。


―――――


【ゲーマーおっさん解説!】


今回の《移動るすと酒場》は、おっさんゲーマー的には**“移動拠点”を手に入れた時のワクワク感**をかなり意識しています。


昔のRPGって、ただ町から町へ歩く段階から一歩進んで、**馬車・船・飛空艇みたいな“拠点ごと移動する手段”**が手に入る瞬間があるんですよね。

あれって単なる移動の便利化じゃなくて、


* 仲間を連れていける

* 旅の途中でも準備できる

* 会話や休息の場所が消えない

* 世界が一気に広がった気がする


……という、冒険の質そのものが変わるイベントだと思っています。


今回やりたかったのも、まさにそこです。


《るすと》は酒場です。

でも今回は、その酒場が建物ではなく、**一緒に走る“居場所”**になりました。


逃げているのに、灯りは消さない。

危ないのに、店は開ける。

補給所でもあり、隠れ家でもあり、旅の拠点でもある。


あの昔のRPGの“移動拠点を手に入れた時の楽しさ”を、《るすと》流に酒場へ寄せたのが今回の回です。


―――――


【今回の話のポイント】


鋼鉄こうてつへの再評価は、成長のご褒美ではなく観測強化の副産物

・見つかる前に、次のNODE03〈倫理りんり〉圏へ向かう流れに移行

・それでも《るすと》は“店”であることをやめない

・ミーナが「冒険しない」まま、少しだけ外へ戻り始めた


次回はいよいよ、**“やさしいのに怖い街”**へ踏み込みます。

整いすぎた正しさ、息苦しい秩序、笑顔なのに冷たい空気。

倫理りんりノード側の嫌な感じを、じわっと出していけたらと思っています。


―――――


【主人公の現在ステータス】


識別名:NO NAME

等級:鋼鉄こうてつ

状態:観測優先度上昇/精神圧予兆

備考:神権側に違和感を拾われたため、再照合リスクあり


【現在の主な同行メンバー】


マスター

ルース

ステラ

ナツ

タニシ

カケル

イツキ

ミツキ

シズク

ミーナ

ミコ


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読んでいただきありがとうございます。
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

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