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第23話 敗走する者

 レハラント南西の未開領域奥深くの丘陵地帯、開けた草原と森林地帯の境界に、大きくて古びたコンクリート建築物がある。廃墟まではいかないが、かなり寂れた趣が漂う。放棄された何かの研究施設か工場のような雰囲気だ。

 その建物の中の廊下で大きな角を生やした巨体の甲虫人間とモップを持った二十歳程に見える若い全裸の金髪美女が対峙していた。


「掃除の邪魔だから退いて頂戴。粗大ゴミ。」


 無着衣文化者である女の名はネフティ・リリス・バータス。元ダグザール帝国の警察(憲兵隊公衆治安部)特殊部隊隊員、そして今は“猟奇姫”ジアッラの身の回りを世話する部下である。口の中に並んだギザ歯で彼女がマスチゴブロント族である事が分かる。


「おいおい、誰に口を利いているんだよ?」


 甲虫人間の名はカウハルツ・デギャント・クー・テンゼン・ナストラリ。元国際武道大会槌武器部門四年連続チャンピオン、そして今は“不死王”ピクロ直属の部下である。


「俺はレハラントじゃピクロ先生やドラコの兄貴、それに姉御たちと同格に扱われる“剛力の一角”様だぜ?」


「はっ! “五大災厄”だっけ? それはお遊戯大会チャンピオンで元々有名だったおまえが偶々あの国で大暴れしてビビられただけでしょうが。あのキチガイ国家らしい勘違いよね。あの後、奥方様たちからこってり叱られて凹みまくってたクセに。

 それより、そのデカイ図体が邪魔だから退けって言ってんの、チンカス野郎。」


 うぐ! 飼い主に似て口の悪い番犬だぜ! カウハルツは思うが決して口には出さない。それは遠回しにジアッラの悪口になるからだ。コワい。


「あー、分かった分かった、退くよ。退けばいいんだろ、全くよぉ…。」


 立ち上がって歩き出したカウハルツはネフティとの擦れ違い様にチラリと一瞥した。


「おい、ちょっと待て。おまえ今、チラテンきったわね?」


 何で分かった!? 俺、複眼なんだけど?


「舐めるなよ、チンピラ。わたしは昔、おまえ達パラビュサス族相手の捕り物も随分やっているんだから。

 それにおまえこそ口の利き方がなってない。どっちがここでの先輩か、分からせてあげなくっちゃね。」


 ネフティがモップを頭上に掲げて戦闘態勢をとる。彼女がかつて所属していた警察特殊部隊は種族的に生まれながら高い身体能力・魔法能力を持つ者の凶悪犯罪専門部隊だった。実戦で磨かれた格闘術・逮捕術は本物である。それに加えてジアッラの元でも鍛えられているのだ。


「いででっ! ナマ言ってすんません! あだだだっ!」


 ネフティはモップと両足を使って器用にカウハルツの四本の腕を固めて、キャメルクラッチを決めた。


「勘弁してください! もう反抗しません! ホント!」


 この世界の人々はこの建物を“悠久亭”と呼ぶ。





 竜也たちとの戦い…いや、一方的蹂躙を終えた魔王は岩の椅子に腰掛け、肉体構築を再開しようとしていた。


「派手にやられたなぁ。」


 突然の声。その方向を見ると人間の子供の女が、先程叩き潰した聖女のミンチ肉を見ていた。


 また新手の勇者か? それともさっきの連中の生き残りか? まあどちらでも良い。炭にしてやる。

 魔王はその人間に<光熱球>を発動…しない。


 ? ならば<氷結>。


 やはり発動しない。


 ? ?


「<魔素濃度測定>と<魔法術式感知>がちょくちょく反応しているが、発動しないのが不思議か? 矮小な虫ケラよ。」


 何だ? 何を言っている? この人間は。自分が魔王たるこのわたしの魔法を封じている、とでもいうのか? 先程の戦いの恐怖で馬鹿な幻想を抱く程に狂ったか。

 ふむ、どこか身体に不具合が発生しているのかも知れん。こいつを挽り潰してから調べる必要があるな。


 魔王は戯言を吐いている人間を叩き潰そうと岩の椅子から立ち上がる。その瞬間、人間は自分の肩に乗っていた。

 <瞬間移動>? だが、それとは何か違う気がした。

 魔王は反射的に振り落とそうとするが、その時にはもうその人間の姿は無かった。


「おまえ、まだ口は利けないのか?」


 人間は元いた場所に戻っていた。


 ─何者だ? 貴様。─


「フヒ! いい声じゃないか。

 わたしの名はジアッラ。」


 ─!─


 なるほど、道理で魔法が発動しない訳だ…。今、この周辺の魔素の“所有者”はこの人間の女だ。


「問う。勇者たちとの戦いに勝利し後には我らに敵対する意思ありか?」





 レハラント魔王討伐団が魔王の前に為す術無く敗北してから数日後、竜也は間も無くレルシェン領という地点まで戻っていた。

 髪も髭も伸び放題。服も靴もボロボロ。動物を狩っても解体方法が分からない。調理道具も無いし、火も起こせない。適当にばらして適当な部位を生で食った。野草も適当に食べられそうな物を食った。その結果、ずっと激しい腹痛と下痢が続いている。

 開拓道路と思しき道に出ると、数人の魔族を見かけた。しかし、そんな身形でブツブツ独り言を言っている帯剣者に近付く命知らずはいない。事故に遭遇して這う這うの体で逃げ戻り、人事不省に陥っている冒険者にしか見えない。あながち間違ってはいないが。

 しばらくすると、通報を受けた最寄りの冒険者ギルド職員がオルバというカピバラの頭部を持ったダチョウの様な生き物に乗って駆けつけて来た。


「大丈夫ですか? 何がありました? 冒険者なら登録証を…。」


「うるせえ…。」


 冒険者ギルド職員の言葉を竜也は遮る。


「俺は対魔王召喚勇者のタツヤ様だ、魔族風情が気安く話し掛けるんじゃねえよ…。」


 それを聞いて冒険者ギルド職員の顔色が変わり、オルバに乗ると大慌てで去って行った。


 嫌な感じだ。痛てて…。あれは援軍を呼んでくるな。今の状態で大勢引き連れて来られるとマズい…。


 そこで竜也は気付く。


 見通しのいい道沿いなら<瞬間移動>の誤差で事故る危険が無いんじゃないか? あるとすれば地面にめり込む事ぐらい…その分、上を狙って地面に落ちたって「痛て!」ってくらいなもんだろ? そうだよ! 何でもっと早く気付かなかった! ったくよぉ、素人のジジイなんかをギフト訓練の講師になんか付けやがるからだよ! 畜生!


 <瞬間移動>。


 ドサッ!


 地面に落ちた衝撃は衰弱した竜也の身体には予想以上に応えた。ぐおお…と身悶える。しかも落ちた拍子に肛門から茶色い液体も漏れ出た。


 思ったよりキツイが他に方法は無え。ギフトだから使い放題だ。これを繰り返せば魔族と遭遇戦にならずに、安全にレハラントまで戻れるぜ…。





 一匹の小鳥が“世界を覗く瞳”ユディこと、ユーディット・ドーラの元に舞い降りる。


「ピュイ! ピュイ! ピイィ!」


「うふふ、ありがとうね。」


 礼を言われた小鳥は再び空へと飛び去って行った。


「シフレア発の討伐団が魔王討伐に成功したそうよ。」


「ふーん、まあ予想通りだな。」


 世界の何処よりも早い最新情報を受けたジアッラは本を読みながら素っ気なく答える。


 シフレア主導魔王討伐団は闇ルナット族(ダークエルフ族)二人、キシリアン族(オーク族)二人、ベラドルーナ族(ゴブリン族)二人、マスチゴブロント族(デーモン族)、ザムセン族(ベアウルフ族)各一人の計八名編成。

 竜也たちのようなレアギフトを得れた者はいない。しかし実戦形式の模擬戦闘訓練を徹底して能力の特性を理解し、臨機応変な変則的使用法やコンビネーションを身に付けていた。

 一方、竜也たちミレシア族は人類全種族中で身体能力・魔法能力のベースラインが一番低いというハンデがあるものの、それをカバーする為に、あの“特別な召喚水晶”によって他種族召喚者よりも一つ多いギフトが付与される恩恵を受けている。

 にも拘わらず、今回の対魔王召喚で最も強力なギフトを授かった二人の片割れである竜也は、強力なレアスキルを得た事に胡坐をかいて、研鑽を怠った感は否めない。空間系魔法の“使い方”を決めつけて、応用や別の可能性、拡張性をほとんど考えなかったのは大きい、と同じ空間系魔法の使い手の大先輩としてジアッラは評価している。


 強力なギフトを受けたもう一人、ヤヨイの方は<念動>を<飛行>、<ゴーレム>という既知の応用に昇華しただけに留まらず、他にも使い方のバリエーションは無いものか、と自分で考えて訓練で色々と試していた。レハラントでの指導者に恵まれていれば、単独で魔王と戦える程になれていただろう。

 あの子にくっついてるヤンキー娘のレイカも面白い子だよな。ヤヨイ共々、成長が楽しみだ。





 <瞬間移動>の連発を始めてからの竜也は速かった。レハラント領、ザックレイ砦が見える位置まで来て竜也は一安心して休憩を取る。


 ん? ザックレイ砦ってあんなに傷んでいたか?


 違和感を覚えた竜也は砦に近付く。普通、軍事施設である砦に不審者がここまで近付けば警備の兵が反応してくると思うのだが、人の気配が全く無い。更に竜也を驚かせたのは明らかな戦闘の形跡。


 これは…魔族と戦闘があったという事か! クソッタレの魔族どもめ! レハラントが魔王討伐に気を取られている隙を突いて攻め込んで来やがったのか! 汚ねえ奴らだ!

 しかし、砦が放棄されてるって事はこの辺りは既に魔族の勢力下の可能性が高い。離れた方がいいか…いや、兵を置いていないなら魔族もここを無視しているって事だ。逆に安全だな。ここで一服付けるとしよう。


 竜也は砦の中に入って腰を下ろす。もう漏らした汚物も気にならない程全身ボロボロであった。レルシェン通過中に村落で生ゴミの中から食べられそうな物を拾って来た。竜也はそれをムシャムシャと頬張る。未開領域で口にした物よりは遥かに上等な食べ物だった。

 食べ終えて竜也はゴロンと横になる。


 弥生ちゃんと佐々木は今頃どこで何をしているんだろう? 脱走された時は腹が立ったが、今となっては無性に会いたい顔だ。それにエリス…エリスに会いたい。魔王討伐には失敗したけど、魔族は殺しまくった。褒めてくれるだろ? ははっ。帰りてえ…元の世界に…。


 竜也はそのまま眠りに落ち、腹痛を伴って目覚めたのは翌日の昼だった。目覚めるや、その場で用を足す。


 ここから王都まで街道沿いに進めばス…なんとかって結構大きな町があった。まずはそこまで進んで食料を物色するか。軍の施設もあったから、身体を洗って、何でもいいから着替えも貰って、マトモな食い物にありつこう。髯も剃らなくちゃな。

 人類がボンクラな魔族どもにそこまでの侵攻を許すわけが無え。奴らの領内で戦った俺だから連中の強さは良く分かるのさ。


 竜也がレルシェン領内で行ったのは一般市民への不意打ち虐殺で戦闘員とは一度も戦っていないし、彼が現在居る場所は陥落した味方の防衛拠点なのだが。

 ちなみに町の名前はシスバラッドである。最初の一文字も合っていなかった。





 ───レハラント王国王都王城、シェーン王子の私室。

 シェーン王子とジャスク近衛騎士団長が机を挟んで戦後処理の進捗について会話している。


「割譲地の住民移転は今暫くの時間が必要ですな。それが終わり次第、戴冠式を速やかに行えるように準備中です。」


「魔王討伐団の方はどうなっている? 予定通りなら数日内に魔王の拠点に到着しているはずだろう?」


「それが…音信不通状態です。」


「何?」


「伝書鳥を飛ばしましたが、そのまま帰ってきました。討伐成功にしろ、失敗にしろ、まだ現着していないにしろ、何らかの部下からの返信があるはずなんですが、返信を持たずに戻って来ました。念の為に二羽目を飛ばしましたが、今日の朝にまた未返信で戻って来ました。」


「どういう事だ?」


「返信者、つまり討伐団に付けた私の部下がいない…ですよ。」


「まさか途中で魔獣に襲われて、魔王の拠点到達前に全滅した訳ではあるまいな? それはさすがに恥ずかしくて公表できないぞ?」


「有り得ませんよ。災害魔獣に遭遇でもしない限り、あの戦力でその可能性はありません。」


「…。」


「…。」


「いや! まさかな! あは、あははっ!」


「ないない。ははははっ!」


「…。」


「…。」


「「あっはっはっはっ!」」


 二人は乾いた笑い声を上げた。





 シスバラッドに到着した竜也は、市街に戦闘の痕跡があるのを見て「魔族ごときが相手でも隙を突かれたらここまでやられるのか。油断とは怖いものだな。」と呟く。

 しかし街に魔族は見当たらない。さすがに撃退には成功したか、と安心した竜也は軍の駐屯施設へと向かった。


「おい、止ま…うっ!」


 フラフラと施設正門に近付く不審者を止めようとした衛兵は、その酷い悪臭に言葉を失う。


「ここに恵んでやる物は無いぞ。早くどこかに行け!」


「うるせえ、下っ端。俺は魔王討伐団リーダーの召喚勇者タツヤだ。ここの責任者を呼べ。」


「つまらん冗談を言ってないで…。」


 竜也は刀を抜く。


「ガタガタ言ってんじゃ無え。責任者を呼べっつってんだろ。」


「お、おい、隊長を呼んで来い。」


 二人組の衛兵の一人が基地内へと走って行き、間も無くこの駐屯基地の責任者と思われる陸軍将校がやって来た。


「その物騒な物を収めたまえ。魔王討伐の召喚勇者だって? 証拠があるなら見せたまえ。」


「おら、魔法士免許だ。本人証明の魔法紋を出してやるから確認しろよ。」


 竜也はそう言うと魔法士免許を翳した。

 魔法士免許には魔素が体内に取り込まれた際に発生する魔力周波数(指紋や声紋の様な物)を感知して、所有者本人である事を証明する紋様が浮かび上がる術式が施されている。それに<念映>魔法による写真も貼り付けされている。


「なるほど、随分と酷いナリになってはいるが本人に間違い無いな。」


「わかったなら風呂と着替え、それとメシを用意してもらおう。」


「わかりました。すぐに御用意いたしましょう。王都までも我々が“丁重”にお送りいたします。」


「いや、それには及ばん。ギフトを使うから一人の方が早い。」


「そうおっしゃらずに。我々も対魔王召喚勇者様には最高の御持て成しをしたいのですよ。」


 何だ? 何か雰囲気がおかしいぞ? 竜也は妙な空気感を覚える。


「いや、御持て成しは風呂と着替えとメシだけで結構だ。」


「そうですか。そこまでおっしゃるのでしたら仕方ありませんね。

 まずは入浴でしたか、営舎へ御案内しますよ。」


 竜也は将校に案内されて風呂に入り、身体を洗い流す。生き返る様だ。着替えは陸軍の平時制服が用意された。

 そして食事。

 やっとマトモな食事にありつけた竜也は無我夢中でそれを頬張る。


 あれ?


 突然の睡魔。そこで竜也の記憶は途切れた。


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