第21話 戦争終結
エリス王女は移動中に支援者から送られた馬車に乗ってザムザー辺境伯領の首都タラバンタに入城、彼女を支持する西方三伯、ザムザー、キーランベルト、ゴランガルの歓迎を受けた。
「王女殿下、よくぞ御無事で!」
「此度の受け入れ、感謝します。」
兎に角、事は急を要します、一刻の猶予も無いものと思ってください。 わたしもすぐに行動を開始します。」
「はっ!」
「わたしに付いて旅して来た者と市民を出来る限り城門前に集めてください。」
エリス王女一行はザムザー辺境伯領に入った時点で、支持派の脱走兵や有志の市民が合流して二千人近くまで増えていた。
それに加えてエリス王女の姿を一目見ようと王女シンパのタラバンタ市民が城門前に押しかける。城門前はあっという間に押すな押すなの状態になった。
「これよりエリス王女殿下のお言葉があられる! 全員静粛にせよ! 命を賭ける覚悟ある者のみ雑音を許す!」
辺りが一斉に静まり返ると、城門屋上にエリス王女が姿を現した。その衣装は王都脱出時の物である。
勿論、エリス王女は旅の途中に支援者から高価な衣装も送られており、タラバンタ入場時にはそれなりの身形をしていた。だが、敢えて王城脱出時にボロボロになった衣装を晒す。
演出である。
「皆の者、よく聞け! 我が偉大なる父イーバル国王は人類長年の悲願である魔族殲滅に類稀なる勇気をもって踏み出した! しかし、我が兄シェーンはそれに異を唱え、事もあろうか魔族と和解するなどという馬鹿げた妄想の為に父王を殺害するという史上最低の愚挙を働き、わたし自身も見ての通りの有様で王城を脱出するのがやっとであった! こんな事が許されていいのか! 我らは愛するレハラントの誇りを捨ててはならぬ! 今! わたしは亡き父の遺志を継ぎ、この地に真なるレハラント、“真レハラント聖国”の建国と女王即位を宣言する! ここが! 真のレハラントとなる! 認めぬという者は直ちにこの地を去れ!」
静寂…そして大歓声。拍手、雄叫び、感涙の声が城門前を包んだ。新たなる狂信的ミレシア族絶対至上主義思想国家が誕生した瞬間である。
これでわたしは“他国の女王”。レルシェンも講和条件にわたしの首を差し出せとは些か言い難いでしょう。兄上にしても“戦乱の平定”が大義である以上、新たなる戦など出来ませんわね。
即座に感動で大粒の涙を流す国務大臣と西方三伯にエリス女王は命じる。
「三伯は直ちに書記官から今のわたしの言葉を確認して自領内に隈なく行き渡らせる事。そして兄者支持派を徹底的に炙り出し、一人残らず国外追放処分となさい。ただし死罪は絶対に禁じます。」
民衆に過度な恐怖を与えてはいけない。たとえシェーン王子派でも殺される事は無い、という僅かな安心感があった方が気が緩みやすい、本音が出易い、見つけ易い、というのがエリス女王の狙いだ。
「また、三伯には侯爵となって貰い、中央の執政を担って貰います。いいですか?」
「有難き幸せで御座います!」
これで自分の保身とタツヤの帰る場所が確保できました。早く帰って来てくださいね。
庭で愛しの旦那様と学生時代の後輩で我が弟子の頭のネジがブッ飛んでいる魔法工学者のスティーロが開発中の魔道具の実験をしている。何で気が合うのかな? この二人。
作っているのは“魔素を燃料とする内燃機関”だ。
何でそんな物を作ろうとしているのかいきさつを説明すると、わたしが転生特権の一つとして持っている『入手したアイテムを次の人生に継承・蓄積していける』で、前世で乗っていたバイクを見せたのがきっかけだった。実は旦那様も四回前に生きた前世の世界線がわたしの前世に近い世界線で大のクルマ好きであり、それを見て大喜びした。
しかしこの世界線には原油も天然ガスも存在していない。採掘されていないのでは無く、存在自体していないのだ。
まあ、この世界線に無い物でも素材(構成する元素)と設計図(この場合は構造式)もしくはサンプルの現物さえあれば、旦那様の能力<生成>は作り出せる。旦那様の能力は最強無敵だ、わたしなど旦那様に比べたらカスだ。
しかし、わたしは既に“とある”他のアイテムの補給関係において、旦那様頼りで負担を掛けていたりする。これ以上の負担を掛けるのは気が引ける。バイクは<亜空間収納>の肥やしでいい、と言ったのだが…旦那様ときたら、「だったらこの世界ではお手軽で、しかもクリーンエネルギーである魔素を燃料にしたエンジンを新たに作ろう!」などと言い出し、開発作業開始に至った…のだが…。
ドカンッ!
爆発した!
「あなた様! 怪我は!」
「大丈夫だ、問題無い。」
わたし達の“不老不死”は正確には“不老無限寿命”であり、完全な“不死”では無い。旦那様は<生成>である程度までなら外傷による死を回避出来るし、ピクロは飢餓と窒息による死から解放されている。しかし外的要因による死から完全に逃れる事は出来ていないのだ。わたし達の“神領域ギフト”はそれをカバーする為に与えられたものと言っていい。
旦那様の場合は先述の通り、怪我に対してこの世で唯一の漫画でよく見る様なヒールを再現した治癒が可能なのだが、愛する人の怪我をする姿など見たくはないし、絶対では無い。即死したら元も子も無いのだ。
そして魔力内燃機関の失敗はこれで何回目だろうか。もう百年以上続けている。勿論、毎日そればかりやっている訳では無いが。
「うーん…魔力の出力制御を機械的に行うの所がどうしても突破できない大きな壁だな…。それに爆炎術式宝珠の点火進角調整も…ブツブツ…。」
「何も内燃機関と全く同じ原理と構造にしなくても、魔法はもっと便利な物なんですから別の方法があるでしょう?」
「いーや、ダメダメ。クルマもバイクも、あのエンジンの脈動感が醍醐味なんじゃないか。」
「魔法文明と科学文明の融合が奇跡を生むことは皆さんの“不老不死”が証明済み! その恩恵を分け与えられ、さらに今、新たな奇跡への挑戦に携わる事が出来る僕は幸せです!」
「これはそんな大層なモンじゃ無いっつーの。おまえは黙ってろ、バカ弟子。」
ああ、わたしの前世の趣味ごときにここまで一生懸命頑張ってくれる旦那様♥ 好き好き好き好き愛してる♥♥
バカ弟子、おまえはとっととクソして寝ろ!
戦争終結を急ぐシェーン王子が全権となったレハラントはレルシェンとの講和交渉を速やかに行った。
結果、
1、魔王討伐団は帰国次第全員を逮捕、起訴。
2、エリス王女の起訴。
3、異世界召喚宝珠の五十年間使用停止。
4、ミレシア族絶対至上主義の是正。
5、明文化した正式な不戦条約の締結。
6、レハラント東部地域の一部割譲。
7、賠償金五億アトクス(国際通貨単位)の支払い。
8、常備軍兵力一万人、五千騎削減。
にて合意に達し、レハラントとレルシェンの戦争は手打ちとなった。
なお、エリス王女には被疑者不在のまま死刑判決を下す事が密約された。これは、『王室命令による死罪宣告にしてしまうと、解釈次第でエリス王女の新国家樹立宣言に対する宣戦布告になる。売られた喧嘩を買っただけだ、という戦闘を仕掛けて来る口実をエリス側に作らせたくないので司法判決で進めたい』というシェーン王子の要望をレルシェンが認めたものである。
また、常備軍兵力削減についてはレルシェンは当初削減数二万人を要求、レハラントは五千人を提示。結局、エリス王女が宣言した新国家の危険についてレルシェン側が理解を示し、レルシェンがダグザールの撤収と戦闘行為の終了を説得する事を条件に一万人で合意した。
この結果に不満を抱いた一部がエリス王女側へと流れ、レハラント王国と真レハラント聖国の国力差はほぼ対等になった。
そんな国際情勢など知る由も無く、竜也たちは魔王の拠点を目指す。その間にレルシェン主導の討伐団が魔王に挑戦、善戦はしたものの全滅。ダグザールの北方にあるパルマー公国主導の討伐団は呆気無く敗退という結果に終わっている。
位置と移動速度から見て、次なるチャレンジャーは竜也たちだ。ジアッラが一押ししたシフレア主導の討伐団は自分たちのペースを崩さない。しかし、もし竜也たちが弥生と麗華、更にはジルバートと、脱走者の追跡に踏み切っていたら順番は逆になり、竜也たちが魔王と戦う確率は低くなっていだろう。
折角ハーレムを夢見たのに食えたのはエリスと舞美の二人だけ。一番に狙っていた弥生と一番楽に食えそうだった麗華はトンズラしちまった。面白くないな…が、魔王討伐者という看板を立ててレハラントに凱旋すればこっちのもんだ。魔族どもに先を越される訳にはいかねえ。
ドゲザー、礼二、オッサンも似た様なものだ。パッとしなかった元の世界よりも、こっちの世界で一花咲かせたい。ドゲザーと礼二は女、オッサンは起業、と目的こそ異なるが、共通して“魔王討伐者”という肩書きは大いに役立つ。
舞美は自分が竜也にとって都合がいいだけの性欲処理係に過ぎない、という事は百も承知だ。だが、それで満足している。
一方でゲックレンたちはレハラントとレルシェンが戦争になった事は確実視している。近衛騎士三人と十年勇者のグレンはまだしも、非戦闘要員で民間人のリーとデグリネは家族を心配する。
ジルバートの手紙には戦争に関する事が書かれていたのかも知れない、ジルバートは家族が心配になって脱走して帰って行ったのだろう。もし未開領域で一人で生き残れる技術や能力をもっているなら自分だってすぐに帰りたい、と。
本国から帰還の指示は来ない。ゲックレンたちが隠しているのでな無く、本当に来ていない。イーバル国王とエリス王女がいなくなった今、魔王討伐団に帰還命令を出す者はいないのだ。
シェーン王子は、魔王討伐団は魔王の討伐をすればいい、対魔王勇者はその為に異世界召喚したのだから、という考えだ。
ジャスクも竜也たちの召喚当初は、折角の召喚勇者を無駄駒にしたくない、討伐は魔族側討伐団にやらせるとして、竜也には一時身を隠す様に勧めたが、状況は大きく変わった。エリス王女側に付く可能性大の竜也には、むしろ討伐に失敗して死んで欲しいとすら思っている。
帰還命令は出ない。竜也たちは逸って足を進める。




