第20話 叶わぬ願い
王都を脱出したエリス王女一行は途中で一旦停止して、追って王都を出た家庭を持つ兵たちの家族と合流、その中には軍務大臣一家もいた。
「軍務大臣、お陰で命拾いしました。ありがとう。」
「殿下、御無事で何よりです。今回のシェーン王子の御乱心、裏で糸を引いているのはジャスクではないかと読んでおります。」
「ええ、間違い無いわ。でも報復はまだ先ね。まずは状況の把握と整理、それから方針を定めるわ。これからどこへ向かう予定なの?」
「西方のザムザー辺境伯の王女殿下支持の意思を確認しております。公的な表明はまだしておりませんが、王女殿下を保護の後に公式に宣言するとの事。我々は一旦、そこで態勢の立て直しを図りたいかと愚考しております。」
計画が総崩れになってしまったわ。
心細い…。
「タツヤと…逢いたいわ。」
「対魔王召喚勇者様でございますか…しかし、御父君の帰還命令が発令前に今回の騒動となりましたし…果たして彼が王女殿下側に付くかも…」
「タツヤは必ず私の味方になってくれます! そうだ、伝書鳥はいるかしら?」
「数匹おりますが、魔王討伐団までの魔法誘導コードは存じません。」
「私が独自に持っているコードがあるから、それを辿らせればいいわ。」
あの冒険者を通じて今の私の状況を知れば、タツヤは駆け付けてくれる! そうよ、そうに決まってる!
エリス王女は少し大きめの付箋(もはや便箋)に現状と書き綴り、伝書鳥の背に括り付け放った。
竜也たちは渓谷の川沿いで昼食を取り終わり、休憩中であった。
竜也の股間では舞美が顔を埋め、竜也のモノに奉仕している。
「おう! いくぞ!」
「ん…ふぁい。」
ゴクン。
「ふぅ~…。」
あの夜以来、舞美は竜也にべったりになり、こうして休憩の度に他のメンバーの前で人目も憚らず、自ら進んで竜也の性欲処理に勤しんでいる。
「ジルバートさん、何か言ってやってくださいよぉ。相馬の兄貴もジルバートさんの言う事なら耳を貸すと思うし…。」
ドゲザーがもう堪らんとばかりにジルバートに小声で言う。
「ん? ああ、そうだな。分かった、俺から言おう。
タツヤさん、魔王を討伐するならもう少し回数を控えて、少しでも体力を温存した方がいいと思いますよ。」
「俺は大丈夫だ。心配すんな!」
竜也は親指を立て、ニッコリ(スッキリ)笑顔で答えた。
「いや、そうじゃなくって…!」
「じゃあ何だ? 他に何か注意する様な事があるのか?」
ジルバートはキョトンとした顔をする。
「だから、その、人前で、そんな、する事じゃ無いでしょう?」
「え? そういう方向の話? それはお互い了承しているなら普通だろ?」
「ああ、わかった。皆さんは“そういうの”が違う世界だったんですね?」
ゲックレンが横から入って来て、ジルバートもドゲザーが何を言いたいのか把握できた。
「あ…なるほどね。えーと、どう説明すりゃいいのかな? 俺らにとっちゃ当たり前の事だからな…。」
「ははは、いいよ。俺が説明する。
ケン(ドゲザー)殿、我々の世界ではお互いに好き合っていれば身体を求め合うのは自然の摂理ですから、場所とか、人目とか、気にする方がおかしいんですよ。
夫婦関係になったらわざわざ人前を選んで身体を重ねる人もいるくらいです。
タツヤ殿とマイミ様は互いに了承して求め合っているんですから、いいじゃないですか♥
あ、勿論、攫ったり、力尽くで無理矢理っていうのは犯罪ですよ。それも最高で死刑がある重罪。」
マジかー!
「…礼二。」
「…うん。」
「俺、魔王を討伐してもこっちの世界に残るわ。」
「俺も。」
ただし、竜也と舞美の場合、竜也の方に恋愛感情は無い。舞美は単なる性欲処理の穴であり、未来のハーレム要員に過ぎない。
そして竜也は“この”こっちの世界の価値観・倫理観について既知であった。エリス王女と身体を重ねた際に、『次は広場で臣民の前で』と誘われ、“この”事を教えて貰っていたのだ。
とはいえ、“置かれている状況による”はあるんだがな。いくら何でも今は状況的に“そんな場合じゃないだろ”だ。ちょっとは考えて欲しいもんだな、勇者サマよ。
ジルバートの元に背中に便箋を付けた伝書鳥が舞い降りたのは、竜也が舞美にお掃除させている様子を横目で見て、彼がそう思った時だった。
「伝書鳥? 何でジルバートの所に?」
セベが不思議そうな顔をする。王城との通信は近衛騎士団で数少ない魔法習得者のセベが誘導マーキングを残して行う事になっているからだ。
「え? あ、ああ! 実は女房とな、連絡取るのに俺も個人的にマーキングしてたんだよ! ウチの女房、心配性でね。」
嘘である。ジルバートは独身だ。
このバカ鳥! 訓練通り夜まで待てっつーの! …って、あれ? こいつ王女との連絡用の奴じゃないな。
「プライベートで伝書鳥を持ってるのか。稼いでるなぁ!」
ゲックレンが羨ましそうに言う。
「冒険者でも探知魔法持ちは引く手数多だからそれなりにな。」
ジルバートはそう言うと伝書鳥に付けられていた便箋を広げた。
手紙は王女の署名、そもそも俺と王女の連絡用に作った独自コードの誘導マークを辿って来たんだろうから、王女からの連絡で間違い無いだろう。
そして内容を読んだジルバートは愕然とする。
ふざけんな! それじゃあ出発前の王女の指示通りに動いたって俺にはメリットなんか無いじゃねーか! 俺は近衛騎士にしてくれるっつーから引き受けたんだぞ!
「なに書いてきたんだ?」
「ん? いや、しょーもない話ばっかりさ。」
そう言うと、ジルバートは便箋をポケットにグイっと突っ込む。
どうする? この事を好色勇者サマに伝えるか? そうすりゃさすがに引き返すかも知れない。勇者サマは王女ともデキてるみたいだから、戻る先は王女側だろう。王女が王権を取り戻すのに成功すりゃ近衛騎士への道も再度開ける。が、それは博打だな。
皆には黙っているが、実は俺は“猟奇姫”の言った事を信じている。それなら歪んだ種族観教育で俺を縛って来た息苦しいレハラントなんぞ見切って、他の国に移住して生活の幅を広げるのも大アリだ。
魔王? 知るか。魔王が世界を支配したらしたで未開領域の奥に引っ込んでひっそり暮らすさ。探知魔法があれば魔獣など怖くは無い。
ジルバートは最も自分の利になる、そしてリスクの小さいルートを探す。そして導き出したのは…。
“現在、第三国の立場となっているグレタリア都市連合に入り込み、今後はそこで生活する。そして、魔王の支配は出来れば避けたいので討伐団にはこのまま進んでもらう”
であった。
かくして食材を確保に向かったままジルバートが失踪したのはその日の夕刻であった。私物はそのままである。私物のバッグの中には彼のせめてもの配慮からか、ご丁寧にも討伐団脱退の言葉、獲物の解体方法のイロハ、料理のレシピ数種が書かれた付箋が残されていた。
「奥さんからの伝書鳥が来ていたから、家で何かあったのかも…。」
「こっちは魔王討伐だぞ? 何を置いても最優先事項だろうがっ…!」
ジルバートに気遣う発言をしたリーを竜也は睨む。
どいつもこいつも足を引っ張りやがって! 俺は魔王討伐団のリーダー! 勇者だぞ!
王都内、ムートン本家の屋敷の一室でローザ・ムートンが本を山積みにして読書に耽る。いずれも地下の書庫の奥に眠っていた本を引っ張り出してきた物だ。
この世界には加工製造技術の精度は低いが、製紙技術と活版印刷が転移者や転生者によって齎されている。
しかし、彼女が用意した本は羊皮紙を用いた数百年も前の本ばかりだ。中には現在では禁書とされている物もある。
エリス王女は脱出したか…。西方は王女支持を仄めかしている領主が何人もいるから、そこへ向かうだろうな。そこで決起されたら、この国は確実に割れる。
ローザは開かれた本を見ながらレハラントの今後を考える。
ムートン一族は本家の親族会議でシェーン王子支持の方針を固めていた。
普通であれば父王殺害は許されざる暴挙であり、エリス王女を正当な王位継承者と認めるところであるが、『レハラントの名誉と歴史を傷付けた挙句、戦乱を招いたイーバル国王を断罪したシェーン王子側に大義がある。戦乱を早期平定し、臣民を安心させる事を鑑みた苦渋の決断』と結論付けたのだ。
それにローザは現場を離れてみて実感しているが、民衆は厭戦ムードである。多くはシェーン王子を歓迎するだろう。時勢がシェーン王子に味方している。
しかし、狂信的な人類絶対至上主義の強硬派、武闘派もまた確実に存在する。彼らが一旦開いた火蓋を“魔族との和解”という形で終結させるなど、到底受け入れるはずが無い。その者たちはエリス王女が生きている以上、そちら側に付くのは確実であった。
タツヤ…奴はエリス王女側に付く公算が大だ。奴と肩を並べるなど真っ平御免だから、本家の決定は有難い。これで家を裏切るという事態は無さそうだ。
「こんにちは、お邪魔するよ。」
自分しか居ないはずの書斎で何者かの突然の声。出入口は真正面だ、誰かがドアを開けて入って来た覚えは無い。ローザは条件反射で帯剣していないのに剣を抜く仕草をしてしまった。
目の前には黒いマントを羽織った幼女。マントの前は大きく開き、身体には首輪とブーツしか着用していない。いや、よく見ると陰核にピアスをしているのが分かる。
ローザには分かる。
恐怖の代名詞、しかし同時に憧憬を抱く者も少なく無い“五大災厄”、その一人“猟奇姫”! 夢じゃないのか? “五大災厄”の内の二人と出会うなど!
「ウチの旦那様からおまえがわたしに礼を言いたがっていたと聞いてな。わたしが誰かは自己紹介しなくてもわかるだろう?」
ローザはハッと我に返り膝を着いた。
「はい、“猟奇姫”殿。先日は貴殿のご厚意によって、この命を救っていただきました。深く感謝いたします。」
「フフン、その気持ち受け取った。」
「それで…ドラコ殿からお聞きしましたが、“猟奇姫”殿…失礼しました、ジアッラ殿はわたし如きに何かを期待されておられるのでしょうか?」
ローザは恐る恐る尋ねる。
「おまえがどうするのか見てみたいだけだから別に何も? 強いて言えば、自分の思った通りに動いてくれ、というのが要求かな。
ただ、おまえはあのボンクラ勇者に一泡吹かせたいのだろう?」
「そうでございますね…しかし、わたしは一介の剣士に過ぎませんから…。」
「おまえはかなりの腕前らしいじゃないか。
あいつは折角のギフトを全く活用出来ていない。これは練度以前の問題だ。純粋な剣技の応酬になるだろうから、おまえにも勝ちの目はあると思うんだけどな。」
「そうなのですか?」
「そうだ、そうだ! あいつ程度の練度と精度でも、空間魔法は使い方次第で強力な武器になるのに考えようともしない。アホだよ、アホ! キャハハ!」
これが“猟奇姫”…“消し去る者”もそうだったが、そのフランクな話しっぷりにローザの緊張も抜けた。
「…だが、あいつへの仕返しは叶わないかも知れないな。」
笑い終えるとジアッラは冷静に言った。
「今のあいつらでは魔王には勝てない。皆殺しにされるな。
わたしの見立てでは魔王を処理できるのはシフレアが中心になって用意した討伐団だろう。戦闘態勢を整える前の魔王は準備をきっちり終えた召喚者なら処理できる。レハラントの挑発に乗らずに、焦らず事を進めたシフレアの連中はそれが出来ている。」
「どの道、魔王討伐が成されるのなら、わたしにとっては喜ばしい事です。本音を言えばタツヤに仕返しできないのは残念ですが。」
「フフン、正直だな♪ さてと、そろそろ帰らせてもらうよ。」
「わざわざそちらから御足労いただいた上に御教授までして頂き、ありがとうございました。」
ローザは再び膝を着いて深々と頭を下げた。
「はっ、『御教授』か…。じゃあついでに教えてあげよう。
いずれあの王子から説明があるだろうが、レルシェンとの戦争な、王女が端から目論んだものだぞ。」
やはりそうか! とローザの表情が強張った。
そして、闇の霧に向かうジアッラが、肩越しに邪悪な笑みを浮かべながら横顔でローザに視線を向ける。
「だが、さすがに行為に及んだ理由は王子も知るまい。理由は“私欲”だ。」
「…!」
そう言い残すとジアッラは闇の霧に消えた。
まだ何か確証を掴んだ訳では無い。しかし、自分が疑っていた事を“猟奇姫”が肯定した。どういう『私欲』なのかは分からないが、これはローザにとって大きな起爆剤になった。
魔王討伐団から抜け出したジルバートは逃亡先に選んだグレタリアを目指す。グレタリアはレルシェンの南に食い込む内海の対岸に位置する。
私物をあっさり見限る事が出来たのは、未開領域でも身体一つで生き抜く自信があったからだ。竜也たちもあれだけ魔王討伐に拘っているのなら、わざわざ自分を追っては来ない、とも読んでいた。したがって彼に道を急ぐ理由は何も無い。
討伐団を抜けたのは夕刻、いくら自信があっても未開領域の単独夜間行動は危険だ。彼は今夜一泊できそうな場所を探していた。
ズルッ!
暗がりでジルバートは足を滑らせ、崖に近い急斜面をゴロゴロと転がり落ちた。
「痛って…くそが。」
落ちる時にしこたま身体を打ち付けてあちこちが痛い。とにかく何処かで一息着きたかった彼は、少なくとも痛みが引くまでその場で横になっている事にした。
彼の身体がぶつかった衝撃で斜面の表面の土砂が崩れ、少しずつポロポロと剥がれ落ちていく。そして程なく負荷に耐えられなくなり、大量の土砂が彼に覆い被さった。
これがギャグ漫画なら彼の頭がポンと出て、愚痴の一つも言うシーンだろう。だが、それは起こらなかった。土砂に埋没してしまったら身体を動かす事など出来るはずも無い。
こうして冒険者ジルバート・ホーシェンスの生涯は呆気なく幕を閉じたのである。




