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第17話 探求者の旅立ち

 竜也たちは“猟奇姫”が斃したオニュドクの死体を調べていた。


「何か現れた時の印象とちょっと感じが違う様な…こんなに細かったっけ? もうちょっと肉付きが良かったような気がするんだけど。」


「…こいつの死因は『老衰』ですよ。」


 検分していたグレンが言う。


「そんな事が分かるんだ~。じゃあヨボヨボの奴が出てきたって事~?」


「いいえ。出てきた時はタツヤさんが言った印象通り、ピチピチの奴ですよ。俺もしっかり見ています。

 “猟奇姫”が持っているギフトは御存知ですか?」


「確か空間操作魔法と時間操作魔法ですよね…あ…まさか…。」


 弥生が気付いた。


「奴の時間操作系魔法による急速老化ですよ。」


「うひ~。」


 麗華が身震いする。


「こいつの場合は殺すのが目的だったから死ぬまで老化させましたけどね…“猟奇姫”を怒らせた奴は死にそうな寸前で老化を止められる。足腰立たない程の老化状態でわざと止めるのが手口なんです。」


「鬼だな…。」


「間違いなく死んでますよ。それよりペイス先生が心配だ。“アレ”を喰らってなければいいんだが…。」


 竜也たちはオニュドクの死体を離れると、“猟奇姫”との遭遇地点へと戻った。


「先生の様子はどうだ?」


「やられたよ。」


 ゲックレンがペイス医師の頭をポンポンと叩きながら言った。


「『脳喪失症』だ。」


「何その病名。怖いんだけど。」


「大脳の大半がスッポリ無くなるんだ。」


「またまた~、そんな病気ある訳が…。」


「年に数例報告される奇病だよ。」


「ゲックレンさん、そんな建前の病名じゃなくて、本当の事を教えてやんなよ。でなきゃまたタツヤさんの信用を失うぜ? それとも俺が教えてやってもいいんだが?」


 ジルバートが口を挟んだ。


「分かったよ…。

 本当は“猟奇姫”の<対象物転送>で脳ミソをどっかに飛ばされちまったんですよ。」


「なぁっ!?」


 竜也たちに戦慄が走った。


「奴にからんで、驚異的精度の<対象物転送>で脳ミソの思考に必要な大部分をえぐり取られる。昔からある事例です。有名な“猟奇姫”の十八番技ですよ。」


「あ~、ぉあ~。」


 涙と鼻水と涎、股間からは尿を垂れ流し、ペイス医師は呻き声を発している。


「犯人は“猟奇姫”と分かっている。そうすると司法捜査をしない訳にはいかない。しかし“猟奇姫”を敵に回すのは怖い。そこで、病気だって事にしちまおう、という事になってでっち上げられたのが『脳喪失病』です。」


「うわぁ…。」


 ドン引きである。


「レイプしようとしたあほうの陰茎と陰嚢を得意のナイフで纏めて削ぎ落した、攫って生きたまま皮を剥いで剥製にした、魔法で元が人間と分からない程の千切りにした…逸話は沢山あります。

 アレが“猟奇姫”という渾名で呼ばれるのには、ちゃんと理由があるって事ですよ。」


 ジルバートが付け加えた。


「ペイス先生はどうするんだ?」


「どうもこうも…街なら病院に運ぶんですが、ここじゃ放置していくしかないでしょう。はっきり言って、もうペイス先生は“死んだ”んです。」


 憐みの表情を浮かべるゲックレンだが、内心は「釘を刺しても安心できないし、サンキュー“猟奇姫”」である。

 他に方法は無い。一行はペイス医師をそこに残して移動を開始した。


「お~、ぇあ~あ~。」


 やがて元ペイス医師であったソレは立ち上がり、覚束ない足取りでフラフラと徘徊を始めた。しばらく歩くと何かの肉片の様な塊を見つけ、それを素手で掴んで食べ始める。

 それは“猟奇姫”によってここまで転送された自分の脳であった。





 レハラント王城のシェーン王子の私室ではシェーン王子とジャスクが談話していた。


「王子殿下は現在の戦況をどう思われますか?」


「ふん、そうだな…父上は十年勇者の勝利の報が入る度に喜んでいるが、そんな小さな局地的勝利など大局的には無意味だな。実情は駆け付けた南方軍の功績が大だ。お陰でどうにか戦線が形になった。今は辛うじてレルシェン軍の足を止めているが、突破されるのは時間の問題だろう。

 加えていよいよ北東ではダグザールの大規模攻勢が開始された。兵糧はもう悲鳴を上げているだろうよ。こちらから攻勢に打って出る余裕は皆無と思われる。

 つまり一言で言えば絶望的状況…と、こんな感じだな。」


 この王子は決して無能という訳では無いのだ。英才教育を受けているし、そこそこの才覚はある。ただ、行動力が決定的に欠けていた。心の中で何かを決心しても、誰かに尻を叩かれないと実際に動かない。


「勝てますかな?」


「不可能だ。何か相手が納得する手土産を用意して講和を願い出るしかない。講和の相手は当然、レルシェンになるな。レルシェンが引けば、ダグザールも大義名分を失う。」


「わたしも同じ見解です。しかし手土産には何を用意すれば宜しいでしょうかな?」


「…。」


「…。」


 それはもう決まっている。





 就寝前、麗華に<弱照明光>を出してもらいながら弥生は“猟奇姫”の台詞を一言一句思い出しながらノートに書き記す。何気ない言葉の端々に何かヒントがあるかも知れない、と。


 人類と魔族の関係性についての問題はこれで片付いたとしましょう。

 1.“五大災厄”は災害魔獣への対応を何者かに依頼されている…それは命令でも義務でも無く、実行するかしないかは自由な請願。

 2.災害魔獣、あるいは空間天穴そのものが発生するのはその何者かの不手際が原因。しかし、発生はその何者かにも予測不能。

 あの災害魔獣を斃す時に独り言で言っていた愚痴から分かるのはこの二点ね。

 そしてその前に言っていた『ルール上は問題無い』…『ルール』? わたし達の魔王討伐にはルールが存在する? それはわたし達が守らなければならないルール?

 待って…よく考えて…。


 “魔王まで辿り着けなかったとしても仕方が無い。それもまた結果の一つとして認める”


 という事になる。つまり結果に対して適用されるルール。結果に…。


 弥生の頭に恐るべき仮説が浮かび、顔から血の気が引く。そして一大決心をする。


 いずれにせよレハラントが歪んでいる事には確信が持てたわ。レハラント側にいる事は“世界の仕組み”を調べる上で大きな遠回り…いえ、誤った結論へと誘う猛毒。

 後でどんなに罵られようと構わない。レハラントの歴史書に前代未聞の裏切り者として名を残す事になろうとも、討伐団を抜ける!

 脱退を馬鹿正直に申し出ても許してもらえる訳が無い。方法はただ一つ、脱走ね。


「麗華さん、もういいわ。ありがとう。」


「ほいほ~い。」


 身体一つで脱走するのは簡単、「用を足して来る」、それで終わる。しかし、弥生は最低限でも私物は持ち出したかった。衣服・下着類は勿論、ノートと筆記具は持ち出したい。筆記具は芯やインクが切れたらこの世界では手に入らないのでお終いだが、この世界の筆記具を入手するまでの間は必需品である。

 麗華はどうする? 弥生は悩んだが、『一緒に行く』という言葉を信じる事にした。


「麗華さん、麗華さん、まだ起きてる?」


 弥生はヒソヒソと麗華に話しかける。舞美は寝ている様だが、寝たふりでこちらを警戒している可能性がある。


「はいな。何?」


 弥生がヒソヒソ声なので麗華もヒソヒソ声で応える。


「わたし、脱走する事にした。麗華さんも一緒に行く?」


「だよね~。当然行くっしょ~。」


「じゃあね、やり方なんだけど…。」


 弥生は麗華に脱走の段取りを説明した。


 ───深夜、頃合いを見計らって二人は起き上がる。


「二人とも何処行くのよ?」


 舞美がきつい口調で二人に声を掛けてきた。案の定、二人を警戒していたのだ。


「トイレだよ~、一人じゃ怖いからさ~。何ならあんたも一緒にどう?」


「そうさせて貰うわ。」


 三人は不寝番をしているラフカに用を足してくると伝え、キャンプから離れる。ラフカも聖女様三人揃い踏みなら安全だろうと判断し同行しない。特に弥生の破壊力はもう何度も見ている、魔獣が出ても返り討ちにするだけだろう、と。

 だが、舞美もラフカも気付いていない。弥生の視線が時折、上へ向く事に。

 そして、その先には弥生の<念動>で上空をフワフワと飛んでいる弥生と麗華の荷物がある事に。

 弥生は横目で馬を見ると、背に積んである食料もちょっとばかり頂戴する。

 三人とフワフワと上空でそれに付いていく荷物はキャンプからどんどん離れていく。


「ちょっと、どこまで行くのよ?」


「うるさいなぁ~、キャンプに魔獣や野生動物が近付かない様に排泄は離れた場所でって教わったろ~? それに大きい方なんだわ。朝になって食材狩りに出た男どもに発見されたくないっつーの。」


「だったら穴掘ってそこに出して埋めちゃいなさいよ! キャンプから離れ過ぎよ!」


「そうだね~。じゃあ弥生っち、この辺にしとく~?」


「そうですね。いいと思います、それじゃあ…。」


 弥生はいつの間に持っていたのか、ロープで自分と麗華の身体をしっかりと結び始めた。ロープは出発時に持っていて怪しまれる事を危惧して、ここに来る途中、舞美の目を盗んで上空の荷物から落とした物だ。


「? 何してんの? あんた達。」


「何って、迷子にならない様にロープで身体を繋いでるのさ~。」


「いや…それにしても、なんで密着してんの? …あっ!」


 バヒュン!


 弥生の<飛行>で二人は空高く飛び上がった。空中で荷物を掴んで更に高空へ。


「麗華さん、ロープの余りで荷物を繋いでください。」


「はいよ~♪ ほんじゃな~、舞美~、付き合いきれないんでオサラバするわ~! 達者でなぁ~♪」


「畜生! てめえら! 待て、こらぁ! ブッ殺してやる!」


 弥生と麗華にはもう舞美の声は届いていなかった。


「さて、どっちの方角へむかいましょうかね?」


「どうせ知らない世界なんだから、どっちに向かっても同じじゃ~ん? おらワクワクしてきたぞっ!

 うっひょ~、気持ちいい~! 弥生っち、この能力独り占めとかズッルイわぁ~♪」


 二人は星空の中に消えていった。

 一方、舞美は大急ぎでキャンプに戻ってこの事を竜也たちに報告した。


「相馬の兄貴、追いましょう!」


「追いつける訳が無いだろう! 相手は空を一直線だ。」


 竜也は地面に拳を叩きつける。


 くそ! どうしてこうなった? 弥生ちゃんは俺のハーレムに欠かせない女なんだぞ! 佐々木だって侍らせて遊ぶには上等な女だ。くそ! くそ!


「すいません、相馬さん。あいつらがおかしな事を言っている事には気付いていたんです。早く伝えておくべきでした。」


「まったくだ! バカ野郎!」


 バシィッ!


 謝る礼二の頬に竜也は平手打ちを浴びせた。


「タツヤさん、ヤヨイ様の能力が抜けた痛手は大きいです。レイカ様も精度はアレですが<光熱球>の威力は侮れない。

 ここは一旦レハラントに戻って戦力の見直しとパーティーの再編を図るのが吉と思いますが?」


 ジルバートが竜也に具申した。


「いや、このまま行く。」


「しかし…。」


「リーダーは俺だ。その俺が行くと決めたんだ。従って貰う。」


「…分かりました。」


 こうなったらエリスを完堕ちさせてやる。エリスにもう絶対に俺から離れないと心酔させる実績を作るんだ。仲間が脱走したからと、おめおめ帰れるか!


「相馬さん! ごめんなさい!」


「タツヤ殿! 申し訳ない!」


 竜也の前で舞美が土下座し、ラフカが膝を付いて頭を垂れた。


「ジョーンズ、今回の事は帰ったらジャスクに報告する。きっついお仕置きしてくれって添えてな。」


「は、はいっ!」


「迫田、おまえにはこの場で罰を与える。服を全部脱げ。」


「え?」


 土下座していた舞美が顔を上げて竜也を見る。


「聞こえなかったか? マッパになれって言ったんだ。」


「い、今…ですか?」


 何をされるのか、もう想像はついた。舞美としては竜也と結ばれるのは吝かでない。むしろ嬉しい。でも、今ここで? 皆がいるのに?


「何度も同じ事を言わせるなよ。」


「…分かりました。」


 舞美は意を決すると服を脱ぎ生まれたままの姿になる。焚火の明かりがそれを照らし出し、ドゲザーと礼二が唾を飲み込んだ。


「ここに来て座れ。」


「はい。」


 座った舞美の眼前に、竜也は股間から己のイチモツを出した。


「さて、どうする?」


 舞美は激しい音を立ててそれをしゃぶり始めた。明らかに経験者だ。


 こいつ、初めてじゃねえな。まあ、いい。ルックスは中の上、こいつもハーレム要員にしてやる。


 その様子を股間を立てながら、全員食い入る様に見る中でジルバートは一人、「まいったな」という様な困り顔をしていた。


 二人が脱走したと聞いた時は、これは僥倖と思ったが…この状況でも帰ると言わないなら、どうやっても帰らないな、この勇者サマはよ。どうしたもんかねぇ…。

 俺が近衛騎士に取り立ててもらう条件で王女様から受けた密命は『魔族と遭遇せし場合は相手の国籍問わず掃討に誘導せよ』の他にもう一つ、『“五大災厄”と接触あらば、直ちに帰還に誘導せよ』だ。

 一つ目は果たせたが、二つ目はどうにも厳しいね。“猟奇姫”の言った台詞だが、この勇者サマ、やる気満々だよ。

 …どうでもいいが、租チンどころか結構ご立派様だよな…。あ、そうか、“猟奇姫”のダンナはオーク族か。まあ、それに比べたらな。


「よし、こっちに尻を向けろ。」


「はい。」


 竜也のハーレム計画二人目の餌食は予想外にも舞美となった。


「くそ! くそ! くそぉ!」


「あ、ああ~♥」


 嬉しい! 嬉しいです! みんなが見てる前で、わたし相馬さんと繋がってる! 結ばれてる!


 ジルバートは嬌声が響くその場をひっそりと離れ、付箋に何かを書き終えると獣笛を吹く。森の中から一匹の鳥が現れ、その足に付箋をくくり付けて放した。

 伝書鳥は一路、レハラント王城のエリス王女の自室窓へ向けて飛んで行く。


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