第15話 外れた者たち、交錯する者たち
密偵の報告ではタツヤはもうレルシェンを抜けて未開領域…。さすがにあまり頻繁に連絡は取れないわね。
エリス王女はレルシェンとの戦況報告書を見ていた。
それにしても魔王が出現して大変な時期にこれだけの兵力を動員する余裕があるなんて…どうやら魔族たちもウチと同じで魔王討伐は召喚者任せみたいね。
どうでもいいけど。
突然、エリス王女の目がカッと見開かれる。
【ザックレイ砦に“消し去る者”の出現を確認。】
よっしゃあぁぁぁーっ!!!!
部屋を勢いよく飛び出ると伝声係の元まで駆けていき、軍務大臣に大至急自室まで来るように命じた。
王城内には要所要所に伝声管が備え付けられており係員が複数名常駐している。
連絡を受けた軍務大臣はすぐにエリス王女の自室までやって来た。
「報告書にあるザックレイ砦の責任者は誰かしら?」
「はい。ローザ・ムートン騎馬兵大佐です。」
「ムートンと言うと代々有名な武人を輩出してきたムートン一族の血縁者かしら?」
「左様でございます。」
「ザックレイ砦での話を聞きたいわ。今は王都に帰ってきているのでしょう? 直接お話したいので呼んで頂戴。」
「申し訳ありません。彼女は現在、命令違反の咎で営倉に入っていると聞いております。」
エリス王女は軍務大臣に背を向け、眉間に深い皺を造り、蟀谷をひくつかせながら心の中で叫ぶ。
わたしが呼べと言ってるんだから、つべこべ言わずにさっさとここに連れて来い! このヒゲダルマ! ブン殴られたいのか、てめえ!
しかし、深呼吸をして心を落ち着かせると軍務大臣に向き直り、いつもとはまた違う、キリッと引き締まった表情を見せた。
初めて見るその表情に軍務大臣は呆気に取られる。
「命令に背いてまで部下の命を守り味方陣地まで無事帰還を果たしたその決断、まさに英断と言える。その功により、レハラント王国第一王女エリス・ラファー・シャムブラドの名においてローザ・ムートンに恩赦を与える!」
「し、しかし恩赦には国王陛下であられる御父君の御許可が…。」
軍務大臣は焦って意見する。
「そなた! 聞こえなかったか!」
「は、はい! 直ちに手続きを行い、こちらへお連れいたします!」
エリス王女の部屋を出て、王城からローザが収監されている軍刑務所へ向かう馬車の中で軍務大臣の顔からは笑みが零れていた。
いいものを見た! あの威厳、風格はイーバル国王を凌ぐ! シェーン王子など足元にも及ばん! レハラントには王が男性でなくてはならない法は無い。イーバル国王を継ぐにふさわしいのはエリス王女だ!
その一方、軍内部で一目置かれる存在のローザはエリス王女が夫にしようと目論む竜也への恨みに燃えている。ローザの出自である武人の血統ムートン一族はローザの行動を部下の犬死にを防いで、戦略的にも戦力維持させたものと捉えて称賛しており、罪に問われるべきは無意味な死守命令を出した軍上層部の無能ぶりである、と激しく抗議を続けている。
レハラントは王室、近衛騎士団、軍で人間関係が複雑化していく一方であった。
未開領域に入り二万セルベ(四十キロメートル)程まではレルシェンの狩人や冒険者たちが切り開いた開拓道路を馬車で進む事ができたが、そこから先は正真正銘の未開地となった。馬車での移動が困難となった魔王討伐団はそこで馬車を破壊して放棄、荷物を分担して馬と徒歩での移動へ移行する。
元の世界で身体を鍛えていた竜也とこちらの世界で生まれ育った連中は問題無い。特に近衛騎士三人と冒険者のジルバートは余裕だ。一見華奢に見えるペイス医師もしっかり付いてくる。十年勇者のグレンも(元の世界がどういう世界なのかは分からないが)この世界に来て長いので平然としている。
意外なのはオッサンで速さこそ遅れ気味だが、営業で鍛えられたスタミナとメンタルのタフネスさを発揮して根を上げない。
高校生三人組は序盤は若さに任せて元気があったが、スタミナが無かった。よって、移動のペースは彼らに合わせる事になった。
「タツヤさん、皆さんが休憩している間にゲックレンたちと食材を確保してきます。」
ジルバートとグレンが近衛騎士たちと連れ立って食材採集に向かうと言い出した。
「それなら俺も行くよ…あ、でもどれが食えるもんか分からんな…。」
「ははは。じゃあ教えますから俺と一緒に行きましょう。知っておいて損は無いですよ。」
「すまん、頼むわ。」
「ね~、荷物の食べ物食べて少し減らそうよ~。」
麗華がゴネ始める。
「荷物の食料は保存食だ。それを食っちまったら、いざという時に困るぞぉ? 俺は分けてやらんからな。」
「え~? 分けてくれたら気持ちいい事してあげるのに~♥」
達也は一瞬揺らぐ。王女の次は佐々木のルートか? と。だが、周りを見ると男性陣は全員前かがみになっていた。
おまえらもかい!
まあ仕方が無いか。若い女三人と一緒に旅してセンズリ三昧だもんな。冴えねえ話だ。
ジルバートと共に森の中に入った竜也はレクチャーを受けながら進む。驚いたのは、名前はこの世界独自のものになっているものの、外見と特性から判断して元いた世界と共通すると思われる魔獣に属さない動物や植物が存外多い事だった。
「猪がいるぞ。」
「バーゲストですね。肉が美味しいです。狩っちゃいましょう。」
竜也はおもむろにバーゲストの前に立つ。
「ブ~タちゃん、こっちにおいで~♪」
バーゲストは竜也を警戒して様子を伺っていたが、やがてプルプルと身体を震わせ出した。
ん?
バーゲストの全身を覆う体毛がハリネズミの様に立った。
あれ?
「あ、そのハリ、返しが付いてるから刺さったら面倒臭いです。あと噛まれたら弱いけど毒がありますから。」
俺が知ってる猪と違う!
バーゲストが竜也を目がけて突進を開始したので刀を抜く。が、構える前に眼前まで迫った。竜也は間一髪で躱すと、バーゲストは五セルべ程先で急停止して向きを変え、再び突進の構えを見せる。。
また来るか。だが構えてしまえばこっちのモンだぜ、さあ来いや。
再度突進してきたバーゲスト。だが竜也はあっさり首を刎ねた。
「こいつこれで魔獣じゃないのかよ?」
「普通にただの動物ですよ? まあ子供ならあの突進で死ぬ事もありますけど、大人なら怪我で済みます。だから安全です。」
この世界の安全の基準が分からん!
「肉はここですぐ血抜きをしても、やはり臭みが抜けるのには時間が掛かりますから夕食の食材にしましょう。お昼は野菜で…。」
ホクホクと血抜きを始めるジルバートの手がピタリと止まった。
「魔獣を感知しました。ここから南、二〇〇セルベ、休憩地点の方角へ移動中。すいません、長時間発動する為に探知範囲を狭めていたので発見が遅れました。」
「ちっ! ここから相手の進路上に出て迎撃できるか?」
「どうしても通り過ぎた後になるでしょう。我々も休憩地点へ直行するのが最短でしょうが、それでも我々の方が距離が出てしまいます。」
「くそ! 戻るぞ!」
竜也とジルバートが大急ぎで休憩地点へ戻った時、ちょうど弥生のゴーレムが敵に一撃を喰らわしたところだった。
敵は1-1/4セルベ(2.5メートル)程の灰色の肌をした巨人だった。衣服は着用していない。数は四体。内一体はたった今、弥生のゴーレムの攻撃を受けてピクッピクッと死の痙攣をして動きが止まった。
「何だ? こいつら。魔族か?」
「後で説明しますから、今は片付けましょう!」
ドゲザーの短剣と礼二の<氷弾>は弾かれている。なかなか頑丈そうだ。
「ぐおぐが!」
「ぎぎっ?」
「ぎごごご!」
敵は明らかに仲間内でコミュニケーションを取っているが、お世辞にも知能は高くない様である。
少なくとも魔族は人類と共通する、この世界の公用語を使っている。という事は魔族とも異なる存在なのであろう。
ドゴォン!
一匹が麗華を狙って拳を振るが、麗華はしゃがんで躱した。外れた拳は直径1/2セルベ程もある大木を易々と粉砕する。かなりのパワーである。
「うひゃ~!」
「麗華ちゃん、足を止めないで! 動いて!」
弥生から麗華に指示が飛ぶ。
一体の攻撃がゴーレムの腕を砕いた。が、その破片はすぐに集まって再びゴーレムの腕を形成する。ゴーレムは弥生のイメージによって形作られている。弥生がイメージを崩さない限り、斬られようが、砕かれようが、再び素材が集まり再形成されるのだ。
そのゴーレムの腕が相手の頭上から振り下ろされ、そいつは脳と頭蓋骨と眼球を飛び散らし、目から上が粉砕、残った目から下を胴体にめり込ませて絶命した。
俺らン中で最強は弥生ちゃんじゃないの? だが、俺だって負けないぜ。<瞬間移動>。
竜也と対峙していた相手の視界から竜也の姿が消えた次の瞬間、竜也の身体は相手の頭部にあった。下半身をめり込ませて。
内部容積の急膨張により相手の頭部は完全爆砕され、即死した。
違う、違うんだ…。そうじゃない…。
血と相手頭部の内容物に塗れた下半身の竜也は呆然となった。竜也は相手の頭上に現れて刀を打ち下ろし、一刀両断するつもりだったのだ。
かっちょ悪っ!
「ぎゃ~っ! こっち来んな、ボケナス~!」
そして麗華の放ったパンジャンドラム<光熱球>が、なんと相手の下半身に命中。相手の下半身は焼失、残った上半身は泡を吹いて地面に落下した。
「あれ? 当たった! あたしスッゲー!」
何だ、これ…。
はしゃいで跳ね回る麗華を竜也は黄昏ながら見つめるのであった。
やがて別行動していたゲックレンたちも続々と駆け付けてきて、全員の無事が確認された。馬および荷物にも被害は無し。
「オーガですか。」
「魔族の追手か?」
「こいつらは魔族じゃありませんよ。魔獣に分類されます。魔族どももこいつらは魔獣と定義していますよ。」
「人型をしていない魔族より、よっぽど人間っぽいけどなぁ。」
「生理学的に脳が発達していなくて、ほとんど知能はありません。
大昔には魔族たちが意思疎通を図ったり、文明を与えようと努力したみたいですけどね。結局、犠牲者が増えるだけで、文化や文明を理解する見込みが無いので彼らも魔獣に分類したんですよ。」
ペイス医師が説明する。
弥生の予想が正しければ、人間と魔族というのは思想や主義主張の相違、その他の政治的理由でレハラントといがみ合い、レハラント国内でだけ使用されている区別であり、どんな容姿をしていようと実は皆一様に人間である。
彼らはその輪の中に入れなかった、進化の遅れた種族であった。
「陸軍騎馬兵団、ローザ・ムートンです。王女殿下におきましてはこの度の恩赦…。」
「うふふ、儀礼的な挨拶は抜きで結構ですよ。ローザと呼んでもいいかしら?」
「そう呼んでいただければ身に余る光栄であります、殿下。」
レハラント王城、エリス王女の部屋にローザが軍務大臣と共にやって来ていた。
「軍務卿、もう帰って結構よ。彼女と二人で話したいわ。」
「畏まりました。では失礼いたします。」
エリス王女と二人きりになり、ローザは考える。
この恩赦、普通であれば恩義と捉えるべきだが…それは早計だな。
レルシェンルートは王女殿下の発案だ。王都に戻って父上や弟たちは、王女殿下はタツヤたちの教育方針にも大きく携わっていて、タツヤたちには王女殿下の息が相当掛かっているはずだと言っていた。最悪、傀儡化されている可能性もあると。
もしタツヤたちの行動が王女殿下の指示だとしたら…いや、指示は出していなくとも予測は出来ていたとしたら、現在の状況も王女殿下の思惑通りという事になる。
この小娘は脳ミソお花畑のお嬢様では無い。決して気を許してはいけない。それが今出せる解答だ。
「どうぞ、座って頂戴。お茶菓子も用意してあるわ。」
「はっ。」
「そんなに畏まらないで。もっと気楽に、ね。」
エリス王女は肩を竦めてローザにリラックスを促した。
「それでローザ、あなたが着任していた砦に“消し去る者”が現れたと聞いたんだけど、是非お話を聞かせて欲しいわ。」
「はい。かの者は探知魔法にも引っ掛からずに忽然と現れ、砦を包囲していたレルシェンの軍勢をあっという間に、文字通り消し去ってしまいました。」
「凄かった?」
「一言で申せば、伝説は事実だった、です。」
「それで、レルシェン軍を倒した後はどうしたの? あなたと対話した、とも聞いてるわ。本当?」
エリス王女の目が光る。
ローザは“消し去る者”との対談内容について全ては報告していない。まずは報告書に記載した内容だけ話してみる事にした。
「事実です。対話しました。」
「何を話したのかしら?」
「失礼ながらお尋ねしますが、あの様な者に興味がおありなのですか?」
「だって“消し去る者”といえば“五大災厄”の中では“不死王”と並ぶ引き篭もりじゃない。それが現れたとなれば興味が湧くわ♪」
「それもそうですね。ではお話しましょう。
“消し去る者”自身は我々の戦争には興味が無いと言っていました。」
「じゃあ何故現れたのかしらね?」
「彼が言うには、妻が興味を持っている、と。」
「まあ! それじゃあ“猟奇姫”ね! でも、どうしてわたしたちに味方する様な事をしたんでしょう?」
ここだ。ここから先の詳細は報告書にも書いていないし、聞き取りでも言っていない。この小娘は単なる興味本位で質問している様に見えるが、危険だ。
もし、“猟奇姫”の興味対象がわたしにある、と言えば間違いなくわたしは周囲からマークされる。まして興味対象にされた理由が、おそらくタツヤに復讐心を抱いているからだろう、などとは言えん。
この小娘はタツヤと深く関わっているのだから。
「これは味方内で疑心暗鬼になる恐れがあるので報告書には書きませんでしたが…実は『レハラントの敗北は望まない、死なせたくない者がいる』と。」
少し様子見してやる。
「まあ! それは誰で、どうしてかしら!?」
ここまでだな。
「それは全く分かりません。“消し去る者”が言ったのはそれだけで去って行きました。」
「そうですか。でも興味ありますね。」
その後、二人は差し障りの無い茶飲み話を続け、部屋を出たローザは恩赦で釈放されはしたが再配属先は未定の為、一旦実家へと向かう。
エリス王女が“五大災厄”に並々ならぬ興味を抱いている事は間違い無い、ローザは確信していた。そして一本の線を引いてみる。この戦争は彼女がその為に仕組んだ可能性、という線を。
王城ではエリス王女は部屋の窓から伝書鳥を飛ばした。




