第14話 ザックレイ砦攻防戦
『我が国において発生したレハラント魔王討伐団の問題についての質問状に対する返答、期日を過ぎたるも返答無し。明日〇三二〇時を以って事前通達に基づき、レルシェン連合評議国はレハラント王国に対し宣戦を布告する。』
竜也たちは計四つの集落を襲撃、辻斬りを含めると三百五十人を超える現地人を殺害している。それに対してイーバル国王はレルシェンからの質問状を完全無視。
こうなるのは当然である。
レルシェンはダグザール帝国、シフレア公国に援軍を要請、シフレアの動向は微妙だが、ダグザールが大規模攻勢に移るのは確実視される。
背後がそんな事態になっているとも知らず、元凶となった魔王討伐団はレルシェンを抜けて未開地域に突入した。ここから北上して魔王の拠点へ向かう。
「まだまだ殺し足りなかったが、俺たちの主目的は魔王討伐だ。サクッと片付けて帰ろう!」
夕食を摂りながら竜也は意気揚々とメンバーを鼓舞した。
魔族と言ってもあんなボンクラどもだ。この調子なら魔王もイケそうだな。
弥生ちゃんもいいけど、戦いが終わった後の事を考えたらエリスを正妻にすべきか。未来の王弟という社会的地位は異世界で揺るぎない生活基盤になる。
ははっ、いざとなったら逃亡なんて考えていたのが恥ずかしいぜ。
弥生はレルシェンにいる間に“魔族とは何者か”に対する自分の予想の裏付けが欲しかったが、それは叶わなかった為、一旦棚上げしておく事にした。何故なら、もし自分の予想が正しければ、それは人間同士の主義・主張や政治的な話であり、真に自分が知りたい“世界の仕組み”とは異なる問題な気もしたからだ。
神様と悪魔の様な存在がいるとしてみよう。
魔王は悪魔の王か? であれば下界へとやって来る目的は何か? 目的があるのなら百年毎にやって来る、という所に何かヒントがないか?
魔王が出現した年の召喚者は特別に強い。魔王出現と連動する理由は何か? 魔王が下界にやってくる時に何らかの魔法的影響が世界全体に及んで、それを受けてのものか?
ああ、もう! 何か道標になる様な具体的なヒントはないかしら? 今わかっている材料だけでは仮説を立てるにしても方向性すら定まらないわ!
「弥生~、リバーシしよ~。」
弥生は麗華からゲームの対戦相手に誘われた。
「うん、いいよ。」
わたしは難しく考え過ぎかな?
「弥生~、もし抜けるんならあたしも一緒に行くよ~。」
弥生はギクリとした。その選択肢も考えていたからだ。
「で、でも、そうしたら元の世界に帰れないし…。」
どの道、あんな世界に帰る気なんて更々無いんだけど。
「え~? 帰るの~? あたしはこっちの世界の方がワクワクできて楽しいけどな~…まあいいや。でももうあたしら友達だかんね~、一人で抜け駆けとかは無しね~♪」
友達…その言葉を聞くのは何年ぶりだろうな…。
白み始めた空の下、ザックレイ砦でローザは正面に居並ぶレルシェンの軍勢を見る。中央からやって来た伝書鳥にくくり付けられた命令書に記されていたのは死守命令だった。
「総員に通達。敵兵の壁面到達までカタパルトに警戒。各員、壁面から離れ身を守れ。後にバリスタおよび飛翼獣騎兵の攻撃が予想される。白兵に備えよ。白兵においては敵兵が引いても追撃禁止、防御戦を徹底。」
「はっ!」
伝令兵たちが砦内へ通達の為に走る。
やがてレルシェンの騎馬兵部隊が移動を開始し始めた。
騎馬兵による機動包囲、軽騎兵による正面からの波状攻撃、重装騎兵による後詰め、だな。奇策は無い様だ。
「包囲陣を形成させるな、弓隊、投石隊、撃て!」
「敵大型投石! 敵大型投石!」
物見塔から声が上がる。
「来たぞ! 壁から離れろ!」
ドォン! ドォン! ドォン!
敵のカタパルトからによる投石。だが、ただの投石では無い。火系魔法が付与され、榴弾どころか爆弾と化している。砦への直撃は二発。
「弾道予測、トレビュシェット撃て! 弓隊、投石隊、バリスタの射手を潰せ! ただし両翼への攻撃も怠るな!」
「敵の破城槌、向かってきます! 飛翼獣騎兵の存在を確認!」
「飛翼獣騎兵はまだ射程外だ。魔法隊、今のうちに破城槌を止めろ!」
「飛翼獣騎兵、降下を開始!」
「砦内に退避! 退避、退避!」
各所で怒号と轟音、悲鳴が飛び交う。間もなくレルシェン軍の一度目の攻撃は止まった。
「被害状況は?」
「戦死十一、戦闘継続不可能な重傷者六、砦の破損はカタパルト投石による大穴二つの他は軽微です。」
副官がローザに報告する。
思ったより持ち堪えられたな。だが包囲陣を形成された以上、援軍が来なければこちらはジリ貧だ。
方面軍は少数の上に練度も低い。とてもレルシェンの軍勢は止められないだろう。レルシェン軍は既に深く浸透している可能性大だ、援軍は期待できんな…。
ローザに竜也への怒りがムクムクと湧き上がる。
絶対に生き延びてやる。そしてクソッタレの魔王討伐団め! 奴らにはこの代償、必ず払って貰うぞ!
「残存が確認できているのはザックレイとアッピアードのみ。他の砦は敵の手に落ちました。ザックレイ、アッピアード両砦も敵包囲下にあり、このままでは陥落は時間の問題です。」
「北東方面軍ならすぐに呼応できるだろう?」
「無茶だな。ダグザールで大規模部隊の動きが確認できた。間も無く攻勢に出て来るのは確実だ。」
「なら北方軍はどうだ? 多少時間は掛かるが…。」
「彼らに戦闘など出来るものか。第一、貴族や高官の子弟を多数抱えているんだ。そんな事をしたらクビが飛ぶわ。」
「南方軍は未開地域の魔獣相手に連戦の手練れ揃いだ。同じく少し時間が掛かるがイケるだろう?」
レハラント王都、王城に近接する軍務省では侃々諤々の議論が続く。
「おい、客人、あんたの所の兵力は貸してはくれないのかね?」
少し嫌味を含んだ質問を浴びせられたのは部屋の隅に立つジャスクだった。
「この国難、手をお貸したいのは山々ですが、我々近衛騎士団は王室警護が使命。王城を留守にする訳にはまいりますまい。」
「原因を作った討伐団には近衛騎士団員も付いていたのだろう? 少しは責任を感じて欲しいものだね。」
「勿論感じておりますとも。彼らには帰還次第、“勇者共々”に御前裁判を受けてもらい、然るべき処罰を受けてもらいます。
しかしながら、魔王討伐はレハラントでは無く、世界の問題。その目的達成まで今暫く目を瞑るしかありません。」
「!」
ジャスクはこの戦争に勝ち目が無い事を悟っている。そして、レルシェンと和解するには“最高責任者を生贄に差し出す事しかない“という結論にも達していた。敵に蹂躙されるのを待っていては、自分の身も危ない。ジャスクはそうなる前に和解を成立させる必要に迫られている。
自ら手を下し、救国の英雄を演じるか。
リスクが大きい。国民は英雄のイメージを既に対魔王勇者に重ねてしまっている。二人目は認められないかも知れない。では、誰にその役を担ってもらうか。それは国民から国王の後継者として認められる人物に他ならないのである。
ザックレイ砦の廊下をローザと副官が歩く。
「包囲陣には突破可能な穴があるにはあるんですが…。」
「あからさまな誘い水だな。」
「ええ。見え透いた誘引ではありますが、もし援軍が来ても練度の低い部隊だと乗せられる可能性が否定できません。」
「ふふふ、ハッキリ言え。我が国の方面軍の練度では引っ掛かる、とな。」
「はは…。」
副官は苦笑いする。
「ローザ様は何処におられる!?」
「俺は見てないよ。」
廊下の先で一人の兵士が、それはもう死にそうな程に焦った様子で自分を探しているのがローザの目に映った。
「わたしならここだ! 何事か!」
「あっ! しっ、司令、大変です! 新たな魔族の出現を確認!」
「なっ? 探知魔法は?」
「不明ですが、阻害魔法の様なもので隠蔽されていたみたいで…突然現れました!」
馬鹿な。阻害魔法は位置特定が出来ないだけで、ジャミングされている事自体は分かる。何も分からなかっただと?
「敵の数は?」
「え、ええと…ですね。」
「報告は明瞭に行え! 司令がいつも言われておられるだろうが!」
副官が兵士を一喝する。
「は、はい! 一体であります!」
「何? こんな時に冗談を言っているつもりか、貴様!」
「冗談ではありません! それと敵ではない様子であります!」
「話が見えんが、只事ではない事は確かな様だ。自分の目で見た方が早い。物見塔へ行こう。」
「はっ!」
敵は大部隊だ。今さら敵が一体、外部から合流したからと何をそんなに慌てる?
…いや、待て、探知魔法が妨害されていながら、何故たった一体増えたことが確認できたのだ? それに『敵ではない様子』だと? 意味が分からん!
そして物見塔からローザは異様な光景を目撃する。
たった一体。
だが、そのたった一体が普通では無い事は誰の目にも明らかだ。
その一体は竜也たちの元の世界の軍服に似た黒い上下服を着ていた。性別は男。種族は肌の色、1セルべ(2メートル)の長身、筋肉質の体躯、口元から上へ飛び出た牙でオーク族と分かる。だがイケメンだ。クール系のイケメンだ。
実はオーク族も人間と同じで顔面偏差値はピンキリなのである。
そのオークの男はレルシェンの陣地を悠々と歩くのだが、レルシェンの兵士たちは恐慌状態に陥って逃げ惑っている。
そのオークの周囲二十から二十五セルベにある兵士、騎獣、装備が次々に霧の様になって掻き消えていくのだ。
ローザはこの魔法を知っている。いや、この世界の誰もが知っている。伝説や歴史書の中でしか読んだ事の無い魔法である。
ローザは今、伝説の男を目の当たりにしているのだ。
───“五大災厄”。
───“消し去る者”。
魔法士であり、同時に錬金術師たちの間には『頂点を極めた者』として憧憬の念を抱く者もいるという錬金術師でもある。
騎獣に乗って逃げようとする者がいる。消失範囲が一気に広がり、その者を飲み込んだ。
“消し去る者”はその二つ名通り、見る見るうちにレルシェン軍を跡形も無く消してしまった。伝え聞く話では彼の消失魔法は霊体をも消し去ると言われている。それが本当なら、消えた者たちは天に召される事も叶わない訳だ。
そして“消し去る者”はザックレイ砦に向かって歩き始めた。
「おーい! ここの司令官と話がしたいんだがね? そこの塔の上にいるあんた、あんたがそうだろ?」
「に、逃げろ!」 「ひいいっ!」
「狼狽えるな! みっともない!」
パニックになる部下たちを一喝してローザは物見塔を降りる。
「司令! 危険過ぎます! 我らが盾になりますからお逃げを!」
「奴のあの技を見ただろう? 盾など役に立たん。それに敵意は無い様に見える。」
ローザは一階まで降り、外に出ると“消し去る者”と距離を置いて対面した。
圧し潰されそうになる。ローザは必死に堪え、正直、立っているのがやっとだ。必死に声を絞り出す。
「人違いなら失礼だが、“消し去る者”こと、ドラコ・シャマル殿とお見受けいたします。」
「その通りだが、ドラコで結構だ。」
ちびりそう…。いや、既にちょっと漏れてるし…。頑張れ、わたし。
「わたしはこの砦の司令官ローザ・ムートンと申します。」
「じゃあローザさんでいいかい?」
「結構です。
まずは敵兵を消…退けて頂いて感謝します。助かりました、ありがとう。」
「造作も無い事だったが、素直に受け取っておこう。」
「それで…お話というのは何でしょうか?」
「逃げろ。」
「え?」
「俺は正直、あんたらの戦争になんか一万分の一セルベほどの興味も無いんだが、ウチの嫁さんがな、あんたは生き延びた方が後々面白い事になりそうだから、助けてやってくれって言うもんだからさ。」
『嫁』。そうだ、“消し去る者”はつがいがいる事も知られている。
つがいの相手は“猟奇姫”。
「という訳でローザさん、ここからあんたらの味方の陣地近くまではもう処理してある。さっさと逃げてくれ。
あんたを守れなかったなんて言ったら、嫁さん、ふくれてしばらく口を利いてくれなくなる。」
そしてその仲の睦まじさも知られている。
「ふふふ、ではお言葉に甘えさせていただきます。奥方様にもお礼を申し上げます。ありがとうございますとお伝えの程、どうか宜しくお願いします。」
「わかったよ。でも、ウチの嫁さんは好奇心旺盛でね、いつもあちこち見物に行く。直接会う機会もあるかも知れないぞ。」
「ではその時はあらためてお礼申し上げましょう。」
「おう、死ぬなよ。じゃあな。」
そう言うと“消し去る者”は振り向いて立ち去って行く。いつの間にいたのだろう、草叢から飛翼蜥蜴が現れると、彼はその背に乗り、空の彼方へ消えていった。
「総員、味方陣地まで撤収だ! 敵陣を駆け抜けるぞ、腹をくくれ!」
「しかし死守命令はどうしますか?」
「中央のアホどもの命令など、もう知った事か! 生き延びることを優先しろ!」
「はっ! 了解しました!」
助かった。
“五大災厄”…何か思っていたイメージとはかなり違ったな。
それにしても『面白い事』、か。そうか、“五大災厄”はわたしにタツヤを殺れとでも御所望なのか? いや、相手は腐っても魔王討伐の為の召喚勇者、殺り合えば勝てないだろう。
だが、ただで済ますつもりはないぞ!




