第11話 ザックレイ砦
ザックレイ砦を守る陸軍駐屯部隊の司令官ローザ・ムートンは司令官室で怪訝な表情を浮かべながら魔王討伐団の到着を待っていた。
まったく…何故ダグザールでは無くてここなのだ? 魔族領域はレルシェンを通過、未開地域へ抜けて魔王の拠点に向かう───確かに最も安全なルートだろうが、時間が掛かり過ぎるだろう?
「司令、魔王討伐団の先触れが来ました。用意をお願いします。」
「分かった。」
部下の報告にローザは腰を上げ、出迎えの用意の為に正門へと向かった。
「最前線の割に意外とこじんまりしてるんだな。」
「それに戦闘の形跡も無くてきれいです。」
ザックレイ砦の正門前に到着した竜也たちは砦を観察する。正門前には補給物資が既に用意されている。それを十数名の軽装兵士が囲って守っており、その奥から一人が竜也たちに近付いてきた。
赤髪…竜也たちの元の世界で言う“赤毛”のレベルでは無く、本当に真っ赤な髪、そして豊満な胸を持つスタイルのいい女性だ。
「よく参られました、勇者様、聖女様。
わたしはこのザックレイ砦の総責任者、陸軍騎馬兵団所属ローザ・ムートンです。」
オッパイでかいな。年齢は三十台後半くらいか? 身長は170センチはある。オッパイでかい。制服の下は相当鍛えているな。オッパイでかい。元の世界に例えればバリバリのキャリアウーマン(嫁き遅れ)って雰囲気が出てるな。そしてオッパイでかいな。
「この討伐隊のリーダーをしているタツヤ・ソーマだ。よろしく頼む。」
竜也はローザを分析しながら握手を交わした。
「見ての通り補給物資は用意してあります。積み込みは我々で行いますから、皆さんはその間、くつろいでいてください。」
「ありがたい、そうさせてもらおう。それと土産がある。」
竜也はローザを荷役馬車まで案内すると、中から縛り上げた男を三人放り出した。
「襲撃を受けてね。冒険者くずれの強盗だ。」
「了解しました。こちらで身柄を引き継ぎます。おいっ!」
ローザの一声に間髪を入れずに兵士が数名とんで来て、指示を受けるまでも無く強盗たちを引き立てていった。この一幕だけで、この砦がよく統制がとれており、ローザが指揮官として優秀な事が分かる。
間もなく荷役馬車への補給物資積み込みが始まり、検品を担当するオッサンとセベ以外の討伐団メンバーは各々くつろぐ。
ゲックレン、ジルバート、ペイスが少し離れた場所で固まり、小声で会話していた。
「本当にいいんでしょうか?」
「ルートを考案したのはエリス王女殿下で、決定を下したのは国王陛下だ。それに異議を唱える気か? 貴様。」
不安そうに話すペイス医師にゲックレンはそう言い放つ。
「政治的な話は王室と政治屋の問題。その彼らが『やれ』と言っているんだからいいじゃないか。」
ジルバートも問題無し、と笑いながら言う。
「はぁ…しかし…。」
「魔族どもはレハラント建国以来、闘い続けてきた殲滅すべき宿敵だ。一時の不戦協約を気に留めるなど無意味、ましてや紳士協定など口約束も同然だろ?」
ペイス医師は「口約束でも約束は約束」と喉まで出かかるが、頭が固いと反論されるだけなのは目に見えているので飲み込んだ。
一方、弥生は一人で馬車の中に残り、ノートに書き記した内容を見直す。
災害魔獣が転移されてくる空間天穴がランダムに発生する。
魔王出現はきっかり百年周期。
魔王出現の年だけ転移水晶は周期を無視して使用可能。
魔王出現の年の召喚者は他の召喚者より優秀なギフトが付与される。
人類はこの世界に900年前に異世界転移と記憶保持転生によって現れた。
“五大災厄”は魔族、しかし魔王に属さない。
“五大災厄”は勇者と魔王の戦いにだけは直接の干渉をしない。
「何か繋がりがある様な気がしてならないわ。」
「ほぉ、この世界の仕組みに興味があるのか。」
不意に弥生は横から話し掛けられた。やや甘さを含んだ声色の女性の声だ。思わず声のした方を向くが…誰もいない。
「おまえはなかなか面白いな。」
今度は逆方向から同じ声がした。振り向くと一瞬、人影が見えた気がした…が、やはり誰もいない。
弥生の全身に鳥肌が立ち、大慌てで馬車から飛び出した。足を縺れさせながら、砦の兵士をセクシーポーズで揶揄う麗華の元まで辿り着いた。
「オ、オ、オオオ…オバケ、出たっ!」
「んな?」
「こっ、声がした!」
「んな訳無いじゃ~ん。みんな外にいるじゃん。」
麗華は周囲を見渡し、討伐団メンバーが非戦闘スタッフも含め全員外にいる事を確認しながら言う。
「聞こえたんだってば!」
「も~、しゃあないなぁ~…。」
麗華は三号車に向かい、弥生は麗華の後ろに隠れながら付いていった。
「もしも~し、誰かいますかぁ~? ん~? ほら、誰もいないって~。」
「でも確かに…。」
「どうしましたか?」
三号車の御者を務めるラフカが二人の元へ近寄ってきた。
「この馬車って事故車だったりする~?」
「は?」
「だからぁ~、人を轢き殺しちゃったりとか無いの?」
「ありませんよ! この討伐の為だけに新造された特注なんですよ?」
「ほら、大丈夫だって。
あっ! もしかしてそこにいる鳥さんがお喋りしたのかなぁ~?」
麗華の指差す先を見ると、開け放たれている馬車の窓の下枠にスズメ程の大きさの可愛らしい小鳥がこちらを見ていた。
「揶揄わないでよ~。」
「どうした?」
竜也をはじめとする他の面子が騒ぎを聞きつけて集まって来たので、弥生と麗華は事のあらましを説明した。
「未舗装路を一週間も馬車で移動なんて、俺たち召喚者にとっては未知の経験だからな。疲れているんだろう? 休憩時間を一時間延長しよう。」
この世界は一日十六時間制なので元の世界に換算すると一時間三十分だ。もっとも、この世界のこの星が元の世界の地球と同じ自転周期であれば、の話だが。
…実はこの世界は世界線が異なるだけで星としては地球そのもので、自転周期は竜也たちの元の世界線の地球に換算すると自転周期は二二時間四五分、しかし公転周期は同一なので一年は約三八五日となる。
この事は始祖世代から始まる900年間、多くの転移者の中にいた天文マニア達による天体観測データの擦り合わせや、転生者が“転生神”から聞かされて判明しているのだが、魔王討伐には特に必要の無い知識と判断され、竜也たちの速成教育カリキュラムには組み込まれなかった。
尚、この様な相違はどの世界線でも存在しており、異世界転移者には環境適応のギフトが授けられているのだが、それを測定できる性能のギフト判定宝珠は無く、裏ギフトとでも言うべきものである。
「よーし、出発するぞ! ここから先は魔族領だ、気を引き締めろよ!」
竜也の号令で時間を延長した休憩を終え、魔王討伐団は進軍を再開する。その三号車では弥生が“オバケの声”の事を思い出していた。
あれは幻聴なんかじゃない…一瞬、ほんの一瞬、見えた。霧の様な闇の中に消える小さな女の子。裸の小さな女の子。裸の…裸? 無着衣文化…? 消える? 空間…操作?
───“猟奇姫”!?
弥生は“五大災厄”について一つの答えを弾き出していた。
魔王はそれほど強力な魔族である“五大災厄”をなぜ配下に加えないのか? なぜ中立の立場を容認するのか? 人類は魔王に対してはこうやって討伐隊を出すのに、“五大災厄”には手を出してはいけないと言う。
“五大災厄”は魔王をも凌駕する存在。
だが、それと思しきものと遭遇したというのに何故か恐怖心は起こらない。それどころか、もう一度会って話してみたいとすら思ってしまう。
『この世界の仕組みに興味があるのか』。
まるで自分は知っているぞ、と言わんばかりであったその台詞、その口調。
わたしも知りたい!
猛烈な好奇心が恐怖心を上回ったのだ。
一方、レルシェン領へと向かって行く魔王討伐団をローザが見送る。
レルシェンとは不戦の誓いがあるから順調に抜けられるだろう。それどころか魔王討伐団と分かれば差し入れもあるかも知れないな。問題はレルシェンを抜けて未開地域に突入してからだろう。
ローザは知らない。竜也たちはレハラントとレルシェンの関係を教えられていない事を。それどころか魔族とは何者なのか、その定義すら教えられていないのだ。
魔王討伐団の詳報はゲックレンが作成、移動中の一週間分がザックレイ砦から陸軍飛翼獣隊による定期連絡と共に王城に届けられた。
エリス王女はその報告書に目を通していた。彼女にとっては管轄外の仕事であるが、魔王討伐団の詳報検分を担当する近衛騎士団(軍の詳報は軍が担当する)に任せておいては、取るに足らないと判断された内容はそのまま流されて上がって来ない。ましてやザックレイ砦までは国内を移動するだけの簡単なお仕事、一週間とはいえ、内容はたかが知れている。
だが、エリス王女の知りたい情報はその些細な出来事の中に隠れているのかも知れないのだ。自分の目で確かめる必要がある。
道中、魔獣との遭遇二回、いずれも戦闘は回避。強盗の襲撃一回。捕縛してザックレイ砦で身柄引継ぎ。
どれも、こうしてエリス王女が直接目を通さなければ絶対に耳に入って来ない、取るに足らない情報だ。そしてエリス王女が求める様なものも感じ取れない。
これから先、魔族領に入ったら連絡が儘ならなくなるわ。何とか国内にいる内に、僅かでもいいから“五大災厄”に関係する様な出来事が起きてくれれば良かったんだけど…。
そう思った時、エリス王女の目に【聖女ヤヨイのオバケ騒動】の内容が入る。
『聖女ヤヨイが馬車内にて女性の声が聞こえたと幻聴を訴える。慣れない馬車での長期行軍の疲労が原因と思われ、ザックレイ砦にて休憩時間を予定より一時間延長する。以降、症状は見られなかった為、進軍を再開。』…。
来た、来た、来た!
エリス王女は直感した。これは“猟奇姫”か“世界を覗く瞳”だと。
「うふふ。」
姿を見られず語り掛ける…おそらく“猟奇姫”!
疎通が出来た訳では無いわ。でも、少なくとも自分たちは“五大災厄”から関心を持たれ、観察されている! それだけでも大朗報よ!
さあ、タツヤ、魔王なんて魔族どもが召喚したエセ勇者に任せておけばいいわ。さっさとレルシェンの腑抜け魔族どもをブチ殺しまくって戦争を勃発させて頂戴!
時間に関する設定は、今後書く予定の同一世界線別作品で説明文を入れようと思っていましたが、
いつの話になるか分からないので2021/6/29付けで追記投入しちゃいました。




