大きくなったら 5/9
帰り道はとても虚しい。
家までそれほど時間は掛からないはずなのに、何時間にも感じるほど遠くに感じた。
幼い頃は平気だった“孤独”が、今は一番怖かった。
無理もない。
あの時は知らなかったからだ。
誰かと一緒にいる事の楽しさを、嬉しさを、心強さを。
それにあの時はただ一人だっただけ。
今は独りだ。
孤立して疎まれ、挙句私からも人々を遠ざけてしまっている有様だ。
相手にして貰えているあの頃までが華だった。
足を踏み外し続けた今はもう、奈落の底だ。
一寸先すら見えない暗闇の中、ただ手がかりも無く歩くような毎日だ。
そんな毎日に嫌気が差したとて、救いは無いのだ。
あの時私を助けてくれたあの少年のような、あんな幻想に今もしがみ付く私は惨めだな。
「あ、あの深瀬さん!」
その声にびっくりして辺りを見回すと、そこにいたのはあの春日優だった。
彼は瞼を腫らしていた様子で、つい先程まで涙を流し泣いていたのは明らかだった。
何を悩んで泣いていたのか、勿論考えられる事はいくつもあったが、見当は付かなかった。
奇しくも出会った場所は、あの時あの少年と出会ったあの公園の前だった。
「何? 早く帰りたいんだけど」
冷静を装って応えた。
きっと嫌われた。
私は彼を嫌っていたのに、彼からは嫌われたくないと思っていた。
大きな矛盾だ。
「今日の事、全部忘れて。無神経な事言っちゃってごめん」
やはりそうだ。
嫌われたんだと思う。
面倒な奴だと思われたんだろうな。
もう私は冷静でいられるほど穏やかではなかった。
もういいやって、吹っ切れてしまったのかもしれない。
「どういう事? 私が君に何したって言うのよ。君は一体私をどうしたいわけ?」
自分では分かっていた。
今日の二限の休憩の時だって、今この時だって、私は彼に冷たく当たってしまっている。
それは勿論彼にとって不愉快で当然で、鬱陶しい事だって。
私は今、自分の中で何となく、今までずっと考え続けていた事柄の結論が出たような気がした。
私は彼を悪者に仕立て上げ、私の不幸の原因は彼だと勝手に決めつけ、無暗に当たり散らしているだけだ。
彼を己の正義感で勝手に助けようとしたのだって私で、彼の気持ち度外視で無責任な行動を取った私が悪いのに、彼を嫌ってしまっていた私が情けなくなった。
「どうしたい…って言われても…。ごめん、俺もよく分かんないんだけど、深瀬さんがずっと一人でいるのが気になってさ。なんで部外者の俺が絡んでんだよって思ってると思うんだけどね…」
やっぱり周囲からも私は独りだと思われていたんだな。
自覚していても、改めて突きつけられると心に来るものがあった。
「どういうつもりか分かんないけど、もし私の事憐れんで関わってやろうだなんて魂胆なんだったら、こっちから願い下げよ!」
いや、先にそれをしたのは私だ。
全部分かっていた。
でももう後に引けなくなって、もう自分じゃ制御できないくらい感情が高ぶって、今までずっと内に秘めていた思いを曝け出してしまった。
私の叫びは留まる事を知らなかった。
「君は今幸せで余裕があるからそんな上から目線で来れるんだろうけど、普通にウザいだけだから! 君の身勝手な幸福論を私に押し付けないで! 偽善なんて虫唾が走るわ!」
「いや、俺が幸せだなんて、何見てそんな事言ってんだよ。どう考えたって俺は不幸体質だろ」
彼は顔を顰めたかと思うと、直ぐに反論してきた。
私はてっきり、しびれを切らしてそっぽ向いて帰ると思っていたから、相手してもらえるなんて予想外だった。
「どこがよ! 君は仲良くお喋りも出来る友達も作ってるし、相談できる彼女だっているんじゃない! 君は本当の不幸を分かってないのよ!」
「いや、友達は百歩譲って最近出来たとしても、彼女なんていねぇんだけど…」
嘘だ……。
私が見たのは確かに、春日優が女の子と二人きりで仲良さげに校庭で昼食をとっていた光景だった。
見紛うはずが無かった。
「じゃあ昨日校庭のベンチで座って一緒にご飯食べてた女の子は誰!? あれを彼女と呼ばずして何て呼ぶの!?」
「…それって千野じゃね? あいつは俺の悲惨な過去を知ってて俺の人格矯正に付き合ってくれてるだけだから、彼女なんかじゃねぇよ」
有り得ない。
彼は間違いなく、昨日はあの場で涙を流していた。
フラれでもしたに違いないと思っていた。
「信じられない! だったら何で君は彼女の前で涙なんか見せてたのよ!? どうせ別れ話されたんでしょ!?」
「あれはあいつが俺の味方してくれるって俺の過去を慰めてくれたから、お恥ずかしながら思わず涙流しちまっただけだよ…。友達が増えたのだってあいつのお陰だし。で、味方がいるだけでこんなに救われるんだって妙に自信が付いたもんだから、息巻いて今日深瀬さんに声かけたってわけ」
彼は随分と淡々とした様子で事のあらましを説明した。
私の勘違いが、またしても彼に迷惑を掛けてしまった。
それなのに私はまたしても、意地を張って思ってもいない事を口走ってしまった。
「じゃあ何? 結局憐れんでるんじゃん!」
正しくはこれを憐れむとは言わない。
彼は私と同じく不幸の渦中にいる。
同じ立場の人間を憐れむなどという事は決して出来ない。
これは正しくは『共感する』なのだと。
「いや、憐れんでるんじゃねぇよ。俺が純粋に今不幸だから、味方が欲しかっただけだよ。この不幸を分かち合いたかっただけ。似てるんだけど違う、深瀬さんと一緒に」
彼のその優しさは、私の救いに成り得るはずだったのに、私は私の行いのせいでこれを無碍にしてしまった。
自分の身勝手さに心底うんざりした。
そしてまた、心にもない事を言ってしまうのだった。
「そう…。結局は君のエゴじゃん」
これでもう関係は終わりだ。
結局私が嫌っていた春日優と、今同じようにして厚意を踏み躙ったのだ。
もうこれでおしまい。
明日からはまた独りだ。
「だね。だから今日の事は全部忘れて。俺と深瀬さんは今日で無関係に戻るから」
そこで私は何故、そうだねと伝えて別れなかったのか自分でも分からなかった。
でも気が付いた時には何故か過去を掘り起こそうとしてしまっていた。
彼にどう思われても良いやと吹っ切れたせいなのかもしれない。
「…それは無理だよ、もう遅い。私は一度君にそうやって味方になろうと助け舟出したのに」
私はもう自分でも何がしたいのか分からなかった。
彼には変な奴だって思われてるかもな。
今更何を昔の話してんだよ、って。
「…どういう事?」
彼は私の言っている事が分からないようだった。
確かに私はあの時とは随分雰囲気も風貌も変わってしまった。
中学生当時、私は眼鏡も掛けていなかったし、髪もロングではなかった。
気付いていなくて当然だと思った。
「その様子だと、もうあの時の事は忘れてるんだね」
そう言いながら、私は掛けていた黒縁の眼鏡を外した。
彼は目を丸くし、全てを思い出したようだった。
「…お前、まさか」
「…思い出した? 私、君がいじめられてるのを助けようと思って、一度止めようと割って入ったんだよ? それなのに君、私の事散々罵倒して、結局学校に来なくなっちゃったんじゃん。私はそれから君の代わりみたいにいじめられて、散々な目に遭ったんだから」
「あの時の女子って…お前だったのか…」
「そうだよ。なのに君は「可哀相だなんて思って助けるな」って突き放すからさ。私そんなつもりなかったのに。あんな酷いいじめをただ見過ごせなかっただけだから」
私の言葉を聞いて、ずっと俯き黙っている春日優。
私は眼鏡を掛け直すと、ちょうど良いタイミングだと思い帰ろうとした。
これで全ておしまいだ。
「じゃあもうこの件はおしまいね。私もう帰るから」
私は多分、これで春日優に伝えるべき事は全て伝えきったと思った。
もう後腐れ無く、これからは独りでもあの学校でやっていけるかもしれないと奇妙な自信が芽生えた。
「…待って」
私の後ろで彼が呼んだ。
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