大きくなったら 4/9
昼休憩、五限、六限と時間が過ぎていったが、私の頭の中は結局ずっと何一つまとまりが付かず、考えるだけ
無駄なのに、結論も出ようがない事をずっと考えていた。
無論二時間あった授業はどちらもボーっとしていたせいで潰れてしまった。
今まであの時の彼の事や掛川凌、春日優の事なんて考えた事なんてあまり無かったのに、高校入学後から今日に至るまで、取り憑かれたようにずっと思考を巡らせていた。
特に今日は今までに無いほどに熟考していたように思う。
終礼が終わると同時ぐらいに、校内放送が流れた。
「生徒の呼び出しをします。二年四組、深瀬さん。終礼が終わりましたら、職員室、藤島の所まで来てください」
先程先生が言っていた校内放送が流れた。
藤島というのは、先程英語の授業の教鞭を執っていた先生の苗字だった。
呼び出したのもその先生本人で間違い無かった。
私は何故呼び出されたのか何も理由を知らぬままに、職員室へと向かった。
正直言って、足取りはとても重かった。
私自身は自覚は無かったが、何か私が無自覚に問題を起こしていた可能性だって無きにしも非ずだったし、もしかすると三限の授業を無断欠席した事を咎められるのではないかと不安で仕方なかった。
私たち生徒の教室がある西棟から職員室などの特別教室が並ぶ東棟へと続く渡り廊下を歩く。
そこを往く間も心臓がはち切れそうで、気が気ではなかった。
その途中、窓ガラス越しに西棟にいた春日優が目に付いた。
女子生徒と男子生徒が彼を含め三人で話している様子がこちらからも窺えた。
その様子を目の当たりにして、私はまた彼に嫉妬をしていたのだと思う。
その光景に腹が立って仕方が無かった。
そしてまた自己嫌悪に陥る負の連鎖がまた始まるのだ。
色々入り混じった混沌とした想いを胸に秘めたまま、職員室の前に到着し、私は扉をノックしガラガラと引き戸を引いた。
「……あの、先程呼び出しを受けた二年四組の深瀬ですが、藤島先生はいらっしゃいますか…?」
するとデスクに座っていた藤島先生がその場で起立し、私にこっちへ来いと手招きをした。
呼ばれるがままに藤島先生の元へと足を運ぶと、先生は自前で用意しているらしいパイプ椅子を広げて、ここへ座れとその椅子に手を差し出した。
言われた通りにその椅子に着席するや否や、先生は話を始めた。
「いやぁ、申し訳ないな。転入したてで色々忙しかっただろうに、わざわざ来てもらって」
早く要件を終わらせたくて、私から要件を引き出そうとした。
こういう空気感はどうも苦手だった。
「……私を呼び出したのは、説教とか指導の為ですか…?」
「あぁ、いや、違う。ちょっと深瀬に訊いておきたい事があってだな」
「…訊いておきたい事、ですか?」
ひとまず説教などではないという事が分かり、一安心した。
ならばさっさと話を終わらせて帰ろうと思った。
先生は要件を淡々と話し始めた。
「そうだ。昨日転入してきたばかりだからまだ何とも言えないと思うが、今しんどい事とか悩んでる事はあるか?」
「……そうですね、授業にも付いていけていますし、特に不自由している事は無いですけど…」
「あぁ、いや、俺が訊きたいのは授業というよりは学校生活のほうだ。四時間目の授業も上の空みたいだったし、三時間目なんかは欠席したんだろ?」
この先生は私が三限の授業を無断欠席した事を叱るどころか、私にその理由を尋ねてきている。
どういう意図なのかは分からないが、珍しい先生だなとこの時に感じた。
「…現状に満足していると言えば嘘になりますが、私には十分だと思います」
「それが本音ならそれで構わないんだが、俺にはただ我慢しているようにしか思えないな」
「…そんなことありません」
「深瀬は自己肯定感があまりにも低いような気がするがな。もっと自信を持っていいと思うが」
あぁ、私が大嫌いな意見だな。
私の人生見透かしたような言い方だけど、私の今まで見てきたわけでもないくせに上から目線でお節介。
私の何を知ってるんだよって思ってしまう、性格の悪い私がいた。
何か都合が悪い事があったら責任逃れするくせに、無責任な発言をしてくるようなこういう大人が私は嫌いだった。
「……先生、私の事知った気になって適当な事抜かさないでくださいよ…私の人生になんて何の責任も取らないくせに」
これは言い過ぎたと言った途端に思った。
相手は曲がりなりにも教師だ。
流石に教師相手にこんな発言をしてしまったら、停学処分の可能性すらある。
これはもう終わったな、と落胆しかけたその時、藤島先生は思いがけない言葉を放った。
「……申し訳ない。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。俺はただ純粋に、深瀬は自分自身の良い側面を見てあげるべきだと思うって言いたかっただけなんだ」
藤島先生は驚くべき事に、私を宥めるように下手に出て話しかけてきた。
そんな先生の態度に私が驚いていると、先生は話を続けた。
「正直、今すぐになんてのは無理な話だと思うが、深瀬の頑張りを陰ながらずっと見ていた人間は沢山いるし、これからは俺もその一員になろうと思ってる。学校に馴染めないとか、人間関係が難しいとか、色々大変な事だってあると思うが、その時は必ず俺が手を差し伸べるよ。全力を賭して解決してやる」
この先生は私が思っていた以上に人間が出来ていた。
はっきり言って、教師なんてみんな同じだと思っていた。
どうせ生徒になんて興味ないし、自分の評価の為に問題はすぐに隠蔽するクズばっかだって決めつけていた。
事実、中学時代に見てきた大人は全員例外なく最低最悪だった。
口先や建前ですらこんな立派な事を言えない教師が多い中で、藤島先生ははっきりと言い切った。
何故ここまでして藤島先生が生徒に寄り添おうとしているのかまるで分からなかったが、この先生は何か軸となる信念があるように思えた。
「……先生、何で私にそんな構うんですか…?」
先生は持っていた書類を整えてデスクの上に置くと、私の方に向き直って話し始めた。
「俺は誰一人この学校で辛い思いをして欲しくないんだ。折角一生懸命勉強して入った高校で、苦しんだり疎まれたりする生徒を生みたくない。誰一人取りこぼさずに、全員に笑顔で卒業してもらいたいんだ。良い大人が何綺麗事言ってんだって思われるかもしれないが、俺は綺麗な方が好きだからな」
そう言って藤島先生は笑った。
この先生は凄い。
今時教師なんて誰一人頼りにならないと思っていたのに、ここまで生徒を一人一人見て、自ら手を差し伸べようとするこんな熱意のある先生は初めて見た。
この先生の思想信条には感服せざるを得なかった。
「……もしかして、先生が授業の時に春日くんを起こしていたのも、そういった理由ですか?」
「あぁ、そうだな。あいつは一年の時から見ているが、ずっと学校が楽しく無さそうでな。また近々俺からも声を掛けようと思ってたんだ。中学が一緒だった深瀬はおそらく既に知っていると思うが、あいつも中学時代かなり酷いいじめを受けていたと聞いている。きっとそれもあって今もずっと苦しんでるんだと思う」
「…そうなんですね」
「あ、この事は春日には内緒な。あんまペラペラと生徒の過去喋るなんて常識外れだと思うし(笑) 一応俺からのお願いにはなるんだが、また春日とも話してやってくれないか? きっとあいつも孤独で大変だと思うから」
「……気が向いたら、そうするかもしれません」
藤島先生はもういいぞと言って職員室の外まで私を見届けた。
この先生の言う事なら信用できると思ったが、春日優の問題については未だ信用ならなかった。
彼は見た感じ彼女もいるようだし、女友達や男友達もいる様子だ。
先生の情報では孤独だと言っていたが、彼が孤独だとは到底思えなかった。
ましてや本当の意味での孤独とは、私の事を指すはずだとさえ思った。
先程渡り廊下からの光景を見た私に、それを信用しろと言う方が酷な話だ。
私が教室に荷物を取りに戻ると、もう既に窓の外は日が傾いている様子だった。
別に急ぐ用事など何も無いのだが、夕日は私を家路へと急かした。
荷物をまとめ、教室を出て帰路に就いた。
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