大きくなったら 6/9
「…待って」
私の後ろで彼が呼んだ。
もしかすると、酷い罵声を浴びせられるかもしれない。
あの時の辛い過去を思い出させた応酬としては、あまりにも軽すぎるくらいだ。
私は殴り飛ばされたって良いと覚悟を決めて振り返った。
「…何?」
すると彼は近所中に響き渡る声で叫んだ。
「その節はどうもすみませんでしたぁぁぁぁあああ!!!」
無様に跪き、私の前で額をアスファルトに擦り付けるようにして土下座をした。
何一つ理解できなかった。
どういう理由でそうなるに至ったのか、まるで分からなかった。
「…え、ちょっと何? 恥ずかしいからやめて…」
「いや!やめねぇ! 俺ずっとこの事が気がかりで仕方なかったんだよ! あの時はもう後に引けなくなってて、思ってもない事言っちゃったけど、俺本当は凄く感謝してるんだよ!」
……感謝?
私は確かに今まで恩を売ったように思っていたが、実際は違った。
あれは私の無責任な正義感でやったただのヒーローごっこだ。
そんなままごとに付き合わせた私こそ謝るべきであり、今日の出来事に感謝すべきなはずだ。
彼は尚も土下座の体勢で話を続ける。
「あの時は俺が憐れまれてるだなんて被害妄想もしてたんだけど、今になって思えばそんな事じゃなかったんだよな!? 本当に申し訳ない! この通りだ!」
いや、被害妄想なんかじゃない。
間違いなく私は憐れんでいたと思う。
彼の不幸を利用して、自分だけ甘い蜜を吸おうとした最低な女だ。
「いや、どの通りなの!? 君ちょっと頭おかしいんじゃない!?」
彼は頭がおかしい。
何故私に土下座出来てしまうのか、全く理解が出来なかった。
彼はその土下座の体勢から体を起こすと、真っ直ぐに私を見つめて言った。
「…今までの罪滅ぼしをさせて欲しいんだ」
「…何言ってんの? 君」
「言葉の通りだよ。俺とまた今度、ゆっくり話でもしようよ。もう殆ど俺のエゴでしかないんだけどさ。また改めて機会作って、深瀬さんの今までの苦労をしっかりと聞いた上でちゃんと謝りたいんだ!」
彼は今、自分の事で精一杯のはずなのに、私に気を遣っているのか謝りたいと宣う。
何が何だか分からない彼の発言に、私はずっと驚かされていた。
何故そこまでして私を助けたがるのか、罪滅ぼしをしたがるのか、全然見当が付かなかった。
「さっきは今日でおしまいって言ったじゃない! 何を今更…」
「さっきの話を聞いたら流石に気が変わったんだよ。深瀬さんの厚意を踏み躙った事、償わせて欲しいんだ」
彼は私のした事を“厚意”として捉えてくれていた。
私の自己満足に感謝をしてくれていた。
そしてそれを振り払った事をずっと“罪”だと感じていた。
彼はどこまでも優しく、周りに気を配る素晴らしい青年だ。
「……仕方なく付き合ってあげる。どうやらお互いに勘違いだったみたいだし。でも、君の事許したわけじゃないからね。そこだけは勘違いしないで」
素直になれぬまま、それでも彼の気持ちが嬉しくて、こんな言い方になってしまった。
でも私はきっともう十分罪を償ってもらった。
私があの時してしまった事が自己満足などではなく、間違いなく彼に大きな影響を与えていた事が分かったから。
過ちだと思っていた正義感が、本当の意味で彼を支えていたのだとしたら、私はとても誇らしかった。
「じゃあ今度こそまたね。帰って勉強しなきゃだし」
「うん! また明日!」
帰り道、私は思わず涙を流してしまった。
説明するのは難しいが、感極まったというのが一番だろう。
あの頃からずっと一人でいた私が、周り回って誰かを助けていて、それが今になって私の元へと帰ってきたのだ。
ずっと無力だと感じていた私が、人に力を与えられていた。
あの時の少年同様、私も誰かの為に力になれた事に喜びを感じていた。
いつまでも遠くにいた存在の彼に、一歩再び近付いたように思えて嬉しかった。
涙で霞む目を絶えず拭いながら、夕闇の帰り道を歩き続けた。
読んで頂きありがとうございました!
次回投稿までしばらくお待ちください!




