大きくなったら 1/9
私には幼い頃に約束を交わした男の子がいた。
その子とはもうかれこれ十年は会っていないが、彼は今でもあの約束を覚えているのだろうか。
その子が今どこに住んでいて、どんな生活を送っているかなんて、まるで分かりはしなかった。
今、その子と私を繋ぐモノと言えば、唯一覚えているその“約束”だけだった。
連絡先や住所なども、何一つ彼の手掛かりは無かった。
私は今でもその子の事を忘れられない。
その時に交わした約束が今も頭の片隅でこびり付いて離れない。
でもきっと、その約束は子供の時のごっこ遊びに過ぎなかったのだと思う。
そう思わなきゃいけないとずっと思っていた。
二度と会えないのだって、何故か悟ってしまったから。
私はそんな自分の想いに蓋を被せ、ひたすら内に秘めて今日まで生きてきた。
あれは私が小学校に上がる前の事。
私はあまり積極的な性格ではなく、友達作りは苦手だった。
保育園でもずっと独りぼっちの私を、両親や保育園の先生達もかねてより心配していたのだと、最近になって両親から聞かされた。
でも私はその当時、ずっと独りなのが当たり前で、孤独に対して疑問や不満は無かったように思う。
そうやって過ごしてきた私にとって、ある意味孤独が一番の親友だった。
そんな私の姿を見ていた母は、保育園に私を迎えに来た後は必ず、公園に寄って私を遊ばせてから帰るようにしていたのだそうだ。
母としては、私に友達を作ってもらいたかったのだろう。
しかし、私はずっと一人きりで砂場で砂いじりをするばかりだった。
話しかけてくれる子は何人かいたが、私は話すのが嫌でずっと黙っていた。
そうしている内に、話しかけてくれていた子たちも皆私に関わろうとはしなくなった。
誰一人私を相手にしなくなったある日、泥団子を作っていた私に、ある男の子が話しかけてきた。
その子はあまり見慣れない子で、普段はこの公園に遊びに来ていない子らしかった。
その子は私の真横にちょこんと座ると、私の顔の真横まで顔を近づけ、私に訊いてきた。
「何してんの?」
子供が遊びに混ぜて欲しい時に使う常套句だが、彼はというとあまり関心が無さそうに訊いてきた。
普通遊びに混ぜて欲しいと本気で考えているなら、あんなテンションで話しかけて来るなんて有り得なかった。
今までの子と雰囲気が何か違うその子。
今になって思えば、彼も両親に唆された手前、きっと嫌々私に話しかけたんだろう。
私がそんな彼の言葉を聞き流し、ずっとだんまりを決め込んでいると、彼は私の作っていた泥団子を指さして先程と同じトーンで言った。
「泥団子、よく潰れるんじゃない?」
私は彼のそんな質問の意図が分からず、結局反応できずにいた。
すると彼は、砂場の砂を掬い上げると、粒子の大きい砂を残すようにして、私が作っていた泥団子にかけた。
いわゆる“サラ砂”と呼ばれる砂をかけたのだ。
私は友達と話す事も無かった為か、泥団子の作り方を知らなかった。
保育園でも先生達が私に執拗に話しかけてきたが、私は一切彼らの話を聞こうとはしなかった。
今になって思えば、泥団子の作り方だってきっと教わっていたんだろうけど、私はそんな事知ろうともしていなかった。
その男の子がそうやってかけたサラ砂によって、泥団子は今までに見たことが無いほどに白く輝き出した。
これほどにまで美しい泥団子を、私は見たことが無かった。
私は思わず、心の声が漏れてしまった。
「……すごい」
そう驚く私を見て、彼は言った。
「泥団子の作り方、教えようか?」
私はそんな彼の厚意に甘え、人生で初めて“誰かと遊ぶ”なんて言う事をしたのだ。
彼は全然話そうともしない私を一切煙たがらずに、とても好意的に接してくれた。
そんな彼と打ち解けるまで、そう日にちは掛からなかったように思う。
それから毎日、保育園の後の公園で彼と遊ぶ日が続いた。
それがいつも楽しみで、そんな日が毎日続くのだと思っていた。
幼い頃に抱いた、何一つ根拠の無い自信だったのだと、その当時は知る由も無かった。
今になって思えば、私にとっての初恋はあの時だったように思う。
多くの子達が、私の氷のように凍った私の心を打ち砕こうとしてきたのに対し、彼は私の凍った心を溶かすように寄り添ってくれたのだ。
そんな彼の優しさに触れ、私は少しずつ人に心を開くようになった。
私を変えてくれたあの子を、私は好きになっていたのだ。
もう孤独へと後戻り出来ぬほど、私は彼に夢中だった。
そんな想いも伝える事が出来ないまま、小学校に上がろうとしていた私。
彼も私と同い年だったようで、来月からは小学生だねとお互いに言い合っていた。
私は突然母に告げられた、幼気な少女にはあまりにも残酷な事実に涙する事となる。
それは今にして思えば何てことない、さほど大きな出来事でもなかった。
引っ越しである。
しかしそれは、その当時の私としては、もう二度と彼に会えないという事と等しい。
私はそんなあまりにも酷な出来事をなかなか受け入れられず、彼には告げられずにいた。
私は来る日も来る日も泣いた。
孤独になるという事が、これほどまでに悲しく、怖かったのは初めてだった。
私にとって、彼が唯一の心の支えだった。
彼に救われたあの日以来、私はずっと彼に夢中だったと思う。
そんな彼と離れるのが嫌で、ずっと受け入れられなかった。
そうやって伝えられずに日々が過ぎ、引っ越し前日になった。
その日も変わらずに彼と二人で遊んでいたが、私はあまり乗り気では無かったように思う。
もう会えないのだと思うと、どうしてもいつも通りには振る舞えなかった。
そんな空元気の私を見て、彼は一言言った。
「…お前、引っ越すんだってな」
私は驚いた。
一言もそんな事言ってないのに、なぜ彼は私の引っ越しを知っているのか。
「…なんで知ってるの?」
そう涙目で尋ねる私に、彼はこう言った。
「母さんから聞いたんだ。母さんはお前の母さんから聞いたって言ってた」
私はずっと堪えていた涙が溢れ、とうとう泣き出してしまった。
そんな私を見ていた彼も、どうしていいのか分からずに必死に私を宥めていた。
「い、いや大丈夫だって! 死ぬわけじゃねぇんだし…!」
「またいつか絶対会えるよ!」
そんな感じの事を何度も泣いていた私にかけてくれた。
こういう優しさに触れ、私はこの子の事を好きになったんだろうな。
「私、別れたくない…また一緒に遊びたい…」
泣きながら、言葉になっていない言葉を一生懸命話す私。
それを聞いた彼が私に向かって言った。
「よし、決めた! 大きくなったらまた会おう、この公園で!」
彼のそんな提案がとても嬉しくて、私は結局嬉し涙を流しながら応えた。
「うん、約束…! 絶対だよ…!」
もう殆ど涙で霞んで見えない彼の顔は、きっと笑顔だったんだろう。
そんな彼が私の手を強く握って、いつもの優しい声で言う。
「絶対だ! 任しとけ!」
彼のそんな霞んで見えない純粋無垢な笑顔に、私は賭けたのだった。
彼はそんな私に続けて言った。
「でも次に会う時は、もっと明るくなったお前と会いたいな! 友達沢山作って、俺ら百人でおにぎり食べるんだ!」
「ふふっ…やっぱり面白いね、○○君」
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