青空ランチたいむ! 6/6
五限・六限ともに退屈だった。
結局何一つ頭には入らず、無情にもチャイムが鳴った。
担任の原田先生が教室に入ってきて、終礼を始めた。
原田先生が相変わらずの細い声で話す。
「今日は現国のノートが提出だそうですので、提出する人は学級委員長の春日くんにノートを預けてね。で、春日くんには悪いんだけど、教室掃除が終わったら安達先生の所に持って行ってもらうようにお願いします」
そうだ…。
忘れかけていたが、俺は今日掃除当番とノート提出という二つの枷を付けられていたのだった。
俺は幸不幸の帳尻を合わせないと生きていけないのかと頭を抱えた。
終礼が終わると、クラスの生徒が一斉に教卓にノートを置いて言った。
「学級委員、誰か知らねぇけど頼んだ!」
「ノートちゃんと提出よろしく!」
「汚したらシバくから覚えとけ」
…こいつら、俺の気も知らずに乱雑に置いて行きやがって…。
ってか、寝てた俺を学級委員にしたのテメェらだろ!
このクラスは奴隷制か!
教室中の机の上に椅子を乗せ、前に移動させて教室前方に固めている間、ずっとそんな事考えてた。
幸い掃除は深瀬さんと二人。
一人でやるよりは捗ってありがたかった。
基本的には無言の時間が大半で、あとは業務連絡的な会話を少しした程度だった。
ちりとり貸してとか、この辺掃いた?とか、ホント業務連絡的な会話。
それ以外は本当に黙々と掃き掃除をお互いにやっていた。
机を後方に移動させ、教室前方の掃き掃除をしている間でも、それは変わらなかった。
無事に掃除が全部終わって、帰ろうかという風になった時、忘れていた作業を思い出した。
黒板の掃除するの忘れてたわ。
俺は深瀬さんに断りを入れて、一人で片付けてしまおうと思った。
「深瀬さんごめん、黒板掃除忘れてたわ。俺一人で片付けちゃうから、もう先帰ってて」
俺としては厚意で言ったつもりだったが、何故か深瀬さんは踵を返して、黒板消しを黒板消しクリーナーにかけて綺麗にし始めた。
俺が先に帰ってくれと言ったにも関わらず、深瀬さんが真逆の行動をした事に理解が追い付かず、俺は再び聞き返した。
「…あ、あの深瀬さん? 俺一人でやっちゃうし、先帰っててもらっていいよ?」
すると深瀬さんは俺の方に顔を向けると、不思議そうに尋ねてきた。
「なんで帰らなきゃいけないの? これは二人の仕事でしょ?」
「あ、いや…そうなんだけど、そんな手間じゃないし俺一人でできるから…」
そう俺が言うと、深瀬さんが黒板消しクリーナにかけていた黒板消しの裏面を見つめながら、俺に言った。
「だって、そんなのフェアじゃないじゃん。これは私たち二人に与えられた仕事なんだし」
「まぁそうなんだけど…別に深瀬さんが無理しなくても俺一人で十分だからさ」
「じゃあ春日くんだって無理する必要無いんだよ? それに、私は全然無理なんかしてないよ」
横顔だったが、笑顔になっていたのは横からでも確認できた。
この子は底抜けに優しい。
それもそのはずだ。
この子は唯一どん底にいた俺に手を差し伸べた人だ。
誰よりも正義感に熱く、いつだって正しく、どこまでも真っ直ぐだ。
それが今日の有松へのオブラートに一切包まない発言などにも見られるわけだが、その善し悪しはさておき、それが深瀬さんの個性だと言える。
「じゃあお言葉に甘えて」
結局最後まで二人で掃除を終わらせ、この教室で別れを告げようとした。
「じゃあ俺ノート提出してくるわ。また明日ね」
そう言って、俺が教卓の上に積まれたノートを持ち上げると、深瀬さんがその上半分を取って持ち出した。
「え、何してんの? 良いって! 俺が全部持って行くし!」
そう声を掛けたが、深瀬さんはそのノートを返そうとはせずに、そのまま教室の外に歩き出した。
「早く行こ。安達先生が待ってるし」
そう言う深瀬さんの背中を追う事しか出来ず、俺は仕方なく深瀬さんの後ろを付いて行った。
歩いている間、結局ずっと沈黙だった。
流石に仕事を半分任せてしまっている手前、気まずさが辺りを立ち込める。
何か言葉を発さなければ、どうも耐えられそうになかった。
俺は思っていた事をそのまま聞いてしまった。
これが果たして良かったのかは分からないが、間違いなく俺の心の底にあった素朴な疑問だった。
「深瀬さん…なんで今日は随分と俺に協力的なの? 凄く助かるんだけど、何か疑問でさ」
そんな俺の質問に、深瀬さんは一呼吸置いて答える。
「…君に助けられたからだよ」
「…え? 俺が何かした?」
「私、今日ご飯一緒に食べられて楽しかった。千野さんとも仲良くなれたし、有松くんともお話しできた。なんかちょっとだけ、君に救われた気がするんだ」
勿論俺はこれと言って何も出来たわけじゃないと思うし、打算的に何か策略を考えて深瀬さんに何かしたわけでもない。
俺がやったのはただ少し勇気を出して声を掛けただけ。
それがこうして深瀬さんを幸せに一歩近づけるように働きかけたという事だ。
でも昨日はそれが彼女にとっての重荷だった。
“時”というのはとても大切なのだと、凛のあのフレーズが蘇った。
重荷が、腰掛へと変わった瞬間だった。
「…俺は何もしてないよ。深瀬さんが変わったんだと思う」
俺もきっとそうだ。
千野に変えてもらったんだ、このどうしようもない俺を。
フラフラな俺を、凛や有松に優しく支えてもらったんだ。
そして今、深瀬さんを変えようと働き掛けたんだ。
深瀬さんはこちらへ向き直ると、泣きながらも笑っていた。
涙を流しながら、最高の笑顔で俺に言うのだ。
「……ありがとうね。仲間に逢わせてくれて…!」
この涙はきっと、あの時の俺と同じ涙だ。
確証は無いが、間違いなくそうだと思えた。
そして俺たち二人は、同じ方向を向いて歩き始めた。
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